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晦冥の底から 作者:歌瑞
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R15 残酷な描写あり タグ付作品です。
苦手な方はブラウザバックをおすすめいたします。


「なあ、もういいだろ? もういいよな、な」
 押さえ切れない高ぶりにぶるぶる震える手で、身体のあちこちを撫でさすられている。

 人気の無い、寂れた倉庫のようなところまで連れて来られて、わたしはもう離してと訴えるのをやめていた。
 わたしの口からこぼれる声を聞けば聞くほど、このヒトたちは興奮し、息を荒げて狂乱していくようだった。
「啼かないのか。もっと啼けよ、ほら!」
 髪を掴まれて揺さぶられる。

 ───ああ、せっかく誂えてくれた翻訳機が落ちちゃう…

 ぎゅうぎゅうと床に押さえつけられて呼吸もままならない。
「何か言え!」
「もういいよ、喰っちまおう、俺もう我慢できねえよ」
 指先をぬるつくものが舐め上げた。全身が総毛だつ。

 いや───!

 たす けて     !!


 叫んでしまいたい。離してと。でも言葉なんて通じない。

 叫べば叫ぶほど、このヒトたちは悦ぶんだ。

 叫んでしまいたい。助けてと。


 たすけて。でも、呼べない。


 たすけて。




 呼びたい。でも、呼ぶ名前を、知らない───!





 涎が糸を引くその顎門は、今まで見たなによりもおぞましかった。

「い、やああああ!」

 ど、と軽い衝撃があって。
 腕にくい込んだ牙が痛い。けれど。
 そんなことよりも。目の前の光景に意識を奪われた。

 わたしの腕に喰らいつき、噛み千切ろうとしたヒトの両頬、上顎と下顎の合わせ目あたり。そこを右から左に貫いて生える刃があった。
 刃の柄を逆手に握るその拳は、黒くて、ごつごつしてて。
 その硬い装甲めいたつくりの節々を、ほんの一瞬青い光が、ひび割れた炭の奥でくすぶる高温の焔のようにゆぅらりと、流れていった。

 ごり。ナイフが捻られる。
「あ…っが」
 そのヒトの牙が緩むと同時に、ナイフに貫かれた傷から血があふれ、呼気と混じって泡をつくり、流れだす。


がりっ。さらに捻られた。
「ァあ!」
 噛み合わせようとしていた顎の骨が、差し込まれた刃によって無理矢理開かれて、外れた牙からわたしは自分の腕を取り戻した。
 ナイフを握る手が後ろに引かれ、その動きに引きずられて、そのヒトはわたしから離されてゆく。
 2、3歩分距離が開いたところで、唇の端に向かってナイフが振り抜かれた。
 ごふっと鮮血を飛沫いて崩れおち、口と咽喉元を押さえてごぼごぼと、水に溺れるもののように呼吸に喘ぐ。


 それまでを、唖然として凍りついたように見ていた他のヒトたちが一斉に気色ばんだ。
「てめえ!」

 ナイフの持ち主は悠然と、血の滴る刃を軽く振るって汚れを落とし、己のコートの袖の中へと滑らせる。収めるべきものが収まったのだろう、かちんとかみ合う音がした。

「こいつッ、雑貨屋に出入りしてやg
 黒い、風がふいたようだった。

 わたしを押さえつけるために誰も彼もが姿勢を低くしていた。その高さにあわせるように、コートの彼はぐっと身体を屈め、両手を床に着く。
 体格に見合うだけの長い脚が伸びて、一閃。まずそれで右側にいたヒトたちが弾き飛ばされて、入れ替わるようにそこには彼がいた。

 ああ───!

 次いで、わたしの左肩を押さえて指をしゃぶっていたヒトの首を鷲掴む。
 ごきりという鈍い音と、それを隣に居たもう一人と共に投げ飛ばすのは同時だった。

 わたしが縋るまえに、彼の腕がわたしを囲って抱え上げる。
 夢中でその首にかじりついた。

 来てくれた。
 いろいろなものが心の奥から溢れるようで、ぎゅうっと目を閉じて彼に頭を擦り付ける。


 立ち上がって、周囲のヒトたちに向きなおったらしい彼に対して、足音の輪が遠く広がる気配がした。
「…悪かった、アンタのだなんて思わなくてさ、悪かったよ!」
 それまでの熱狂が嘘のように怯えた声。
 不思議なくらいの変わりようだった。


「雑貨屋から伝言だ」
 すう、と彼が銃を構える。
 その偉容な手に収まるにはずいぶんとちっぽけで、安っぽい装飾が不釣り合いに見えた。
「二度と来るな」

 たん、たん、たん、たん、
「ッぅうああ
     たん。

 失われるものに比べると、ずいぶんと軽い音に貫かれて。
 身じろぎひとつ出来なかった人たちは声もなく。
 最後に逃げようとしたヒトもおなじように。
 ばたばたと倒れて、動かなくなる。

