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三田一族の意地を見よ  作者: 三田弾正
第参章 京都編
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第伍拾捌話 綱重帰洛と武田の困惑

お待たせしました。


今回は前半と後半で違う話しです。

弘治三年十一月二十五日


■京 池邸 


内裏の南西に完成しこの時点で北條家一行の拠点と成っている池邸に、長きにわたり西國へ工作に行き此の程帰洛した、本来の主人となるべき綱重が座敷で氏堯に報告を行っていた。


「左衛門佐殿、真に申し訳ございませぬ。王直との会談は物別れに終わりました。偏に拙者の努力が足りなかったためでございます」

心底、王直を連れてこられなかった事に意気消沈している綱重であったが、氏堯は元々博打のようなかけで有ったと思っていたため優しく励ます。


「うむ、仕方が有るまい。王直とて海商としての意地と、やっと國に認められたという感情には、昵懇の博多衆の取次が有ったとしても、見ず知らずの我等の言葉など耳に入らないであろう。それに王直以外では十分な成果を上げておるのであるから、気に病む事など無いぞ」


「はは、有り難きお言葉身に染みます」

「御苦労であった。さて、帰洛祝いに宴を行おうぞ」


そう言って、氏堯は綱重を連れて大部屋へと連れて行く。其処には京へ来た北條家の面々が待っており、口々に綱重一行を労う。


シコタマ飲んで、その日の宴会は終わり、翌日になると、早速今回の遠征に関する成果などに対する、事務仕事が始まった。其れは実に二週間に及んだが、王直以外の事は概ね成功裏に終わったと結論付けられた。


更に綱重一行が甑島、博多、松浦などで手に入れた唐物や高麗物は非常に良い物が含まれており、津田助五郎つだすけごろう(津田宗達)、田中與四郎たなかよしろう(千利休)などが目を見張り、是非とも譲って欲しいと懇願される事になる。




弘治三年十二月十日


■京 内裏 伏見宮邸


二週間の長い残務処理を終えた綱重は氏堯に連れられて、新築し檜の香りも香しい伏見宮邸へ向かった。宮邸に着くと、当主伏見宮邦輔親王と共に、太閤九條稙通、左大臣西園寺公朝が出迎えた。


「皆様、今宵はよしなにお願い致します」

「うむ。左衛門佐、任せておけ」


氏堯が三人に挨拶をした後、三人は綱重の方を見る。

「西國での活躍は聞いておるぞよ」

「遠路遙々御苦労なこっちゃ」

「何時ぞやは、世話になったの」


三者三様の挨拶を受け、唖然としながらも返答する辺りは、文化人である父幻庵の教育の賜物であろう。

「宮様、太閤様、左府様、態々のお出迎え、恐悦至極に存じます」


「さて、今宵はよい日になりそうよ」

「そうでおじゃりますな」

「正に」


口々に話ながら、座敷へと案内されると其処には立派な宴の支度が為されていた。

「今宵は綱重殿の帰洛祝いよ」

「ささ、ささ」


酒と沢山の料理が運ばれ、宴が始まった。

伏見宮も九條稙通も西園寺公朝も綱重の西國での話を聞きたがり、初めて聞く風土や風習に驚き、楽しんでいた。そんな中、中座した西園寺公朝が娘の月子を連れて帰ってきた。久しぶりに会う月子の美しさに綱重もときめいたが、左大臣の娘であるため、自分には生涯縁のない御方と思っていた。


「綱重様、お久しぶりにございます。何時ぞやはありがとうございました」

月子姫がにこやかにそして頬を赤く染めながら酒を注いでくる。

「月子様も、ご機嫌宜しいようで安心致しました」


「綱重様のお陰で、おもうさん共々、つつがなく暮らしております」

「其れは重畳でございます」


端から見れば、恋愛下手同士が話しているような初々しさが見えるのであるが、月子姫にしてみれば、ヤキモキしながら誘おうとしていたのであるが、綱重が身分の違いを考えていたので、それに気が付かなかったのである。


