第玖拾話 恋愛成就
お待たせ致しました。
まだ駿府です。中々終わらない。
現在、書籍化は数日後から地獄になるはずです。
感想返しが遅れますが宜しく御願い致します。
永禄元(1558)年閏六月九日
■駿河国安倍郡府中 三田康秀
ガラの悪い瀬名源五郎からみんなを助けた後。
新野殿から説明を受けている最中から凜がポーッとしながらこっちを見ていた。
「凜ちゃん、凜ちゃん?」
「あっはいいい」
「どうしたの?」
「いいいえ、なんでも……」
そう良いながらも、凜ちゃんがポーッとした目で見る先には、駆け寄ってくる金次郎……フッやったな我が友よ。尾張で凜ちゃんを見て以来、お前が凜ちゃんに”ほの字“なのは、小平太だって知っているぐらいだからな、舜ちゃんや、千代女はそっちのけで、『凜殿は無事か!』って香澄に聞いていたからね。
「凜殿、お怪我はありませんか?」
「はっはい、金次郎様、お陰様で……痛っ」
あっ、あのお漏らし君に腕を持たれて捻挫したか?
「凜殿、大丈夫ですか!」
「少し捻ったようで」
「それは一大事、すぐに医師を呼びます故」
「金次郎様、そこまでは……」
「いえいえ、全て大事ともうします。凜殿の身に何かありましたら、悔やんでも悔やみ切れません」
「金次郎様……」
「凜殿……」
あーあー、二人して自分の世界に入ってしまって、まだ新野殿もいるのに……
「殿、ああなっては、水でも懸けぬ限りは戻って来ませんから」
「そうよの、良いのでは無いか、凜も金次郎に興味が有ったのでな。此で良いのでは無いか」
「千代女も判っていたか」
千代女が凜ちゃんと金次郎が両思いだけれど踏ん切りがつかないことが判っていたとは、若くても女か。
「そうさな、有れ程あからさまでは気づかないのは余ほどの事だぞ」
「そうよな、凜とは付き合いが短い妾とて、判ったぐらいじゃ」
「そうそう、いじらしく『金次郎様は気に入ってくれるかしら』などと、父親に習って赤鳥(馬櫛)を削ったり、夜警の時には面桶(弁当箱)に暖かい食を入れて手渡したりしておったし」
千代女も舜ちゃんもよく見ているよな。って言うか『おい美鈴、お前だろう』って目配せしたら、ニヤッと笑って肯定しやがった。配下の者を使ってパパラッチしていやがったな。何処の芸能レポーターだって言うんだよ。こいつが二十一世紀に生まれていれば、芸能人や政治家は真っ青だな。
「三田殿」
「新野殿すみません」
そうなんだよ、新野殿も未だ残っていて、万が一を考えて朝比奈元長殿の屋敷まで送ってくれるって言う話しなんだが……
「いやいや、よほど怖かったのでしょうから。しかし、若いとは良いですな。それがしも若き頃は色々ありましたからな、判ります判ります」
「そう言って頂けると幸いなのですけど」
まあ、新野殿が良いって言ってくれているのがリップサービスでも今は仕方が無いんだが、おいい!金次郎、凜ちゃん!二人の世界を作るのは一向に構わんが、野次馬が見ているし、俺たちも見ているから、後でからかわれること必定だぞ、そう言う事は家でやりなさいと言いたい。
「しかし、いじらしいというか、早く告白しろと言いたいか、何とも言えませんな」
「そう言うなよ。お前みたいに、親戚から嫁を貰った奴には判らないだろうな」
「ふっ良いだろう、まさか親戚が三好家に仕えているとは思ってもいなかったからな」
「それに、嫁さんは美人と来ているだから、なんで金次郎やお前ばかりが」
「ふふふ、そのうちお前にも縁が有るって」
「俺の心の君は美鈴さんだ」
金次郎と凜ちゃんを見ながら、兵庫介(加治兵庫介秀成)満五郎(藤橋満五郎秀基)が駄弁っている。兵庫介は都で、遙か昔に地頭として四国へ下向した親戚の加治氏が三好実休殿の宿老だった関係で、末娘の里殿を嫁に貰ったんだよな。
新婚早々都へ単身赴任させられた俺や氏政にすれば、『いちゃつくなわれ!』って感じだったが、京娘に告白しては振られる満五郎の姿に哀れさを感じて、俺たちは未だマシかと思っていたんだよな。
しっかし、みんな緊張感がなさ過ぎじゃ!
