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子どもが書いた作文シリーズ

子どもが書いた夏休みの作文が、ファンタジーすぎる件

作者:Aska



「さようならー、先生!」
「おぉ、さようなら。気を付けて帰るんだぞー」

 俺は元気な声をあげて帰っていく児童たちに向け、軽く手を振って見送った。今日は九月一日。世間一般の流れにもれず、俺が勤めているこの小学校も今日始業式を迎えた。長い夏休みが終わり、二学期が始まったのだ。俺は先ほど子どもたちから預かった通知表と夏休みの宿題を教卓に置き、教室を簡単に整備しておいた。

 俺が小学校の教師に就職して早数年。今年は例年よりも、やんちゃな子が多いと言われた三年生の子どもたちを俺は受け持っていた。確かに一学期はそのパワフルさに驚いたが、俺だってまだまだ若い自負がある。それになんだかんだで、素直な面白い子たちなのだ。そこは頑張ってついていった。 

「それにしても、みんな相変わらず元気だったな。全員出席だったし、しかも宿題も全員提出。さっきも褒めたけど、明日もう一回褒めておこう」

 一人になった教室でうなずくと、ちらりと壁時計に目を向けた。今日は午前しか授業がない。午後はまた会議や準備で忙しくなるだろうが、それまでは時間がある。俺はビニール袋からお昼用に買っておいたおにぎりを食べると、教師用の椅子に座り、先ほど集めた夏休みの宿題を手元に持ってきた。

 他の宿題は丸付けをしないといけないが、作文だったら空いた時間に読む分にはいいだろう。俺のクラスの子たちがどんな夏休みを過ごしてきたのか、ちょっと気になるしな。そんな軽い気持ちで手に取った「夏休みの作文」に、俺は目を向けたのであった。


 さてさて……、おっ、これはずいぶん量があるな。どれだけ書くことがあったのやら、って(ひろし)くんのか。あの子はちょっとマイペースだけど、真面目ないい子なんだよな。どっか旅行にでも行ったのだろうか。

『七月二十日、夏休みが始まって、さっそく僕たちは家族で旅行に出かけることにしました』
「へぇー、どこに行ったんだろ」
『そう思っていたら、僕の足元が金色に光り出して、気づいたら異世界にいました』
「フワァッ!?」

 変な声出た。

『周りにはアニメで見たような騎士みたいな人がいっぱいいました。お姫様もいました。「ようこそ、勇者様」と言われました。僕はおどろきました』
「そりゃあ、驚くよな」
『いきなりたくさんの人に囲まれてびっくりしたけど、とりあえず立ち上がりました。「ここはいったいどこなんですか?」と、お父さんが言いました』
「家族同伴!?」

 いや、三年生の小学生が一人で異世界に行かなくてよかったと思うべきか。待て、それよりもまず異世界ってなんだ。真面目だった弘君が、妄想作文書いちゃうなんて夏休み中に何かあったのか? さっきも元気にあいさつしてくれたんだけど。しかも、家族(大人)が登場しているしな…。

『お姫様が説明してくれました。魔王があばれているから、世界を救ってほしいそうです。それで伝説の武器が置いてある場所に、連れて行ってくれました。行く間に、真顔のお母さんがお姫様とお話をしていました。ばいしょうとかゆうかいとか生活ほしょうとか言っていました。お姫様は泣いてしまいました』
「お母さん強いな」
『お姫様をよしよしなぐさめたら、手をつないでいっしょに行くことになりました。宝物庫につくと、剣や槍が置いていました。「これが伝説の剣です」と言って、泣き止んだお姫様が持ってきてくれました。手に持つと、とつぜん光り出しました。お母さんが選ばれました』
「お母さんすごい!」

 弘くんへの話は明日にして、今はこの作文を読もう。普通に続きが気になる。

『お父さんには槍が、明彦には爪が配られました。僕は刃物は危ないからと言われたので、すみの方に置いてあった杖をもらいました。「ホコリを被っているけどいいの?」と言われたけど、なんだか気に入ったからもらいました。その後、服のすきまから取り出したお菓子をお姫様はくれました。「あんまり親しくない人からお菓子はもらっちゃだめだから」と言ってお菓子を返すと、しょんぼりされました』
「えらい、弘くん。あと、お菓子持ち歩くお姫様って…」
『王様にも会いました。お母さんとお父さんがお話をしました。「お仕事が終わったら、家に帰す」という王様に、「年休一週間しか取っていないから、なんとかならないか」とお父さんが話をしていました。僕も「一週間後には、けんごくんと遊ぶ約束をしているから帰りたい」って言ったら、お姫様が王様を説得してくれました。一週間したら、一回帰っていいそうです』
「それでいいの!?」

 娘に弱いな、王様! そして、お姫様は弘くんに弱いな!

