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晦冥の底から 作者:歌瑞
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13 Split



「おはよう、ギィ」
 朝。身支度を整えてギィのところへ行くと、彼は寝る前におやすみの挨拶をした時からまったく変わらない姿勢のまま、そこにいた。
 ベンチに腰掛けて脚の上に両肘を置き、昨夜から一ミリも動いていないように見える。

 座ったままでちゃんと眠れたのかなあ、そう思ったけれど、 …彼は睡眠も必要なかったのかもしれない。
 そういう可能性に思い至った。途端に、呼吸がとまりそうになる。
 なぜだろう、最初に出逢った時から規格外なヒトだなって感じてはいたけれど、わたしとは『違う』のだということを突き付けられると、苦しい。
 その事実がうまく飲み込めない。 『兵器』だから怖いとか、そういうことじゃ、ないんだけど。

「…ギィ、眠れた?」
「ああ」
 返事がかえってきて、少しほっとした。

 ギィはゆっくり立ち上がり、わたしの方へ足を向けた。
 部屋の端っこにいるわたしに彼が近付くと、その覆い被さってくるような陰に照明が遮られて、周囲が暗くなる。やっぱりおっきいなあ、このヒト。

 彼はわたしのすぐ傍まできて、ぐっと身を屈めた。背中と膝裏へ腕がまわされる気配を感じると同時に、抱えられることに慣れた身体が勝手に動く。
 上体が後ろに倒れ、膝がゆるく曲がって、身体を支えていた力が抜ける。
 真っ黒な太い腕に、ぽすんと上手い具合に収まることができて、ちょっぴり得意な気分になった。

 ───でも、あれ? どうして運ばれているんだろう。

 ベンチのところまで連れて行かれて、座らされる。
 ギィはわたしを下ろした流れのままに、向き合うかたちで床に膝をついた。
 ベンチの下のスペースに長い脚をぐっと押し込んだ彼との距離は、抱え上げられてる時とさほど変わらないくらい近かった。
「ギィ?」
 彼の意図がわからなくて、何か読み取れはしないかとその顔を見上げる。腰の位置はわたしのほうが高い所にあるはずなのに、それでも彼のほうがちょっと視線が高い。

 大きな両手が頭上に伸びてきて、両耳の翻訳機を外した。
 ギィの左手がわたしの後頭部を押さえ、もう一方の右手は下顎をすくうように覆って上へと持ち上げる。軽く吊り上げられるかたちになって、頭がまったく動かせなくなった。ついでに言うなら顎も押さえられているので、喋れない。

 わたしの視界からギィの顔が消える───耳元に、近すぎて。
「動くな」
 右耳のすぐそばで聞こえた美声に、思わず身体が固まった。

 ぎちり、軋んだ音。
 ひんやりした冷気が首筋に流れ落ちてきて、身体が縮み上がる。耳朶に触れた何かの、あまりの冷たさにびっくりして、肩が揺れた。
 どうしてこんな、氷みたいに冷たくなってるの?

 様子をうかがおうと目線をそちらにやるけれど、角度の限界がある。鏡でもないと見れそうになかった。
 ギィの真っ黒で尖った指先が、視界のまわりを枠みたいに囲っている。人間の、皮膚を覆い保護するための爪とは全然違っていて、指そのものが硬く、鋭い。
 けれど眼球のすぐ近くにあるそれに、恐怖や危険は感じなかった。一度だって、その指先で傷つけられたことがないからだ。

 何をされているのかはわからない。でも、きっと、必要なことなのだろう。
 そう思って、おとなしくするよう努める。 …刺すような痛みが少しあって、一回びくっとしちゃったけど。

 しばらくして、黒い手はわたしを静かに離した。
「標だ。位置情報と生体反応程度ならば読み取れる」
 ギィの声に、すっかり冷たくなった自分の右の耳に手をやった。指先に、皮膚の柔らかさとはまったく違う、硬いものの感触がする。

 ───イヤリング?

 表側から裏側へ、つるりとした感触が耳朶を挟むように続いている。摘まもうとしても、ぴったりくっついていてうまくつかめない。ピアスのように貫通しているわけじゃないみたいなのに、引っぱっても取れそうになかった。
 張り付いている…というよりは、そこだけ皮膚が別のものと入れ替わってしまったみたいだ。
 どういう仕組みなんだろう。つるつるしたさわり心地がちょっとギィの身体に似てるカンジだけど。


 感触を確かめながらふと視線を上にあげたら、目の前に翻訳機が掲げられていた。
 すっかり耳のものに気を取られて、ギィの手がそれを持って待機してくれていたのに気付かなかった。
「ごめんなさい。ありがとう、ギィ」
 慌てて受け取って耳にあてなおしていると、しゅんと音をたてて通路へ続く扉が開いた。

