第捌拾漆話 三河から遠江へ
大変お待たせ致しました。
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永禄元(1558)年閏六月二日
■三河国額田郡安城 三田康秀
はー、岡崎へ着いてから安城へ一旦戻るとは、舜ちゃんの事だから仕方が無いけど、なんか敵地から離れたのにまた帰るわけだから、なんか落ち着かない感じだよな。まあ、これも彼奴の存在をヒシヒシと感じた事が原因だが……
緒川城主の水野家からの使者の水野藤九郎は猪武者だった。何をとち狂ったか、舜ちゃんを見た瞬間、いきなり”我が君”とか言い始めるし、更に舜ちゃんが気持ち悪がって嫌がると夜這いはかけてくるわで、危なかったけど、旅するうちに仲良くなった千代女が美鈴に身代わりを命じて、変わり身できついお灸を与えてから、グルグルに縛って話を聞いて見たら、婚姻の約束をしているとか言う。そこで舜ちゃんに聞いたら、”そんな話は知らない”と、お付きの藤右衛門にも聞いたけど同じで、”嘘つくな“と聞いたら、本人は大まじめに三河の本證寺の空誓が話を持ってきたと言った訳だ。
しかし藤九郎って奴は酷い奴だったわ。そういえば小説読んだりしても水野勝成や水野十郎左衛門も変な奴だったからな、何と言うか水野家って変な奴揃い何かと思っちゃうよな。
そして今は、小平太は両親の所へ挨拶に帰っている最中で、氏堯殿達は親王殿下のお供で松平衆からの饗宴に参加中、そして俺は、藤九郎の話の裏を取るために、舜ちゃんを連れて安城の本證寺へ調べに来たわけだが、舜ちゃんが仁王立ちで空誓に尋問しているんだが、普段の姿と比べて威圧感が凄いな。
「空誓殿、妾を変な男に嫁がせようとは、妾としては寡聞の考えではあるが、話にならぬ仕儀よな」
空誓が舜ちゃんからの尋問に汗をかき始めたので有罪だな。
「舜様、この件につきましては、三河真宗の発展にも考慮した結果で有りまして……」
おい、何処ぞの政治家のような答弁を冷や汗かきながらするんじゃない、下心が見え見えじゃないか。
「ほほー、三河と言っても水野は緒川であるし、あそこは織田の旗下であろうに、妾の身一つで水野が寝返るとでも言うのかな?」
「それは、両国間の繋がりと申しましょうか、色々とございまして」
「ほう、それはそれは、重畳な事よの」
瞬ちゃんの話に空誓がホッとした表情を見せたけど。
「では、水野家とのことは……」
「阿呆が!その様な事、妾だけで無く兄上とてあずかり知らぬ事よ、のう藤右衛門」
「はい、上人様よりもその様なお話は一切伺っておりません」
今度は藤右衛門の話に空誓の顔色が青くなりだしたけど、血圧が上がったり下がったりで倒れるんじゃ無いかと言うほどだな。
「そ、それは……」
「主が真宗を思って行ったとしても、法主の許可も得ずにとは甚だ不味かろう、それに妾は既に其方におられる三田殿の世話になると決めておって、兄上からの許可も受けておる」
そうそう、舜ちゃんは俺が妹分として面倒みると言う事に決まったんだよな、先日、顯如殿から丁重な文を貰って御願いされたから。
「そうでございますか、宜しければ書状を拝見させて頂きたいのですが」
空誓も最後の足掻きか、書状が本物かどうかを知りたいらしいが、どうしようもならないだろうに。
「こここれは……」
「どうじゃ、これで判ったであろう」
舜ちゃんが胸を大きく張って自慢げだ。
「ははー、法主様のお言葉、確と」
「これにて一件落着じゃ」
んー、舜ちゃんいつの間にかキャラが立ってきた気がするが、千代女と美鈴の影響か?
