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魔王

作者:シュリ
「この世界は元々狂っているのだ!その狂いを正さねば魔王などいくら倒しても消える事はない。私は正しいのだ。この世界が間違っているのだ!」
 暗黒魔城に咆哮が響き渡る。魔王は暴れ狂い、盛んに炎を浴びせかけた。だが、勝利を手にした勇者を目前にしては、もはや成すすべもない。
「そうやって地団駄を踏むしかおまえにはできないんだ。観念しろ魔王」
 勇者は言い放ち、高々と剣を掲げた。
「やめろおおおおお私があああああ正しいいいいいいいい」
 魔王の断末魔の悲鳴が、長く長く尾を引いた。しかしそれも消えうせた。手にした伝説の剣が禍々しい魔王の魂を吸い上げると、勇者は勝利の叫びをあげた。
「おい!みんな、魔王を倒したぞおおおお!!」

「おお、よくぞ戻った、勇者よ。さあ、その剣を私に見せておくれ」
 勇者は女王に伝説の剣を手渡した。女王は、その黒々とした邪気に満ち溢れる剣腹をじっくりと観察した。そして、ゆっくりと顔をあげ、賞賛の目をむけた。
「よくぞ悪しき魔王を倒し、この世に再び平和をもたらしてくれた。世界の民たちを代表して礼を言おう。さあ、今宵はパーティじゃ、皆、宴の準備をせい!」
 宴はただちに始められた。なんといっても、今日この日は世界に平和が訪れた大切な記念日である。城の中だけでは留まらず、街全体をまきこんで、盛大に豪勢に催された。勇者は飽きるほど飲んで食べ、次々に向けられる賞賛と感謝の言葉に埋め尽くされそうになっていた。
 女王は当初の約束どおり、魔王討伐を果たした勇者と姫君エディトとの婚姻を宣言した。宴の日からなんと二日後の夜に行われた。これもまた、例に漏れず豪勢な式典となり、見る者全てが感動で我を忘れるほどであった。そして、美しく聡明なエディト姫と勇者ならば、もうこの世に悪がもたらされることはないだろうと、人々は口々に囁き喜びあったのだった。

 ある日の夜のことである。エディト姫は城のテラスに立って月を眺めていた。満月であった。一人立っている姫君の背中に、勇者はそっと近づいた。
「眠れないのかい」
「あら、貴方も起きていらしたの。……そうよ、なんだか目が冴えてしまったのだわ。ねえ、何かお話をしてくださる?眠れなくて、退屈していたところなのよ」
 美しい妻の願い事である。勇者は頭をめぐらせた。彼女の心を掴むような冒険話には、幸い困らなかった。
「じゃあ、僕が魔王を倒すまでのお話をしよう」
 今は昔、世界は一つの王国に統一され、戦争はなくなった。領土を求めて争う必要がなくなったため兵器という文明は失われた。しかし、そんな平和な世界をあざ笑うかのように、突如魔王が現れた。魔王は不思議な力によって魔物を生み出し支配下に置いた。それらは世界各地を襲い、略奪と殺戮の限りを尽くした。
 そんな中、武具をとり立ち上がった一人の人間がいた。彼は勇者となり魔王を倒した。こうして世界は元通りになった。だが、幾年か経つと魔王は再び現れた。また世界が破壊された。二人目の勇者が現れ、魔王を倒した。しかしまた、幾年か経てば次の魔王が現れる。
 僕は50代目にあたるんだよ、と勇者は姫君に向かって微笑んだ。人間の中で最も正義感の強い者が勇者として選ばれ、魔王討伐に向かう資格が与えられるのである。
 歴代勇者たちが魔王を封印してきた伝説の剣を手にたちむかった勇者の、数々の冒険譚は、箱入り姫君の心を強く魅了したようであった。


