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三田一族の意地を見よ  作者: 三田弾正
第参章 京都編
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第伍拾漆話 都と小田原と

長お待たせしました。

今回は難産でした。

新資料との合わせがあって筆が進まなかったのです。

弘治三年十一月十二日


■京 内裏 


公方の元へ和議斡旋に向かった勧修寺尹豊かじゅうじ ただとよが帰洛し、早速内裏へ昇殿したのであるが、その表情は優れていなかった。


尹豊を迎えた九條稙通くじょう たねみちは、その表情から交渉が旨く行かなかったと感じて、挨拶も早々に公方側の対応を聴いた。


「亜相(大納言の唐名)、如何であった?」

稙通の質問に尹豊は申し訳なさそうに、公方の態度と一方的に伝えてきた条件を話す。

稙通は話を聴いていくうちに、次第に思慮する顔になる。


「なんやて、公方はそないな注文を付けてきたんか?」

「はい、それは凄まじい剣幕でして」

「つまりは、公方は主上の和議勧告には応じせえへんということやな」


「雰囲気的に見れば、その様でごじゃります」

尹豊の答えに、稙通は眉間に深い皺を見せながら瞑目し考える。


暫くして、目を開けると、尹豊を見た。

「亜相、御苦労でごじゃった。これより主上の元へ参る。先ほどの事を報告致すのじゃ」

尹豊に有無も言わせずに、稙通は侍従に命じ、主上の元へと向かった。


主上の元へ向かうと、御簾の向こうにいる主上へ稙通が挨拶を行い、公方と三好との和議について報告を始めた。


「主上、真に残念ながら、公方は和議には反対の様子におじゃります」

「何と、朕の願いを聞き届けないと言うのか」

「公方は、和議の条件として、三好が到底呑めへん事ばかりを言うてきておじゃります」


九條稙通から公方側の条件を聞いて主上は御簾を上げさせ、不機嫌な表情を現す。


「太閤、朕は都を捨てて以来、ちいとも帰洛しない公方には常々思う所が有った。しかし其れも朕や院(後水尾上皇)が力なきために和睦もさせれずに居たからこそと思っておった。しかるに、この度漸く両者に和議を斡旋できるようになったが、公方は我を張り和議を受けぬと突っぱねた。流石に今回の仕儀で堪忍袋の緒が切れたわ、最早公方は公方に非ずじゃ、しかし廃する訳にも行かぬ。あの者には未だ未だひれ伏する者達が多くいる」


主上の言葉に九條稙通は答える。

「確かに、至近では六角、畠山、朽木、朝倉など、遠きでは長尾、尼子、毛利、大友、織田などがおりまする」

「その通りよ。禁裏と同じく力なくも権威はある物、それを有り難がる者達も多くいると言う事よ」

帝の自嘲気味の言葉に、流石の稙通も言葉を呑む。


「太閤、曾祖父、祖父、父と歴代はまともな譲位も即位も出来ず、それどころか御大喪まで費えが無くて延期の有様であったわ。今は何を考えたか坂東の力で潤っておるが、何時消えるか判らない繋がりよ。此処においては、左京大夫(北條氏康)の案を使い、坂東に征東大将軍として恭仁を下向させ、坂東の兵火を治めさせ、禁裏の復興の足がかりと致そう」


九條稙通等が北條家より提案されていた、恭仁親王うやひと しんのうの征東大将軍への就任と、坂東への下向が決まった瞬間であった。

「御意にごじゃります。しかし、そうなりますと足利への対策が必要になりましょう」


反対する者も居らず、帝は満足そうに頷きながら、次の話を始める。

「うむ。それと恭仁の下向に伴い、明年早々に改元を致す」

「其れでございますれば、年号勘者ねんごうかんじゃを選定いたします」


「うむ、それと新年には、筑州(三好長慶)を修理大夫にせよ。また左京大夫にも相当の位を授けよ」

「御意」


全ての話が終わったと思ったとき、主上から稙通へ話が行われた。

「太閤、公方が帰洛するまで延期させていた北條の馬揃えを、年明けにも開催させよ。朕も東宮も楽しみにしておると、左衛門佐(北條氏堯)に伝えよ」

「御意にごじゃります」


そう言うと、帝はその場から退室して行った。

残された廷臣達は、顔を見合わせ、二條晴良、九條稙通達が中心となり、それぞれに仕事を割り振っていく。今までであれば、金が無いために儀式も何もかも簡略或いは省略していたのであるが、資金の問題が一気に解消したため、久々の大仕事にある者は奮い立ち、ある者はうろ覚えの知識を精一杯思い出そうとしていた。



