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三田一族の意地を見よ  作者: 三田弾正
第肆章 帰国編
76/140

第漆拾睦話 忍者と言えば・・・・・・?

大変お待たせしました。

やっと伊賀です。伊賀と言えばあの方です。


伊賀衆の人数と所領の下りを改訂しました。

2/20資料等を照査し、伊賀忍者の数を再修正しました。

百地丹波のこの名前を正西から泰正に変更しました。

永禄元年五月十五日


■伊賀国名張郷


康秀一行が伊賀に入る直前頃になると、気配を感じた猪助が小声で注意を促した。

「やはり、見張りが居るようです」

その言葉に長順はキョロキョロとしようとするが、康秀が大げさに大あくびしたので目立たなかった。


「ふあーー、流石に山道では足が疲れるな。早朝から歩き続けて何とも腹が空いたものよ、どうなさったかな長順殿、そんなにキョロキョロして、幾ら腹が空いたからと言って、殺生厳禁のおぬしが鳥や狸を食べる訳にも行きますまい。里に下りたら家でも見つけて中食をすれば宜しかろう」


ケラケラと笑いながら冗談めかして話す康秀の行動の意味を判った猪助が長順をからかうふりをする。

「そうでございますぞ。山の獣を食べる坊主はおりますまいて、その様な事をしたら御仏の罰が当たりますぞ」


そう言われた長順は心外ですぞという感じで答えた。

「いやいや、物音がしたので、兎でも居るのかと思っただけでございますよ。殺生しそのものたちを食すなど無い事を御仏に誓っております故に、心配はご無用でございます」


「ハハハハ、大山鳴動して鼠一匹とも言いますからな」

康秀の例えに長順も猪助もキョトンとする。

「長四郎殿、それは如何なる例えですか?」


長順が知らないとはと、思いながらも康秀は説明を始める。(如何にも中国から来たような言い回しの諺自体が、実は古代ローマの詩人ホラティウスの言葉から出た西洋の諺でラテン語の翻訳だと知らない者が多いので、康秀も同じく中国の諺だと思い、適当に誤魔化していた)

「泰山とは唐の国の皇帝が封禅を行う山だが、その山が大いに鳴動し人々が天変地異の前触れだと恐れおののいたが、原因は鼠が一匹暴れた事により山の生き物が騒いだだけだったという事から、些細なことで大騒ぎする様を諫めたものだ」


それを聞いた長順は恥ずかしそうな表情をし、猪助は笑いを堪える様な表情をしていた。

「酷うござるぞ」

「まあまあ、落ち着かれよ、山のものは此方が危害を加えない限りは姿を現さぬもの、我らは単に山を越えているだけにございますれば、そう易々と姿を現す事などございませんよ」


「猪助の言う通りだな、箱根の山のものたちと違い伊賀のものたちは敢えて火中の栗を拾う事はしまいて、堂々と通れば良いだけよ」

それに納得したのか、長順は「よいしょ」と言うと杖を突きながら歩き出す。

「さあ、あと少しで峠を越えますぞ」


彼等の話は端から聞くと山の獣の足音でビクついた坊さんを食いしん坊だ何だと、二人がからかっているように見えるが、実際には三人による芝居であり、伊賀名張近郊を勢力範囲としている伊賀上忍三家の一人百地丹波守泰光に対しての声明と言える物で有った。元々猪助自体が川越夜戦の後から最近まで伊賀へ忍術の修行に来ていた関係で、百地丹波守との繋がりが有り、猪助と仲間が其方へ向かうとは繋ぎを取ってはいたが、何者が来るかまでは機密としていた為に、丹波としても警戒し、国境に配置していた下忍と共に、嫡男泰正に確認させていたのである。監視されていることを見越して康秀達が言葉の節々に隠語を入れ、百地側に聞かせていたのである。その為か、康秀達が峠を越え伊賀へ入っても遠巻きに気配がわかるだけで一切の接触は無かったのである。