 もうちょっと読むと、異世界と地球を交互に行くことになったらしい。最初の一週間はその世界に滞在して、その後お母さんは専業主婦だからお昼の間は勇者業。お父さんは夕方と休日に参加。弘くんは夏休みの間の時間がある時。明彦くんという子は異世界で魔王を倒すまで過ごすらしい。えっ、明彦くん大丈夫?

 魔王を倒すまでってことは、地球に帰らなくても問題がないってことだから、学生や社会人じゃないってことだよな。刃物を持つこともOKだったから、弘くんより年上だろう。……あれ、でも弘くん呼び捨てだったような? 年下に呼び捨てにされてしまう、学生でも社会人でもない人物って、ニー……やめよう。なんかちょっと悲しい想像をしてしまった。気にしない様にしよう。


『一週間、お城でくんれんすることになりました。しょうかんされたから、僕たちは強いそうです。魔法使いのおじちゃんに、僕は教えてもらいました。一週間したら、杖から水が出せるようになりました。飲んだらおいしかったし、すっきりしました。でも、水以外は出せなかったです。くんれんに疲れたお母さんたちに水をあげると、よろこんでくれたのでこれでいっかと思いました』
「へぇー、なんか微笑ましいな」
『お母さんも剣からいなずまを出して、お城をちょっとこわしちゃったり、お父さんと明彦が兵士さんをいっぱいたおしたりできるようになりました。それを見て、めそめそ泣くお姫様にお水をあげると、「これがいやし…」と抱きつかれました。騎士団の人たちにもあげると、なんだか元気になったようです。回復の魔法は使えないのに、ふしぎでした」
「間違いなく、君は癒しだよ」

 その後、彼の家族の様子にお腹を押さえて苦しむ王様や偉い人にも水をあげたら、孫のようにかわいがってもらったらしい。異世界の人も苦労しているんだな、自業自得だけど。

『それから、旅に出ることになりました。僕たち家族とお姫様と魔法使いのおじちゃんと、騎士さん三十名です』
「多ッ!? ……いや、これが普通か? 勇者家族時々抜けるし」
『おじちゃんは僕たちをしょうかんした人で、旅の間毎日僕たちをしょうかんしたり、送かんしたりしてくれるそうです』
「過労死しないか、この人」
『お姫様も来てくれるそうです。「世界のいやしはぜったいに守ります!」と、王様や色んな人と親指を立てながら送りだされていました。お姫様なのに、メイスを使って戦えるみたいです。しゅくじょのたしなみだって言っていました。あと、もう親しくない人じゃないよね、ってお姫様からお菓子をいっぱいもらいました。おいしかったです』
「何このツッコミの塊(お姫様)

 ここから先の旅は、少々ダイジェスト形式で進むようだ。一週間経ったから、弘くんは地球に帰ったりしていたからだろう。あとは両親や国の人から、弘くんに雑な食事や野宿など言語道断と、夜八時以降は必ず地球に帰り、親のどちらかと食事を取って、布団の中で眠っていたらしい。……魔法使いさん過労でぶっ倒れるな、これ。

 その後、盗賊団をお父さんが吹っ飛ばし、魔物の軍勢をお母さんが吹っ飛ばし、明彦くんが四天王を三体も吹っ飛ばし、地味に騎士団が巻き込まれながら活躍し、お姫様が彼らのやりすぎたところをフォローし、魔法使いさんがやっぱり何度か倒れたらしい。弘くんはマイペースに、だけどここぞというところで敵味方に自分が作った水をあげたりして、癒しのアフターケアをしていた。

 弘くんに血を見せないために、みんな峰打ちで倒しているらしいが、当然容赦はしなかった。そんなボロボロにされてトラウマ植え付けられた魔物たちが、弘くんに癒されたからなのか、魔王城に道案内ってどういう状況だよ。最初は警戒しまくっていたお姫様たちが五日ぐらい過ぎたら、「あぁ、またか」みたいな感じで疑問すら思わなくなっているんだけど。もうすごいよ、弘くん。君はそのままでいてくれ。

 弘くん視点だからほのぼのしているけど、この旅絶対に混沌としすぎている。そして、魔物に案内され、時には背中に乗っけてもらい、まさかの夏休み中に魔王城へ到着である。四十日以内でラスボスにたどり着くはずがないのに、この家族なら仕方がないと作文読むだけで俺は妙に納得してしまった。たぶん、次の保護者面談では、低姿勢で挑んでしまいそうだ。

