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三田一族の意地を見よ  作者: 三田弾正
第伍章 坂東怒濤編
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第玖拾睦話 足利家の内訌

お待たせしました。


永禄元(1558)年閏六月十六日


■相模国西郡秦野 曽屋 東波多野城


第四代古河公方足利晴氏は天文二十三(1554)年十月に北條家に対して叛乱を起こして以来、この地に幽閉されていた。この地へは嫡男藤氏、次男藤政、三男輝氏、四男家国も共に幽閉されていた。本来であれば藤氏以外の子息は幽閉されない可能性の方が大きかったが、康秀が彼ら兄弟が二十年にわたり反北條活動を続けたことを覚えていた事で、危険視し一緒くたに幽閉されていた。唯一娘だけは、叔父の簗田晴助の元へ引き取られ過ごしていた。


それ以来四年にわたり無聊をかこっていた晴氏の元へ義弟であり古河公方家筆頭重臣である簗田晴助が預けていた娘高子を連れて尋ねてきた。


「大御所様にはご機嫌麗しく」

晴助の挨拶に晴氏は不機嫌そうに鷹揚に応えた。

「機嫌が麗しい訳が無かろうに」


「大体、里見が攻めてきたときに、お前が率先して戦ったというでは無いか」

晴氏は晴助を責める。

「左様にございますが、あの時点では最良の選択だったと思っております」


「なに! あのまま里見が攻め込めば、氏康の頸を取らすことも可能であったろうに」

悔しそうに晴氏は語る。

「お待ち下され。それは思い違いと言うもの、京の公方様は里見に関東管領職を与えたうえに、小弓公方の次男坊義淳殿を関東公方に叙したのですぞ」


「なに! そんな事が、間違いでは無いのか?」

始めて聞く事態に驚く晴氏。

その姿を見ながら、晴助は頸を振って否定する。


「いえ、間違いではございません。里見からは公方様が義淳殿と里見に与えた御内書の写しと、当家宛ての公方様直筆の文と義淳殿からの添え書きも送って来ております。更に・・・・・・」

そう言うと晴助は言いにくそうな顔をする。


「何! 更になんじゃ?」

バツが悪そうに晴助は懐から文を出し晴氏に渡した。


受け取った書状を食い入るように見る晴氏であったが、次第に手がワナワナと震えだし、顔色が赤くなり最後には、書状を破りそうになった。

「何だこれは!」


「先ほどお知らせした通りにございますぞ」

「この花押といい書の筆運びといい公方様の文に違いないが、我らを関東公方職から除するだと!」

晴氏は益々激高する。


「それだけではございません。当家に送られて来た御内書には、大御所様を始めとして太郎様(藤氏)、次郎様(藤政)、三郎様(輝氏)、四郎様(家国)、左馬頭様(義氏)を誅せよとの命が来ております」

「中務(晴助)、お主・・・・・・」

晴助の告白に自分が殺されるかと思い晴氏は顔色が蒼くなると共に、辺りをキョロキョロと見回した。


「ハハハハ、心配為さいますな。当家は鎌倉以来足利家の根本被官にございます。更に長春院陽山道純様(足利持氏)の奥方は簗田の出にて、先祖の満助は道純様と共に艱難辛苦を共に歩んだ身にございますぞ。今更京の公方の命など糞喰らえですな」


大きく笑う晴助に毒気が抜かれた晴氏も笑い始める。

「確かにそうじゃな。中務を始めとして簗田の者たちの忠義は感謝してもし足りないほどだ」

「ありがたき幸せ」


晴助が慇懃に頭を下げる。

「して、如何するつもりじゃ?」

晴氏も今後のことが気になり質問する。


「はっ、大御所様もお聞きでしょうが、都より征東大将軍鎌倉宮恭仁親王殿下が小田原へ下向なさっております」

「うむ。それは知っておる」


数日前にその話を聞いた際には憤慨していた晴氏も今は落ち着いて応対する。

「宮様より、大御所様、太郎様への文を預かっております」

晴助は先ほどの里見からの書状と違い恭しく書状を出し晴氏に手渡す。


「ふむ・・・・・・ん・・・・・・なんと・・・・・・中務、これは真か」

晴氏は驚きの表情で晴助に問いかける。

「真にございます。この文は、鎌倉将軍宮様だけのご指示では無く、禁裏からでもございます」


「禁裏から・・・・・・」

思わぬ単語が出て晴氏は言葉が詰まる。

「禁裏より、大御所様を正三位参議に、太郎様を従三位左兵衛督とし偏諱として恭を与え恭氏うやうじと名乗る様にとの事、また次郎様、三郎様、四郎様にもそれ相応の官位が叙されると確約されております」


「なんと、そこまで・・・・・・有り難い事だ」

「真に」

余りの大盤振る舞いに晴氏は一時我を忘れるほどであったが、暫くして事の重大さに気づく。

「禁裏・・・・・・では、禁裏は公方を見捨てたと?」


「そこまで詳しくは判りませぬが、話に因りますと、永禄改元時に朽木谷に潜伏する公方様に勅を以て帰京を命じたそうにございますが、それをけんもほろろに断った為、三好殿、北條殿が取り仕切る事になったそうにございます」


