P36 神からの使者
先日の天使との空戦の結果、世界各国は異界の神に対して戦端を開くことを決定した。「異世界国家に地球への軍事侵攻を誘発した」と言う大義名分の元、地球側の軍隊は自国防衛以外の部隊を多国籍連合軍として集結させ、最高指揮権を第三国の軍人とし、各国軍は方面軍として自国の指揮官に分割指揮される。
IPKF (International Peace Keeping Forces)多国籍平和維持軍として統合された各国部隊は、空島へ先遣部隊を派遣した。部隊はまず、UH-60ブラックホークに乗り込み、島の真上に降下、後続部隊のための安全確保を目的とし、行動する。
『こちらパイロット!降下地点まであと五分!』
「総員、装備を確認しろ」
多国籍同時翻訳機から聞こえた指揮官の声にデジタル迷彩の戦闘服を着た兵士達が立ち上がる。彼らの肩にはIPKFのワッペンと出身国の国旗が縫い付けられている。その種類は多種多様で中にはスイス傭兵団の国旗を縫い付けている兵士もいる。
バチカン市国は基本的には中立を保つべきだが前回の大戦でバチカンも無傷ではなかった。そのため、少数でも武装兵を派遣して形は作っている。こうした事情を抱えた兵士は多いが、誰もが忠実に命令を守っていた。
「降下用意、GO!GO!GO!」
両サイドの引き戸からロープを垂らした兵士達がM4カービンを背負い降下する。そして、分隊に分かれ門の前へと移動する。上空には空自の偵察機OH-1が旋回している。
「動くな!」
どこかの分隊が何者かへ向けて静止の声を上げた。銃口の先にいたのは薄紫の髪に白と薄紫の羽衣を着た美女だった。
「警告する、それ以上近づくな。近づけば射撃も辞さない、すぐに両手を上げて両膝を地面につけろ」
指揮官は門から出て来たと思われる女性に対し警告の意味を込めて銃を向ける。
「ふん、人間風情が我ら神族に武器を向ける
など……」
「もう一度言う、両膝をつけ。お前は何者だ?」
「私は神の使い、私は神たちの真意を伝えに来た。今すぐこの地から立ち去れ、さもなくばあなたたちが想像できないような災厄が降りかかることになる」
「我々では判断に困る、あなたを神界の大使として我々の世界に招くことにした。着いて来てください」
神の使い、神使はIPKFの隊員に連れられ、UH-60に乗るこむ。この時、彼らは致命的なミスを犯していた、それは、神使がIPKFの兵器を解析していたのだ。この時、先遣部隊は気づいておらず、これが後の異世界戦争初の敗北の原因になってしまう。
IPKFのブラックホークは、空島から一番近い自衛隊イージニア基地に到着。そこから羽田空港を経由して神戸のホテルへと移送される。
会談場の空気は重すぎた、警備についている歴戦の猛者である特殊作戦群の隊員たちですら逃げ出したくなるような重苦しい低気圧だった。
「もう一度言います、今すぐ兵を引きなさい、さもなくば神の怒りを買うでしょう」
神使の言葉に、世界の警察、アメリカの大統領はホログラム越しにも分かるぐらいの青筋を浮かべる。
「なら聞きましょう、その神は戦争を誘発させた責任はどこの誰が取る気だ?」
「これは自然の摂理、我が神は戦争を誘発していない。したがって責任を取る必要はない」
「おたくらの都合のいい自然の摂理とやらで、我が国ならず世界中の無抵抗な市民を大勢殺傷したんだな。当然、我々は怒っている。ならその責任が取れるまでIPKFは一歩も引かない」
「まだ粘りますか、なら1日だけ猶予を与えましょう」
「その必要はありません、神使さま」
声の主は警備についていた陸自隊員であった、榊原煌2等陸尉通称「キツネの煌」であった。榊原はSIG P220を抜き取ると、神使の眉間に銃口を向ける。そして、躊躇なく引き金を引く。この暴挙に、ホログラム達は止めようとせず傍観している。
「これが我々の答えです、神使さま」
「なるほど……愚かな……人間め」
頭部から血を吹き出して倒れていた神使は、ゆっくりと立ち上がろうとする。しかし、その他の警備や秘書達がM4カービンで神使を蜂の巣にする。
「まだ殺れ、再生するぞ」
「変人かよ、こいつ。死体に鞭打つ気か?」
「いいから殺れって」
粉々になった神使は、最後に肉片を小型のバーナーで焼き尽くされ、消し炭になってしまった。
「特別地域及び、地球側全基地に通達、第一級戦闘配備!IPKF全部隊にデフコン1を発令する!」
IPKFの統合総司令官であるドイツのヨハン・レファネンス大将が立ち上がる。そして、再びホログラムは消えた。
「さてさて神と人、どちらが強いか力くらべをしようじゃないか」
窓の前に立ってそう呟いたレファネンス大将のホログラムも最後に消えた。




