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三田一族の意地を見よ  作者: 三田弾正
第参章 京都編
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第伍拾肆話 兄弟相打つ

お待たせしました。

今回は、北條家の話では無く織田家の話です。

いよいよ事件が起こります。


織田信成=織田信行の事です。良質な資料には信行って名乗ってないんですよ。それで死の直前の信成で書いてあります。

弘治三年十一月二日


尾張國おわりのくに春日井郡かすがいぐん清須きよす  清洲城きよすじょう


尾張を実質的に支配している織田信長の居城清洲にてこの日、一人の若者の命が消え去った。

彼の名は織田おだ勘十郎かんじゅうろう信成のぶなりと言い、信長の同母弟であり、一度家督を奪おうと謀反を起こした人間であった。


その際には、信長の果敢な攻撃で敗北し、母である土田御前の懇願で赦免されたにも関わらず、又ぞろ謀反を起こそうと画策し始めていたのである。しかし信成の宿老である柴田しばた権六ごんろく勝家かついえが裏切り信長に通報し、信長の命で勝家が信成を騙し清洲へと誘き寄せたのである。


何故簡単に敵地と言える清洲へノコノコ行ったのかと言えば、信長が重病で有るとの話を信成に伝え、怪しんだ信成には、勝家が“信長殿を騙して譲り状を書かせてしまえば信友殿もいない今、織田家はあなたのものです”と唆した為、見舞いと称して清洲へ行き、清洲城北櫓天主次の間で信長の命を受けた河尻秀隆かわじり ひでたかにより暗殺されたのである。


信長は此によりもっとも危険な内憂を除く事ができ、尾張統一に弾みがつく事と成った。



尾張國おわりのくに愛知郡あいちぐん鳴海荘なるみしょう末森村すえもりむら  末森城すえもりじょう


殺害された信成の居城末森城では、信成が暗殺されてから一刻(二時間)もしない間に、信成の供として清洲へ行った平塚兵庫が慌てふためきながら帰城した。彼は三年ほど前に仕官した新参者で有ったが、武術も優れ、頭の回転が速く、気も効く性格であった為、信成から馬廻りとして護衛に着く大役を得ていたのである。


その兵庫が真っ青な顔をして単騎で帰城したうえに、騎乗したまま城内まで侵入したものだから、城の門番も、騒ぎを聞きつけ集まってきた者達も、容易ならざる事態が起こったのではと想像した。


「ゼィゼィゼィ」

青息吐息の兵庫に宿老の津々木蔵人(つづき くらんど)が話しかける。

「兵庫、城内への騎乗などいったい何をするつもりぞ!」


蔵人の剣幕にも怯える様子見せずに、兵庫は話す。

「殿がっ、清洲にて御無念!」

兵庫の言っている意味が判らずに、再度聞き直す蔵人。


「兵庫、御無念とは如何なる事ぞ!」

「清洲にて、上総介かずさのすけ(信長)殿により、暗殺されましてございます」

そう言うと兵庫は泣き出した。


信成が信長により暗殺された事を聞いた者達の顔が、一様に絶望の色に変わる。更に、多くの者が集まっている中で話が聞かれたが為に、“信長により信成が殺害された”とあっという間に城内に知れ渡り、喧噪に包まれ始めていった。


喧噪の中、唯一事情を知ると思われる兵庫を蔵人が連れ奥座敷へと向かうと、信長と信成の母土田御前、信成夫人の松(高嶋局)、側室の陽が待っていた。


二人は奥座敷に入ると深々とお辞儀し、蔵人が信成の死を伝える。

「御前様、武蔵守様(信成)、上総介殿の奸計に遭い討ち取られたとの事にございます」

既に噂を聞いていたのであろう。土田御前も妻達も騒ぐ事もせずに、仔細を訪ねてくる。


「兵庫、勘十郎はどの様な最後を」

土田御前の質問に兵庫が神妙な顔で答える。

「はっ、清洲に着くと、武蔵守様は、柴田殿の案内で上総介殿の見舞いに参りましたが、上総介殿の病とは真っ赤な嘘で、上総介殿と柴田殿が謀議を行い、武蔵守様を誘き寄せた模様にございます」


