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三田一族の意地を見よ  作者: 三田弾正
第肆章 帰国編
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第漆拾壱話 大和にて

大変お待たせしました。


今回、被差別民の話が出てきますが、当時の雰囲気を出す為の物で有り、決して差別の為では無い事をお知らせ致します。

永禄元年四月十七日~


大和國やまとのくに奈良なら


水無瀬宮では、夢枕のホラの影響で康秀が恭仁親王と共に祭神たる後鳥羽院に対する神事を行った。

水無瀬宮参拝を終えた一行は淀川を渡し船で渡り対岸の石清水八幡宮へ向かった。


康秀はその際も地元の地侍等で関東へ下向する事を承諾した者達を数人引き連れる事に成功していた。その中に、さほどの人物は居なかったが、征東大将軍の陪臣の陪臣に仕えると言うだけでも、彼等にしてみれば名誉に感じるのか皆が感動の趣で参加していたのを見て、権威が無い状態でもこれほどとはと、“腐っても宮様だな”と途轍もなく失礼な事を考えたりしていた。


石清水八幡宮では祭神たる八幡大菩薩はちまんだいぼさつ誉田別命ほんだわけのみこと応神天皇おうじん てんのう)に全員で参拝し。更に臨時祭で恭仁親王の養嫡男朝仁親王が七歳で舞人を務めるなど神事を行った。


石清水八幡宮で一泊後、一行は巨椋池を左に見ながら木津川沿いを一路奈良へと向かう、本来であれば巨椋池を右に見て、伏見から醍醐へ抜け山科から逢阪を越えて大津、瀬田へと近江へ向かうのが普通であるが、この当時京奪還を狙う足利幕府十三代将軍足利義輝と協力者六角義賢率いる軍勢が大津付近で虎視眈々と京侵攻準備を行っていたが為、三好勢も山科、白川などに集結しており、一触即発の事態に巻き込まれない為の措置であった。


奈良へ向かう一行は恙なく奈良坂へ到着した。奈良坂には興福寺が支配している北山宿が有り非人達の住処と成っていた。親王一行は此処で、非人達を分け隔て無く親しく労い、金子、衣料を与え多くの感謝を得た。


康秀に至っては、般若寺はんにゃじに有る北山十八間戸きたやまじゅうはちけんと癩病らいびょう(ハンセン病)などの重病者を保護・救済した福祉施設)にまで足を伸ばし、患者に金子、清潔な衣類、栄養有る食材などを配布し親しく話しかけた。


康秀にしてみれば、現代知識でハンセン病自体の感染力が低い以上はお見舞いを行う事に躊躇はなかったが、他の者にしてみれば、康秀の行動は非常な驚きを与えた上に、皆が康秀が感染するのではないかと何かにつけて体調を心配するはめに成ったのであるが、それは仕方のない事であった。


恭仁親王一行が非人に対しても親しく慈悲の心で接することで、各地の非人、河原者などから、朝廷、征東大将軍府、北條家は非常に信頼感と敬愛を受ける事と成る。その上、康秀の行動により、座などの特権や、穢多えた(鞣し皮などを作る)の様に、大名や寺社により保護されている者達、生活の糧がある非人以外で、移動が可能な多くの賤民が次々に関東へ移住し、その地で差別のない生活を始める事と成る。


この者達は、後に氏康の計らいで康秀の預かりとなる者が多くなり、康秀の元で強力無比な戦力として活躍することと成る。彼等にしてみれば、自分達を差別しない康秀を失えば又ぞろ賤民として支配される事と成るなどまっぴらご免で有った故、織田信長の鍛えた足軽など及びもつかないほどの猛訓練で三田康秀軍の中核となるが、それは遙か先の話で有る。


その後、奈良坂を下り東大寺や興福寺の甍が輝く奈良中心へと到着した。

一行は其処で十日滞在し、その間に奈良各地の社寺に参拝をする事と成る。


大和守護と言える興福寺に向かった一行は一乗院別当覚慶(足利義昭)の歓待を受けた。


「覚慶殿、この度の御招待真に忝なく存じます」

恭仁親王が覚慶に丁重に挨拶をする。

「さほどの持てなしも出来ませぬが、旅の疲れを是非にお取り頂きたく支度させました。御緩りとお過ごし頂けたら幸いにございます」


そう覚慶が言いながら案内した部屋には寺とは思えない程見事な料理の数々が並んでいた。流石にあからさまに肉類は無いが、贅を尽くした物で有ることはその場にいた皆が感じていた。


「覚慶殿此ほど見事な品々を忝なく存じます」

「何の、この地で無辜の民草を護る事も中々出来ぬ自分に比べて、親王様は敢えて坂東へ下向しそれを為さろうとするのですから、感服致しております。此より行く先々で何かと御苦労するやも知れません故、せめて此処にいるときだけでも御緩りとして頂きたく考えた次第」


