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晦冥の底から 作者:歌瑞
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17/24

17 Machinery:latter



 呆れた様子で後ろを振り返りながら歩み寄ってきたのは、ガルムさんだった。

 彼の背後から風が吹き込んで、ときおり紙きれやビニールみたいなものがひらひらと舞ってくる。
「見ろ、樹幹の滓まで騒ぎ出しやがった」
 そう言って穴の向こうを指し示す。
 わたしには真っ暗で何も見えないけど、彼は見えているのだろうか。

 ガルムさんが指差すその先からは、びゅうびゅうと鳴る風の音と一緒に、ぎちぎちぎち、と、なにかの『鳴き声』が聞こえてくる。
 それは近くなったり、遠くなったりする───短時間でかなりの距離を移動してる。保護局の外はほとんど絶壁といっていいような形だったから、たぶん、飛んでるんだ。

「あれが外に出るなんざただ事じゃねえ。…テメエは何なんだ」
 聞いたことがある問いだった。
 それに対するギィの反応も、その時をなぞるような沈黙で、ガルムさんはもとより答えを期待していなかったのか、少し不満そうにふんと鼻をならすだけで済ませる。

「…まあいい、今は他にやることがある。ほらよ」
 彼はぽいとわたしの指くらいの、棒状の何かを投げて寄越してきた。ギィが片手でキャッチする。
「嬢ちゃんの遺伝子情報の複製だ。すでに情報のほとんどは西棟に移されている」

 ぱきん。
 ギィの手の中でそれが握り潰された。
 ぐっと力を加えられたらしい拳の中で、さらにばきばきと破壊されていく音がする。指が擦り動かされ、小さく、細かくなった破片がぱらぱらと隙間から零れ落ちていった。
 原形をなくして砂みたいに床へ散るそれを眺めて、ガルムさんが茶化すような口笛を吹く。

「ご丁寧なことで。それじゃあ仲良く追いかけっこでもするかね。目標地点は…あー、あっちだ」
 金属の光沢を持った白い指先が、ものすごくぞんざいに、とある一方を指し示す。
 ギィは黙ったまま、そちらへ首を曲げて、またガルムさんへと戻した。

 じゃこん。

 金属がスライドする、涼やかで重い音。
 ガルムさんの機械の腕、両手の甲のあたりに、銀色に光る刃があらわれて、こちらに向けられる。

 どうして。
 砂漠で出会った時のように、再び剣先を突きつけられたことにすごく驚いた。

 あの時は、ギィが人間に危害を与えるかもしれない、そういう誤解からだったんだって、今は理解してる。
 ずっと皮肉げで刺々しい態度の理由も、保護局にきてみてよくわかった。ガルムさんはここが嫌いなんだ。
 それでも、人間が生きていくためにはここに来るしかなくて。
 生きていく術が他にあるのなら、そちらを選んだほうが賢明だ、ってリーチェさんは言ってくれた。
 ガルムさんも彼女と同じような考えなんだと思ってた。
 それなのに、どうして。

 彼は片足を後ろに引いて腰を落とし、身体の重心をぐっと低くして身構えると、隻眼を好戦的にきらめかせた。

 どうしてこの人、楽しそうなの───!

 金属の重さを感じさせない身軽さで、ガルムさんが仕掛けてくる。
 独特な機械の作動音とともに一直線に向かって来る彼を、ギィは真横へ跳んでよけた。白い機械の人は身を捻ってそれを追いかけて、すぐさま詰め寄る。
 間を置かずに振り下ろされる刃、後退してかわした先にまでのびてくる蹴り、ギィはどれもさらりと避けながら、部屋から通路へと移動していく。
 二人とも、いかにも様子見だという風情で余裕をまとっているけれど、その間でギィにしがみつくしかないわたしは、激しい動作についていけなかった。

 気持ち、わるい、
 めまいと吐き気は治まる気配がない。
 食事を与えられていなかったことに感謝するとは思わなかった。胃の中がからっぽなおかげで、ギィの腕の上で吐いたりしなくて済む。
 それでも喉の奥からせりあがる苦いものはあって、必死でこらえていると、黒い手がわたしの頭を支えて上向けさせてきた。

