11. 印刷所前の攻防
「あ・・・ありがとうッしたー!!」
店員の、裏返った声に送り出され、日番谷は店を後にした。
隊長の自分が、いきなりこんな所で買い物したら、店員が動揺してもおかしくない気はする。
しかし、こちらも手段は選んでいられない。
日番谷は、チラリを店の看板を見た。
「駄菓子屋・みかん」
―― さて。そろそろ辿り着くころか・・・
一番隊の方角に目をやると、日番谷はタッと地を蹴った。
一番隊と、二番隊の中心には、建物が二つある。
一番隊に近いほうには、精霊廷通信を初めとする本類を扱う、印刷所。
二番隊に近いほうには、最近新しく作られた、露天風呂を含む異常に豪華な温泉施設。
やたら相性の悪いこの二施設、後参者は、一ヶ月前にオープンしたばかりの温泉のほう。
―― 「ここでないと、湯が出なかったのだ」
砂蜂の一言により、強引に工事が推し進められたと言われている。
なぜいきなり温泉を掘らねばならないのか、理由は一切謎のまま、温泉は完成してしまった。
そして、そこには夜といわず昼といわず、温泉好きのかつての二番隊隊長が入り浸っている、という噂も。
そして、その印刷所の前では、ハラハラしながら原稿を待つ、檜佐木の姿があった。
印刷所の玄関の周りには、マラソンコースのゴールよろしく、多くの女性死神たちでひしめいている。
「まだかしら・・・」
「まさか、取り返されたとか!」
「大丈夫よ!女性死神協会ががんばってたもの!朽木家の前で」
朽木家の前で・・・その言葉に、檜佐木の背中に、スーッと汗が流れ落ちる。
次、朽木白哉にあったら、視線だけでにらみ殺されそうな気がする。
それだけではない。
隣の隊の長、山本総隊長がこの事態に気づくのは時間の問題だ。
その時、どうやって言い訳するか?
馬鹿正直に説明しようものなら、総隊長の前に、まず日番谷に殺される。
1.白哉に殺される
2.山本総隊長に殺される
3.日番谷に殺される
おぉ・・・結局どれも先行きは一緒じゃねえか!
檜佐木が絶望した、その時だった。
「檜佐木副隊長!一体これは・・・」
女性死神達にもみくちゃにされながら、細身で金髪の男が現れた。
「おぉ、吉良・・・」
檜佐木は、まるで敵陣の中に唯一味方が現れたかのように、あからさまにほっとした表情を浮かべた。
「それが・・・話せば長く、もないか・・・」
こそこそと耳打ちする男二人。
「はぁ?それで、日番谷隊長ご本人の意向は全くの無視で、袋とじを作ったんですか?」
よくもそんな度胸のあることを、と絶句する吉良の方を、檜佐木は小突いた。
「そう言うな。隊長には申し訳ないが、これが予算削減に苦しむ精霊廷通信と女性死神協会を一度に救う、切り札になりうるんだ」
「まぁ・・・それはそうみたいですが」
吉良は、周囲に満員電車のようにひしめき合う、女性死神たちを見下ろしてため息をつく。
「大体どうして、そこまで予算が・・・」
そこまで言いかけて、吉良は口をつぐんだ。
檜佐木は後輩の顔を、ため息混じりに見やる。
「お前に分からねえとは、言わせねえぞ・・・」
予算削減の原因は言うまでもない、3ヶ月前の、藍染・市丸・東仙による反乱にあった。
壊れた建物の修復だけでも、精霊廷には通常の何倍もの予算を注ぎ込んでいる。
自然と、他に振り分けられるはずだった予算が減ってしまうのも、仕方がないことといえた。
特に、市丸と東仙の元にいた二人にとっては、いづらいことこの上ない。
「しょうがない、ですか」
不景気な顔を見合わせ、二人はため息をついた。
「けどまぁ、みな楽しそうですし」
無理やりにフォローを入れようとする、先輩思いの吉良なのだった。
―― ただ一人を除いて、だけど。
「そうだ。そうだよな。皆ここの所沈んでたから、イベントが必要なんだ!そうに違いない」
こくこく、と檜佐木はうなずく。
―― そう、俺が悪いわけじゃない!
あくまで精霊廷のため、精霊廷のため・・・と罪悪感をかみ殺した。
その時。遠くから子供の声が響いた。
「ひさしゅー!」
ひさしゅう?
檜佐木が声の主を探ると、温泉の屋根に取り付けられた巨大な煙突の上に、小さな影があった。
「俺か?」
檜佐木が自分を指差すと、煙突の上にしゃがみこんでいたやちるは、なぜ自分の名前を知らないんだ、という顔をした。
「ひさぎしゅーへいだから、ひさしゅーでしょ!」
でしょ!と言われても知らない。
「あのなぁ・・・て、そんなことはどうでもいい!原稿は!」
「あるよー!あたしがトリだって、みんなが」
やちるは、手に持ったSDカードを、檜佐木のほうに示して見せた。
結局いろんな女死神の手を渡り歩いたカードだったが、すばしっこさでは随一のやちるに、最後は託されたものであろう。
「わかった!わかったから、そーっと、こっそり、こっち来い!」
こんな場面を日番谷に見られたら・・・と思うと、ゾッとした。
とっとと大量生産してしまうに限る。
「こっそり、か」
「そうそう。こっそり・・・」
背後からの声に、檜佐木は何気なく返事して・・・ビシリと背筋を硬くした。
この声は。
「日番谷・・・隊長・・・」
「あとで殺す」
物騒な言葉を吐き、日番谷の気配が、その場からふっと消えた。
「おー!ひっつん!!」
「日番谷隊長だわ!あんなところに!」
女性死神たちがざわめいた。
温泉施設の屋根の上に、日番谷の姿があった。
煙突の上にしゃがんだやちるを、まぶしそうに見上げる。
「ひっつんも、けっこうしぶといねー!」
「うっせえ」
「鬼ごっこしようよ!鬼ごっこ」
檜佐木のあせりも、やんやと騒ぐ女性死神にも目をくれず、やちるは楽しそうだ。
「もういい、疲れた」
日番谷はそう返すと、懐に手を入れた。
「これ、やるよ」
そう言うと同時に、日番谷の懐から、小さな袋がこぼれたように見えた。
「お?」
やちるの目が、露天風呂のほうに落ちてゆく、袋のほうに向けられる。
「こ・・・こんぺいとう!!」
キラーン、とその目が輝いた。
と同時に、その体が真下にダイブする。
それを見守る檜佐木や女性死神たちには、温泉施設内に消えたやちるの姿は見えない。
「とったぁ!」
声だけが、聞こえた。その直後、
ばっしゃーん!!
あたりに木霊した、大きな水音も。
「・・・え」
檜佐木の顔が引きつる。
その檜佐木を、日番谷が見下ろした。
心なしか、いつもの無表情が勝ち誇っているように見えた。
「湯に沈んだぞ、カード」
一瞬の、沈黙の後。
周囲は、悲鳴に包まれた。
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