晴助の話に晴氏は唸りながら、何時か将軍に成るという関東足利家の悲願が達成するかもと、考えほくそ笑み始める。

「うむ。勅を無視するは公方にあるまじき行為よの。これは長春院陽山道純様以来の悲願が叶うやも知れぬな」


「大御所様、そこまで行くかは判りませぬが、禁裏は大御所様と北條殿の和睦を願っております」

「なるほど、禁裏は三好殿、北條殿が後援と言う訳か、旨く行けば太郎が次の公方様やも知れぬな」

晴氏も知らぬ間に、呼び捨てにしていた北條に殿を付けるようになっていた。


「北條殿より内々にございますが、太郎様を関東公方に、次郎様を上野権守に三郎様を上総権守に四郎様を下総権守に如何かとの事にございます」

晴氏は、晴助の話に既に関東公方職を継いでいる五男の名が無いことに違和感を覚えて聞き返す。


「中務、その話だと、五郎(義氏)は如何するのじゃ?」

「その件につきましては、宮様より五郎様は征東大将軍府の副将軍として従四位下右近衛権中将に叙するとの事にございます」


「なんと、そこまでして頂けるのか」

晴氏はあまりの厚遇に驚く。

「如何でございましょうか?」

晴助の質問に晴氏は暫し考え、共に幽閉中の息子たちと、先に晴助と話していたために未だに会っていなかった高子を呼び寄せた。


「父上、お呼びと聞きましたが」

「何かありましたか?」

「・・・・・・」

「何用ですか?」

「父上、お久しゅうございます」


五者五様の挨拶で座敷に入ってくる五人。

五人を見ながら晴氏は徐に話し始めた。


「本日は大変目出度いことが起こった」

「父上、この様な状態で何が目出度いのですか?」

息子たちが呆れるなか、晴氏は威風堂々と喋り始める。


「この度、禁裏より正三位参議に叙されることになった」

「父上、惚けるのは早いですぞ」

「父上」

「・・・・・・」

「父上、遂に妄想を」

「おいたわしや」


可哀想な目で父親を見る五人。

「えい! 惚けてなどおらぬわ! 中務説明致せ」

「はっ」


「中務、そなたは梅千代(義氏)の元へ行ったのではないか」

晴助が立ち上がると藤氏が睨み付ける様に質問をする。

「はっ、我が家は公方奏者なれば、左馬頭様が現職なればの事にございます」


「ものは言いようよな」

「えい、太郎、止めんか!」

「はい」


晴氏が遂にキレて藤氏を叱咤する。

「中務続けよ」

「はっ」


「大御所様のお話のことはホントの事でございます」

「では真か?」

「はっ、この度、公方様より御屋形様を含めた此方におわすお方に討伐令が出されております」


別の話になり内容が内容なので驚く五人。

「なに!」

「何故?」

「・・・・・・」

「中務、真か!」

「何があったのですか?」


「皆様もお聞きでしょう。里見が鎌倉を攻めたことを、その際、京の公方様は里見に関東管領職を与えたうえに、小弓公方の次男坊義淳殿を関東公方に叙したのです」

一度聞いている晴氏以外は驚愕の表情になる。


「公方様はいったい何を考えているのだ」

「兄上、このままでは、長春院陽山道純様の様に」

「死・・・・・・」

「公方は何を考えている!」

「父上、兄上」


「安心せい、里見などの企みは北條殿が潰えさせてくれる」

「父上?」

藤氏は普段『北条め』と呼び捨ての父親が殿付けなのに驚く。


「北條殿が上洛し御所造営や御料所寄進をした事で、直宮であられる柳葉宮が征東大将軍として下向為されました。それにより、左馬頭様は征東大将軍府副将軍に、太郎様は従三位左兵衛督として関東公方職に叙される事になりました」


「なるほど、我が公方に」

「兄上、目出度いではないか」

「目出度い・・・・・・」

「それならば安心か」

「兄上、ようございました」


「この度の事を以て、我ら関東足利家は公方の差配から外れる事と致す。今後は禁裏の差配を受ける故、太郎よ宜しく頼むぞ」

「はっ、太郎藤氏、恥ずかしくならぬようにより一層努力致す所存」


この日から、一週間後、煌びやかな行列が小田原へ向かい、北條氏康、滞在中の恭仁親王らと会談した晴氏らは親王より直々に渡された主上からの勅を恭しく受け取り、正式に官位を受け取った。

これにより、古河公方家の家督相続争いは藤氏から改名した恭氏が就く事で終了し、晴氏は幽閉先から鎌倉で隠居住まいを始め、次男、三男、四男は、それぞれ所領を宛がわれ満足する事になった。




永禄元(1558)年閏六月二十五日


■下総国葛飾郡関宿 簗田晴助


「殿、お疲れさまでございました」

「うむ」

「如何でございましたか?」


「安心せい関宿は当家が代々領すると宮様、北條様、公方様(恭氏)よりお墨付きを頂けた」

「おう、それでは」

「うむ、大御所様を始めとして公方様も話に乗って下さった」

「それは目出とうございます」


さて、これで安心よ。一時は関宿を取られるかと思ったが、お墨付きを頂いた以上は暫くは大丈夫であろう。それに恭氏様を後見する事で当家の発展に繋がるしの。これは未だ内密で話せぬが、北條様が常陸川と太日川を繋ぐ運河の開削をしてくれる上に、その管理も当家へ任せくれるとは、益々儲かり笑いが止まらんな。


「殿、今後如何なさいますか?」

「うむ、先ずは、宮様、北條様と佐竹殿との話し合いを設定しなければならん」

「なるほど、佐竹殿と付き合いが増えれば関宿が益々栄えますな」


「流石じゃな、よう判っておるの」

「殿に仕えて早三十年にございますから」

「確かにの」


しかし、楽しみよの、佐竹殿との和が為れば関宿は安全じゃからな。

ほんに宮様と北條様様じゃ。


皆様の応援のお陰で三田一族 第三巻 完成しました。

現在印刷中です。

発売は四月二十五日です。


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