第伍話 こんにちは、北條一族
少し時間が出来たのでUPです。
氏規の幼名は不明なので子供の名前から創作しました。
北條家の姫の名前は判らないので創作しました。
又年齢も不明な場合は作者の創作です。
ご了承ください。
天文二十年二月十日(1551)
■相模國足柄下郡小田原城 三田余四郎
幻庵爺さんにドナドナされながら、多摩川を渡り、高月城を掠め、相模川沿いを南下して厚木、平塚、大磯、二宮と抜け、酒匂川を渡り、やって来ました小田原城下へ。歴史○像とかで復元図とか見てたけど、総構えは未だ無いけどそれでもでかいわ。うちの城が物置に見えるよ。
城下を移動して感じたことは、民が皆にこやかで、ノビノビと暮らしている事だ。この時代は何時殺されるか判らないのに、皆人生を楽しんでいる様に見える。此処へ来る間も村々では皆が皆、幻庵爺さんに感謝していたし、四公六民で税制改革して中間搾取を出来にくくした事も生活に余裕を持たせる事に成っているんだ。
流石に江戸時代の城みたいに漆喰塗りの白亜の大天守とかないけど、それでも十分な威圧感のある城だ。小田原城址公園には何度か足を運んだけど、この時代の本丸は平成時代より北側にあったから感覚的に変な感じだけど、それでも確りした城だわ。上杉謙信も武田信玄も簡単に落とせなかったわけだ。
猿だから落とせただけで、狸親父じゃ謀略でしか落とせないだろうな。大坂城を落とした時みたいに。
俺なら、壁をコンクリートで囲んで、トーチカも作って、地下逆襲路も完備させて撃退するんだけど、無理だね。本当なら石垣山にも砦を築けば猿に利用されずに済むんだけど。いかんいかん怨敵の城がどうなったって良いじゃないか、どうも戦國オタクの血が騒いでしまうな。
北條家の場合政策とか民の生活向上とかは評価できるんだよな。義将と言われる上杉謙信のほうが年貢とか重かったし、年がら年中戦争ばかりで民の事あんまり大事にしてないし、関東へ来れば放火略奪三昧だったから。その点を考えると怨敵ながら北條家が勝っているんだよな。匹敵するのは織田信長か、あれも家臣には厳しかったが民には優しかったから。
それにしても驚いたのは、北條家は既に目安箱を設置していた事だよ。徳川吉宗の専売特許かと思ったけど、大違いだった。まあ楽市楽座も織田信長が最初に行ったように言われていたけど、実際は佐々木六角家が最初だったし、天守閣も信長じゃないし。結構歴史ってミステリーだ。
しかし、思い起こすは、幻庵爺さんとの丁々発止だ。あれで完全に嵌められた訳だからな、少しは冷静に成らんと駄目だ。あの時は大失敗だった。
「余四郎です」
どうだ、挨拶も出来ない阿呆と思うだろう。下手すれば切られるかもしれないが。
「此、何という挨拶の仕方だ。申し訳御座いません。何分未だ十にも成っておりませんので」
綱房余計なことをするんじゃないー!!
幻庵が呆れれてくれればこっちの物だが。うわー、全てを見通すような目してるよ。
「ほう、余四郎殿はよほど小田原へ行くのが嫌と見えるな」
判ってるよこの爺さん。一族郎党皆が固唾を呑んでいるのが判る。
「いえ」
「ほう、儂には余四郎殿が小田原へ行きたくないと眼で語っている様に見えるが」
「幻庵宗哲様の気のせいでしょう」
「ほう、水車の事、灌漑用水の事など、阿呆には出来ぬ事だが」
「偶然の産物です」
しつこい爺さんだ。中々諦めやしない。
「酒についても、糠漬け物についても、只の小童では出来ぬ事」
「聞き及んだことを、金右衛門にやって貰っているだけに御座います」
どうだ、悪いが金右衛門に小田原へ行って貰おう。
済まんな、金助。親父殿を出仕させておけば、そのうち徳川旗本の道が確実に開けるんだから、我慢してくれ。
「金右衛門とやら、そちの功績は大きいと言えるのか?」
そうだ、金右衛門、その通りと言っちゃえ。
「滅相も御座いません、私が行いました事は全て余四郎君の御発案で御座います。私は手を貸したに過ぎません」
ぐわー!何言ってるんだ!!益々爺さんの眼が輝いたじゃないか!