その一行の話を聞いていた中忍達が泰正に意見を述べる。

「若、あの連中、全く気楽なものですな」

「その様ですな、獣が怖い、物音が怖いなどで有れば、山に登らねば良いものを」

「話を聞いたが、余りの緊張感のなさに笑いそうになったわ」


その様な話をジッと聴いていた泰正であったが、ジロリと睨むと静かにそして底冷えのするような声で語る。

「未熟者め。あの会話の節々に隠語が隠されていたのが判らぬのか」

「隠語と言いましても」

三人の中忍がいぶかしげな表情をする。


「あの内一人は二之曲輪猪助であろう、あの坊主は北条幻庵の三男長順であろうし、一番若い者は三田の四男坊よな」

「猪助ですか」

「幻庵と言えば北條の忍びの元締め」

「三田の四郎と言えば、穢多や河原者を分け隔て無く親しく接しているというあの三田ですか?」

「そうよ、先年までこの地で修行しておった猪助と、幻庵の三男で後継者よ、そしてそなたらが言う所の四男坊よ」


そう言われた中忍達は唸る。

「若、そうなりますと、隠語と言う事は?」

「それだが、猪助と四男は我らのことを気が付いておったわ。それで我らに敵対の意志なしと伝えてきたのよ」


「どの様な事ででしょうか?」

中忍ながら頭の回転が悪い者達に些か憤慨しながらも泰正は此も育てる為と丁寧に教える。

「『鳥や狸』は潜んでいる下忍の事、『腹が減った、殺生厳禁』は戦をせぬと言う事、『里に下りて中食』は親父殿の屋敷に案内されたいと言う事、『大山鳴動して鼠一匹』はこの地で態々騒ぎは起こさないと言う事、『山のものは此方が危害を加えぬ』は我らを信用していると言う事、『箱根云々』は風魔は結界を張り通さぬが伊賀はそうではないとの確認よ」

泰正の揺るぎない自信から醸し出された言葉に中忍達は納得して頷いた。


「さて、それでは此方も歓迎の準備をせねば成らぬな、お前は事の次第を親父殿に伝えよ。儂は峠の出口で北條殿を出迎えようぞ」

泰正が命令すると「はっ」と言いながら何処に隠れていたのか判らなかった何人もの下忍が現れ百地丹波の居る屋敷へと報告に消えた。

下忍が消えるや否や泰正達の姿も消え、笠間峠付近には鳥のさえずりが聞こえるだけと成った。


峠を越え郷が見えるようになると、康秀が呟いた。

「さてそろそろお出ましかな」

猪助はそれに答える。

「ですな、先ほどまでは気配を消しておりましたが、今は気配を消すのを止めましたので間違い無いかと」


一人長順だけが取り残されてアタフタしている。

「気配と言っても、拙僧には何も・・・・・・」

「長順殿、判らないのが普通でございますよ」

「そうだな」


猪助と康秀の答えに対して長順は疑問を投げかける。

「確かに、風魔である猪助は判るが。長四郎殿は風魔では無かろうになぜ?」

長順の疑問がそれかと判り康秀はニヤリとして答える。


「成るほど、それですか、それは簡単でござるよ。子供の頃から仲間(河原者など)と共に野山を駆けずり回り、小田原に来てからは毎日のように小太郎殿や郎党達から指南を受けておりましたから、自ずと感覚が鋭くなりましたぞ、ニンニン」

ケラケラと笑いながらそう答える康秀に長順は『そんなに成って長四郎は何処へ行くんだ?』との疑問で首を傾げていた。


その様な最中に、最後の九十九折りを曲がり視界が開けると一見、長閑に見える農村風景が広がっていた。そして其処には小綺麗な衣装を着た人物が、数人の従者を連れて待っていた。それに気づき挨拶する猪助。


「此は此は、若様ご自身のお出迎えとは誠に忝なく存じます」

それに対して泰正が懐かしそうな顔をして挨拶を返す。

「猪助殿も壮健で、都での活躍は聞きましたぞ」

「それはそれは、お恥ずかしい限りです」


「ささ、長旅で疲れたでしょう、中食の支度をさせます故、お連れの方もご一緒にどうぞどうぞ」

主文を暈かしながら、百地丹波が会うことを認めたと泰正は隠語にし誘う。

「此は忝ない、猪助殿におんぶに抱っこで此処まで来られましたが、流石に腹が減りました故、お言葉に甘えましょうぞ」


直ぐに康秀はその話に乗る。

「お願い申し上げる」

それに遅れる形で長順が続く。この様な長順の少々とろい行動が幻庵にして見れば自分の跡継ぎとして心許ない事と成り、諜報防諜などの差配を任せるに値しないと感じ、康秀を自らの後継者として目し徹底的な英才教育をさせている原因と成って居た。


