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再会  作者: KARYU
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第十二話

 結局、放課後になるまでそのまま図書室で抱き合っていた。

 さすがに放課後になると人が増えてきて、そのままではいられなかったが、その頃には翠さんもどうにか泣き止んでくれた。

 「よーよー」

 俺たちの前に、千賀さんが現れた。

 「裕美のやつは何だか察しが付いているみたいだったけどよー、あたし、そういうの苦手なんだよね……。謝りたいんだけど、何がどう間違ってるのか判らないと謝れないっつうか、謝っても心がこもってない無い気がして嫌なんだよね。だからさ、教えてくれよ。あたしらが何をやらかしてしまったのか」

 彼女はばつが悪そうに、それでも謝罪したいからと頭を下げた。

 「ぜってー、誰にも、九重さんにも言わないからさ……過去に何があったのか、察しが悪いあたしにも判るように教えてくれよ」

 彼女も泣きそうになっている。あれだけ無神経に俺のことをからかっていた千賀さんだったが、自分の意に反する形で誰かを傷つけたくは無かったのだろう。

 翠さんは俺を見た。言ってもいいかな、と目で問うているみたいだ。

 もうどうにでもなれって気持ちも少しあって、俺はため息を吐いた。

 それをOKのサインと看做して、翠さんは説明を始めた。

 「今から七年ほど前。私と遙と直人君の三人で遊んでいて。そこに、遙が言っていた、ナイフを持った暴漢がやってきたの。当然、暴漢と直人君は無関係。中年の男だったわ」

 千賀さんはウンウンと頷く。さすがにそこまでは理解していたのだろう。

 「暴漢が遙に襲い掛かって。そして、その遙を庇って──直人君がナイフで刺されてしまって」

 「……えっ?」

 「激しく血が噴出して。直人君は瀕死の状態で。暴漢は驚いて逃げてしまって。遙はショックで呆然となって。私が直人君を病院まで運んだの」

 千賀さんの顔が青くなった。

 これだけで、大体の事情は察しただろう。だが、翠さんはなおも話を続けた。

 「遙はその時のショックで、暫く何もできなくなったのだけど、直人君ごとその事件を忘れてしまうことで、どうにか立ち直って。一方直人君は、一命は取り留めたものの、下半身が麻痺してしまって。中学卒業間際まで車椅子の生活を余儀なくされて。今でもリハビリを続けなければいけない状態なの」

 千賀さんは俺の方を見て、口をパクパクしていたが、何も言葉に出来ずにいた。

 「直人君は、私や遙が直人君に気付かなくても、名乗りでてくれなくて。私が直人君に気付いて、遙が直人君ごと事件のことを忘れてしまっていることを告げても、それでいいって言ってくれて。遙が直人君に気付いてしまったら、芋づる式に事件のことまで思い出してしまうだろうと、遙に気付かれないよう注意しながら、ずっと遙のことを見守ってくれていたのよ」

 千賀さんは、翠さんの説明が終わっても、暫く呆然としていた。

 「私も、直人君に聞きたいことがあります」

 翠さんは俺に向き直って、また泣きそうな顔で俺を見た。

 「どうして……クラスでは目立たない様にしているの?」

 俺が教室でどういう風にしていたか、遙ちゃんから聞いていたのか。そしてその理由も、おそらく察しているのだろう。

 聞かれたくない事柄だったけれど、思い詰めた様子を見て、黙っていることも憚られた。

 「転校先に、性質が悪い連中が多かったのもありますが、車いすを使っていたせいか、──ずっと虐められていたんですよ。何かある度に……俺が目立つ度に、徒党を組んで虐めてくる頭のおかしい連中が何人もいて。それを繰り返しているうちに、目立つことに忌避感を覚える様になっていったんですよ。今ならそんな連中、ぶちのめすことも出来ると思いますが、それでも極力目立つことは避けたいですね。……既に、相当目立っていると思いますが」

