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プロローグ
ワガママな炎
 一がゴミを纏めているのと同時刻。
 一本の電話がオンリーワン北駒台店に掛かってきた。
 またクレームか? 
 だったら面倒だな、なんて思いつつ。長いコールの後、店長がやっと受話器を取る。
「もしもし?」
『……電話での応答を勉強してください。二ノ美屋(にのみや)さん』
「……で、用は?」
 二ノ美屋。店長の名前である。
 尤も、店長をその名で呼ぶ者など殆どいない。
『そちらの担当地域に出ました。数は三、釣瓶落とし(つるべおとし)と呼ばれる妖怪です』
「釣瓶落とし? 随分古いのが来たな。場所は?」
 電話の相手はオンリーワン近畿支部の情報部からだった。
 ソレが出現すれば、支部は迅速に察知し、支店に連絡を取り、指示を伝える。
『それが、そっちの、その……北駒台店の駐車場ですね』
「駐車場? ウチの?」
 ええ、と電話から声が聞こえる。
「マズイな。とりあえず堀を遣してくれ」
『分かりました。細かい物や追加のデータは堀さんに渡しておきます。被害者は今の所……無い様ですね。迅速な処置を期待してますよ』
 電話を切ると、店長は店内へ急ぐ。
 ソレが出現すれば、勤務外とミーティングの後、勤務外を出勤させ、一般は待機。
 その一般、一一。
 アイツ、確かゴミ出しに行くとか抜かしてやがったな。
 一の言葉を思い出し、嫌な予感が二ノ美屋店長の体を走る。
 店長の予想通り、一の姿は店内に無かった。外に出ると、ゴミ袋が二つ転がっている。
 向かいの駐車場に店長が目を向けると、太陽が沈んだ後の冬の夜の中に、巨大な顔らしき物体が三つ、ゴミ置き場代わりの倉庫を取り囲んでいた。
「……まずい」
 舌打ちして、バックヤードへと駆ける店長。
 躊躇せずに、仮眠室の扉を店長は蹴り開けた。
「三森ぃ!」
「……何スか?」
 ソファーの上で寝転がっていた三森が、無愛想に返事をした。


 釣瓶落とし。
 日本に伝わる妖怪の一つで、釣瓶下ろしとも呼ばれる。
 木の上に棲む生首、顔だけの妖怪。
 人が近くを通ると、「夜鍋済んだか、釣瓶おろそか、ギイギイ」と言い、上から落ちてくる。
 大抵は、落ちてくるだけで何もしない。
 稀にだが、落ちてきて、そのまま人を食べるタイプも存在する。
 そして、北駒台店の駐車場に現れた三体のソレこそが、そのタイプである。


 何でこんな事になったんだ!? 俺は唯、ゴミを出しに来ただけなのに!
 三つの首、釣瓶落としに囲まれた倉庫の扉を必死で押さえながら、一は数分前の行動を思い返す。


 四つもあったゴミ袋。
 一は二回に分けていこうと思い、両手で一つずつ袋を持って、倉庫の前までやって来た。
 引き戸を開けると、中からは異臭がした。
 流石にゴミ置き場となっているだけはあった。
 今までに置かれていたゴミの臭いが、倉庫の天井や壁に染み付いているのだろう。
 一は鼻を押さえながら、袋を投げ捨てた。
 外に出て、新鮮な空気を取り込もうと深呼吸。

「夜鍋済んだか、釣瓶おろそか、ギイギイ……」
 
「は?」
 何処からとも無く、しゃがれた声が一の耳に届く。
 人が周りに居なかったし、車は一台も停まっていなかったので、最初一は声と思っていなかったが。
 風の音か、と。
 ――それにしては随分ハッキリと聞こえてきたような……。
 それとも、倉庫の中だろうか。 
 そう思った一は閉めかけていた戸を開け、中に戻る。
 倉庫に足を踏み入れた瞬間、一がさっきまで立っていた場所のすぐ近くに、何かが降ってきた。
 丁度何かが、倉庫から落ちてきた様な音と一緒に。
 一が振り向くと、落ちてきた物と目が合った。
 ――顔。
 顔が、大きな顔だけがそこにある。
 幾分か、その目は一の物より大きかった。
 顔だけでも、一の体より大きな物がそこにいた。
「夜鍋済んだか、釣瓶おろそか、ギイギイ……」
 一が状況を掴めずに倉庫の中で突っ立っていると、再び先程と同じ声が聞こえた。
 今度は空耳じゃない。
 ――やばい……。
 そう思っても、一の体は動かなかった。
 叫び声すら出ない。
 真の恐怖に相対すると、蛇に睨まれた蛙のように、身動き一つ取れないものだ。
「夜鍋済んだか、釣瓶おろそか、ギイギイ」
 三度、同じ声が聞こえると同時に、既にいる物体と同じものが二つ、一の頭上から現れた。
 合計三つ。
 生首の妖怪が一の前に姿を見せる。
 三つの顔、六つの目が一斉に獲物を値踏みする。
 瞬間、やっと動いた右手で一は戸を閉めた。
 内側には武器になりそうな物も無い。
 力押しで来られれば、こんな古い倉庫なんて簡単に打ち破られるだろう。


