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晦冥の底から 作者:歌瑞
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9 Live



 それから、わたしは熱を出して、またベッドへ逆戻りすることになった。

 食べられそうになって。けれど助けてもらって、生きている。
 わたしが生きているかわりに、死んでしまったヒトがいる。

 いろいろ、考えた。

 じゃあわたしが死んでいたら。生きていたら。生きていたのは。
 食べられていたら。食べなかったら。死んでしまうのは。

 ───わたしも、誰かを食べて生きている。

 ちいさなひよこをかわいいと思う。ひよこはやがて鶏になる。
 わたしは『チキン』というお肉をたくさん食べた。それってどういうことだっけ?

 ぐるぐる、考えた。

 いまさら考えるようなことじゃない気がして、今考えるなんて遅すぎるような気がして、でも気になって。ぐるぐる、ぐるぐる。
 停滞したまま、うとうと眠って。

 朝、目が覚めて。

 ───生きていこう。
 そう思った。だって生きている。
 こんなに、おなかがすいてるんだもの。
 たべることは、いきること。

 わたしは、生きていたいのだ。





   ※  ※  ※




 まず考えたのは、わたしはこの世界のことを知らなさすぎる、ということだった。



「おはようございます」
 身支度をして、人の気配がするキッチンへ行ったら、お姉さんが鍋をかき混ぜていた。
 フリップさんがテーブルの上で、バレーボールくらいの大きさの野菜…か、果物らしき茶色いものに、ごすっと包丁を叩きつける。かなり堅そうだ。
「おはよー。ビョウキなおった?」
 三分の一ほどめり込んだ包丁を持ち上げると、茶色いものがくっついて一緒に浮き上がった。
 さらにもう一撃、どごんっ。テーブルまでいい音がして、ちょっと歪んだ気がする。
「…ハイ」
 イヤ病気じゃなくて知恵熱みたいなものですが。そう思ったけれど、目の前の豪快な所作に呆気にとられて言葉にならなかった。
 もう一回、どがんっ。
 テーブルの寿命が心配になるような攻撃にハラハラしていたら、次にいい音がしたのはフリップさんの頭だった。
 がいーん、というか、ぱいーん、というか。筆舌につくしがたいじつに軽妙なおとです。
「痛って熱っち!」
「力づくでやらないの! おはようミオ、熱は下がった? 今丁度あなたの食事が出来たところよ」
 つい今しがたまで火にかけていた鍋を握り締めたお姉さんがにっこり笑いかけてくる。
「…ありがとうございます」
 中味は、もうお皿に移した後みたいだけど。お姉さん、もしやそれで。

 フリップさんはぶちぶちとお姉さんに不満を言いながらわたしの言葉を通訳してくれた。彼は商売に必要だから翻訳機を使っているけれど、お姉さんにはないのだそうだ。
 叱られて、小刻みにとんとんと柄を握った手と反対の拳で叩いている。そうしてぱっくり割れた茶色いものの中味は真っ白だった。
「ミオも手伝ってー」

 お仕事ー!

 半分をどんと置かれたテーブルの場所へ、飛びついて椅子の上に膝立ちになった。普通に立つんじゃテーブル高いんですよ。
 たぶん取り分け用なのだろう、おっきなスプーンを渡された。フリップさんも同じ物を持って、白い部分をくり抜いている。
「黒い種あるから、それはこっちね。食べられるのは白いトコだけー」
「ハイ」
 テーブルの真ん中にお皿がふたつ。見よう見まねでウズラの卵くらいの黒い種を片方のお皿に避け、白い果肉をくり抜いてもう片方のお皿に移す。柔らかいから難しくない。

「じゃあわたしは帰るわ。ミオ、冷めないうちに食べてね。無理しないのよ」
 お姉さんがエプロンを外しながらそう言って、わたしの頭をするりと撫でた。
 急いで椅子から降りる。わざわざわたしの面倒をみるために来てくれているのだ。きちんとお礼をするべくお姉さんに向き直り、頭を下げる。
「ハイ、ありがとうございます」
「ミオは『アリガトウゴザイマス』ばっかりね、覚えたわ。どういたしまして」
 うふふと優しく笑うお姉さんはもう一度わたしの頭を撫でて、帰っていった。
 んじゃまたねーと視線も向けないフリップさんの挨拶は軽い。ご近所さんみたいだから、こういう行き来はよくあることなのかな。
 ぱたんと扉が閉じてしまうと、わたしは再び椅子の上にあがってくり抜く作業にもどった。
「フリップさん、ギィは…?」
「ギィ?」
 なにそれ、と聞き返された。
 そういえば名前の話、フリップさんにしてない。

