彼女は、全てを絶つ剣
彼女は、全てを絶つ剣。
咲くものは赤い、曼殊沙華。あるいはそれとも、ただの血か。
***
機械の国があった。高度に発達した文明。
人々はあらゆる役目を持った機械を造り出し、暮らしていた。
愛してくれる機械。叱ってくれる機械。笑わせてくれる機械。人に愛されるべく存在する機械。
物を運ぶ機械。物を作る機械。物を壊す機械。
にんげんを作る機械。人間を運ぶ機械。人間を壊す機械。
およそあらゆるカタチをした機械が、人の生活に溶け込んでいた。
また、人々は戦争をスポーツにして楽しんだ。
機械に戦わせれば、人の身には、何の危険もない。
ーーけれど。長年親しんだものに親和を感じるのだろうか。それらの「戦う機械」は、どこかヒトを模したものが多く作られた。
***
咲くものは、血。あるいはそれとも、曼殊沙華。
ずず…ん。ヒトの身長の三倍はあるだろう巨大な「兵器」が倒れると、乾いた土煙が上がり、観客席からは歓声が上がった。
「彼女」はそれを冷たく見下ろす。
ーーわからない。
彼らの興奮も熱狂も、歓声の意味も。すべてが、無意味。
だってーー、意味のあるものは。
「よくやったね。セティ」
彼の微笑みだけだから。
彼女の武装は、無数にある。壊すために作られたから。
波打つ金髪と、派手な衣装の人物はーー彼女にとって唯一意味のある人間はーー、段の上から降りると、彼女の額に口づけた。
ーーああ、ほら。壊せば、彼は微笑んでくれる。
その瞬間に彼女が微笑んだのかどうかはーー、誰が知っているだろう?
「エドウィン」
銀の髪の青年が静かに呼ぶ。セティの頭を撫でていた金髪のほうは、つまらなさそうに振り返った。
「……ああ、もうそんな時間か。面倒なことだね」
『ちっ』というよりは『けっ』と、あからさまに銀髪のほうが音を吐く。
「面倒? この無秩序な街には統治がひつよーだ、とかわけのわからんこと抜かしやがって。市場原理ってのを知らないわけでもないだろうに」
「その市場というのはね、政府によって統治されているのだよ、シルフィドくん」
「あっそ」
きんきらの男ーーエドウィンのそばにいた機械人形が自分のことを見ているのに気づいたのだろう。
シルフィドと呼ばれていた青と白のローブ姿の人物は、機械である彼女を一瞥し、問うた。
「何?」
「……?」
セティはーー破壊兵器は首をかしげ、にこりと微笑んだ。
「壊すことが私の使命です。破壊するものがあれば、いつでもお申しつけ下さい」
「……」
いつも表情を映さない彼の瞳に、一瞬だけ感情が揺れる。
そして主催者である錬金術師や機巧師、星動師 たちは立ち去り、闘技場には静寂が取り残された。
観るべきもののなくなった場所から、観客たちも去りーー、そして。
セティの瞳がーーセンサーが物体を捉える。
剣。
鋼。
質量ーーそれは。
キィン!
剣と剣の邂逅する高く澄んだ音が弾けた。
「ーー加速反応。内部に熱反応。セーフティ・モード解除の許可を」
「許可しよう」
エドウィンーー金の長髪の男が、尊大に宣言した、直後。
小規模な爆発。
「破壊します」
兵器の瞳は、内部の熱源を捉えている。
襲来したものは、妖精王と呼ばれる、指揮官タイプの機体だ。自律式ではなく、内部にパイロットの搭乗を要する。
無骨な砂色のカラーリング。四角形を基調にした、飾り気のないフォルム。
タイタニアのスピーカーからはーー幼い女の子の声がした。
「こっちこそ、壊させてもらう。エドウィン・マクラウドの造り出した最高の兵器ーー。セカイが、キミの思い通りになるなんて思わないことだね!」
「……ああ。それと、自分以外の人間が、足元に額づかないと気が済まないとかな」
銀髪がぼそりと付け加える。
「そうそう! 女王がババアでがっかりしたなんて理由で宣戦布告されたボクらの身にもなってくれる?」
「いや、ババアだよな? あのパンドラって君主…」
エドウィンの発言を、外部マイクが捉えたのとほぼ同時。タイタニアを操る"騎士"の娘の耳元には通信が入った。
「殺りなさい。アルカネット」
「……」
通信機の向こうからは、何かの割れる音、複数人の叫び声、怒号、足音、揉める物音が入り混じって聞こえていた。
この惑星での騎士とは、ーーいわばサラリーマンである。えらいひとがGoと言えば、肥溜めだろうと敵陣だろうと突撃あるのみ。
セティの手から白光が溢れる。単振動レーザーナイフ。
「破壊します」
"彼女"はーー二人は、にこりと微笑んだ。