「金右衛門、御苦労じゃ」
「はっ」
「さて、余四郎殿、嘘はいかんぞ、嘘は」
えーと、眼が笑ってないんですが、本気モードですか。
「余四郎殿に聞く、鉄炮を重視するはなんぞや」
本気モードなら此処は誤魔化すしかない。頑張れ俺、演技を見せろ!!
「新しい物が面白いからです」
幻庵爺さんが眼を細めて来た、うわー眼光が鋭い。
「ほう、余四郎殿は何も判らずに鉄炮を求めたいと言う訳じゃな」
「その通り」
「あの様な高価な物、我が家でも最近増やしはじめたにもかかわらずか。嫌に高いおもちゃよの」
うわー、爺さんの言葉で、鉄炮否定派が頷いてるよ。このまま行けば、家に残っても鉄炮の配備は絶望的になって来た。此処は少しでも鉄炮擁護派を増やさないと駄目だ!
「高いおもちゃではありません。一町の矢比にある鎧を打ち抜くそうですから、狙撃に使えば兜頸も取れましょう」
ザワザワし始めた、“卑怯な”とか聞こえるよ。
「ふむ、一町では馬であれば直ぐに蹴散らされて仕舞うではないか。その点はどう考えるか」
爺さんめ、此で六十かよ。人間五十年の時代に十歳オーバーじゃヨボヨボのはずが、全然元気じゃないか。北條の爺は化け物か!
「数を増やせば解決します」
「そうも行くまい、鉄炮の値段より馬の値段の方が安いのじゃ。騎馬を増やす方が合理的だと思うがの」
うがー!誘導尋問かよ、こっちの考えを旨くわかってら!畜生!このままだと本当に鉄炮はダメダメ兵器だと思われてお仕舞いになりそうだ。
「戦場に掘を巡らせ頑丈な柵を作れば、騎馬を防げます。その隙間から鉄炮で狙撃すれば良いかと」
「ほう、しかし遭遇戦ならどうする。堀も柵も作れぬぞ」
「その場合は、先に槍衾で鉄炮隊を護りながら、準備をし撃ちまくります」
どうだ。此こそ戦闘だ!あれ、旨く乗せられた気がするんだが。
「ほう、鉄炮は連射が出来ん。その様な事では蹴散らされるぞ」
「それならば、火薬と玉を紙で一纏めにした弾薬包を作り、それを兵に持たせておけば連射も可能でしょう」
既に何言ってるんだこの二人って感じで皆がぽかーんとしてる。
「ほう、しかし、そうなっても鉄炮は高い。その点はどうするつもりじゃ?」
「国産すれば良いかと」
「国産か、しかし中々作るのが難しいと聞くぞ」
「高禄を持って根来衆や国友衆を雇えば良いかと。先行投資しておけば、最終的に得になりましょう」
「煙硝も輸入じゃ、此も又高い」
此処で来たか、科学知識を活用すれば硝石なんぞできるさ。
「硝石は確かに輸入ですが、唐や南蛮では人工的に硝石を作るそうです」
「ほう、余四郎殿は何処でそれを」
「旅の僧より聞き及びました」
「してその名前は?」
「沢庵と申しておりました」
沢庵和尚、名前使って済みません。未だ生まれてないけど。
「ほう、それを聞いただけで実践するとは。余四郎殿は大器よ。末が楽しみじゃ」
あーーーー、やばい、完全に嵌められた。此処は少しでも嫌みを言ってやるぞ。
「そもさん」
「説破」
「幻庵様は、坊主であり箱根権現別当にもかかわらず、今だ戦事で殺生するはなんぞや」
「武士の出家は方便であり、擬態である。我が父伊勢早雲庵宗瑞も儂を作ったは出家後であった」
グファ!完全に返された、流石チート爺だ敵わん><
「若、若」
金次郎の声に現実に引き戻された。
「ああ、どうした?」
「そろそろ、蓮の御門だそうです、下馬の御支度を」
「ああ判った」
「余四郎、今日からここがお前の住む所じゃ」
爺さん、元気すぎだよ。
天文二十年二月十日
■相模國足柄下郡小田原城
「父上、何故たかが外様の人質なんぞに我々が揃って会わねば成らないのですか!」
次男松千代丸(氏政)がふて腐れた様に氏康に話しかける。
「そう言うな、三田の四男は幻庵殿が認めたほどの大器だそうだ。会っていて損はないぞ」
嫡男新九郎が宥めるように話しかける。
「余四郎というそうだが、私の二歳年下ながら、かなりの人物と聞きます」
年齢不相応の落ち着きで話すのは、三男藤菊丸(氏照)。