 説明したら、へーええ、となんだかヤなカンジににやにや笑われた。なんだっていうんだ。
「ダンナならたぶん裏の倉庫でバイク整備中。全部取れた? じゃ飯にしよー」
 空っぽになった茶色いふたつの皮を重ね、種をがらがらとそこへ入れて、フリップさんはぽいっとそれを部屋の隅に投げた。
 ぼっすがらららって金属製のごみ箱がふるえている。ナイスシュートだけどちゃんと捨てましょうよ。

 そうしてテーブルの上に並べられたのは、一日寝込んでいたわたしのためにお姉さんが作ってくれたおかゆと、数種類の豆っぽいのを一緒に煮込んだものと、刻んだ濃い緑の葉っぱが浮いてるこがね色のスープ。それからぺったんこでまんまるい、たぶんパン。
 あとはお肉を焼いたものもあったけれど、先日わたしがそれを食べたがらなかったので、あれはフリップさんの分なのだろう。
 くりぬいた白いものには、真っ赤なソースをこれでもかってくらいフリップさんがぶっかけた。見た目はヨーグルト苺ソースがけ、ってカンジだった。
 どれも味が想像つかないけど、においはすごくおいしそう。

「ギィ、呼んで来ます」
「あこら、待てって」
 外に出ちゃダメ、と言われてはっとした。
 そうだった、わたしは出ちゃだめだ。
「あとな、たぶん熾青のダンナは飯食わないよ」

 ……、そうかなって思ってたけど。

 わたしはどんな顔をしていたんだろう。
 わたしを見下ろすフリップさんの眉間が微妙に歪んで、眉尻が下がった気がする。そうしてぐしゃぐしゃと、わたしの頭をかき回した。

 出会ってからの数日、わたしは何も食べられなくてふらふらしてたのに、彼は平気だった。
 我慢してるとかじゃなくて、最初から用意してなかった。する必要が、なかったんだ。

 ……ごはん、一緒に食べられないのは寂しいなあ。

「ホラ、冷めないうちに喰っちゃえよ」
 ぽんと後頭部をテーブルのほうに押されて、わたしはのそのそと、椅子に座る。

 一緒にたべたいのに。


 ───とりあえず、白いのはすごーく甘ったるくて、赤いソースはすっごく酸っぱかった。





 ギィのとこに行きたいです。
 ごはんを食べおわってそう言ったら、しょーがないなってフリップさんに笑われた。
 面倒かけて申し訳ないなって思いますけど、笑われる理由がわからないですよ!
 ちょっと話が聞きたいなって、それだけなのにー!

 ぎゅうぎゅうとわたしはフードを深くかぶって、フリップさんの影に隠れるようにして家の裏口から倉庫へ走った。
 もともと街のはしっこだから、あまり人影はないんだけれど。警戒するにこしたことはない。




「根っこ?」
「ハイ。それがいちばん、なんだかわからないなあって。イメージが湧かないっていうか」
 だから、もうちょっと知りたいんです。
 そういうわたしに、むーとフリップさんが唸った。
「見せてやりたいけど、こっから一番近い根っこって言ったら、五拾弐番区のじゃなかったっけ。危なくね?」
 え、近くに根っこってあるんですか。ていうかごじゅうにばんくって。

「後一週間程度だ。問題ない」
 工具をからんと床に置いて、バイクの向こうで黒い影が立ち上がる。響いた美声はギィのものだ。
「ダンナ張るの? オレ店開けるからずっとは無理だよ」
 静かにギィが頷く。はるってなんだろう?
「じゃいっかー。ミオ、明日の夜明け前に出るよ、今日は早く寝とけー?」
 わ、実物見に連れてってくれるみたい。
「ハイ!」