 なんだか、観察、されてるみたいだけど……
 角度がきつい、首がまっすぐだと辛い。
 嘔吐きそうになって、その指を、頭を振ってふりはらった。ギィの首元に額を押し付け、身体を縮める。
 あたまが、いたい……

 視界の端で、ゆら、と青い光が揺れ動くのをみとめながら、目を閉じた。


 通路の遠くからこちらへ向かってくる複数の足音がぱらぱらと、重たい頭に響く。
「零に当てるな、脚を狙え」
「囲い込め」
「何をしているG.R.M、早く取り戻せ!」

 たくさんの声が聞こえた。

「撃つなよ俺にも当たるだろうがっ」
 自棄気味な、ガルムさんの愚痴。
 きゅいっ、ガルムさんが動いて、床を蹴る音が近付いてくる。
 また振り回されるのを覚悟して、ぎゅっとギィのコートを握りしめた。


 ぎゃり  ん、
 歪んで削れる金属の、音。
 その近さに、鳥肌が立った。
 こんな近くで危険を感じるようなこと、今までなかったのに。

 ぎぎ、ぎ、ぎ、ぎ
 間近で聞こえる不穏な音に、思わずそちらを見遣った。
 ギィの黒い手のひらに握られた銀色の刃がかたかたとふるえている。
 その先をたどれば、ガルムさんが面食らったような顔をして、機械の左腕を突き出していた。
 わたしを抱えた時のギィはずっとかわすばかりで、正面から受け止めたことなんてなかったから、わたしも少し、驚いた。

「なんだ、こいつは」
「クライン種…?」
「馬鹿な、この体格で? 有り得ない」
 ざわざわとした動揺が、周りから伝わってくる。
 ガルムさんの後ろに集まってきたヒト達が、至近距離でギィの姿を確認して、戸惑っているらしかった。

 大まかにわけて、三種類。
 みんな同じ服装で、最前列に並ばされて銃を構える『人間』と。
 人間の後ろで怒鳴って命令する背の高い『ティア種』と。
 それから『クライン種』。
 わたしみたいな『人間』や、フリップさん達のように大柄で、尖った牙みたいな歯の『ティア種』とは違う、ギィみたいに硬そうな身体のヒト───でも、わたしくらいの身長で、腕の長い、ヒト。

 ───熾青のダンナと同じカタチのヒトは見たことないよ。ああいう姿の種は、他にはいない。
 フリップさんの言葉を思い出した。
 ギィは、どれにも当て嵌まらない。


 最初から、ずっとギィと一緒にいたわたしにとって、それがどれくらい異常なことなのか、わからなかった。
 兵器だって言われた時も。実感なんて、なかった。

 べきんと音をたててガルムさんの刃がへし折られる。
 わたしでは理解の及ばない、力のせめぎ合いがあったのだろう。大きく体勢を崩した彼に向かって、ギィの長い脚が───
 見えたのは、膝があげられるところまでだった。
 一瞬後にはガルムさんが後方へふき飛ぶ姿と、ギィがゆったりと脚を戻すわずかな揺れとが、視界にあった。

 ガルムさんの白い機械の身体は、通路の向こうでひとかたまりになっていた『ヒト』たちのところへ突っ込んで、いくつかの悲鳴があがる。

 そこからよろよろと立ち上がったクライン種のヒトが、吸いよせられるように一歩、二歩とこちらへ進み出てきた。
「これは、まさか…まだ稼動している個体があったのか」
 近付いて来ようとするそのヒトに、ギィがわずかに首を曲げて顔を向けると、はっとして足をとめる。
 一度怯えた様子で身体をすくめ、後ずさってから、そうした自分をごまかすようにたんと足を踏み鳴らし、こちらに指先を突き付けて、声高に言い放った。
「G.R.M、あれを捕らえろ!」
 名指しで命令された彼は億劫そうに身体を起こし、何かを払い落とすように頭を振って唸る。
「無茶言いやがる、あんな化け物がそう易々と捕まるわけがねえだろう。アレが何だか知ってんなら先に言え、対処しようがねえ」
 白けたように吐き捨てられた言葉に、クライン種のヒトは声を荒げて怒鳴りつけた。
「貴様がそれを知る必要はない!」
 高圧的な電子音声の合間に、きゅるぎゅると腹立たしげな独特の声が混じる。