 ま、まぁ……、すげぇリアルな作文だけど、本当にあった話ではないだろう。気にするな、気にするな。


『僕たちは、ついに魔王城に着きました。案内してくれたブラックドラゴンさんと記ねん写真をとって、お別れをしました。かっこよかったです。魔物は言葉をしゃべれないみたいだけど、案内してくれた魔物のみんなはすごくやさしかったです』
「あれー、おかしいなー。弘くんとリアルドラゴンの写真が作文に挟まっているー。これから俺は、君の家族とどう接すればいいの? あと七ヶ月も付き合いがあるんだよ?」
『魔王城の中にはたくさん魔物がいました。でも、みんなどんどん進んでいきました。僕の方に来た魔物は、お姫様がぼくめつしてくれたので大丈夫でした。「騎士団がんばりなさい! 弘くんにきず一つでもついたら、ご家族がこわいわよ!」と大声でおうえんしていました。みんなすごかったです』
「なんで君はこれを夏休みの作文に書いて、担任()に見せたんだよ!? 何この、俺の命的に責任重大な重い圧力はっ! 知りたくなかった!」

 教師人生――というより、俺の人生的に最大の危機が小学生の作文によって判明した。先生として、子どもを贔屓にしたら駄目なのはわかっている。だけどこれ、弘くんに何かあったら俺死ぬんじゃね? 頬が引きつったが、とりあえず続きを読むことにした。最後の一文に、『夢オチでした』とか書いてくれているかもしれない。願望だけど。

『魔王城の大きな部屋に行くと、大きな男の魔族さんがいました。「ここに、おれ以外の四天王をたおしたアキヒコという勇者がいるだろう。彼と一対一の勝負を申し込む」と言ってきました。僕たちは明彦に目を向けると、明彦は僕たちに先に行くようにうながしました。勝負を受けるみたいです』
「明彦くんカッコいいな」
『明彦が前に出ると、四天王さんがポカーンと口を開いてなぜかすきだらけになったので、僕たちは明彦を信じて先に進みました。後ろから、「キャン、キャン、ワォォッーーン!!」とすごい戦いがくり広げられていました。無事で、明彦』
「明彦、犬だったのかよォッーー!?」

 作文の読み始めは、明彦=自宅警備員ニートかもと勝手に想像していたけど、自宅警備員(番犬)って斜め上に正解しやがった! 犬なら弘くんが呼び捨てにするし、武器(牙や爪)も持てるよな!

 ……ちょっと、待て。今まで人間視点で考えていた明彦くんは、全部犬がやったことなのか。魔王軍最強の四天王が、犬にやられたのか! そりゃあ最後の一人さん、ポカーンとするわっ!?

『「明彦、大丈夫だよね?」と僕が言うと、「アキヒコさんは、今まで多くの魔物や魔族に勝利し、そして最強だと思っている彼らの自信を、根元からこなごなにくだいてきたお犬様です。今までの四天王と同様、戦意すらなくさせて、引きこもらせてくれるでしょう」と、お姫様がきれいな笑顔で元気づけてくれました』
「最初の頃の、たぶんまだまともだったお姫様はどこに行った」
『そして僕たちは、ついに魔王がいる部屋にやってきました。騎士団のみんなが武器をかまえました。お母さんは剣を、お父さんは槍を、お姫様はウォーハンマーを、僕は杖と魔王城直前で半ばたおれたおじちゃんの写真(まだ死んでいない)を持って、大きなとびらを開けました』
「魔法使いのおじさァァーーん!?」
『魔王はいすにすわっていました。魔王に、「なぜ異世界の人間がここまでする?」と聞かれました。お母さんは、「確かに最初は理不尽だと思ったわ。だけど、この世界の人たちがそんなにきらいじゃないの。不幸になってほしくないだけ」と笑って言いました。お父さんは、「縁だな」と短く返しました。お姫様たちがお母さんたちの言葉に目に涙をためながら、「ありがとう」と言いました。魔物をたおすと運動不足とストレス発散にいいとか、終わったら家や車やその他もろもろのローンを返せるぐらいほうしゅうをもらってヒャッホーイ! とか言っていたのに、変わったのかな?』
「大人の世界です。あと、俺も何も知らずにお姫様たちと一緒に感動したかった」

 そして、やっぱりというかなんというか、弘くんたちの勝利で終わった。魔王も強かっただろうけど、この家族と主にお姫様が敗れる未来図を、俺は一切浮かべられなかった。それが答えだろう。