「長四郎殿、空誓が挨拶したいそうじゃ」
「三田様、法主様よりの書状を拝見致しました。何とぞ舜様を宜しく御願い致します」
おー、随分と頭を下げるもんだわ、それだけ顯如殿の権威が益しているんだな、良い事だわ。それに舜ちゃんは確り守りますからね。
「丁重なご挨拶忝い、舜様の事は三田右馬権頭康秀が確とお守り致しますのでご心配為さらずに」
「よしなによしなに」
良かった良かった、無事軟着陸できたわけだな。
「空誓、妾はこれで帰るぞ」
「ははー」
永禄元(1558)年閏六月四日
■三河国宝飯郡上ノ郷城 三田康秀
何故か来てしまった蒲郡、蒲郡と言えば競艇場だが今は有る訳が無い訳で、しかもこの時代は蒲形郷なんだが、しかも上ノ郷は内陸で東海道とは外れて全然関係無い場所だけど、城主の鵜殿長照殿が今川義元の甥だから供応するという事になったわけだ。岡崎から三十里(20km)程度の距離だから中食には良いんだけどぶっちゃけ面倒なだけなんだよな。本当なら内陸を通る東海道を四十五里ほど東進して吉田城下(豊橋)まで行けるんだが、義元殿の意向もあるから仕方が無い訳だ。
鵜殿家と言えば、鵜殿君ちの氏長くんは未だ十歳なわけで宴でもちょこんと座っていたし、極々普通の子供だったが、彼が史実では家康配下の甲賀衆に捕まるわけだけど、その甲賀衆が今では北條の配下だって言うんだから、何が起こるか判らないよな。
甲賀衆は風魔衆と共に付近一帯を警戒しているので、宴自体もその後の宿泊も当たり障りも無く、何も起こらない平穏無事な状態で翌日には出立した訳だ。
永禄元(1558)年閏六月六日
■遠江国敷知郡曳馬城 三田康秀
結局、上ノ郷での供応で一日潰れて、本来なら泊まるはずの吉田を通過したいのだが、そうも言っていられずに、僅かの距離を三河湾を観光状態で眺めながらゆっくり移動して昼過ぎに吉田へ、そこで小原肥前守鎮実殿が恭しく一行を迎えたわけだ、彼は今川家が東三河支配のために送り込んだ人物だから、宴も宿泊も断るわけにも行かなかった。
結果として上ノ郷の一日がそのままロスして遠江へ、今回は行きと違って東海道を東へ進み、浜名湖を今切の渡しで渡ると、浜松は目と鼻の先なんだが、この当時は曳馬が中心地だからな。
曳馬城と言えば、史実では浜松城の原型とも言える城だけど、まあ想像通りと言うべきなのか、石垣なんぞありゃしない訳で、土塁と掘っ立て柱で出来たスッカスカで城内丸見えの壁というか、申し訳程度の柵が有るだけという城な訳で、なんかなーって感じだけど、これがデフォだしなー。
そんな掘っ立て門扉、もとい城門前で恭仁親王様に挨拶しながらヘコヘコしているのが、曳馬城主の飯尾乗連殿と息子の連竜殿なんだけど……
えーと確か井伊家の家伝では曳馬城主は井伊直平だったって有ったはずなんだけど、井伊家は西遠江の国衆として隠居の直平殿、当主の直盛殿、嫡男の直親殿が来ている訳で、どう言うわけだこれ?
ああそういえば井伊家伝記年譜は1710年頃の編纂だったし、そのうえ元々は井伊の聖地たる井戸をどの寺が管理するかの喧嘩騒動の時に、井伊家の菩提寺の龍潭寺の住職が作ったらしいから井伊家も監修していないから正史と言えない訳か、つまりは住職が盛ったわけだな、まあ家系図を弄る連中よりは未だマシか、いや同じ穴の狢か。
まあ、現実逃避はこの辺にして、井伊家の方々には顔を合わせ辛いんだよな、直虎さんとの事も有るし、とは言え、氏康殿、幻庵爺さんの話し合いで一応成りと俺の側室という形になりそうなんだが、あーどの面下げて会えば良いのか、けど会わないと駄目だし、しかも曾爺さんの直平殿も今日はいるし、どう言う話をすれば良いやら判らないし、けどまあ井伊谷での面会とかじゃ無いから、差しで会わないで良いわけだよな。新九郎あたりと一緒に会えば良いわけだし……
そう現実逃避していた事も有ったんだけど、俺をジーと見る直平殿、にこやかな直盛殿、何か眉間に皺が見える直親殿とご対面な訳で……はっきし言って針の筵に座るのはこんな感じかと思えるよな。
「お久しぶりにございます。先年はお世話になりました」
うー、なんて言って良いか思わず言ったは良いが、支離滅裂な気がするんだよ。
「婿殿、よもや諦めていた孫を得られるとは、望外の喜びですぞ」
「ほんに、この年で玄孫を得られるとは。本当にありがたいじゃね」
はっ?直盛殿、直平殿も怒るどころか、にこやかに言われても、孫?玄孫?確かに親父殿(氏康)と幻庵爺さんからの手紙で、直虎さんを側室にすると言うことは決まったから、婿殿は当たり前か、けど孫と玄孫って言うのは?
