ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
attack18
 席に着くやいなや、龍一郎はテーブルに手をつき、勢いよく頭を下げた。
「すまん!」
「え?な、なんですか、いきなり。キャバクラならもういいですよ、凄く行きたかったわけでもないんですから」
 突然の龍一郎の行動に驚いたのだろうか、大宮の声音には動揺が表れていた。明らかに検討違いのことを言っているのも動揺のせいなのだろうか。
 龍一郎は下げた時と同様に勢いよく頭を上げた。
「その話じゃないんだ。俺はどうも誤解をしていたようなんだよ」
「へ?キャバクラ断ったことじゃなくですか?」
「ああ、実は……」
「あ、ちょっと待ってくださいよ、話す前に飲み物頼みましょうよ。さっきから店員が待ってるんですから」
 言われてみれば、テーブルの横には店員の女の子が非常に居心地悪そうに立っているではないか。龍一郎は慌てて姿勢を正した。とんでもなく気まずい。
 そんな龍一郎の心情を察してくれたのだろう、大宮はすぐに「生中2つ」と頼んで店員を追い返してくれた。
 ほっと息をつくと、今度は大宮の方から話をふってきた。
「で、何がどうしたんですか?あ、花井のことだとしたらもういいですからね。今更どうにもならないんだし」
 肩をがっくりと落とす大宮にかける言葉は見つからないはずだったのだが、龍一郎の大きな誤解のせいなのだから、そうも言ってはいられない。
「それも含めて本当にスマン!」
 それもこれも全ては自分が大宮と真冬の間柄を誤解してしまったからだ。龍一郎は改めて頭を下げた。
「もういいですよ、そんなに頭下げられるほどの話でもないんですから。それより、つまみ何にしますか?俺鳥の空揚げ頼んでいいすか?」
 パタパタとメニューを広げる音に龍一郎は下げた頭を元に戻した。大宮は自分がどんな誤解をしていたかを全く気がついていないようだ。ここはしっかりと説明せねばと姿勢を正した。
「その……花井のことなんだが……」
「だから、もういいですってば。どっちにしろ早かれ遅かれフラれる運命だったんでしょうから」
 自嘲気味に笑いながら、大宮はお絞りで手を拭いている。
「いや、そういうことじゃなくてだな……は?フラれる?」
 大宮の言った「フラれる運命」という言葉に龍一郎はぽかんと口を開けた。
 確か大宮は真冬など好みではないと言っていた。では大宮がフラれたと思っている女というのは――。
「まさか、大宮君の好きな子って真冬じゃなくて花井?」
「生ビールお待たせいたしました」
 龍一郎が驚きの声を上げたと同時に店員が生ビールを両手に持ち席の横に立った。
「主任、人の傷抉るようにそんなこと大声で話すの勘弁してくださいよ。あ、注文いい?」
 生ビールを受け取りながら龍一郎を一睨みした大宮は、店員へと向き直ると鬱憤を晴らすかの如く次々と料理を注文しはじめた。
「えーと、鳥の空揚げと、このサイコロステーキと、あとはポテトフライと、モツ煮も貰おうかな。あ、軟骨とつくねも。ホッケもお願い。焼きおにぎりもいっちゃおうかなー。とりあえずこれで」
 受けた注文を繰り返し終えた店員は、何事もなかったかのようにその場を離れて行く。龍一郎はぼんやりとその様子を眺めていた。
「さて、目出度くもなんにもないですけど、とりあえず乾杯しましょうよ主任」
「あ、ああ」
「じゃ、乾杯」
「乾杯」
 コツリとジョッキを軽くぶつけると、二人揃ってビールを呷った。
 一気に半分ほど飲み干すと、なんともいえない微妙な空気に、しばらく静かな時間が流れた。
 先に口を開いたのは大宮だった。
「ま、そんなこんなで、花井にフラれたのは間違いないってことで、下手な慰めはもういりませんから」
 大宮は箸を取り出すと、つきだしの料理を食べ始めた。
 龍一郎は次々と現れる衝撃の事実に頭が付いていっていないのを自分で感じてはいたが、どうやら話は益々ややこしいことになっているということだけは理解した。こんなにややこしくしてしまったのは自分自身なのは間違いないが、では何故大宮と真冬はあんな紛らわしい会話をしていたのだろうか?大宮と同じ様に、つきだしの料理をつつきながら、自分が誤解をしてしまった時のことを思い返してみることにした。
「あのさ、大宮君、前に資料室で真冬と話してたよね」
 確認するかのように大宮にそう問えば、大宮は何を今更とでもいうかのように顔を顰めた。
「いや、あの時さ、確か『俺を弄ぶな』的なことを真冬に言ってたよね」
「そうでしたっけ?まあ、そんなニュアンスのことは確かに言ったかも。あいつ俺が花井のこと好きなの知ってて、わざと煽るようなことばっかり言ってきてたんですよ、あの頃」
 大宮は口をへの字に曲げた後、残っていたビールをゴクゴクと飲んだ。どうやらまた店員を呼ばなければならなそうだ。ややこしすぎる話を作った一端が自分にあるだけに、ビールを飲むのは気分的に寒いような気がした龍一郎は、次は熱燗にしてしまおうと決めた。冷えるのは汗だけで沢山だ。
「ぷはぁ!俺もう一杯ビールいきますけど、主任は?」
「熱燗で頼む」
「この時期に熱燗なんて珍しいですね、冷房にやられました?」
「いや、単に心情的に」
 龍一郎の言葉に大宮はきょとんと不思議そうな顔をしたものの、それ以上何も言わずに呼び出しボタンを押した。
 すぐにやってきた店員に追加オーダーを済ませると、龍一郎はまた話を戻した。料理も来ていないだけに、またすぐ店員はくるだろうが、その時は話を止めればいいだけだ。
「それで、煽るってどんなこと?」
「花井がどこどこ行きたいって言ってたとか、花井がこんなの欲しいって言ってたとか。こっちにはこっちで心の準備っていうか都合ってもんがあるっていうのに」
 心の準備という言葉に龍一郎は理解できるものを感じた。ヘタレと言われようがなんだろうが、男というのは実は繊細な生き物だから、人によって違いはあるとはいえ安易に人の甘言になど乗るのはプライドが邪魔をしてしまうのだ。それも自分が慕う人間の友人というなら尚更だ。下手に真に受けて失敗などした暁には、当人にもその友人にも辱めを受けさせられた気がしてしまうのだ。そんな大宮の心情は理解できるものの、だが今はその心情がどうこうの話ではなく、龍一郎の大失態の話へと戻さなければならない。
「つまり、真冬は君と花井のキューピッドになろうとしてたってことかい?」
 大の男が『キューピッド』などと口に出すもの何やら恥ずかしいが、つまりはそういうことなのだろうと確認の意味を込めて聞いた。
「そういうことですよ、いくら『ウィスパーキューピッド』だなんて呼ばれてるからって、頼んでもいないのに俺のことにまで口を出して来るもんだから、もう勘弁してくれって感じで……」
 なるほどと龍一郎は納得した。それを勝手に誤解してしまったのはやはり自分の失態だ。真冬がそんなに自ら進んで『キューピッド役』をするとは考えていなかっただけに、妙な誤解をしとしまったようだ。話を勘違いして動揺をした挙句、当の本人である花井にまで余計なことを吹き込んでしまった罪はそう簡単には許されないだろう、と龍一郎は考え、空になったジョッキを見つめる大宮を横目に冷たい汗をかいた。
 そんな龍一郎の気まずい状態を助けるかのような絶妙なタイミングで次々と料理が運ばれてきた。大宮は龍一郎の心情になど全く気付いていない様子で、嬉々として料理へと手を伸ばしている。龍一郎は運ばれてきた熱燗を受け取ると、残ったビールをぐっと飲み干し店員へとジョッキを返し、早速お猪口へ熱燗を注いだ。
「主任食べずに酒ばっか飲むと酔いが回りますよ」
「あ、ああ」
 実のところいっそ酔っぱらってからの方が謝りやすいのだと龍一郎が画策していたことなど大宮は知る由もない。