覚慶も恭仁親王も恭仁親王が覚恕法親王かくじょ ほっしんのうと名乗っていた頃から多少の面識は有った為、親王に親しく話しかけている。


恭仁親王もこの十六歳年下の覚慶を真面目で素直な人物と知っていた為、話す言葉が上辺だけの社交辞令では無いことも判っていた為ににこやかに返答している。


酒が入り和気藹々と話している中で、覚慶が御馬揃えの事に話題を振ってきた。


「先だっての御馬揃えは見事なものでございましたな、拙僧も生まれは武家ではございますが、あれほど見事な御馬揃えは治承八年(1184)に源義経みなもとの よしつね駿河国浮島原するがのくに うきしまはら以来の事でございましょうな、あの様な馬添えは等持院とうじいん様(足利尊氏あしかが たかうじ)も鹿苑院ろくおんいん様(足利義満あしかが よしみつ)ですら、行えませんでしたからな、此ほどの事を易く出来ると言う事こそ、真に朝家の復興の兆しと言えましょう。朝家復興が成れば日の本の民も安心して生活出来るようになるでしょう」


覚慶は恭仁親王に全く邪気の無い笑顔で話す。

「今回の事は、北條殿有っての事と言えますから」


「拙僧も疱瘡になった際に北條殿の手配された医師のお陰で命拾いを致しました」

既に都留芽庵つる めあんを北條家が手配したことは覚慶にも知らされており覚慶は益々九條稙通と北條家に感謝と親近感を感じていたのである。


恭仁親王は覚慶の言葉に関心した顔で頷く。

「北條殿のお陰で朝家も安泰でございますからな」

「真ですな」


その後もたわいもない話などが続いたが、夜が更けて皆に酔いが回った為にお開きと成ったが、覚慶が北條氏堯に話が有ると言う事で、密かに宿坊を抜けだし氏政と康秀を連れて一乗院いちじょういん宸殿しんでんへと向かった。


宸殿へ通されると覚慶が一心不乱に経を読んでいた。

氏堯達に気づいた覚慶が佇まいを直してから徐に話しはじめた。


「霜台殿(氏堯)この様な夜更けに来て頂いて申し訳ございません」

「お気になさらずに、我等は常日頃夜討ち朝駆けをしております」

そう言われて多少は覚慶の顔にも安堵感が見えた。


暫くモジモジしていた覚慶を苛つくことなくジッと三人は待っていたが、意を決した覚慶が真剣な表情で話しはじめた。


「霜台殿に言う事では無いのですが……」

そう言いながら一瞬黙ってしまう。

「覚慶殿、何やらお悩みの様子、我々で良ければお力に成りましょう」


「実は、先だって疱瘡に成った際に都留芽庵殿に助けられましたが、その際に御息女の詩鶴しづる殿の献身的看病にてこの様に五体満足に過ごすことが出来たのでございますが……」

「それは重畳でございました」


氏堯の言葉が余り聞こえていない風の覚慶はギュッと手を握りしめながら更に話す。

「その際に詩鶴殿とその、あの、何と言って良いやら、なのですが……男女の仲に成ってしまい。此は拙僧の未熟さ故の事なのでございますが……」


真っ赤に成って告白する覚慶に事情を知っている氏堯達は此処まで純粋で有ったかと関心していたが、康秀だけは、歴史で習った陰謀好きの義昭とは似ても似つかぬ姿に戸惑いを隠せなかったが、それが覚慶には驚いていると勘違いさせる事になっていたので結果的には良い事であった。


「成るほど、その様な事がございましたか、女人を覚慶様に近づけたは我等の罪にございます。詩鶴とやらを尼にし生涯罪を償わせましょうぞ。無論我等も罰を受ける所存」

氏堯がそう言うと覚慶は慌てる。


「いや、霜台殿、それは待たれよ。詩鶴は詩鶴は何処へも行かせては成らぬのじゃ」

「何故にございますか?覚慶様を惑わした者でございますれば、早急に処断するのが我等のせめてもの罪滅ぼしでございます」


氏堯達渾身の演技に覚慶は益々慌てふためく為、氏堯、氏政、康秀は笑いを堪えるのに必死であった。

「詩鶴には詩鶴の腹には我が子がおるのじゃ。我が妻と我が子を失いとうはないのじゃ。例えそれで別当の地位を追われてもじゃ」


詩鶴の献身的な姿と大麻による暗示により完全に詩鶴を愛おしく思っている覚慶は其処まで思い詰めていたのである。


此処まで来たら、氏堯も予想通りと康秀とくみ上げた解決策を暫し考えた振りをした後で話しはじめる。

「判り申しました。覚慶様の其処までの御覚悟をお聞きした以上は、見て見ぬ振りをすることは出来ません」

「霜台殿」


「詩鶴には興福寺界隈で都留芽庵と共に医を生業とさせる事に致しましょう、無論費用等は当家が負担致します。太閤様にもその旨をお知らせ致します」

氏堯の答えに覚慶は目を輝かせて頭を下げ感謝の念を述べる。


「霜台殿、拙僧の我が儘を叶えて頂き真に忝ない。生涯霜台殿の恩は忘れませぬ」

そう言って氏堯の手を握りしめしばらくの間離す事はなかった。




永禄元年四月二十四日


■大和國興福寺一乗院


興福寺一乗院別当覚慶からの呼び出しにより興福寺衆徒こうふくじ しゅとの面々が一乗院にて征東大将軍恭仁親王との宴に呼ばれていた。僅か二歳で当主を継ぎ八年目の十歳でしかない筒井藤勝つつい ふじかつ筒井順慶つつい じゅんけい)が後見人である叔父筒井順政つつい じゅんせいに連れられ参加し、筒井家や興福寺、春日社に関係の深い國人達も参加する事を許されていた。