 弘くんなりに戦闘を頑張って表現してみたようだが、『お母さんの振った剣がズババと魔王城を切った!』とか、『お姫様のハンマーがかべをぶち抜いて魔王を吹っ飛ばした!』とか、これ人間じゃねぇな、という感想しか思い浮かばなかった。魔王、お前頑張ったよ。


『魔王がひざをつきました。すると、おくのとびらから僕と同じ年ぐらいの女の子が飛び出してきて、魔王の前でボロボロ泣いて、せき込みながら立ちふさがりました。どうやら魔王の娘で、『邪気病』っていう不治の病気なんだそうです。魔界でどれだけ探しても治すことができなくて、昔の本で人間の国のどこかにその者の邪気をはらい、心をいやす神の杖があることを知って、それを手に入れるために人間の国であばれちゃったそうです』
「魔王にも、ちゃんと理由があったんだな」
『その杖には神様が宿っていて、杖が気に入った者にしか使えないそうです。なんでも神水を出すことができて、それを飲んだ人は心があらわれ、伝説では魔物の邪な心もじょうかしてしまうそうです。どういう意味なのか聞いてみたら、もしかしたら魔物となかよくできるかもしれないのだそうです。女の子が、「私にのこされた時間はもうないから、私が死んだらお父様も人間の国をおそわないから!」ってお姫様たちに言いました。なんだか、すごく悲しくなりました』
「……ちょっと待て、神水? 神の杖? それを飲んだら、人も魔物も邪な心が洗われる?」

 これまでの道中、彼らの旅には多くの魔物が立ちふさがった。それと同時に、彼らは魔王城への案内を進んで勇者たちに行った。時には背中に乗せ、夏休み中に魔王城に行きつかせるほどの協力っぷりだ。だけど、そこまで急がせる理由なんてあっただろうか。自分たちにとって、大切な君主に背いてまで。

 ……そうだ、彼らにも理由があったのだ。魔王の意思に背いても、裏切り者だと思われても、言葉で伝えられなくても、叶えてほしい願いがあったんだ。そして、彼らはそれを託した。優しい、小さな勇者に。

『僕はずっと泣いている女の子に、泣き止んでほしいと思いました。だから、杖を振りました。お母さんやお父さん、明彦にお姫様におじちゃんに、それに騎士団のみんなや王様や国のみんな、そして魔物たちを笑顔にしてくれたから。そうしたら、この子も笑ってくれるかなって思いました』
「弘くん……」
『僕が水を出すと、女の子はきょとんとしました。「おいしい水なんだ、笑顔にしてくれるすごいお水」そう言って、僕は水を渡しました。「こわかったら、いっしょに飲もう?」と言ったら、おずおずといっしょに飲んでくれました。そうしたら、女の子の身体がとつぜん光って、変な黒いのがにげていきました。びっくりしたし、女の子がまたポロポロ泣き出しちゃったけど、最後には小さく笑ってくれました。本当によかったです』

 すげぇ、ここまで混沌としといて、最後きれいにまとめやがった。弘くん、すごい。

『それから、魔王が僕にお礼を言ってくれて、お姫様に頭を下げていました。お母さんたちにもあやまっていました。魔王の方がすごいボロボロなのに、なんだかもうしわけなく思いました』
「君はその心を大切に持っていてくれ」
『人間の国と魔王の国とで、お話をすることになったそうです。もしかしたら、なかよくできるかもしれないからってお姫様が教えてくれました。なんでも僕たちを案内してくれた魔物たちが、他の魔物たちをおさえてくれたり、人間を助けたりしてくれていたそうです。そのおかげだって、言っていました。色々これから大変みたいだけど、がんばるみたいです』

 帰ってきた勇者たちを、国は盛大に祝ったらしい。魔王との和解も、お姫様が主動で動くそうだ。魔王は今回のことで、色々責任があるから処罰だってあるかもしれないだろう。

 弘くんの作文では、出された料理がおいしかったことに比重がおいてあったから、詳しくはわからないけど……たぶん悪いことにはならないと思う。人間も魔物たちも魔王親子も。



「――あれ、先生?」
「うおっ! ……って、弘くん? なんで教室に」
「えーと、ごめんなさい。水筒を忘れたから取りに行きなさい、ってお母さんに怒られたから」
「水筒って、忘れ物はするなって言っただろ。せっかく明日、忘れ物なしだったから褒めようって思っていたのに…」
「えっ、そんなぁー。先生、今日は見逃してよ! 次から忘れ物はしないからっ!」

 子どもの声に作文から目を離すと、自分が受け持っている男の子が教室に入ってきた。今さっきまで読んでいた、作文の持ち主である。手を合わせて、調子のいいことを言う弘くんに俺は溜息を吐いて、今回だけだと告げておく。それに笑顔でお礼を言う姿は、どこにでもいる小学三年生である。これが夏休み中、異世界で大冒険した勇者かよ、と俺は小さく噴き出してしまった。