「みんな、そろそろ向かうからな」
俺の言葉に金次郎も凜ちゃんもやっと気がついて恥ずかしそうにしているんだが、今更だと思うぞ。
そんな訳で、帰りは凜ちゃんは千代女や舜ちゃんに色々聞かれながら顔真っ赤にしているし、金次郎は兵庫や満五郎に小突かれているし、グタグタじゃん!
気を取り直して、朝比奈屋敷に行けば、ごく普通に迎えられ、事の次第を報告したら、氏堯殿や氏政なんかが笑いを堪えているのが判る。それに猪助が笑っているから、『覗いていたか』と聞けば肯定しやがった。『なら大事になるまえに何とかしろ』と言ったら『馬に蹴られたくはありませんから、金次郎殿の恋路の邪魔は致しません』といった訳だ。まあ良い、金次郎も凜ちゃんもこれで何とか出来るだろうからな。
「金次郎もこれで踏ん切りが付くであろう」
「真に、端から見ていてヤキモキしましたから」
んー、問題は恋愛結婚は有るが、身分がどうこういう輩が出る事だよな。岡部家は将軍義政に仕えた家で、野口は田舎の土豪だからな、岡部の親父さんが反対すれば全てポシャるし、何とか出来ないかな?
「私も、金次郎と凜殿との事は気にしていましたが、果たして岡部殿から許しを得られるかどうか、心配なのですが」
俺の心配を氏堯殿に伝えれば『ハハハ』と笑いが起こって説明してくれた。
「岡部は既に北條の臣になる事を決めておる故、身分差などは無く成る。それに金次郎はお主の臣とは言え、刑部は御屋形様も禄を与えておる故、金次郎は直臣と変わらぬよ」
有りがたい、幼なじみの恋が実るなら運動も色々するよ。
「ありがたき事、金次郎に成り代わり礼を申し上げます」
俺が畏まると、氏堯殿も氏政も渋い顔するんだが、何でだ?
「よせよせ、長四郎が畏まるなどしたら、天から鎗が振ってくるわ」
「そうだ、西から日が昇りかねないぞ」
「酷い言われようだ」
「と言う訳で、実は既に御屋形様にも許可を受けておるし、岡部殿も承諾済みだ」
早ーい、あの二人は完全に掌で踊っていたのか。
「刑部はどう言いましたか?」
「刑部は『我が息子が、婚姻とは未だ早いと言いたいが、御屋形様と若の見立てで有るならば吝かではございません』と言ったそうだ」
んー、刑部も結構厳しいからな、親馬鹿じゃ無いからこそ、信頼できる宿老なんだよな。親父と兄貴には良い宿老を譲って貰って感謝だよな。帰ったら、お土産持って勝沼へ挨拶に行かなきゃ。
話している最中に、猪助配下や美鈴配下の忍がやって来て凜ちゃんや金次郎の近況を伝えて来たのだが、悩んでいるみたいだ。『凜殿とは身分の差が』とか『金次郎様の事、父上が許してくれるかしら』とか言う事らしいから、氏堯殿が『もう良いから皆を集めよ』と命じて、客間で、金次郎と凜ちゃんを前に氏堯殿が書状を読む。
二人ともいじらしく、真剣な表情でいるんだが、おい千代女と舜、ニヤニヤするんじゃ無い、緊迫感が台無しだろうが、岡部殿など、普段の数倍も怖い顔しているんだぞ。俺には見える、岡部殿が必死に太股を抓ってその顔をしているのが。
「野口金次郎秀房、岡部又右衛門以言の娘凜、そなたらは密かに相まみえ、懸想していたこと相違ないか?」
この茶番に、噴き出しそうな皆だが、二人はいたって真面目顔でかばい合っている。
「霜台様、凜殿を罰せないで頂きたく。この事全て拙者のせいでございます」
「そんな、霜台様、金次郎様をお許し下さい。全ては私が悪いんです」
金次郎も凜ちゃんもお互いを庇うんだが、誰も付き合って悪いとか言ってないんだけどな。
「ハハハハハ」
氏堯殿のいきなりの笑いに二人がビックリする。
「ハハハ、叔父上もう宜しいでしょう」
「そうだな、金次郎、凜、お主らは勘違いしておるぞ」
その言葉にも合点がいかないようだな。キョトンとしているし。
「誰もお主らが付き合うことを諫めてはおらぬ」
氏政の話に段々判ってきたのか、二人の表情に明るさが戻る。
「どう言うことで有りましょうか?」
「野口家も、岡部家も北條の家臣よ、家臣の子息子女同士の婚姻には御屋形様の了承が必要だが、既にそれは頂いてある」
「そのうえ、又右衛門と刑部の許可も受けておるしな」
「えっ」
「え」
「金次郎様」
「凜殿」
二人して顔を見合わせてから抱き合うんだが、お前ら人前で抱き合うな。
ここへ来て、岡部殿も大笑い、そして笑いは座敷中に広がってめでたしめでたしって感じだが、甘すぎるんじゃ、ギーー、いちゃつかれると、妙や直虎さんが恋しくなるわい!