弘治三年十一月二十五日


■相模國 南足柄郡 小田原 北條幻庵久野屋敷


小田原城下、久野にある北條幻庵の屋敷で、この日、北條氏康、北條幻庵、北條綱成が集まり、風魔小太郎からの報告を受けていた。


「御屋形様、尾張での首尾、成功致しました」

小太郎の報告に満足そうな笑みを浮かべる三人。

「そうか、流石は小太郎の息子よ。見事に成りきったようじゃな」


幻庵の賞め言葉に、小太郎が苦言を言う。

「幻庵様、小次郎は未だ未だ未熟者、その様にお褒めに成れば、あ奴が増長してしまいます故」

「なんじゃ、小太郎にしてみれば、未だ未だひよっこか」


綱成が笑いながら小太郎に突っ込みを入れる。

「左様にございます。拙者に勝てるように成るまでは、一人前と言えませぬ故」

「あい判った。しかし小太郎よ、多少の飴は必要ぞ」


氏康の言葉に、小太郎は“御意”と答えた。

「して、皆は到着したのじゃな」

「はっ、先ほど国府津湊に到着したとの一報が入りました故、あと一時(二時間)もすれば到着致すはずにございます」


「左様か、其れでは御本城様、久々に茶でもたてましょう」

「幻庵老、よしなに」


一時後、茶の湯を楽しんだ三人は小太郎から、三人の風魔と来客の女性二名赤子三名が屋敷に着いたと報告を受け、佇まいを正し最初に風魔を呼んだ。


氏康達の前で頭を下げる三人に氏康が言葉をかける。

「小次郎、段蔵、狭霧、この度は御苦労であった。三年もの長き間、ようがんばってくれた。礼を申す」

主君自らの労いに三人が三人とも感激し、涙を流しながら益々頭を下げる。


「小次郎が平塚兵庫を演じきった事、狭霧が高嶋局に成りきった上での自害の様、見事であったと聞く、そして、それらを段蔵の幻術で尾張衆に信じ込ませる事、真に見事で有ったようだな。本当に御苦労であった」


それぞれに賞められた、三人は、感動し震えていた。


「御本城様、やはり段蔵を越後から呼び戻してようございましたな」

「全くだ。段蔵が居なければ、逃げ出す事すら出来なかったかも知れんと聞いた」

段蔵と言われる五十代後半の男が照れたように答えた。


「その様な事は。私が居なくても、御曹司(風魔小次郎)は、見事にやり遂げたはずでございます」

「段蔵、謙遜する必要は無いぞ。未だ未だ小次郎は儂からしたらひよっこよ」

風魔小太郎が段蔵にそう答えると、幻庵が笑いながら、小次郎に話しかけた。


「小次郎、そなたの父御はまた厳しい事よな」

「はっ、頑固親父にございます故」

その返答が面白かったので、皆が笑い出した。


一通り笑いが終わった後、狭霧が客人を案内して帰って来た。


「御屋形様、高嶋局様、陽様、御子様方を御案内致しました」

「うむ」


氏康達の前に、末森城で死んだはずの五人が現れた。

「北條左京大夫様にございます」

狭霧が高嶋局達に氏康達を紹介すると、二人が深々と頭を下げ、高嶋局が代表して挨拶を行う。


「お初にお目にかかります。わたくしは尾張末森城主織田武蔵守信成が妻の松と申します。この者は側室の陽、そして、三人の子にございます」

都落ちしたとは思えない程立派な挨拶に、氏康も幻庵も大いに感心する。


「良くいらっしゃった。武蔵守殿の事、真に残念でござった。彼の方で有れば、我等と共に帝を盛り立てられると思い、兵庫を遣わしたが、このような仕儀に成ろうとは。重ね重ね残念よ」


氏康の言葉に、自分達を逃がすために炎の中に消えた、平塚兵庫の姿を思い出して、松も陽も悲しそうな顔をする。

実は平塚兵庫は風魔小太郎嫡男小次郎が変装していたのであるが、二度と現れないために、死んだ事にして居たのである。これも加藤段蔵イリュージョンの成果であった。


「兵庫の事は残念であるが、松殿達を助け出す事が出来た事だけでも良かったと思っておる」

「ありがとうございます」


「さて、貴方方の処遇なのだが」

「はっ」


氏康が二人を確り見て話し始めると、二人は真剣な表情で聞き始める。何と言っても元々織田家は北條家の同盟国今川家とは不倶戴天の敵である事から、幽閉などされるのではと思ったからであるが、氏康の話は突拍子も無いもので有った。


「考えたのだが、末森で死んだ五人が居たのでは甚だ不味かろうと思い、御二方を儂の隠して居た側室と称して迎え入れたい、そして、その子らを我が養子として養いたいのだが、如何であろうか?」