 ほんとに、ここのヒトたちは優しいと思う。





   ※  ※  ※





 夜明け前、うっすらと地平線が輝きだすこの時間帯はまだ寒い。
 ゴーグルを顔に当てて、ぎゅっとベルトを絞った。視界がグレーに染まる。
 両耳を包む翻訳機に、顔半分を覆う不透明なゴーグル、さらには砂と日差し避けに首から口元まで布を巻いてしまうと、露出している部分はほぼ無くなった。
 今着ているコートは『クライン種』というヒト用のものらしい。胴体部分はぴったりだけど、袖がちょっと長くて、指先まで隠れるくらい余ってしまう。
 フリップさんやお姉さんは『ティア種』と呼ばれるヒトで、そのティア種のもの、 …子供用のと比べると、クライン種の服は細身で袖が長いつくりになっている。人間と同じくらいの細さだけれど、人間より腕が長い、ということなんだろう。
 よし、お出かけの準備は万端です。


 ギィが運転するバイクの前にわたし、後ろにフリップさん。三人も一緒に乗れちゃうバイクのクーさんは、でっかくて軽自動車より重さも馬力もありそうだ。
 フリップさんはひょいと身軽に後ろ向きに乗って、片手に銃を持っている。
 まさか自分が砂漠に来ることになるなんて思ってもいなかったなあと、遠い砂丘を見つめながら考えた。
 太陽が昇りはじめるとあっという間に空気が熱せられて、じりじり暑くなっていく。
「そろそろ涌いて出るかねえ」
 大儀そうに、欠伸混じりでフリップさんが言う。
 出るって、なにが!?

「左だ」
「はいよー」
 かぽ、がしゃっ。
 ちょっと長めの銃の先端が、ギィの身体の向こうにみえた。
 ぽんっ。
 あ、この音、前に聞いたやつ!
 そんなことを思っている間に、放物線を描いて飛んでいったそれは、離れた所で土煙を立てて現れたモノに当たって、爆音をあげた。
 どーんってこいういことだったのか。
「あれ、なんなんですか?」
 動かなくなってあっという間に後ろへ流れていってしまって、もう見えない。
「砂虫。獲物が移動する足音聞きつけて寄ってくるんだよ。ああいうのが砂漠の砂の中にウヨウヨいるから、ミオはヒトリで出歩かないようにねー」

 …うようよ。

「このヘン、岩盤の上にだいぶ砂が積もっててさ、ヤツらの巣みたいなトコだから。頭だしてんの見たら教えてー」

 ……巣。

 かぽんがしゃんと、フリップさんは迎撃準備に余念がないみたいだった。
「右」
 ギィがそう言うのと同時にバイクが傾いて左へずれる。
 もし真っ直ぐ進んでいたら確実にぶつかってたんじゃないかって場所で、ざっと砂がふき上がる。
 その砂の中で、でっかい口が開いてるのを見てしまった。その口めがけて向けられたフリップさんの銃から弾がとんでいくのも。

 どふって、砂と一緒に得体の知れない破片が舞い上がって、


 ぎゃ───! 


 ……フリップさんが物騒なお店を『雑貨屋』となんだか普通なカンジに名乗るのは、ブッソウなのがフツウだからなのかなって。
 そう思えるだけの時間を、すっごく『フツウ』に過ごすことになった。


 スプラッタはかんべんしてほしいです。


 バイクは一度も止まることなく、ぐんぐん進んだ。
 地平線まで砂だったのが次第に砂利が混じり始めて、タイヤに伝わる振動がだんだん変わって。
 この先の硬い岩盤が地表に出てる場所に、根っこがあるらしい。

 やがて速度を緩めて停まったバイクのずうっと向こうに、大地の裂け目が広がっていた。
 なんだろう、あれ。

 すたっと軽い身のこなしでバイクから二人が降りる。
 それを見習って、ぴょんと勢いをつけて飛び降りた。
 …はずなのに、予測していた着地の衝撃が足に伝わってこなかった。
 かわりにあったのは、するりとわたしの身体を囲ってすくい上げる、つるつるでごつごつの。

 あっれー?