 月日は満ちた。女王は老齢で死んだ。その冠がとうとう勇者の元へ渡った。
 勇者とエディトの治世は非常に良いものであった。恐れられていた魔王の復活も、20年も経てど気配さえ無く、世界は平和そのもののようだった。勇者は益々民に慕われた。
 次第に、勇者は城に篭りがちになっていった。というのも、目を通さねばならない案件の山が来る日も来る日も押し寄せ、勇者はその処理に追われていたのだ。
 世界を救った勇者を信じ、次々と押し寄せる民の要望は留まるところを知らなかった。自分は世界の勇者である、という自覚が彼を果てしない執務に追いやった。
 ある夜、まだ煌々と灯りのともった執務室に、そっと訪れる影があった。
「ああ、君か」
 妃エディトであった。エディトはうなずいた。「ねえ、そろそろお休みになったら?わたし、このところ不安でならないの」
「何が不安なんだい」
「あなたの身体よ。ずっとずっと働き通しじゃない」
「私は平気だ」
 それを聞くと、王妃はぶわっと涙ぐんだ。
「何よ、わたしはあなたを心配しているのに。毎晩さびしくてたまらないのに……」
「寂しいなら、王子や姫たちの面倒でも見ていれば良いではないか」
 王は至極真面目に言った。それがエディトをますます追い詰めた。
「あなたは、自分の子たちのことすら真面目に考えられないのね!昔のあなたとはまるで変わってしまった……。あなたを変えた国務なんて無くなってしまえばいいんだわ!」
 王妃は走り去った。王は途方に暮れた。
 彼は机上の書類を眺めた。山のように積まれた民の声。いや、ものによっては勝手極まる欲望だ。こんなもののために、自分は時間と労力を割いている。妻子のための自分の役割さえ犠牲にして。
 いや、と首を振った。彼らは私が救った大切な民だ。そんな彼らの期待を今更裏切って、放棄を選ぶことなどできない……。
 ―――その、彼ら“民”とは?
 勇者は再び考え込む。自分は昔、大切な故郷と愛する家族を失った。愛するものを奪った憎き魔王を倒し、自分はただ平和を取り戻したかった。かつての、のどかで平和な暮らしを望んでいたのだ。それなのに、自分の救った世界には平穏などありはしなかった。
 あるのは、果てしの無い人間の欲望だけだ。世界を治める身になって初めて見えた。この世界はまだ自分の望む姿では無かったのだ。そう、戦いはまだ終わっていない。
 微かに、だだをこねる赤子たちとそれをあやす声が耳をかすめた。
 彼は真紅のマントを脱ぎ捨てた。その目は再び正義の炎を宿していた。

 女王エディトは玉座に腰掛けてため息をついた。
 かつて勇者であり、夫となった国王が姿を消して10年が経過していた。未だ消息不明のまま、彼女は女王に即位していた。
 この年、世界に暗い影が落ちた。よりによって、王が失踪しているこの時に魔王が復活したのである。絶望の最中、女王はふれを出した。
『勇者となりたい者は名を上げよ。魔王討伐に成功した暁には褒美として、姫エレーンを与える』
 とうとう新しい勇者が名乗りを上げた。情熱に満ちたその目は、かつての夫の姿を思い起こさせた。
「では勇者よ、この剣を取りなさい。必ずや魔王を倒し、この剣に封印するのです」
 女王エディトは、若き勇者に剣を渡した。それは昔、夫が世界を救った際に使用した剣であり、代々勇者たちが魔王を討ち倒してきた伝説が宿っていた。
 若き勇者は旅立った。途中で出会った仲間たちと共に世界を巡り、魔王の根城である暗黒魔城にたどり着いた。彼らは邪悪な罠を次々と突破して最上階へ進んだ。
「魔王よ、この僕が相手だ!おまえを倒し、世界に平和を取り戻す!」
 その言葉に、魔王は肩を震わせて笑った。
「この世に平和などあるものか。汚い欲望に塗れたこの世界を私が根底から変えてやる」
「汚いだと……!?この世の美しさを壊し、散々暴れて奪っていったのはおまえじゃないか、魔王!」
 勇者は剣を一閃させた。その一撃に思わず魔王はひざをつく。
「馬鹿なっ……この世界は元々汚れているのだ、狂っているのだ!その狂いを正さなければ魔王などいくら倒しても意味など無いわ!私が正しいのだ。この世界が狂っているのだ!」
 魔王は暴れ狂い、盛んに炎を浴びせかけた。だが、最早勝利を目前にした勇者にはなす術も無い。
「そうやって地団駄を踏むことしかおまえにはできないんだ。観念しろ魔王!」
 勇者は言い放ち、止めを刺さんと剣を掲げた。
「やめろおおおおお私が正しいいいいいぃ」
 魔王の断末魔が尾を引いた。それは欲望に満ちたこの世の汚れた姿を目にし、正義に燃えた者の哀れな悲鳴であった。                              
「悪」なんてこの世には存在しないのでしょうね。
魔王という姿になっても、彼らはずっと「正義」であり「勇者」なのです。

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