そんな中に、大和北西部の平群郡へぐりぐんの國人領主嶋政勝がいた。彼は大和の國人に過ぎない自分が征東大将軍に拝謁出来ることに驚くと共に恐れおののいていた。その他の國人も大いに驚いていたので彼だけでは無いのであったが。


所がその際に、恭仁親王から直接に杯を賜ると言う栄誉に恵まれた。その際緊張のあまり手が震えたが、親王の側にいた三田康秀が軽い冗談で場を和ませてくれた為に恥をかかずに済んだ。


恭仁親王に拝謁の後、同席していた康秀にお茶でもと誘われた政勝は緊張のあまり喉の渇きが尋常では無く成っていた為と先ほどのお礼を言おうと、康秀の誘いを受け座敷へと案内された。


座敷に着くと、康秀は湯を沸かしてあった茶釜から、湯を柄杓で汲むと急須と茶碗を温め始めたが、政勝にしてみれば、堺などで行われている茶の湯と全く違う作法であったが、政勝自身もさほど茶の湯などを知らぬ為に違和感を覚えずにいた。


康秀が行ったのは、お茶を点てるのではなく、煎茶を煎れる行為であり、ごく普通に飲めるように熱く無く薄く量の多いお茶であった。


「ささ、嶋殿」

茶の湯の作法が判ら無い政勝が康秀に申し訳なさそうに伝える。

「三田様、お恥ずかしいことでございますが、自分は茶の湯を嗜みませんのでどの様に飲んで良いか一向に判らないのです」


それを聞いた康秀が説明する。

「嶋殿、それは煎茶と言って、茶の湯と違うものですので、ごく普通に湯を飲む様に味わい頂ければ幸いです」


成るほどと政勝は茶碗を持つとゆっくりと茶を飲み始めた。濃くもなく苦くもない爽やかな芳香が口一杯に広がり、それが終わると甘みが舌に残り喉がゴクリと鳴る。

「お恥ずかしい限りにございます」


喉が鳴ったのを恥じて政勝が謝るが、康秀はにこやかに答える。

「煎茶とは、美味しく飲むものでございますから、喉が鳴るのは当たり前です」

康秀の言葉に政勝も成るほどと頷く。


政勝が先ほどの件でお礼を言うと康秀はにこやかに礼を受けた。


その後たわいのない話をしているうちに、康秀がポツリと話し出した。

「聞く所によると、嶋殿が何やらお悩みと覚慶様よりお聞きしたのですが、私に任せて頂けませんでしょうか」


「何がでしょうか」

確かにあの事は外には少しは知られているが、北條家の重臣に頼む訳も行かぬと政勝は惚けようとするが、康秀の次ぎの言葉に驚く。


「嶋殿の家中で何やらもめ事があるそうですな」

康秀の指摘に政勝はギクリとする。

「何故その様な事を……」


政勝の質問に康秀は煎茶を入れ直してから政勝に向いて答える。

「畿内に一年もいますれば、自ずと噂は集まるものでございます。況してや北條家では広く人材を求めております故、畿内各地の報を集めておりました。その中に嶋殿の御嫡男の噂もございました」


其処まで知られてはと、政勝も真実を話しはじめる。

「そうでございましたか、お恥ずかしい限りにございますが、拙者が後添いを迎えて次男が生まれて以来、勝猛かつたけは荒れておりまして、手が付けられぬ状態なのでございます」


「成るほど、後添えの子が跡を継ぐと考えての事でございましょうな。実際に豊後守護大友家では後添えの子を当主が可愛がり跡を継がそうとした挙げ句に、嫡男の手の者が父、後添え、弟を惨殺しておりますし、美濃斉藤家では嫡男が父、弟二人を討ち取っておりますな」


康秀の話を聞いてやはりという顔をする政勝。

「拙者としては、勝猛に跡を継がすつもりですが、中々信じようとせぬのです」

「成るほど、人とは一度疑心暗鬼に陥ると中々目が覚めぬもの」


「左様ですか」

ガッカリする政勝に康秀が提案する。

「嶋殿、当家は関東で飛躍の為に大いに人材を求めております。御嫡男を当家の家臣として迎え入れたいのですが」


「北條殿の家臣となれと」

「はい、このまま行けば衝突は必然、それならば当家が御嫡男を一端の将としてお迎えしたしましょう」

「成るほど、しかし愚息が頸を振るかどうか判らないのです」


「其処は我々が説得致しましょう」

政勝は康秀の真剣な表情に事態を丸投げする事にして見ようかと考え始めた。

この翌々日、何を言うかとへそを曲げながらも父親からの懇願で氏堯、氏政、康秀に会いに嶋勝猛が興福寺を訪ねてくることに成る。

島左近をゲットできるか。

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