余りの突拍子も無い話に、松も陽もポカーンとして言葉が出てこない。


暫し待つと、やっと松が正気に返り話し始める。

「左京大夫様、我等のような敵の妻や子を、お身内に加えていただけるなど、恐れ多い事にございます」

「松殿、儂は、そなたの素晴らしい気心に惚れたのかもしれん。それに赤子には父が必要よ。どうであろう、受けてくれぬか?」


氏康の表情に真剣さを感じた松は、戦国の習いとして、夫亡き後まで操を立てるより、我が子が幸せに成れる事を考え、受ける事にし、佇まいを正して応えた。


「私のような者をそうまでお考えに成って頂いた以上、御本城様の下知に従いまする」

それに合わせて、陽も是と答えた。


「これは目出度き事よ。御本城様おめでとうございます」

「うむ」

そう言いながら、氏康は三人の赤子の元へ行き、一人一人を抱きながら、名前を付けていく。


「この子は、儂の七男に成る故、新七郎と名付ける。この子は八男であるから新八郎じゃ、そして末の子は、新十郎じゃ」

新九郎が既に居るから、九人目は新十郎になった。


「御屋形様、早速の三人の子持ちでございますな」

存在感が薄かった綱成がニヤッとしながら茶化した。

「左様よ、儂も凄いであろう。皆に隠れて三人も男児を作っていたのだからな」


見事な氏康の切り返しで、場が明るくなり、松や陽は此処ならば、安心してこの子等を育てる事が出来ると考えていた。


その後、十二月一日に氏康の隠し子として三人が紹介され、家臣一同が驚いたのである。


全ての始まりは康秀の情報と風魔の情報により、素質の有る子であると言う事と、母の松の聡明さに興味を持った氏康の仕業であった。その結果本来であれば、津田信澄つだ のぶすみ津田信糺つだ のぶただ織田信兼おだ のぶかねになるはずの三人が北條氏康の子に成ったのである。




弘治三年十二月十日


■相模國 南足柄郡 小田原城


雪の降る小田原では、氏政夫人梅姫のお産で城中がソワソワとしていた。

「お湯は準備よいか!」

「薬湯の準備を」

「酒精も揃っております」


梅姫が産気付きウンウンと唸っている中、康秀夫人妙姫は、隣で大きなお腹で冷静に茶を飲んでいる祐に話しかける。


「祐姉さん」

「なに?」

「梅様は苦しそうですけど、姉さんは、大丈夫なのですか?」


妙の目は、祐の今にも破裂しそうなぐらい大きなお腹に釘付けである。

それを見て、祐は笑いながら答えた。


「妙さん、子供というのは十月十日経ないと生まれないのですよ。梅様は新九郎様と子作りなさったのが一月の末だと言うではないですか、ですから丁度今日なのですよ」

その言葉に納得した妙は今度は祐の腹に耳を当てて赤子の動く音を聞きにかかる。


「赤ちゃん、私がもう一人のお母さんですよ。元気に生まれてきて下さいね」

にこにこ顔で腹の中の胎児に語る妙姫の髪を、祐は優しく撫でる。

忙しく働く女中達も、二人の姿を一服の清涼剤の様に見ほれる。


「そう言えば、姉さんのお父上が大層御喜びとか」

ふと、妙が思い出したかのようにその話をすると、祐は渋柿でも食べたかのような顔をして応える。


「ええ、先々月に幻庵様が父に私の懐妊の事を知らせてくださったのですけど、それを聞いた途に、“絶対に抱けぬと思っていた孫が抱ける日が来るとは”と小躍りして喜んだそうです。更に“祐の嫡男を井伊家の養子として跡を継がす”などと言い出したそうで、挙げ句に先月には今川の御屋形様(今川義元)に“我が孫を是非世継ぎとして認めて頂きたいので、北條の御屋形様に話をお願い致します”とお願いに上がったそうです」


その話に妙は笑い出す。

「姉さんのお父様は相当せっかちな方なのですね」

「妙さん、笑い事じゃないんですよ、井伊家には既に直親という歴とした養子が居るのですから、此処でこの子が跡継ぎになったとしたら、お家が割れるんですよ」


祐の言葉に妙がシュンと成って謝る。

「姉さん済みませんです」

「いえいえ、事情を知らないと父の行為は滑稽に映りますからね」


「姉さん、そうなると、その子はどうなるのですか?」

祐は妙の質問に悲しそうな顔で応える。

「既に今川の御屋形様と北條の御屋形様に話が来て居るとしたら、長四郎様も断る事が出来ないでしょうから、井伊の家に差し出すしかないのですけど……」


「女の子であれば、出なくて済みますね」

「ええ、出来れば私の子は全て女が良いのですけど」

「御姉様、お祈りしましょう、女の子が生まれてきますようにって」

「ええ、そうね」



その様な話の中、小田原城に赤ん坊の泣き声が響き渡った。

北條氏政の長女誕生の瞬間でであった。




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加藤段蔵かとう だんぞう

文亀3年頃(1503年頃)- 永禄12年(1569年)


飛び加藤で有名な戦国のイリュジョニスト。風魔であったとの話しもあるので、この作品では風魔としています。本来であれば、上杉家に仕えようとして居ましたが、この話では、末森城大脱出をするために尾張へ派遣された事に成っています。



祐さんの妊娠発覚と、新たなお家騒動の火種が井伊家に。

そして、一段の逸物は北條姓名乗る事に。

氏康、綱成、幻庵が教えるってドンだけチートになるやら。



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