えーとえーとえーと、考えを纏めよう……まず、直平殿、直盛殿の玄孫と孫というのは同一人物で、直虎さんこと祐子さんが生んだわけと、それで直虎さんと致したのは俺と言う事は、俺の子?
「いやはや、男児が生まれておれば、井伊の惣領に貰い受けたものですが、女児でも嬉しいですからの」
「左様、祐が嫁ぐことはとうの昔に諦めておったが、典厩様のお陰を持ちまして、嫁ぐことが出来た上に子まで成してくれたのですからの、井伊一族皆が喜んでおりますぞ」
一寸待て!話がわからんぞ!
「これ次郎、婿殿が混乱しておるぞ」
直盛殿の暴走に直平殿が止めに入った。
「そうで有りましたな、詳しい事は北條の御主君と幻庵殿より婿殿宛に文がございましてな」
未だに混乱している中で直盛殿から渡された、氏康殿からの手紙には。
”長四郎、祐が姫を産んだ、無論お主の子だ。妙も喜んでおる故、大手を振って帰ってこい“そう書かれていたけど、唖然だ、あれだけで一発的中かよ!
更に幻庵爺さんの文には”祐が子を孕んだは知っておったが、皆で隠しておったのじゃ、我らは普段からお主に驚かされておるからの、これでおあいこじゃな”と書いてあった……
爺さん!!!やってくれるぜ。これほど驚かされてのは初めてだよ!!
「婿殿、どうでござったかな?我らも心苦しかったのですが、止められておりましたからな」
「真に」
「いや、何と言って良いやら、自分としても青天の霹靂でありまして、何と言って良いやら」
待て待て、益々支離滅裂じゃ無いか。
「ははは、父親になるのはそう言う事ですわ、私も祐が生まれた時は同じように慌てたものですから」
「はい、けれど私が祐殿を娶って宜しかったのですか?」
て言うか今更だけど、聞いておかないと駄目だよな。
「そう言う事ですか、それは願ったり叶ったりですのじゃ、元々祐は亀之丞の許嫁でしたが、諸般の事情で破談になりましたからな、我らにしてみればこのまま行かず後家になるかと心配しておりましたが、婿殿のお陰で子まで成してくれました。五十を過ぎて孫が出来るとは、これほど嬉しい事はございませんし、祐は小田原でも良くして頂いているとのこと、真にありがたい事でございます」
直盛殿は本気で喜んでくれているんだ、こうなると俺も妙と共に祐さんも大事にしなきゃだな。
「次郎の話だけでは無く、本音で言えば井伊家としては幾ら待っても亀之丞に子が出来ませんからな。祐にも子が出来ることが判ったのでホッとしている所ですわ」
「お爺様、義父上、この直親の不甲斐なさ申し訳ございません」
あー、直平殿、本人の前で直親殿をディスるのは不味いんじゃ。完全に卑屈に成っているよ!
「亀之丞、それほど気にするでないぞ、いずれ出来るやも知れぬのであるからな」
結果的に、この後、井伊家の親族だけで宴になったんだが宴の最中も直親殿が凄く不機嫌で不味い状態だった。だって、多くの一族が直親殿より、祐さんを懐かしんで”次郎法師殿の御子ならば井伊の惣領を継がすに値する“とか”是非、男児が生まれましたら井伊の養子としてお迎えしたい“とかを平気で言って来るんだから、何故かと聞けば、コッソリと”直親は猜疑心が強くて独善的で最近まで他国にいたから井伊の家風を忘れておる“とか言って悪口言ってくるんだから焦る焦る。
特に筆頭宿老の小野道好は直親殿を危険視している様で、さかんに俺に話しかけてきたからな。そのせいで直親殿からは睨まれっぱなしだったわ。違う意味で針の筵状態だったよ。
俺としては、それは止めて状態で、態々子供を危険な目に遭わせたくないし下手に敵を作りたくないから、愛想笑いしておいたけど、最後まで直親殿の警戒心は解けなかった模様、あー家の子は女の子で良かったとつくづく思うわ。祐さんとの子供は今後とも出来たとしても女の子が良いわ。
ここまで来たけど、小田原まであと少しか、いやなことは忘れよう。
早く沙代姫に会いたいな。祐さん似だと良いんだけどな。けど妙はどう思っているんだろうな。んー不安があるんだよね。けど案ずるより産むが易しとも言うからな、何とか成るさ。
今回は、ダイジェストに近い感じです。
次回は、駿河府中での話になるはず、ここを過ぎればいよいよ帰国です。
前回からの感想返信が遅れて申し訳ありません、近いうちに返信致します。