 そして、先刻の一に戻る。
 

 三体の釣瓶落としが、一が隠れている倉庫を体、と言うより顔で当たる。
 三つの顔がそれぞれ、違う場所を揺らす。
 倉庫の中に居る一は、泣いていた。
 生まれて初めて、まともに自分の目の前に現れた『ソレ』と呼ばれる物。
 そして初めてまともに、自分の身に危機が迫る。
 何年も前から、ソレが出てきた事は頭では理解していた。
 理解していた気になっていた。
 新聞やテレビでは毎日のように、ソレの被害が報道される世の中。
 交通事故や人間同士の傷害事件と同じレベルで一はソレを捉えてきた。
 だが、実際に自分の番になると、怖いものは怖い。
 まだ死にたくない。
「嫌だ、嫌だ、嫌だッ!」
 泣き叫んで、必死で外からの攻撃に抵抗するが、抵抗にすらなっていないというのが一の現状だった。
 力の無い一般人が、運悪くソレに出会うとどうなるか。
 一は身を持って、知りたくも無かったであろう事を知ろうとしていた。
 もう、終わりだ。終わりなんだ。一は短い生涯を振り返る。楽しい事悲しい事腹が立った事悲しい事空しい事死にたくなった事死にたくなくなった事楽しい事楽しい事。
「やっぱり死にたくないよ!」

「オイ、生きてるかァ?」

 声がする。
 恐怖で冷たくなっていた一の体が熱くなった。
 ――三森さん?
 外から三森の声が聞こえる。
 勤務外――化け物を殺す化け物――の声が聞こえる。
 何はともあれ、この場は助かった。
 一が涙を手で拭う。
「生きてますっ!」
「ちょっと待ってろ」
 三森の言葉と同時に、遠くで声が上がるのを一は聞いた。
 その声は、一にとっては酷く耳障りな物。
「野次馬が来てるのかよ……」
 一般人の好奇心に一は嫌気が差した。
 直後、響き渡る断末魔。
 その後にパチパチと、何かが燃えるような音。
 それまで規則的だった、倉庫の振動が収まる。
「うわっ!?」
 だがそれも短い時間で終わった。
 突然、倉庫に強い衝撃が走る。
 今までで一番強い振動が一を襲う。
 衝撃の後は、凄まじい音が一の鼓膜を襲った。
 真っ暗だった倉庫に月光が差し込む。
 一の目が光によって眩んだ。
 差し込まれた光に目が慣れてくると、倉庫の扉が壊れている事に一は気づく。
「ギイギイ……」
「ヒッ――」
 釣瓶落としが倉庫に侵入して来る。
 一は腰を抜かして、目を瞑った。
 ――もう駄目だ。
「てめェで終わりだ」
 次に目を開けた時、一の網膜に焼きついたのは赤。
 赤い炎が生首を捕らえていた。
 赤に身を包んだモノが首を焼く。
 真っ赤な炎が意思を持っているかのように、釣瓶落としを灼熱に包む。
 この世のものとは思えないモノが、この世のものとは思えない声を上げる。
「死ね」
 赤かった炎が白い焔に変わった瞬間、捕らえられていた首が真っ黒な灰に成果てる。
 その間、一はずっと燃え盛るモノに魅せられていた。

「大丈夫か?」

 その声に一は正気を取り戻す。外に出ると、倉庫は何とか原型を留めている様子だったが、今の一にはそんな事どうでも良かった。
 道路を挟んで向かい側の店の周辺には人が集まっている。
 皆、口々に何かを叫んでいる。
 その叫びは、人間一人の命を救った英雄への賛美の歌ではなく、異質な力を持った勤務外店員、三森への呪詛のようだった。 
 「消えろ」「死ね」「化け物」
 何かに取り付かれた様に、老若男女関係なく、そこにいる全ての人々が呪いを吐き続ける。
 