それを聞いた土田御前が兵庫を責める。

「兵庫、お前が付いていながらみすみす勘十郎を失うとは!」

土田御前の剣幕に兵庫はひたすら謝るばかりである。


「申し訳ございません。柴田殿に言われ軽輩の拙者は、中に入れず仕舞い。悲鳴を聞き駆けつけました時には既に武蔵守様は……」

泣き出す兵庫を見て、高嶋局が気丈にも労う。

「兵庫、大儀です。母上様、我が殿の最後が知れただけでも良しと致しましょう」


「しかし、この者は勘十郎を救えず、敵も討たずに逃げ帰った臆病者ぞ」

土田御前は、最愛の息子を亡くした為に、兵庫に辛く当たる。

兵庫はその口撃をジッと我慢して受けている。少しでも御前達の気持ちが休まるように。


「母上様、兵庫が帰ってこなければ、我等為す術もなく清洲の軍勢に末森を蹂躙されておりましょう。夫を討たれた以上、清洲はそう遠くなく攻め寄せてきましょう」

そう言われて、ハタと驚く土田御前。


「そうじゃ、蔵人直ぐに三郎(信長)に使いをだすのじゃ」

慌てた、土田御前が蔵人に命ずる。

「御前様、如何様な使いを?」


「そうよ、末森を明け渡す故、妾達の命を助けよと」

ここへ来て混乱したのか、土田御前は嫌っていた信長に命の保証を頼もうとした。確かに母である土田御前や女や関係の薄い兵達は助かるであろうが、信成の子供達は男児三人で有る為、間違いなく殺害されると、蔵人も兵庫も妻達も考えていた。


「母上様、御坊(津田信澄)達は如何成るのですか?」

孫達の存在を忘れていた土田御前はそう言われ、ハッとした表情をする。

「そそそうじゃった。どうすればよいのじゃ」


土田御前は事態の深刻さに更に慌て始める。

「籠城しかございません」

一人ジッとしていた兵庫が真剣な表情で話す。


「籠城じゃと、その様な事……」

味方が来るかどうかも判らず、籠城するだけの兵も直ぐに集まらない状態を考え、蔵人は無理だと却下しようとする。

「無理だ、すぐに兵は集まらん、それに味方が居るかどうかも……」


兵庫は蔵人の言葉に反論する。

「拙者は高々馬廻りにございますが、蔵人殿は御宿老、更に柴田殿との確執は根深き事でございましょう。このまま降伏致しても、意趣返しか、柴田殿が恩賞に蔵人殿の御首を上総介殿に強請るやも知れません」


兵庫の話に、蔵人も柴田勝家との間にあった確執の凄まじさに身震いする。“あの男は間違い無く俺を殺す”と。

「御前様、籠城の準備を致します。我等の力を見せつける事で、上総介殿から譲歩を得る事が出来ます」


「判りました」

正常な判断のできない蔵人と土田御前により籠城する事が決まったが、既に信成の死が付近にまで伝わった為に、僅かの兵しか集まらなかったが、取りあえず籠城を始めた。


清洲で、末森城の籠城を知った信長は、柴田勝家を城へ戻らせ、津々木蔵人を排除し、城を開城させる当初の予定を変更せざるを得なくなった。


「権六、何故こうも早う末森は動いた?」

柴田勝家も見当が付かないと不審がる。

「馬廻りの平塚兵庫が見当たりません。もしやすると」


「戯け!何故、対応しておかんかった!」

信長は怒り心頭である。

「申し訳ございません。まさかあの男が」


勝家にしてみれば、兵庫は愚直な武士にしか見えなかったから、主君の仇を討たずに、逃げるなど考えられ無かったのである。


「えええい、仕方なし、陣触れじゃ。権六お主が先鋒を勤めよ」

「御意」



信長達が話し合いをしている中、末森城では、高嶋局と平塚兵庫が密かに会っていた。

「では、お主は……」

「はっ、我が主君より、是非御坊様達をお迎えしたいと」

「しかし、どの様にするのですか?」


絶望から、わが子を助ける事が出来るという話しに高嶋局は賭けたくなった。それほど信頼のできる相手からの文だったからである。

「既に、抜け穴はございます。更に代わりも用意して有ります故」

「なんと……」

聡明な高嶋局はこの話に乗るか迷っていた。




三日後に信長は三千の兵を以て末森城を包囲した。直ぐさま、寛大な条件の降伏開城の使者が遣わされるが、土田御前に伝わる前に、高嶋局により“騙し討ちをする上総介殿と裏切り者の柴田権六の言う事など信用できぬ”と断られ、矢合わせが始まった。


それから二日後、寡兵にも係わらず驚異的な粘りを見せた末森勢であったが、既に刀折れ矢尽きた状態で、信長の軍勢に十重二十重と囲まれ、本丸のみと成った末森城では高嶋局が土田御前達に退城を進言していた。