「…ああ、そうかい。なるほどね。あれが俺の、元型か」

 ガルムさんが皮肉っぽく唇を曲げるのを、踵を返したギィの肩越しに見た。
「逃がすな───!」
 きいきいと軋むカン高い声が、鼓膜に突き刺さる痛みに変わる。ざらざらしたノイズが背中にはりついてくるようだった。

 ギィとは、全然ちがう。

 走り出したギィの背後から、いくつもの銃声が後を追って響く。黒い手のひらがわたしの頭を覆って、ぐっと下に下げさせた。
 それに逆らわずに身体を縮めて小さくする。自分がなんにもできないのだということを、こういうときに思い知らされる。邪魔だけはしないようにつとめるのが、せいいっぱい。





 保護局の通路は、奇妙に曲がりくねる『樹幹』そのままの部分と、人が手を加えた真っ直ぐな部分とが入り混じっていて、すぐにわたしは方角がわからなくなってしまった。
 そんな道筋を、ギィは迷いなく選んでいく。

 時々すれ違うヒトはギィの侵入を知らされていないのか、驚いて立ちすくむヒトや、怯えて壁にはりつくようなヒト達ばかりだった。
 どれも、視線の先をギィにむけて。

 彼は道を阻まれない限り、全てを気にもとめずに進んでいったけれど、走る速度はすごくゆっくりだった。
 どうしてだろう───ううん、そんなこと考えるまでもない。
 わたしの体調が悪いから。あんまり揺さぶらないようにしてくれてるんだ。
 追いかけてくる人達は、わたしだけじゃなくてギィのことも捕まえろって言ってた。なのに。

 頭痛がひどい。耳の奥にある圧迫されるような感覚のせいで、ずっとふわふわしてる。
 気分が悪いと、考えることも全部悪い方向へいってしまう気がした。
 足手まとい、だとか。
 置いていったほうがいいんじゃないか、とか。

 それを口にするべきか、迷っているうちに、聞き覚えのある特長的な足音が背後からみるみる迫ってきた。
 ガルムさんだ───

 わたしが通路の後方を確認しようと首を伸ばす、その動作を、ギィに遮られた。
 彼は走りながら背中をぐっと屈めて、わたしを懐に抱え込むようにする。

 直後に、天井が割れて、爆風と一緒にたくさんの破片と粉塵が降ってきた───なにが起きたんだろう。
 煙みたいに細かなチリにむせて、呼吸ができない。

 ギィは速度を速めてそこを走り抜け、T字になった曲がり角の陰へわたしを隠すようにおろした。その大きな身体からは想像できない機敏さですぐさま反転して、きた道をひきかえす。
 それを目だけで追いかけて、通路のむこう、ガルムさんが肩に担いだ長い筒状の何かを、ギィが蹴りあげるのを見た。
 向きを変えさせられた筒状のそれから飛び出したものが、さっきと同じように天井を壊すのも。
 ギィは上から落ちてくる瓦礫を避けるそぶりもみせずに、身体をぎゅるりとねじるように回転させる。
 彼が振りぬいた片足をだん、と床に着けるのを目にした時には、もう彼の前からガルムさんの姿が消えていて、横の壁に空いた大きな穴がかけらを散らすところだった。

 何度もダメージを受けた天井と壁が、がらがらと音をたてて崩れていく。

 女性がひとり、果敢に降りそそぐ瓦礫の隙間をかいくぐって、走りこんできた。壁の穴の奥へ歩き出したギィの背後をすり抜けて、こちらへ向かってくる、長くて真っ直ぐな黒髪と、翠の瞳の人。
 ギィの腕から放り出されて、床にへたり込んでいたわたしに駆け寄ってきたのは、リーチェさんだった。