その為に、それを見ていた九條稙通がニヤリとして、氏堯を呼んで策を授けた。

「左衛門佐、近う」

「はっ」


端から見ると雑談をして笑っているようにしか見えなかったが、実際には康秀の故事に習ってしまえと氏堯に相談していたのである。


其れを知らない綱重は、その後、月子姫、伏見宮、稙通、公朝にシコタマ飲まされて、まんまと罠にはまってしまった。


酔いが回り、帰宅が困難になったため、氏堯共々伏見宮邸へ泊まった綱重であるが、翌朝目覚めると、なんと月子姫が一緒の寝具にくるまりスースーと寝息をたてていた。その姿に驚きながらどうしたら良いかと考えていると、伏見宮、稙通、公朝、氏堯が現れたため混乱したが、起きた月子姫からの話で事情がわかり更に驚く事になった。


「宮様、太閤様、左府様、此処これは……」

「宮さん、太閤さん、おもうさん、これでうちは綱重様と夫婦になりましたで」

「月子様、其れは一体?」


してやったりと言う顔で、月子姫は綱重に説明を始める。

「あんな、うちが綱重様が恋しくてどないしても嫁になりたいと言うたら、太閤さんがこうしろと言ってくだっさったんよ。三田はんと井伊の姫はんも同じ様にして嫁になったそうやから、其れをまねしたんや」


「綱重、まあそれ以外にも、そなたを叙爵させ、池家を再興させるという事も決まっていてな」

「その為の後ろ盾が、麻呂達と言う訳よ」

「既に主上も承知の事。確と頼むぞ、婿殿」


衝撃の事実に綱重は暫く絶句していたが、結局その後に詳しい話を聞かされ、納得できないが納得しなければ成らなくなり、池家相続と月子姫との婚姻が決定したのである。




弘治三年十二月十日


■京 貧民窟


武田晴信が放った三ツ者の面々は、思うように行かない事態に頭を悩ませていた。

「おのれ、あの大久保長安が偽物とは!」

「流石は風魔、あれほどの変装とは」

「既に八人を失い、残りも手傷だらけでは……」


「お頭、如何致しますか?」

「うむ、風魔にしてやられるとは、御屋形様にどの様にお伝えしたら良いのか……」

「お頭、どうも大久保長安は都に来て居ないようですな」


「そうらしいな。我等の手練れが襲ったにも係わらず、返り討ちになるとは」

「始めから、囮を連れて来た訳ですか」

「その可能性が大きいな。二條の姫を氏政の正妻にするなどと言う謀を隠すために、我等の目を誤魔化したのであろう」


「しかし、梅姫様が嫁がれておりますが、その様な事をすれば、御屋形様と北條との仲が悪化するのでは無いのでしょうか?」

御屋形である武田晴信は、諏訪家への攻撃などの条約破りで、他國からは信用されていないからこそ、北條は枷をはめるが如くに保険をかけたのだと、穴山信光に想像は出来たのであるが、まさか部下に教える訳にも行かずに、適当な誤魔化しを言う。


「北條とて、御屋形様と手切れするわけにも行くまい。恐らくは二人の正妻という形を取るつもりではないかと思う」

信光の言葉に、部下達は納得する。


「なるほど」

「尤も、御屋形様にお伝えした以上は、何らかの抗議を為さるはずだ」

「お頭、辛うじて長安の失敗を挽回できるわけですな」


小頭の言葉に頷く信光で有ったが、内心では組織の強化をしなければ成らぬなと考えていた。





弘治三年十二月二十五日


■相模國 南足柄郡 小田原城


年の瀬も押し迫ったこの日、小田原では武田家における北條家への取次(外交担当)である小山田おやまだ弥三郎やさぶろう信有のぶありの弟弥五郎(やごろう)信茂のぶしげが、武田晴信の北條側の真意を問いただす書状と共に雪をかき分けながら到着していた。