三人が肯定したことで、泰正はにこやかに「此方でございます」と案内をしていく。

宇陀川により満たされた田を見ながら南東へ向かい四半時(三十分)も経つと宇陀川の支流沿いに段々と深山へと分け入って行く。七里(4.7km)を半時(一時間)ほどで走破すると、其処には谷合に開けた段々畑が広がっていた。


「ほう、この様な深山に見事なものだな」

「当地は山がちですので、こうでもしないとどうしようも無くなるのですよ」

長順の言葉に泰正は応えた。

それから暫くして、丘の上に建つ一際立派な建物に案内された。


「此方が我が家でございます。父も首を長くして待っておりましょう」

玄関より土間へ案内され足の汚れを洗う為の桶が用意され足を綺麗にする。それが終わると、泰正に屋敷の客間へと案内された。

「父上、御客人をお連れしました」


泰正の声に中より返事がされる。

「ささどうぞ」

その言葉で障子が開けられ、猪助、長順、康秀は進みいる。其処には年の頃五十代位で大柄な厳つい風貌の男が待っていた。


「百地丹波守と申す。この度は御苦労なことですな」

丹波の挨拶に康秀が挨拶を返す。

「北條左近衞権中将が臣、三田右馬権頭康秀と申します。この度はお招き頂き誠に忝なく存じます」

康秀は婿とは言え当主の息子、長順は血族とは言え、当主の従兄弟で傍系で家臣という関係では必然的に康秀の方が立場が上になるのである。それに関して長順は何の嫉妬もなくいい諾々承知していたのである。その辺の人の良さも幻庵から後継者候補として弾かれた原因の一つであったが未だ公にされていない為に対外的には知られていないことであった。


「北條長順と申します」

「二之曲輪猪助でございます。先年までの御教授忝なく感じております」

其処へ案内してきた正西が挨拶を返す。

「百地丹波が息、百地正右衛門泰正と申します」


挨拶が終わると、膳が運ばれてきた。

「山の中故たいした物はございませんが一献どうぞ」

丹波が康秀に杯を渡し酒を注ぐ。


「此は忝ない」そう言うと康秀は躊躇することなく杯を空ける。

それには泰正、猪助、長順らが驚く。普通この様な場所では毒味をさせるなどをして毒殺のリスクを下げるのが普通であるにも関わらず、何の疑いも持たずに呑んだのであるから、注いだ丹波ですら内心驚いていた。


「旨い酒ですな、ささ丹波殿も一献」

今度は康秀が丹波へ酒を注ぐ。

「忝ない」

丹波も杯を飲み干す。そして大笑いを始める。


「ハハハハハ、此は参りましたぞ、流石は菅公の申し子ですな」

康秀に見れば、此処で百地丹波が自分を害する可能性が非常に低いと考えた結果の行為であったし、いざとなれば猪助が毒消しで何としてくれると考えていた為に行為に出たが、丹波にしてみれば自分達を含めて怪しげな術を使う者は世間一般では胡乱輩と蔑む者達が多い中で、康秀は風魔衆、穢多、河原者などと親しくしている事は知っていたが、同じ様に偽善や演技で彼等の歓心を買う輩がいた為にさほど信じていなかったが、癩病患者まで親しくしているという行為を知り、此は本物ではと康秀に興味を持っていたのである。其処で自分が言うのも何だが、胡乱な代表とも言える伊賀上忍が注ぐ酒を何の躊躇もなく飲み干したのであるから、それだけで何か心に熱いものがこみ上げてきていた。