 そうだ、本人がいるんだからこの作文はなんだ、と聞くべきだろう。物語としてはなかなかよかったけど、さすがに学校の宿題に提出するべきものじゃない。だいたい、夏休みの作文に書くなよ。そのことについて口を開こうとした俺は、廊下から誰かが走ってくる足音に言葉を止めた。

「ヒロシ! 私を置いて行くな、迷子になりかけたではないか!」
「えっ、ディーナ? 昇降口で待ってって言ったじゃん」
「うっ…、だって、学校に興味があったんだ。ずっと城の中で過ごしていたから……」

 もじもじと頬を赤らめる女の子に、俺は思わず目を見開いた。ここまで見事な銀髪は初めて見た。白じゃない、本当にきれいな銀色だ。まず日本人じゃないだろう。彼女だけ住んでいる世界が違うような、そんな雰囲気がする女の子だ。さっきまで、俺が考えていたことを吹っ飛ばすぐらいの威力がある少女であった。

 俺の視線に気づいたのか、初めて俺がいたことに気づいたのか、ディーナと呼ばれた女の子はさらに顔を真っ赤にして、弘くんの背中に隠れた。さすがに見過ぎたか、と思い俺も反省する。俺が先生だと、弘くんからの説明でようやく警戒を解いてくれたようだった。

「それとディーナ、学校の廊下は走っちゃ駄目なんだよ。あっ、先生、ごめんなさい。ディーナは僕の家に遊びに来ている子で、学校のルールとか知らなかったんです」
「えっ、あっ。す、すまなかった。廊下を走ってしまい、申し訳ない」
「えっと、わかったのなら、それでいいよ。廊下は滑ると頭を打ったり、他の人とぶつかったりして怪我をするかもしれないから気を付けるんだよ」
「なるほど、普段の学校は人が多いのであったな。ご忠告、感謝します!」

 元気に返事をする女の子に、俺は思わず笑ってしまった。面白い言葉使いだけど、随分素直な子だ。この子たちを、ずっと教室に引き留めるのもアレだろう。

「ほぉーら、さっさと家に帰りな。帰り道は車や自転車に気を付けてな」
「むっ、車とはあの四つ車輪がついた速い乗り物だったな。自転車は車輪が二つの乗り物だったはず。あれを見て、確かお姉様が腰を抜かしていたな」
「お姉ちゃん、ようやく横断歩道を渡れるようになったよね。学校まではついて行けない、って残念がっていたけど」
「今度はみんなで一緒に、色んなところに行ってみたいな。……いつか、お父様も一緒に」


 俺からの言葉に二人で会話をすると、そろって俺に挨拶をする。そして頭を下げて、教室から出て行った。俺はなんとなしにそれを見送ると、肩を竦めながら、途中で終わっていた弘くんの作文の続きに目を通した。

『八月三十一日、明日から学校が始まります。僕はこの楽しかった夏休みを、一生忘れません。お母さんとお父さんもお家に戻って、ほうしゅうを使ってローンの返さいを地球で怪しまれないようにしていくそうです。明彦はたおした四天王を連れて、異世界世直しの旅をするそうです。楽しそうだからいいけど、たまには帰ってきてねって言ったら、「わん!」と返事をしてくれました。魔法使いのおじちゃんはふっかつして、僕のお水を飲んで、今日もお仕事をがんばるみたいです』

 そこに書かれている内容は、本当に突拍子もないぐらいファンタジーなのに、どこか不思議と笑みが顔に浮かんでいた。

『僕たちが帰る時、お姫様から「お姉ちゃんって呼んでほしい」と言われました。僕もうれしかったから、お姉ちゃんの弟になりました。王様がいつでも来ていいって言ってくれたから、また来たいと思います。あとびっくりしたのが、あの女の子が僕たちについて来ることになったことです。魔法や身体能力はふういんされちゃうけど、僕たちの世界にこの世界の人も来れるんだそうです。お姉ちゃんも来てみたいって言っていたから、また会う約束をしました。地球のいいところをたくさん教えたいと思います』

『ディーナを、いっぱい笑顔にできるように僕はがんばります』


「頑張れ、男の子。あと日常生活とか授業参観とか保護者面談とか頑張れ、俺。勇者と異世界の王国と魔王を敵に回したら、本気で洒落にならん」

 ガシガシ、と適当に頭を掻くと、俺は残りの作文と必要な物を持って、職員室へと足を進めたのであった。どこか少し、心が温かくなったように感じた。


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