お姫様になりたいとお前が言ったから、今日は即位記念日
異世界に転生した。
産婆らしき女性に叩かれたが、体は赤子、中身は大の男な俺は意地でも泣かなかった。
「泣きませんが、どうしましょうかね?」
「まさか、死産なのか?」
勝手に殺すな。藪医者めが。
罵ってやりたかったが、生まれたばかりで歯も生えていない俺の言葉は形にならなかった。
「どうやら反応はしているようだ。元気がないようだから注意するように」
医者の言葉を俺は鼻で笑ってやった。
時が流れ、歯が生えそろった俺は両親の前で仁王立ちし、転生してから初めての言葉を口にした。
「俺の名は皆原義隆。この国は後十五年で滅ぶ」
前世の名前を宣言しつつ、適当な事を口にした。箔をつけたかったのだ。
両親の反応は凄まじかった。
夜泣きを一切せず、一言も口を開かなかった三歳の息子がいきなり自己紹介したのだ。驚くのも無理はあるまい。
完璧な演出に内心ほくそ笑んだ俺もこの後の展開は想像していなかった。
まさか実の両親に気味が悪いと言われ、挙げ句の果てに路地裏にポイとは……。
貴様らは育児放棄のパンダか? それとも獅子のリスペクトか? 千尋の谷に突き落としたかったのかっ?
まあいい。過ぎた事だ。薄情なダメ親は捨て置いて、俺はサバイバルを開始した。
ゴミを漁り、泥水をすする生活。そんな中、チンピラに絡まれた経験から自衛手段を模索した。
カラスを雛から育てて鷹匠よろしく使役した。野良犬を手懐け二十頭からなる群れを成し、狩りの途中で手に入れた鹿に乗り裏通りを荒らし回った。訓練された猫はヤクザの事務所から金品を盗み、報復に現れた裏の連中には猿が刃物を投げつける。
いつしか、俺に刃向かう者は公権力だけとなった。
八歳になったその日、逃げ惑うチンピラに犬達をけしかけ金品を巻き上げた帰り道、ぼろぼろな布を纏った幼い女の子を見つけた。
「見ない顔の浮浪児だな。腹は減ってないか?」
声をかける俺に女の子はかなり怯えた様子だった。
心外だ。この辺りの浮浪児は俺が保護して回っているというのに。
逃げ出した女の子を野犬で追う。気分は羊飼いだ。
女の子を追い込んだ先は俺が作った浮浪児達の隠れ家だ。
「かしら! なにしてんだよ!?」
俺を出迎えた浮浪児達が女の子を庇い、口々に怒りを口にする。
「逃げられたからここに誘導した」
「わるびれずにいうなよ。やりかたってのがあるだろっ?」
「仕方ない。謝ってやる」
素直に頭を下げる俺にまとめ役の男の子があきれた声を出す。
「あやまりかたがおかしいだろ。ったく……。」
「あぁ、分かった。分かったから。それじゃあ、お詫びの印にその女の子の願い事を何でも一つ叶えてやる」
鹿から降りて、投げやりに提案した俺の太っ腹具合に浮浪児達がざわめく。
甘い物が食べたいだとか、ちゃんとした靴が欲しいだとかの願い事をことごとく叶えてきた俺だ。浮浪児達からの信頼も厚い。
浮浪児達は女の子がどんな願い事を言うのかと期待と羨望の眼差しを向けた。
「ほんとに、なんでも……?」
女の子が不安そうに訊いてくる。
俺は不適な笑みを浮かべて答える。
「あぁ、何でも叶えてやる」
「……おひめさま、になりたい」
は?
「おひめさまになりたいっ!」
俺の頭は目まぐるしく回転する。適当にティアラをつくって渡せばいいのか?
「やっぱり、むりだよね」
女の子が伏し目がちにため息をつく。
それを聞いた浮浪児達が堰を切ったようにまくし立て始めた。
「かしらはうそつかない!」
「そうだ、そうだ。やくそくをまもるひとだぞ、かしらは。」
「かしらはなんでもできるんだからな!」
浮浪児達が頭の俺に寄せる期待を見て、女の子は自信を取り戻したようだ。彼女がお姫様になるのは浮浪児達の間で確定らしい。
「分かった。十年待て」
ちょっくら、この国を滅亡させてくる。
ーーカラス数百羽の爆撃部隊、敵陣の弱点に素早く回り込み戦場を荒らし回る犬の大群、あらゆる場所で夜襲をかける気配のない猫の集団、猛毒を塗ったナイフを投げまくる猿の連中、それら全てを囮に首都を強襲する俺と浮浪児達と近代兵器。
異世界に転生して十八年を経た今日は即位記念日。