 彼女は息を弾ませながら後ろを振り返る。崩落したそこは瓦礫が積み重なって、壁のように通路を塞いでいた。
 その壁の向こうから、くぐもった怒鳴り声が聞こえてくる。すぐにはあの瓦礫を越えられなさそうだけれど…でも時間の問題に見えた。

 どうして、こんなことになってるんだろう。
「…ガルムさん、本気じゃないですよね」
「いいえ、手加減はしていません」
 銃を両手で構えた彼女は、わたしをしっかりと見据え、こちらに銃口を向けている。その後ろで、通路の壁に空いた横穴から、いろんなものの破壊音と一緒に白っぽい塊が飛び出してきた。
 まだ無傷だった反対側の壁にぶつかって、衝撃がたくさんの亀裂をつくり、周囲を揺さぶる。

 わたしたちのところまで振動が伝わって、立っていたリーチェさんが少しよろめいた。
「ガルムはあの躯体の実験体です。どれだけの力で、どんな動きをしたか、戦闘時の情報は全て蓄積、収集されています───さすがにさっきの攻撃はやりすぎだと思いますけれど。彼を怒らせました」
 そう言いながら彼女が落とした視線の先に、剥き出しになっているわたしの脚があった。
 埃に汚れて、血がにじんでいる箇所が、いくつか。
 気が付かなかった。爆風で飛んできた破片が当たっていたんだろうか。

 じゃり、じゃり、とガラスを踏むような音が横穴から通路へと近付いてくる。今、ひびの入った通路の壁に咳き込みながら寄りかかっている白いひとはガルムさんだから、足音の主はギィしかいない。

「…どうして『わざと』怒らせたんでしょうか」
 肩越しにちらりと視線を後ろへやって、リーチェさんは仕方ないという風に息を吐いた。
「───恐らくそこの部屋が気に入らないから、だと思います。ガルムはあそこにずっと繋がれていました。きっと、これからも。そうしなければ、あの身体は指一本も動かせなくなる」

 あの身体───機械の身体。
 機械の。 …機械が、動くには。

「…犬の首輪のほうがまだましだと洩らすのを、一度だけ、聞いたことがあります」


 がつ、と変化した足音に、そちらを見遣れば、部屋から現れた黒いヒトの脚が壁の残骸を乗り越えようと踏みつけたところだった。その瞬間に、ガルムさんが跳ねるように立ち上がって突っ込んでいく。

 が、がんっ
 彼らがぶつかりあう重い音を飾るように、ガラスの割れる派手な音が続いた。たくさんの水がこぼれる音も混じっている。
 照明のない、暗いその部屋にいったい何があるのかはわからないけれど、聞こえる音はひどい破壊の音だ。きっとめちゃくちゃになっているだろう。

 しゃりんしゃりんと響くガラスの高音が、鼓膜からぐるぐるふわふわする頭へと、突き刺さるような痛みを与えてくる。気分の悪さはどんどん増していくようだった。
 だるい、おもい、つらい。
 このまま、ここで寝転んで、目を閉じてしまえたらどんなに楽だろうか。

 そんな弱い考えを追い立てるように、通路に築かれた『壁』が切り崩される音が迫ってきた。
 リーチェさんがぐっと銃を握りなおす。

 逃げなくちゃ、ここでわたしがぐずぐずしていたらいけない。
 ギィなら大丈夫。彼は強いから。
 いちばんだめなのは、わたしが捕まることだ。


 わたしは───逃げることができるんだから。


 重い頭とぐるぐる歪む視界で、よたよたしながら立ち上がる。
 せかすように一発、たんっと銃弾が足元へ撃ち込まれた。

 急がないと。

 わたしを見つめるリーチェさんの翠の瞳は痛いくらいに真剣で、まっすぐだ。
 言いたいこと、聞きたいことはたくさんある。でも時間がない。わたしは彼女に背を向けて、走り出した。
 ふらふらするわたしを何度か銃弾が追い越して、床に小さな破片を散らす。
 ぎりぎりの所をかすめて当たらないそれに、リーチェさんの真摯な想いをみた気がした。



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