 ――なんだよ、こいつ等。
  
 一の目には、そこで燃えている三つのソレの灰と、向こう側の人間が同じに見えた気がした。
「……おい、帰るぞ」
「……はい」
 三森が差し伸べた手を、一は受け取る事が出来なかった。


 信号を渡ると、店の前に人だかりが出来ている。
 人だかり、と言うより、まるで壁だった。人の壁。
 オンリーワンに帰ろうとする一と三森を阻むかのような壁。
「退けオラッ」
 三森が一の手首を掴んで、人垣を強引に掻き分ける。
 圧倒的な呪詛の中、一は倒れそうになった。
 確かに、勤務外が一般人にどういう扱いを受けているかも、どういう風に思われているかも、一は知っていた。
 知っていただけだった。
 でも、その人を、自分を助けてくれた人を。
 ――そこまで言う事無いじゃないか……。
 崩れ落ちそうになる一の体を、無理矢理に三森が引っ張っていく。
「痛ッ」
 甲高い音の後、一が頭を、掴まれていない方の手で押さえる。
 三森が立ち止まると、まだ少し中身の入ったジュースの缶が、コンクリートに転がって染みを作っていく。
 三森が転がっていく缶を睨んでから、そのまま視線を人込みに移す。
「投げたのはどいつだ?」
 大勢の人の罵声が飛び交う中、異常に良く通る声で三森が言った。
「あの、俺は良いですから……」
 これ以上騒ぎが大きくなっても面倒だと思った一は、今にも火柱を上げそうな三森を宥める。
 店長は何をしてるんだ、とも一は思ったが、この騒ぎでノコノコ出てくる訳にもいかないだろうな、と無理に自身を納得させた。
「誰だって聞いてンだよ! ぶっ殺すぞ!」
 だが三森は一の説得に耳を貸さず、一片たりとも納得していない様子だった。
 その恫喝まがいの言葉に、先程まで煩かった場が静まる。
 チッ、と舌打ちして三森は踵を返した。
「……やってみろよ、化け物が……」
 一人の男が群衆の中から、一歩前に踏み出している。
 その顔は恐怖と憎悪で無茶苦茶に歪んでいた。
 三森は振り向いて、声の主に視線を突き刺す。
「しっかり殺してやるよ。どっから焼かれたい?」
「三森さん!? 人ですよ!?」
 一が三森の肩に触れる。
 止めようと、同じ人間を殺すなんて馬鹿げた真似を止めさせる為に触れる。
 ――熱ッ!?
 触れた瞬間、一の手が三森から発せられる熱によって反射的に飛びのく。
「知ってるか? 私らは勤務中に人を殺しても罪にゃ問われないンだよ」
 熱くなった手を押さえながら、一がしきりに止めて下さい、と懇願する。
「や、やれよ……化け物め。死んじまえ!」
「死ぬのはお前だ」
 三森の体を炎が包む。
 それでいて、三森本人や、着ている物には何の影響も与えていない。
 持ち主と同じく何とも自分勝手な炎。
 熱の所為で、周りを取り囲んでいた人々は距離を取る。
 人の円の中心に、三森と男。
 円の外から一が呼びかけた。
 一が居る方に、三森が視線をやる。
 ――同じ人間、だと?
「違う……」
 三森は歯を食い縛り、男を睨んだ。
 ――こんな力を持ったイカレた奴、人間じゃない。
 一瞬。
 一瞬だった。
 三森が顔を伏せたその時、
「えっ?」
 一の体が自由を失う。
 振り向けば男。
 三森に啖呵を切ったのとは別の男。
 その男が一を羽交い絞めにして、一の首元に刃物を当てている。
「動けばこのガキを殺すぞ!」
「なンだと?」
 男の方へ歩を進めようとする三森。
「動くなっ、つってんだろ!」
 一の後頭部を男が強く殴る。
 今日はツイてない、なさ過ぎる。
 一は心底そう思った。
「うわあッ」
「あっ、テメェ!」
 さっきまで虚勢を張っていた男は、三森が別の男に気を取られている内に、どこかへ走り去ってしまった。
 しかし、これで三森の目標が絞られる。
「イイから、そいつを放せ。マジで殺すぞ」
「やれよ、クソが」
 一の首に刃物を当てたまま、男は視線を三森から動かさない。
 一方の三森は、右手の指先から火炎を見え隠れさせている。
 店の前に、数十と人が居るのに、辺りは嘘のように静まり返った。
 一は冷やりとした刃の感触に腰を抜かしそうで、どうにか力を込めて地に足を付けるので精一杯だった。
 ――ソレよりかは、マシだろ。
 もはや諦めに近い。とにかく一は自分に言い聞かせる。
「殺せよ、俺が死ぬ時は、このガキと一緒だけどな」
「はっ、やれよ」
 言った傍から、三森の手から火花が上がる。
 男がたじろいで、手元を狂わせてしまった。
 刃物の切っ先が、一の皮を軽く切り裂いていく。
「やりやがったな!」
「あっ」
 誰の口から漏れたかは知らないが、まさにあっという間。
 あっと言う間に一の首からは血が流れ、三森の体からは赤が飛び出た。
 燃え盛る周囲。逃げ去る人。
 その隙に一が店内に飛び込む。
「三森さん! 早く中に!」
 だが、一の声は届かない。
 怒り狂ったかのように、炎が際限なく三森から溢れ出る。
「一! 裏に戻れ!」
 店長がやっと姿を見せる。
 流石に店長も焦っている様子だった。
「でも三森さんが!」
「……一、お前じゃどうする事もできない。そして私にもな」
「え?」

