夜明け前のカフカ
こんな夢を見た。
灯籠のような明かりがあちこちに満ちあふれる中、わたしは帰路を急いでいた。光は、ピンクや青や白で、なんだかお祭りを思い起こさせた。わたしの目線よりも少し上の辺りを、アルミ箔がたくさん舞っている。それらは、辺りの光をキラキラと反射させ、鬱陶しかった。わたしは、手を振り回してそれらを追い払う。触ると湿っぽく、手の甲にぺたりと張り付いて採れなかった。
早く家に帰らなければ、体中にアルミ箔が接着されて窒息してしまう。わたしは足早になる。
街道には人が歩いているのかいないのかよく分からなかった。視野の端の方に黒いのっぺらぼうのような人影が映るのだが、そちらを正視すると、誰もいない。黒いのっぺらぼうたちは首を不自然に折り曲げたり、右手を地面と平行に突き出したりなどおかしな姿勢で歩いているように見えた。ナイフを笏のように掲げすり足で歩くものがいたので、慌ててそちらに身構えたが、その瞬間消えてしまった。視線を外すと、そこには、また別の誰かが歩いているようだった。
わたしは走り出した。時折アルミ箔がわたしの身体にぺたぺたと張り付いたが、気にしている暇はない。
誰もいなくなった。いつの間にか、空には満月が弱い光を地面にまで届かせ、他の賑やかなものを消してしまったようだった。街道の右手には古い寺が夜の闇にとけ込みながら存在しており、その門の前には無数の地蔵が立ち並んでいた。赤いよだれかけが鮮血のようだった。
「万田殿はすかぴっぴ」
突然、屋台の親爺のようながらがら声が聞こえてきたので、わたしは後ろを振り返った。
声の主と思われる人はいない。
「万田殿はすかぴっぴ」
耳をそばだてると、寺の門の方から聞こえてくるようだった。門には、ただ地蔵が並んでいるだけだ。
「万田殿はすかぴっぴ」
地蔵の口が、声に合わせて開いたり閉じたりするのが分かった。
「万田殿はすかぴっぴ、万田殿はすかぴっぴ、万田殿はすかぴっぴ」
わたしが地蔵達を睨みつけた瞬間、彼らは一斉に喋りはじめた。まるでカエルの合唱だ。
「万田殿はすかぴっぴ、万田殿はすかぴっぴ、万田殿はすかぴっぴ、万田殿はすかぴっぴ」
あんまり腹が立ったから、わたしは、
「そういうお前達こそすかぴっぴ」
と言い放ってやった。
地蔵達は一瞬静かになったが、また先ほどよりも大きな声で騒ぎはじめた。それぞれが点でバラバラのタイミングで口を開くので、もう、何を言っているのかさっぱり分からない。
「そういうお前達こそすかぴっぴ」
わたしは何度かそういい返しながら、足早にその場を立ち去り、また街道を歩き始めた。声は小さくなっていき、フッと消えた。
わたしは、長い長い石造りの階段を上っていた。頂上も見えないし、かといって麓も見えない。わたしは大分息切れしているのだが、それでも階段は終わってくれない。階段の両脇には柏の木が生えており、時折散ってくる葉っぱが、わたしの顔や手に張り付くので鬱陶しかった。
上から、まるでエスカレーターに乗っている人のように、黒い影法師が連なって降りてくる。よく見ると、古い時代の日本の貴族のような格好をしている。手に、御幣や鈴を持っているもの、般若面や外道面などの仮面をつけているものも多い。
「万田殿はすかぴっぴ」
その影の一つが、すれ違い様わたしの耳元で囁いた。わたしはカッとなって振り返ったが、似たような影が多いので誰が言ったのか分からない。
「万田殿はすかぴっぴ、万田殿はすかぴっぴ、万田殿はすかぴっぴ」
影法師達はみなそう呟きながら、下へと降りていく。
わたしは頭に来たので、
「そういうお前達こそすかぴっぴ」
と大声で叫んだ。
動画を一時停止したように影法師達の動きが一瞬止まった。ノイズのような線が視野を横切る。
わたしが、また前を向き歩き出そうとすると、彼らもまた動き始めた。
「万田殿はすかぴっぴ、万田殿はすかぴっぴ、万田殿はすかぴっぴ……」
今度は耳元で囁くどころではない。お神楽のようなリズムをつけた大合唱が始まった。
「そういうお前達こそすかぴっぴ」
わたしは、張り裂けんばかりの大声をだしながら階段を駆け上がった。
階段を登り切ると、ススキの原っぱの中に、細い道が延びていた。ススキから飛び出した綿毛のようなものが飛んでおり、わたしの皮膚に張り付いて採れないのだが、気にしないことにした。今は寂れているが、かつてアメノタリシヒコノミコトが蛮族討伐に使った道だ。道の脇にはいくさで死んだ戦士達の骨が転がっており、秋風が髑髏の隙間を通り抜けるたびに、ひいひいと音が鳴る。
「ひいひい……万田殿は……ぴっぴ」
微かに声が聞こえたので歩きながら背後を振り返った。
紫色の炎が足袋をはいて立っていた。炎は細長く空に向かって伸びており、人の形に見えなくもなかった。そいつは、ゆらゆらと、夢遊病者のように歩いてくる。
「ひいひい、万田殿はすかぴっぴ、万田殿はすかぴっぴ……」
わたしはその炎を指さすと、イライラしながら叫んだ。
「そういうお前こそすかぴっぴ」
わたしと、紫色の炎は言い合いしながら先へと進んだ。
わたしの家が街道の脇に見えると、不意に声が止んだ。スチール製の家の門を開けると、赤鼻の天狗のような男が屋根の上に立っており、
「さても強き者よ」
と言って、姿を消した。
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