「いえいえ、この様な悪童を申し子と言われたら菅公がへそを曲げますぞ」

康秀は手をふりながらニヤリと笑う。

「フフフフ」

「アハハハ」


爺と孫ほどの年の差のある二人が顔を見合わせながら笑うという行為に残りの三人と天井裏などに隠れている者達も唖然としていた。

「お主らは周りを見張り誰も近づけるな」

丹波がそう命令すると、天井裏や床下にあった気配が消えた。


「見事な統制ですな」

康秀が賞める。

「いや、未だ未だでござるよ」

「手厳しいですな」


そう言われた後、丹波と康秀が姿勢を整える。その姿は真剣な表情で正に此から商談をする男同士であった。

「さて三田殿、我が伊賀に如何様な御用がございますか?」

「百地殿の差配する伊賀衆全てを北條で召し抱えたい」

康秀の余りの提案に丹波も一瞬声が詰まるが、意を決して質問するが声に震えが有る事が判る。


「三田殿、伊賀衆全てと申しましても当方の配下の南伊賀だけでも五百近い者達が居りますぞ。藤林殿の北伊賀でも五百ほど、合わせれば一千を越えますぞ」

そう言われても何とも平気な康秀はそれがどうしたのかと言うほどに落ち着いて話す。


「一千の伊賀衆を雇えるのであれば此は重畳と言えるな」

「三田様、一千では莫大な金が掛かりますぞ」

猪助が判っていながら一応、考えろと言ってくる。


「さっ左様ですぞ。幾ら困窮しているとは故、我らも端金で安売りすることは出来ませんぞ」

丹波の狼狽振りを心配した泰正が康秀に疑念をぶつける。


「その事だが、丹波殿も聞き及んでおろうが雑賀衆と同じ待遇を約束しよう。それぞれの頭領に支度金千貫文(一億円)その他の者には技量に応じて支度金十貫(百万円)から百貫(一千万円)を、更に北條家在籍中には頭領には年五百貫(年俸五千万円)を、その他の者には技量の優劣で十貫(百万円)から五十貫(五百万円)までを与える事を確約致しましょう」


涼しい顔で言う康秀にいよいよ泰正も度胆を抜かれるが、康秀にしてみれば全て合わせても精々十万貫であり現在の北条の財政と堺などとの情報の取引での利益を考えても充分に出せる金額と既に氏康からの承諾も得ていた為に大胆に出来たのである。


しかし、丹波達にしてみれば、地味の悪い伊賀で共倒れしないようにお互いに争わずに惣国一揆を作り守ってきたが、それで生活が豊かになるわけではなく、伊賀衆は各大名から依頼を受けて、体を傷つけ仲間を失い、時には同郷同士で殺し合うという辛い事も多々有りながら家族の為にと、諜報活動をして生活費を稼いでいたのであるが、雇う者達は彼等を犬畜生のように蔑み馬鹿にしていたのである。


「なっなんと、それほどの価値が我らにあると言われるか?」

今までの給金の安さと比べ破格の値段に声が上擦る。

「伊賀衆の技量は猪助を見れば判る。それに戦でも何でも観察と報告が無ければ負けるは必定よ、それを確実に持ってくる忍びの技にかける金額としては安いかも知れぬが、是非雇われて欲しい」

そう言って康秀が頭を下げる。その行為にも真剣さが見え、丹波も泰正も驚きで一杯である。


「みっ、三田殿、お手をお上げ下され、我らは無位無冠の身でございます」

「なんの、人に頼むのに官位や権力を翳して何になるかと思いますぞ」

頭を上げた康秀がニヤリとしながらそう言うと、次第に丹波達の緊張が崩れてニコリとし始める。


「参りましたな」

「参ったの」

そう言うと丹波と康秀が笑い始める。

「ハハハハ、此は三田殿の誠意を信じて見ましょうかの」

「ハハハハ、それは頼もしいお言葉、我ら北條は皆様が来るのを待っておりますぞ」


丹波は、三田康秀に信を置き、手伝うことを決めたのであるが、一つ気になる事が有ったので聞く事にした。

「我らを雇うは良いのですが、風魔衆との兼ね合いはどうなりますでしょうか?」

確かに、北條直属の風魔衆との軋轢があったら本末転倒である。

「ハハハ、それならば、小太郎殿も風魔衆も納得済みでござるよ。それに伊賀衆に関しては関東以外で働いて頂く所存、主な範囲は西国でござるよ」

「なるほど、風魔が東国を我らが西国という訳ですな」

「そう言う事でござるよ」


この日から康秀達は百地屋敷へ逗留し、丹波が招集した伊賀衆との間に話し合いが行われ、その後宴が開かれ続けたのである。


この後、今川家に仕えていた藤林長門守保豊、松平家に仕えていた服部半蔵保長らの配下は中々引き抜けなかったが、それ以外の多くの伊賀衆が北條家の禄をはむ事と成った。



現在、書籍作業は、加筆分が終了し、いよいよ本格的な修正に入る予定です。


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