本来であれば兄の信有が来る所であるが、生憎信有は生来病弱の上、この頃労咳(結核)にかかり、伏せっていたため、数年前より信茂が対外的な事は代理していたのである。


小山田家は元々は武蔵國小山田荘出身であり、鎌倉時代に郡内へ移住したと言われているが定かではないが、北條家では他國衆として小山田荘に所領を宛がっていた。これは別に小山田家が北條家の家臣という訳では無く、取次に対する付け届けにあたる物であり、この時代には多々見られた事である。


「左京大夫様にはご機嫌麗しく」

「小山田殿も、この雪の中御苦労であるな」


信茂は挨拶も早々に、晴信からの書状を氏康に渡す。

「武田大膳大夫よりの書状にございます」

小姓から受け取った氏康は手紙を読み始める。


「うむ、成るほど」

そう言うと、手紙を急遽呼び出した幻庵に渡す。

幻庵も読みながら、頻りに頷く。


その姿を見ながら信茂は暫し待った後、氏康に質問をぶつける。


「ご無礼は承知でお伺い致しますが、大膳大夫が大層懸念しておりますが、左京大夫様は、摂家二條家より姫を御嫡男新九郎様正室にお迎えなさるとお聞き致しましたが、如何様なご判断でございましょうや?」


「小山田殿、大膳大夫殿の御懸念だが、当家としては梅姫を邪険に扱う気は毛頭無い。更に二條様の御息女との婚姻であるが、これは当家が望んだ物ではなく、二條様と九條様が当家と縁を結びたいが為に、お考えになった事で、あくまで打診と言うだけなのだ」


「では、お受けになるのでしょうや?」

それでも不審に思う信茂に幻庵が話しかける。


「小山田殿、新九郎は梅姫にぞっこんでしてな。側室など持ちたくないと申す次第で。梅姫以外には手を出した女人はおりませんぞ。ましてや梅姫を差し置いて、二條様の御息女を正室にする事は無いのじゃよ」


「左様じゃ。婿の長四郎など、旅の最中に側室を作り子まで成したと言うのに、新九郎は都へ行き一年に成るというのに、浮いた噂すら無いのでな。儂の様に側室を抱えている事と違い、新九郎は一途でな」

「カッカッカ、そうですな。長四郎は井伊の女地頭を手込めにし子を作り、御屋形様は後家に手を出して、四人も子供を拵えて居たのですからな」

幻庵が長四郎と先月に側室にした高嶋局達の事を引き合いに出し笑う。


「幻庵老、其れを言いなさるな。老いての恋じゃ」

氏康と幻庵が信茂を利用して、康秀は節操が無い、織田信成の妻と側室、子達の存在を氏康の側室と隠し子という事で定着させるように演技しているのである。


「カッカッカ、そうですな、儂もこの年で幼い娘を授かりましたからの」

「其れはおめでとうございます」

呆気に取られていた信茂も、氏康と幻庵の掛け合いにやっと慣れてきた。


「しかし、孫娘と娘が同じ年とはな」

「まあ、其れも面白かろうて」

「と言う訳で、儂としては、新九郎の考えを尊重し、二條様よりのお話はご辞退するつもりよ」


氏康の話に信茂もやっと疑念が晴れると思い始めた。

「当家としても、折角縁を結んだ武田殿と険悪な関係には成りたくはないのじゃよ」

「当方とて同じであります」



小山田信茂を労った後、氏康と幻庵は人払いし、話し合っていた。

「幻庵老、やはり大膳は食らいついてきたの」

「真に、長安の件で三ツ者の暗躍が読めるようになりましたからな」


「これで、益々武田の目は曇るか」

「小太郎には益々頑張ってもらわねば成りませんが」

「ご心配無用にございます」


何処から現れたか、風魔小太郎が膝を突いて待機していた。

「小太郎、頼むぞ」

「御意」


「それにしても、長四郎も難儀な事じゃな。御本城様からもあれほどからかいの種にされるとは」

「何の、幻庵老こそ酷い言いようであったぞ」

二人の掛け合いに小太郎がクスリと笑っていた。





相変わらず弄られる康秀でした。


この頃、信有が結核で寝込んでいたので、信茂に変更しました。

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