紙のような僕
この小説は、十月の企画小説に沿った作品です。お題は紙。「紙小説」で検索してみましょう。他の作者様の素晴らしい作品を検索出来ます。
正直、世界に嫌気がさしていた。
理由というのもおこがましいが、何よりも他人に無関心な世界に嫌気がさしていた。
包み隠さずに言えば僕は人に注目されたい。
世界規模で知名度のある人間になりたかったのだ。
しかし、どうだこの世界は。
世界的に有名になれるのはどこぞの大国のトップや独裁者、スポーツのトップスターの中のトップスターぐらい。いや、ほんの一握りどころかたった一粒程度だろう。つまりは運動音痴でカリスマも無い僕は絶対に有名になれないということ。それが僕にはどうしても耐えられない。耐えられないから、そんな世界に嫌気がさしたんだ。
正直、僕は僕自身に嫌気がさしていた。クラスの中でどうしようもなく存在感の無い僕が嫌だった。僕のあだ名は『紙』。全くもって不名誉なあだ名なのだが悔しいかな、それは的確に僕を表している。
他人の意見に簡単に靡く紙のような意志、色も形も標準的な白い紙のような個性、いてもいなくても分からないような紙のように薄っぺらい存在感、それらが僕の特徴のように見えるらしい。つまりはすぐ忘れ去られる人間なのだ。不特定多数の他人に知ってもらいたい僕は、他人に全然注目されないタイプの人間らしかった。そんな自分が大嫌いだ。
つまりは何を言いたいのか。
要は死んでやろうと思うのだ。
今流行りの飛び降りで。
それが衝撃的な事件となれば、僕の死の記事はでかでかと新聞に載り沢山の人の目に触れるだろう。というわけで、今僕は十二階のマンションの屋上のフェンスの外に立っている。秋も半ばを過ぎて、涼しいを通り越して冷たい風が肌を撫でる。体が小刻みに震えた。遥か地上を歩く人は胡麻粒程度にしか見えない。体の震えが大きくなっていく。
「そうか、見るから怖くなるんだ」
僕はゆっくりと瞼を下ろす。それでも体の震えは治まらない。震えは震えのまま、僕は宙に身を躍らせた。
一瞬の浮遊感。直ぐに下に引かれ、落ちる。下からの風を感じる。僕は自分の死の瞬間くらい目に焼き付けようと目を開いた。どんどん近づく地面が目に入る。僕はあのアスファルトに叩きつけられて死ぬ。死ぬんだ。
途端に恐怖が爆発した。やっぱり死にたくない。死んだら全てが終わりで僕の存在は紙のようでさえなくなる。嫌だ、僕は死にたくない。
「うわあぁぁぁぁ!」
迫り来る死の恐怖に耐えきれなかった僕の意識は悪あがきのように絶叫と共に吹き飛んでいった。
ふと意識があることに気がついた。
死んだら全てが終わりだと思っていた僕は、死後の世界があることに感動を覚えながら体を起こそうと力を入れる。途端に全身に走る激痛。絶叫を上げそうになりながら、辛うじてそれを押さえた。もしかして僕は生きているのか? 僕は閉じていた瞼をゆっくりと持ち上げた。目の前に広がっていたのは白い天井。
「……病院?」
僕はそう呟いて落胆の溜め息をついた。その呟きに気付いた傍らに座る看護士は安堵の表情になる。
「そうですよ。良かった、気がついて。運び込まれてから丸三日も眠っていたんですよ」
「……はぁ」
僕は生返事を返した。三日とか言われてもあまりピンとこない。飛び降りたのがついさっきにしか感じられないから。……そうだ、三日経ったのなら僕の自殺の、まぁ未遂に終わったが、新聞に載っているはずだ。
「僕が運び込まれてから今までの新聞を持って来てもらえませんか?」
「えっ……。はい、分かりました」
看護士は少し困惑するように眉根を寄せたが、すぐに空さえ晴れるような笑顔で病室を後にした。何か引っかかる反応だったが、今はとても眠くなってきた。とにかく眠ろう。新聞を読むのは、僕の知名度を確認するのは。
目が覚めると僕は白い部屋に一人だった。先ほどの看護士はいない。が、枕元に新聞が置いてあるのだから持ってきた後、仕事に戻ったのだろう。僕は嬉々として三日前の新聞を広げた。
一面は某国の核実験についての記事と、国会やら内閣やらの政治の話に占領されていた。まぁ、仕方がないだろう。僕のような一人の人間の命の情報なんて、国の大事に較べたら些細な事でしかない。落ち着け自分。二面には僕の顔写真がどんと載っているはずだ。
二面、最近起こった小学生殺人事件の続報で埋まっていた。ま、まあ仕方がない。こんな悲劇的な事件が前では僕の自殺は霞んでしまうだろう。次だ、次こそは……。
三面を開き、四面を開き、次々めくっていっても僕の記事はない。遂にはテレビ欄にたどり着いてしまっていた。そんな馬鹿な、必ず載っているはずなんだ。
僕はもう一度、今度は丹念にページを調べていき、ようやく僕のことを書いているのだろうと予測出来る記事を見つけた。
『県内高校生が自殺未遂』
との簡素な見出しの少ない文章が、地方面の端に申し訳程度に割り込んでいただけ。僕が死ぬ思いまでして手に入れた新聞記事は、十万円も出せば手に入れられるような小さなものだった。
僕はがっくりと肩を落とした。つまりは、僕は紙でしかなかったのだ。
自殺という衝撃的な死の方法を選んで行動に移したところで、紙のように当たり前で価値のない僕に世間が注目するはずがなかったのだ。新聞の編集者が注目するはずがなかったのだ。つまりは紙のような僕は紙のように薄っぺらい人生を送るしかないのだと、僕にスポットライトが当たることが無いのだろう。
僕は空の奥の、そのまた奥を見ようと目を細めて窓の外を見上げた。晴れた空は過去現在未来変わること無い、変わることが出来ない空が心を小さく痛めたのだった。
やっぱり初挑戦でした。というか制作時間が余りにも短かったため、超がつく駄文に仕上がってしまいました。評価をお願いします。