「オーバーヒートだ」

 三森が、火に包まれたまま、地面に倒れこむ。
 ――オーバーヒート? 何だそれは、そんなのどうでも良いからあの人を助けてくれよ。俺を助けてくれた人なのに。何一つ出来ないのか。
 一はそう言いたかった。
「ああなると、三森は手が付けられない」
「したり顔で! 助けようともしないんですか!」
「無理だ。アイツが死ぬまで誰も近寄れないさ」
 今にも掴み掛かりそうな一を冷たく見つめ、店長は落ち着いた様子で煙草を銜える。
 ――死ぬまで。
 一の中の、酷く深いところまで突き刺さる言葉。
 それでいて、中々現実味を帯びない言葉。
 流れ出る血もそのままに、一は店内に設置されている消火器を持って外に出た。
「そんなんじゃどうしようもないぞ!」
「だからって!」
 今度は店長に羽交い絞めされる一。
 

 ――もう良いよ、気にすンなよ。
 店長に取り押さえられている一の姿が、三森の目に入る。
 視界は、三森自身の炎で陽炎の様に揺れていた。
 三森が倒れこんだ道路の真ん中、アスファルトが熱で融け始めている。
 既に人々は蜘蛛の子を散らす様に走り去っていた。
 徐々に、三森の体温が上がっていく。
 オーバーヒートの所為で、制御しきれなくなった炎が好き勝手に暴れ始めている。
 自分の意識から離れた火は、自身をも焼却のターゲットとするべく、周囲に熱を撒き散らせながら、三森を襲う。
 もう死ぬ。
 三森は全てを諦め、目を瞑った。