「それで、なんの誤解だったんですか?」
 一通り料理を堪能した後、もう一度ビールをごくりと飲むと大宮が言った。
 熱燗を飲んでいるのに今日は全然酔わないなと、ぼんやり考えていたところに聞かれた龍一郎は、誤って気管に酒を流し込んでしまい大いに咽た。
「ああっ、大丈夫ですか?」
「ゴホッゴホッ、だ、大丈夫だ」
 大宮の手元のお絞りを差し出されたが、手でそれを制して自分のお絞りで口元を拭った。
「すまん、ちょっと気管に酒を入れてしまったようだ」
「やだなぁ、主任、老人でもあるまいし」
「ああ、すまん。ゴホ」
 水を頼む余裕もなく、目の前のすでにぬるくなりかけた熱燗で喉を潤し、なんとか咳を止めることに成功した。
「水頼みますか?」
「いや、なんとか止まったようだから大丈夫だ」
「ならいいんですけど……」
 大宮は安心したように軽く笑うとまたビールを口にし始めた。その様子を見ながら龍一郎はついに観念したように真実を告げることにした。
「あのさ、俺の誤解なんだけど、花井に大宮君と真冬が付き合ってるって言っちゃったんだよ……」
 次の瞬間、龍一郎の回りに黄金色の飛沫が舞ったのだった。

NEWVELランキング投票よろしければお願いします

こちらも登録しました。よろしく願いします。


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。