 自嘲気味に笑うと、翠さんは「やはりそうなのね」とまた泣き出してしまった。

 俺たちの話を聞いて、千賀さんは涙目で顔をくしゃくしゃにして、真っ直ぐ俺を見た。

 「なんでだよ……」

 震える声で、感想を漏らす。

 「なんで教えてくれねぇんだよ!? そんなの知らずにずっとあたしは……まるで極悪人みたいじゃねぇか……」

 事情を知っててやってるならそうだろうけどな。

 「そんなん……あたし、なんて謝ればいいのか判んねぇじゃんよ……」

 千賀さんはがっくりと膝をついて俯いた。

 それきり何も言えず、そのまま動けずにいた千賀さんに、俺は一つ提案した。

 「謝罪の代わりに、千賀さんのことを教えてくれないか?」

 「……えっ?」

 彼女は驚いた様子で顔を上げた。

 「ずっと、俺のことを怒って、からかって。そんな風に千賀さんを駆り立てた理由を」

 俺も彼女のことを知らないから、彼女が俺に謝罪したいように、俺にも謝罪しなければいけないことがあるのかもしれない、と思ったのだ。

 「……そんな、たいそうな理由じゃないんだ。殆ど、あたしの八つ当たりと逆切れなんだ……」

 それでもいいから、と続きを促す。

 「裕美から少しは聞いてるかもしれないけど。あたし、中学の時に男女関係で盛大にトラブったことがあったんだ。あたし、これでも結構モテたんだよ。そして、あたしが惚れっぽかった、てのもあるんだけど、男相手にはずっと八方美人やっててさ。惚れっぽくて、相手が誰かと付き合ってたとか全然気にしなかったから、他の女子から男奪うみたいなことも結構あったみたいで。そんなことを繰り返してたら、最終的には裕美以外、学校中の生徒が敵になってた」

 千賀さんは自重気味にため息を吐いた。

 「そんなあたしとは全然関係無いのにさ。柊が女泣かせてるとこ見てたらからかいたくなって。でも、何人もの女子と簡単に仲良くなっていく柊見てたら、昔のあたしみたいで、すっごくムカついたから、もっとからかって。なのに、柊はあたしと違って、全然不誠実なところも見せなくて、それでさらにムカついて。でも、もう男になんかに惚れるもんかと思ってたあたしが、柊のことが頭から離れなくなってるのを自覚して、それでもう押さえが利かなくなって……」

 これは、告白……なんだろうな、一応。こんなヤケクソな告白、聞いたのは初めてだけど。

 「だから、もう全部壊してやりたくなったんだよ。柊のことも、柊の周りの女子たちのことも、──あたしのことも。でも、そんなことしてたら……九重が本当に壊れてしまって。あたし何やってんだろって、落ち込んで。今日も九重の様子がおかしかったから、責任感じて、柊にまたあたってた。空回りしてばかりだよね。でも素直にもなれなくてさ」

 たしかに、それはただの八つ当たりでしかなく。こんなの謝るとか無理。別に謝れとも言われてはいないが。それでも、自分が関わっていることに、妙な罪悪感も覚えて。だけど──

 「俺はどうすりゃいいんだよ……」

 正直な感想。

 「チャラ男は死ねばいいよ」

 「チャラ男じゃねぇし!」

 思わず即反応してしまう。いつぞやの会話の再現。

 「ふふっ」

 俺たちのコントみたいな会話に、翠さんが笑い声を漏らす。

 つられて、俺と千賀さんも笑った。

 千賀さんの独白と、謝罪云々の話を笑って流そうとするかのように。


 翌日。

 「柊は、なんで、あの人たちの前から黙って姿を消したんだ?」

 目の前でティーカップを揺らしながら、千賀さんが俺に問う。

 今、千賀さんとこの喫茶店で、彼女と二人だけで紅茶を飲んでいた。

 先日までの非礼について、お詫びしたいと彼女から申し出があって。断ろうとしたが、教室でべたべたと纏わり付かれてしまい、教室から逃げるようにして仕方なく誘いに乗ったのだった。

 「……どうしてそう思った?」

 自分でも察しが悪いと言っていた彼女が、俺が黙って姿を消したと指摘したことに疑問を持ったのだ。

 「いやさ。あのあとずっと、言われたことを頭ん中で反芻してさ。どうして九重の姉さんが、最初は柊に気付かなかったのか、疑問に思ったんだ。あの生真面目そうな人が、柊が転校したにせよ、不便な生活を強いられてる柊のことほったらかしにするとは思えなくてさ。だから、柊があの人からは連絡が取れない状況でも作ったんだろうと思ったんだよ」

 ……一晩で、すっかり状況が見えたのか。だが、そこまで見えているにも拘らず、やはり察することは出来ていないんだな。

 「そうだよ。そしてその理由も、今千賀さんが言った通りなんだ」

 「あたしが……言った通り?」

 俺の返事に、彼女はキョトンとしている。

 「俺が不便な生活を強いられて。彼女は責任を感じて、俺の世話を焼いたりリハビリの手伝いをさせて欲しいと申し出るかもしれない、って思ったんだ。当時、俺がどの程度回復が見込めるのか、回復できたとしてもどれくらいの期間が掛かるのかも判らなかったんだ。そんな先の見えない話に、彼女を巻き込みたくは無かった。俺は、そんなことは望んではいなかった。だから、さ」

 「……お前、どんだけ聖人君子なんだよ……」

 千賀さんは眉を顰め、そしてため息を吐いた。

 「だけど、少し安心したよ。──お前にも見えていないことがあるんだな」

 「……何のことだ?」

 今度は俺が眉を顰める番だった。

 「別に~? あたしは教えてやれねぇよ。あたしの勘違いかもしれないし」

 ニヤニヤしながらとぼけられてしまった。


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