「離して下さい、何もしないよりマシです」
「馬鹿! 良く見ろ地面を」
 体を束縛されたまま、一は意識を三森から周辺に広げる。
「グズグズに融けてるだろうが、近寄ったら足ぐらい持ってかれるぞ。それでも行くのか?」
 店長が一の体から手を離す。
 自由になっても一は、その場から動けずにいた。
 消火器を落として、嗚咽を漏らす。
「何も……出来ないんですか?」
 一はしゃくり上げながらも、必死で言葉を紡いだ。
 紡いだ言葉は、誰にも届かない。
 何の意味も成さない。
 店長は押し黙ったまま、火柱を上げる三森の体を見つめる。
 赤色の炎から、徐々に灰色が混じってくる。
 周りの物が煙を上げて燃えているらしい。
 その時、遠くで悲鳴が聞こえた。
 ハッとして、一がその方角へと頭を上げる。
 法廷速度を軽々と超えた様なスピードで、一台の黒っぽいワゴン車が此方に向かってくるのが見えた。
 逃げ惑う人々を気にせずに、むしろ轢きそうな勢いで走るそれ。
 人々の悲鳴を連れて、荒っぽい運転をされた車が、店の手前に停まった。
「本部か……」
 店長が呟く。
「本部? 応援、ですか?」
 店長の返事を待たずに、その車の中から堀が現れた。
「お待たせしました! 状況は!?」
 ノートパソコンを手に、堀が慌てた様子で一達に駆け寄って来る。
「悪いが、三森がオーバーヒートで死ぬぞ。それと一がナイフで首を切られた」
「……まあ、何となく。着いた時に嫌な予感はしてましたよ」
「俺はいいから、三森さんを!」
 分かってます、と堀が眼鏡を人差し指で押し上げる。
 ワゴン車から、新たに人が降りてきた。
 一がその姿を見て、驚く。
「ナース……?」
炉辺(ろばた)さんを連れてきました。彼女なら三森さんの応援には最適でしょう」
 炉辺、と呼ばれた看護服の女性が堀に続いて近づいてくる。
「お待たせ。そっちの子の傷は?」
 親しげに炉辺が店長に語りかけてくる。
「多分、大した事ない」
 店長が答えると、炉辺が一の傷口まで顔を近づける。
「うん、大丈夫そうね。はいっ」
 と、明るく一の傷口を手で叩くと、次に三森の方へと歩いていく。
 専門家っぽい人が言うなら、間違いないか。とも思ったが、自分で傷口を確認するべく、一が箇所に手を遣る。
 掌には真新しい血が付いたが、不思議と、さっきまで熱を持って疼いていた傷跡がなくなっていた。
 ――そんな馬鹿な。
「……なんですか。神様ですか、あの人は?」
 ああ、と店長が答えた。
「神様だよ」


 炎が空気を燃やす。
 アスファルトを融かして、周りのガードレールも小さく爆ぜる。
 全てを焼き尽くす勢いで、炎が場を支配していく。
 燃え盛る炎を気にもしない様子で、看護服に身を包んだ炉辺が歩いていく。
「久しぶりね、ふゆちゃん」
 炉辺の問いに答えられず、目だけで意識があることを三森は示した。
「あれだけ言ったのに……。まだ自分の感情を制御できないのねー」
 まるで三森の姉の様な、優しげな笑みを浮べて手を翳す。
「初期状態ね、まだ助かるわよ。気をしっかり持っててね」
 やがて、炉辺の手から光が漏れ始める。
 その人の性質を受け継いだような、白くて、優しい光。
 三森を、地面を、ガードレールを、全てを光が包んでいく。
 その光景を見ていた一達の視界が完全に白で塞がれる。
 何だコレは、魔法?
 自分の考えを馬鹿らしくも思ったが、一はそれ以外にこの状況が示す物を思いつく事が出来なかった。
「あ……」
 一が声を漏らすと、さっきまで感じていた熱さが周囲から消えた。
「堀くーん、ふゆちゃん運ぶの手伝ってー」
 炉辺が手を振っている。呼ばれた堀は苦笑しながら三森に駆け寄った。
 軽々と抱え上げると、そのままワゴン車の後部座席に三森を乗せる。
 炉辺は店長の近くまで行くと、やはり、優しそうに語りかけた。
「あのね、ふゆちゃんね、二、三日は休ませてあげて。一応、こっちで様子を見たいの」
「……仕方ないか。勤務外が抜けるのは痛いが、ま、ウチのを宜しく頼む」
 煙を吐きながら、店長が毒気を抜かれた様に炉辺に返した。
「君も。今度からは気をつけてね」
 項垂れていた一にそう言って、炉辺もワゴン車に乗り込む。
 堀が運転席から店の方に頭を下げると、エンジン音が響く。
 程無くして、行きとは打って変わった、ゆっくりとした速度で車が走り去っていた。
 店長が吸殻を投げ捨てて、店に入っていく。
 一は本当に、さっきから一歩も動けないでいた。
「おい、戻るぞ」
 見かねた店長が声をかけるが、一は何の反応も示さなかった。
 小さく舌打ちした後、一の肩に手をかけて、もう一度声をかける。
「俺、何も出来ないんですね」
 消え入りそうな声が一から発せられた。
「泣いて、騒いで、ぼっとしてただけでした、俺」
 困ったように、店長が頭を掻く。
 あのな、と前置きして。
「それが普通なんだよ。お前はただの、普通な人間なんだ」
 店長がそれだけ言って、バックヤードまで戻っていった。
 さっきまでの喧騒が夢だったかのように、店の前はソレが現れる前の静けさを取り戻した。
 人々が居なくなって、ソレがいなくなっても、一は店の外に座り込んだままだった。 


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