 もう目は見えているし、ごはんもいっぱい食べさせてもらったから、自分の脚で歩けるんだけれど。
 さも当然、という雰囲気で、左腕に抱えられてさくさく運搬されている。

 役目を果たしていない自分の足の先を交互にぴこぴこ動かして、歩けますよーとこっそり自己主張してみた。
 ギィを見上げて様子をみる。うん、彼の視線は前を向いたままっぽい。気にも留められてない。

 ……歩いちゃ駄目だったりするんだろうか。
 そういえば砂虫は音を聞きつけて集まってくるんだって言ってたっけ。見つからない特殊な歩き方とかあるのかな。
 だとしたら、わたしは自分で歩かないほうがいいのかもしれない。呼び寄せたりして迷惑をかけたら嫌だし、黙って大人しく運ばれていよう。

 そうしてそのままたどり着いた断崖の下には、途方もなく深い深淵がのぞいていた。
 強い風が吹き上げてきて、身体が浮き上がりそうなくらいだった。
 ギィにしがみついているのでなかったら、こんな切り立った崖の縁になんて怖くていられない。
 ずうっと下は黒く染まって底が見えなかった。
 光の届かない暗闇まで続くその絶壁を割るかのように、今にも動き出しそうな『根っこ』がのたうって縦横に根をはり巡らせている。
 太い部分だと直径で十メートルくらいはありそう。すごく大きい。
「あれがそうなんですか」
 ちょっと身を乗り出したらギィの右手が伸びてきておさえられた。ここで落っこちるほど間抜けじゃないですよ!

 根っこにはヒビ割れている箇所がいくつもあって、そこからきらきらと光を反射する何かがこぼれ落ちている。
 水かなあ…?

「あれなー、ただの水だったらよかったんだけど。触るといろいろ溶ける水らしくてさ。地形もメンドクサイし、根っこも規模が小さいし。だから放棄されてんだ」
 ざくざくと足音を立ててギィの隣に並んだらしいフリップさんは、その場にしゃがみこんで眼下を眺めているようだった。
 こんなにおっきいのに、規模が小さいって。じゃあ標準的な根っこだともっとおっきいってことだよね。
「他の根っこもそういう、溶けちゃう水がでてるんですか?」
「ものによりけりらしいよー。タダの水が出るやつもあれば、油垂れ流すのもあるし。ほとんどがもう枯れてて液体出すのはあんまナイらしいけど」

 根っこの価値は内部の遺物がどれだけ生きているか、に左右されるらしい。
 内部って、根っこの中ってことだよね?


 なんだかますます、わからないことが増えた気がする。





 根っこは、人が活動することを前提とした空間を、内部に持っているらしい。
 道具として使える遺物を内包していたり、そのまま施設として使えたり。
 けれど、それらは建造物というにはあきらかに歪みがあって、ほとんどのものがまともな入り口すらなく、無作為で無駄な通路ばかりが目立ち、なによりもいちばん特徴的なのが、そこには必ず『滓』が巣くっている、のだそうだ。
 根っこが枯れないかぎりそこから出てくることはないけれど、滓は人に対して攻撃的で、それゆえ遺物を手に入れるのは容易ではなく、今ではそれを攻略して遺物を持ち帰る、そういうことを生業とするヒトもいて。
 ギィもその一人なんだって。

 つまりわたしと出会った時のギィは、お仕事中だったのだ。

 五拾弐番区。
 あそこがそう呼ばれているのは、地下にある広大な遺跡の壁面にそう記されていたからで、深すぎるその位置と、遺跡を食い破るように破壊して枯れた根っこから蔓延する滓のせいで、挑む者は滅多にいない危険区域なんだとか。
 ギィに見つけてもらって本当によかったと思う。
 でなければあの暗い闇の底で、わたしはひとり死んでいたに違いない。
 本当に、感謝している。



一緒に食べるってことは一緒に生きるってこと。
誰かと一緒に食べるご飯がおいしいのはそういうことじゃないのかなあと感じるのです。

あとそれタダの過保護抱っこですよミオさん。岩盤硬えって。砂虫いねえって。
+注意+
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