おい、美鈴、態と俺の前に来て胸の谷間を強調するな、しかも千代女までも、そのうえ舜ちゃんまで巻き込むな!
そんな訳で、我が友、金次郎は目出度く凜ちゃんを嫁に貰うことが決まりました。帰ったら祝言の支度しなきゃならない訳だが……あっっ俺も直虎さんの祝言あげなきゃ駄目なのかな?不安だ……
そんな事件の後、今川家主催の宴に参加する事になった訳だが、望月家代表千代女は、武田の副使が武田左馬助殿だと聞くと不味そうな顔をして言ってきた。『左馬助の長男と婚姻の話が有ったから行きたくない』と千代女らしからぬ理由で欠席。
じゃあ舜ちゃんはと言うと、『未だ若いし、本願寺でも知られていない娘なので』との理由でこれまた欠席。
それじゃ何か、お漏らし野郎が来るかも知れないのに俺が行くのは判るが、巻き込む味方がいない!一応新野殿と関口殿がフォローしてくれるらしいから良いんだが、あいつ氏真殿の取り巻きらしいから難癖付けてこないか心配だ。
宴に行くと、恭仁親王や公家衆が上座で、氏堯殿、氏政はその次あたり、俺や孫九郎(大道寺政繁)は下座に近いから安心した。
武田方は、信玄の息子の義信と弟の信繁が来ていて、更に隻眼で脚の悪い男がいるけど、あれってまさか山本勘助かって思ったら、紹介で確かに山本勘助だった。凄いぞ実在の人物かどうか論じられていた人物が武田の副使で来ているし、その挨拶を聞いた義元殿の渋い顔をも見れば、義元が雇わなかったって話は本当なんだなって思えた。俺は歴史の証言者となった訳だ。帰ったら確り日記に書いておこう。三田文庫とか残ったら歴史に名が残るぜ。
しかし、二年後には三人の内、二人までは川中島で戦死か、何とか出来ないか考えるんだが、いきなり『あなたの啄木鳥戦法は失敗します』とか『西條山(妻女山とも言うが)に越後勢が登るのは擬態です』とも、『武田左馬助殿には死相が見えてます。このままではあなた死ぬわよ』とか言えないしな、それに遠すぎるから話す事も出来ないからな、今は諦めて今度にするか。
まあ、断念してから時間も経って、宴もたけなわになると、皆が皆それぞれ話す相手が出来たようで、氏政の所には義兄弟の氏真殿と義信殿がやって来て色々話しているようだが、俺が行くことは出来ないんだよ。一応俺も三人の義兄弟だが、跡継ぎと婿じゃ立場が違うからな。
そこで、俺の所には、新野殿がやって来て話している。ごく一般的な話だけど、新野殿の所領の近くに相良油田がある筈なので、ここで情報仕入れをしておこうとお互いの所領の話とかしている。
そうこうするうちに、氏真殿の話になったらしく。
「義兄上は蹴鞠が得意とか」
氏政から聞かれた氏真殿は”よくぞ聞いてくれた“とばかりに破顔している。
「新九郎殿、我が蹴鞠の技は飛鳥井流宗家飛鳥井大納言様(飛鳥井雅綱)直伝ですからな」
「それは楽しみです」
そのまんま、庭で蹴鞠を見せ始めるんだが、完全にリフティングに見えるんだよな。二十一世紀なら今川氏真はJリーグに入れるかもしれないか?
これが元で、静岡はサッカー王国と言われる様になったって訳じゃ無いからな。偶然の一致に過ぎないわけだ。
「流石です」
「いやいや未だ未だですからな」
「見事ですな、そう言えば長四郎が蹴鞠が得意だったはず」
はっ?氏政、余計なことを言うんじゃ無い、俺らが暇つぶしに始めたサッカーを古代中国のサッカーこと蹴鞠って言い始めたのだけど、元々ゴールに球を蹴り入れるのが、次第にリフティングだけの蹴鞠になった訳で、京で作業員のレクレーションとして始めたんだよな。
「ほう、奥(綾)の妹婿ですな、面白い是非とも見せて頂きたい物だ」
「そうですな、それは楽しみだ」
「長四郎、ここへ来て見せてみろ」
あのな、蹴鞠とリフティングじゃかなり違うんだって、どうすりゃ良いんだよ。
道灌さん、ナイス読みですわ、その通りでした。
これで嫁がいないのは満五郎だけに。酷いよ酷いよ状態です。