 扉の向こう側に立っていたガルムさんは、ベンチに座るわたしとその前で膝をつくギィを見て、ちょっと怪訝そうに片眉をあげた。
 口には出さなかったけれど、「何やってんだこいつら」っていう顔してる。

「おはようございます」
 別に後ろめたいことをしていたわけじゃないので普通に挨拶をすると、彼も特に拘る必要もないと考えたのだろう。鷹揚な返事がかえってくる。
「おう。で、中央府が目視で確認できる距離まで来たが、どうするつもりだ? 熾青の」

 中央府。 ───きたんだ。

 ゆっくりと立ち上がるギィに倣って、わたしも爪先がぷらりと浮くベンチからぽんととび降りた。
 ガルムさんはギィに向かって皮肉げに、唇を片方だけ吊り上げてみせる。
「元からテメエはこの船に乗っていなかった、そういうことにするなら船は止められねえ。俺達は行動を監視されている。盗難防止も兼ねてるが───認識票から座標を確認するための信号が出てるんだ」
 彼は首の後ろのあたりをがりがりと引っ掻きながら出入り口付近まで進んで、横のディスプレイを指先でたたん、と軽快に叩く。
「降下装備はやらんぞ、備品にも検査が入る」
 ぷしっ、と空気が抜けるような音のあとにドアが開いて、突風がなだれ込んできた。
「うわ」
 着ているコートの裾が広がって風を受け、それに引っ張られてよろめいたとこを、ギィが手を伸ばして背中を支えてくれる。
 なんか毎度すいません。
 そのまま背中を押されて壁際に誘導されたので、そこへ縦に出っ張っていた金属の棒に掴まった。しっかり握っていないと吹き飛ばされそう。
「必要ない」
 事も無げにそう言って、ギィは暴れる風なんかないもののように意に介さずに、大きく開いた出入り口に近付いていく。あんまり無造作にそこへ立つから、彼のコートの裾が狂ったようにばたばたとなびいていなければ、透明な板でも張ってあるのかと勘違いしそうだ。
 足元に視線を落とす彼につられて眼下に目をやって、今まで見たこともない景色に驚いた。
「わ、あ」

 最初に見えたのは、赤茶けた土の色だった。
 平坦なそれは唐突に角度を変化させ、ほぼ垂直に落ちていく。
 急激な高低差はすぐにまたあらわれた平らな地面で埋められて、でもそれもまた切り落としたような崖で途切れる。何度もそれを繰りかえす地形は、まるで土でできた高層ビル群のてっぺんをすれすれで飛んでいるみたいだった。

「あれが中央府だ」

 進行方向の先をガルムさんが指差した。
 強い風に目を細めながら見た、ひび割れた大地のずっとむこう。霞んでみえるほど遠い所に、灰色の───形から連想されるのは、ねじれた木の幹だ。
 下部は何股にも分かれ、大地に食い込むようにめりこんでいて、上にいくほどそのシルエットは細くなる。その先で枝分かれして葉っぱがたくさんついていれば立派な『木』なんだろうけれど、それは半ばあたりで切り倒されたように、とぎれていた。

 ひとくちで言うなら、切り株っぽい。でもあれ、もしかしなくても、まだすごーくとおいところにあるはず。
「…すっごく、おっきくないですか」
「あのでかいのが『樹幹』だ。中央府の街自体は根元近くの地べたに広がっている。保護局はあの辺、根っこの少し上のあたりだな」
 指先を動かして解説してくれるけど、遠すぎてそこに何があるのかわからない。それだけ遠くて、大きい。

 あそこへ、いくんだ。

 見たことのない光景にたじろいで怯むわたしを、ギィが見下ろしてきた。彼の左腕がこちらへのびて、わたしの頭の半分を真っ黒な手のひらが覆う。耳朶でかちんと硬いものが触れ合う音がした。
「監視は続ける」
 かんし?
 どういう意味だろう。それを問う前に、ギィは身体をゆっくりと傾けて、高度をおとした飛行機からその身を投げ出した。

「ギィ───!」

 ぐるりと何度か身体を捻って体勢を変えながら、落ちていく。
 真っ直ぐ進む飛行機はどんどん彼との距離を広げていった。
 ギィの姿はビルみたいにそびえ立つ崖のてっぺんに着地して、同時に舞い上がった砂煙で見えなくなる。無事に降りられたのか不安になって見つめていると、風にさらわれて低く糸のように流れはじめた砂煙の下から、すっくと黒い影が立ち上がった。
 よかった。
 ゆるく上半身と頭部を捻ったらしいその影は、きっとこの飛行機を目で追っているのだろう。
 もうゴマつぶサイズのそれに、わたしは手をふった。ギィなら、遠くても見えてるかもしれないと思って。

「閉めるぞ」
 ガルムさんに言われるまで、わたしはしばらくギィがいるだろう方角から目が離せなかった。

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