「忘れ物だ」
 彼はその上へ無造作に銃を投げ捨てると、それでもう用は無いと言わんばかりに踵をかえして、振り向きもしなかった。


 …もう、いない。
 あのコワイヒトたちは、もういない。

 もう、叫んでも、いいだろうか。めいっぱい。
 堪え切れそうになかった。まぶたの裏がぐんぐん熱くなる。


 呼んじゃいけないと思った。
 甘えっぱなしでいちゃだめなんだって思ったばかりだった。
 でも。

「呼びたかったの」
 声にだしたら、どうにもならないくらい、一気にあふれてきてしまった。

 誰かに助けてほしいって、そう思ったとき、頭に浮かんだのは彼しかいなかった。

「わ、たし、あなたのこと、よ、呼びっ」
 しゃくりあがってしまって、ぜんぜん喋れない。

「な、まえっ」
 呼べなかった。呼びたかったのに。
 名前を知らないままだったから。
「知ら、な、く、て」

 喉も鼻も詰まって、身体がどこもかしこもふるえて、言葉がでない。

「呼べっ、なかっ」
 それでも来てくれたヒトを見ていたいのに、涙が止まらなくて、拭っても拭ってもすぐにぼやけてしまう。
 見えなくなっちゃう。

 ぐいぐいと目元を擦っていたら、頭に何かが触れた。
 視線をあげてみると、彼の右腕がわたしの頭上に伸びていた。
 指が、ぎこちない動きで髪の間を流れて、梳いていく。
 すごくひっぱられたから、きっとひどいことになっているんだろう。

「呼べばいい」
 静かに、そう言われて。
「……な、んて、呼んだら、い、いですか」
「好きなように」

 好きなように───名前を付けて、呼んでもいいってこと?

 じゃあ。

「じゃあ───ギィ、て、呼んでも、いいで、すか」


きゅるっ
「安直だな」

 …今の、たぶん笑われちゃった。
「だ、めですか」

「呼べ」

「…ギィ」
「なんだ」
 ……えへへ。
「ギィ」
「ああ」

 ずびっと音をたててわたしは鼻を啜った。
 なまえ、よべた。

 うれしい。





   ※  ※  ※






「ミオ! ああクソッ! なんだよこの傷! 腹立つなあちょっと一発くれてこようかなあ!」
 フリップさんはわたしを見るなり声を荒げてそう言った。
 あちこちヒリヒリ痛いから、目立つ擦り傷でもあるんだろうか。

「無駄だ」
「…まさかダンナ、全部殺したの」
 彼は無言で、答えなかった。
 否定をしない。
「なんてことすんだよ!」
 フリップさんは批難を滲ませて悔しげに己の頭をがりがり引っ掻いた。
「オレが殺る分も残しといてよー!!」

 ……えええ。
 怖いです、これ、こういうのが常識…?

 ちょっと血の気が引く思いでまごまごしていたら、フリップさんはわたしの視線の意味に気が付いたようだった。
「いーんだよ。あいつらがバカなんだから。前にダンナにちょっかい出して痛い目みてんだからさー。ウチの常連にダンナがいるの知っててウチにあるもん盗んでくとか。アホか死ね」
 えええ。
「元々ヨソから来た流れモンだし、消えたってダレも気にしやしないよ」

 ……『雑貨屋』と称して物騒なものを売ってるフリップさんの、懐っこい人柄の裏の一端が見えた気がしました。




 それから、彼はフリップさんのお家までわたしを連れてくると、片付けてくる、とだけ言って外へ出て行ってしまった。
「ミオは手当てな。ほら座ってー」
 わたしはキッチンの椅子に座らされて、水で塗らした布であちこち拭われる。
 それから薬を塗って、絆創膏に似たカンジのフィルムのようなものをぺたぺた貼って。
 手足や、顔にも小さい傷がいくつかあったらしくて、結構手間がかかってしまった。
「こんくらいかなあ。他に痛いトコない?」
「大丈夫です。ありがとうございます」

 あーあ。傷だらけだあ。
 いろんなところにフィルムを貼られた自分の手を眺めて、ふとフリップさんをみたら。
 なんていうかこう。ほっぺた片側だけ微妙に上がってて。

 ……にやにや笑い?

「なんですか」
「いやーこの前から面白いなあと思ってさー」
 このまえ?
「いっつも人目避けて夜にしか店に来ない熾青のダンナがさ、真昼間に現れて。なにごとかと思ったらちっちゃい人間のオンナノコ抱えててさー」
 わたしのことですか。
「矢継ぎ早にアレもコレもソレも寄越せって」
 ぶふっ。堪えきれない、そういうふうにフリップさんは笑った。
「今日だって昼間に来たの、夜だとミオが寝てるからなんじゃないのアレ」
 くっくっく。ぷるぷる震えだした。
「仕舞いにゃソコの椅子、  …ウチの椅子にダンナが座るとかありえねー」
 あはははは、と弾けたように笑い出したフリップさんは、めちゃくちゃ楽しそうだった。

「……確か、生まれた時からのお付き合いだって、言ってませんでした?」
「ん? うん、そー。曾爺ちゃんの代から、夜に現れては黙ってブッソウなもん買ってく、そういうオツキアイの雑貨屋常連」

「ひい、じいちゃん…」
「そう。何十年も前から姿が変わらない、得体の知れない異形のヒト。ミオはわかんないのかもしれないけど、オレはいままで熾青のダンナと同じカタチのヒトは見たことないよ。ああいう姿の種は、他にはいない」

 それがさー、ミオとさあ!

 あはははは、と笑い転げるフリップさんは、本当に、楽しそうだった。


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