「お母上様、最早此までにございます。お母上達は搦め手よりお逃げ下さい」

高嶋局の言葉に、土田御前、犬姫、市姫が驚いた表情をする。


「しかし、貴方たちはどうするのですか?」

「私達は、親子揃って勘十郎様の元へ参ります」

「それは」


土田御前達が説得しようとするが、高嶋局は頑として頸を振らない。

「お母上様、有り難き仰せ成れど、此も武門の習いにございます」

「しかし、そうじゃ、妾が三郎に子らの助命を懇願しようぞ」


その話に犬姫、市姫が同意する。

「そうですよ」

「それがよろしいかと」


しかし、高嶋局は頸を横に振る。

「無理にございます。此処まで戦えば上総介殿でも許しませぬ」

「しかし……」


土田御前はそれ以上の言葉を発する事ができなかった。

「お母上様が退城じゃ、皆確りと案内せよ」

高嶋局の命令で、その場にいた侍女や乳母が三人を守りながら出て行った。


「松殿!陽殿!」

「姉上!」

「御姉様!」


皆が消えた後、高嶋局が笑い始めた。

「フフフ、此で織田信成の係累はこの世から消え去る訳よ。信長よ後味の悪さを噛みしめるがよい!」

高嶋局が櫓へ行くと既に陽と子供達は事切れており、その中の御坊を抱き寄せ、櫓を登っていった。


末森城の櫓の高欄に高嶋局が幼児を抱きかかえて立っている。既に櫓には火が掛けられ煙と炎が窓から噴き出している。高嶋局は幼児を攻め寄せている、信長の軍勢に見せながら大声で叫ぶ。


「信長!勝家!秀隆!良いか、この人でなし共め、我が夫を謀殺したに飽きたらず、お母上の住まわすこの城まで攻め寄せるとは、鬼畜の所業ぞ。この鬼畜共、織田武蔵守信成が妻と嫡男御坊丸の最後を、目を開いて良く見ておくがよい!」


高嶋局のタンカに、攻め寄せる将兵達が唖然とする中、高嶋局は既にグッタリしている息子の胸を懐剣で深々と刺し、その後ニヤリと笑うと、首筋に懐剣を当て勢いよく引く。


刹那、頸から真っ赤な液体が噴き出し、体がグラリと傾き燃える櫓の中へ消え去った。


その凄まじい最後に、将兵達が茫然自失となり、破壊消火が始まるのが遅れ、更なる悲劇が起こった。


そんな中、柴田勝家が、真っ先に城へと突入していく。彼には心配で堪らない事があった。

「市姫様!市姫様!御無事でございますか!柴田権六でございます!」


そうである。未だ姿が見えない信長の妹市姫の行方を死にものぐるいで捜していたのである。彼は市姫に淡い恋心を抱いていた為、炎が上がった時、一も二もなく突入しようとして、やっと突入できたのである。


その頃、予想以上の煙により、母土田御前や、姉の犬姫の一行とはぐれてしまった市姫一行は、出口が判らなくなり右往左往していた。

「姫様、こちらは火の海でございます」

「こちらは煙が薄うございます」


煙と炎が薄い所を見つけた市姫一行は其方へ向かうが、運命の悪戯か其処へ燃え墜ちた櫓の欄干が落下してきた。

「姫様!」


悲鳴と共に、市姫の右側に欄干の残骸が当たり市姫の服と髪に炎が纏わり付く。

「あーーーーー!!」

のたうつように倒れる市姫を侍女や乳母が必死に助け出すが、辺り一面には肉と髪の焼ける匂いが漂う。


「姫様……」

気絶した市姫を助け出した乳母や侍女が絶句した。何故ならあれほど美しかった市姫の顔の右側が焼けただれ、見るも無惨な状態になっていたからである。


「市姫様!」

其処へ、柴田勝家が辿り着いた。彼も市姫の顔を見て絶句したが、其処は武将である、市姫を抱きかかえ、皆を連れて城の外へと脱出に成功した。


城の外で、信長や土田御前と合流したが、市姫の姿を見ると例外なく皆絶句し、土田御前は信長を責めた。

「三郎殿、勘十郎だけでは飽きたらず、市までこの様な目に遭わせるとは!」

信長とて、勘十郎を殺しても、城まで攻める気は無かったと言いたかったが、既に城は炎に包まれ、勘十郎の妻子はこの世におらず、ましてや市にまでこの様な仕打ちをしてしまったと後悔していた。


「三郎殿、聴いているのですか!」

信長の耳には、土田御前の言葉は入らない状態で有った。


此により、一段の逸物が織田家から消え去りました。



更に市姫がやけどで見るも無惨な状態になりましたので、浅井長政との政略結婚がほぼ不能になりました。


この時、勝家 三十六歳、市 十一歳なのでした。


市姫ですが、母親の土田御前が末森城に居たらしいので、恐らく同居していたであろうと推測しました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 長尾といい織田といい、主人公によるネチネチとした搦め手で、どんどん足を引っ張られてゆく
[一言] これは、もう影武者ならぬ影姫を使わぬとなぁ…。(朝倉と同盟組めないとか第一回信長包囲網どうしよう…)。
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