「ふんっ。そんな餓鬼が大器だって。幻庵殿もとうとう惚けたか」
幼いながら毒を吐くのは、四男乙千代丸(氏邦)。
「どの様な人物なのでしょうか」
ワクワクと七歳の子供らしいのは五男竹千代丸(氏規)。
「兄者、幻庵殿の見立てじゃ嘸かし面白き小童であろうな」
豪快に話すのは氏康の四弟北条氏尭。
「どの様な子でしょうね」
にこやかに妹達と喋るのは、氏康の長女で史実では今川氏真室、早川殿と呼ばれる綾姫。
「大器であれば、妙の婿に良いのではないかしら」
妹を茶化すのは次女で史実では北條綱成の子北条氏繁室、新光院殿と呼ばれる麻姫。
「お姉様、恥ずかしいです」
恥ずかしがるのは、三女で史実では千葉親胤室、尾崎殿と呼ばれる、妙姫。
四女以下は未だ幼きため来てはいなかった。
「阿呆か、外様の人質風情にしかも家督も継げぬ者に大北條の姫を嫁に出せるか!」
麻姫の冗談に本気になって松千代丸が怒る。
麻姫と妙姫は泪目になってしまう。
「松千代丸、妹を虐めるでない!」
氏康の一喝に松千代丸は黙り込む。
「殿、幻庵様のお帰りに御座います」
近習が氏康に幻庵の帰還を告げる。
「幻庵殿をお呼び致せ」
暫くすると幻庵が十歳弱の子供を連れて氏康達の待つ大広間へやって来た。
「左京大夫様、お待たせ致しました」
「幻庵老御苦労であった」
公式の席であるから普段と違い筋目を立てながらの謁見となる。
「してその子が、幻庵老の言う麒麟児か」
「真、優れた見識を持っておりますぞ」
そう言われながら、頭を下げているので余四郎にしてみれば二人の表情は伺えないのでどきどきものである。
「三田余四郎、面を上げ」
氏康の言葉にゆっくりと顔を上げると、小田原城址公園にある、氏康絵によく似た姿の氏康が座っていた。まあ本人の絵なのだから似てない訳が無いのだが。修正とかしている絵もあるから。
「ご尊顔を拝見させて頂き恐悦至極に存じます。私は青梅勝沼城主三田弾正少弼綱秀が四男余四郎と申します。左京大夫様にはご機嫌麗しく」
立派な挨拶に集まっていた者達は息を呑む。
「天晴れな事だ、のう左京大夫様」
氏尭が兄に対して鯱張った口調で話しかける。
「うむ、余四郎。そちの話は幻庵老などから聞いておる。そちの見識を我が家で役立てて見よ。後三年もすれば元服させ新九郎の馬廻りとするつもりじゃ。精々努力するようにな」
「御意に御座います」
内心ではウゲーっと思っても顔には出さないのが社会人として生きてきた前世の経験である。
「余四郎は暫し幻庵老に預ける」
「お任せ下され。立派な武将に育てて見せましょう」
こうして、初顔合わせが終わった。
余四郎や老臣達が下がった後氏康の部屋で氏康と氏尭で話がされていた。
「あの小童、相当な人物に化けるぞ」
氏尭の言葉に氏康が頷く。
「多摩川用水だが、風魔に調べさせた所、絶妙な位置に想定しているそうだ」
「ほう、どの様な物だ」
「尾根筋を見事に通る様に絵図面に書いてある」
「なるほど、それだけでも貴重だな」
「それだけではなく、鉄炮に関しても詳しいようだ」
「鉄炮か。増やしはじめたはよいが、中々使い勝手が悪い」
「それだが、此を見れば非凡さが判る」
そうして渡された書簡を見た氏尭は驚く。
「兄者、此は鉄炮の欠点を殆ど潰しているではないか」
「そうよ、齢八で此ほどの人物だ。仮想敵國に置いておくには危なすぎる」
「それに勿体ないか」
「そうよ。あれを自家薬籠に出来れば、北條の為に役にたとう」
「で、どうする?」
「幻庵殿に暫し育てて頂き、資質が狙い通りであれば十二~三で元服させ、妙の婿にする」
「一家を持たせるか」
「そうよ、妙とは一つ違いだ。似合いの夫婦と成ろう」
「しかしそれならば、千葉の方はどうする?」
「千葉よりあの小童の方がよほど大事よ。千葉には養女を宛がおう」
「松田の娘辺りか」
「そうなろうな」
「しかし、面白き事よ。早雲爺様もこの様な事を知ったら墓から飛び出して来るかもしれんな」
「ワハハ」
この日は夜遅くまで明かりが消えることがなかった。