第肆拾伍話 再度本願寺へ
大変お待たせ致しました。以前やった頸椎損傷が再度ぶり返して、神経を押されて、右手が痺れて治療してました。
今回は近衞に対するカウンターパンチの準備と対信長のテコ入れです。
弘治三年六月二十三日
■攝津石山本願寺
顯如と三條家息女春子姫との婚姻準備で慌ただしい本願寺に、身分を隠した九條稙通と康秀が訪れたのは、近衞前嗣と氏堯との会談が行われた三日後だった。康秀は堺に関東からの荷が届いたので、それを受け取りに来たというのが摂津へ向かう理由となっており、九條稙通は病で休んでいることにして、康秀の近習として参加していた。
「急の訪問すまぬな」
「急にお訪ねし真に申し訳無く存じます」
稙通が気さくに、康秀が顯如にお辞儀しながら突然の訪問を詫びる。
急に康秀だけでなく九條稙通が現れたことに、些か顯如も驚いていたが、ごく普通に対応するだけの冷静さは持っていた。
「何の、太閤様と義兄弟殿の訪問は嬉しきことです。お気になさらずに」
顯如はにこやかに稙通と康秀の訪問を喜ぶ。
「ありがたや」
「ありがたく」
「して本日は如何様な用があっていらっしゃったのですかな?」
「麻呂は、婚姻の祝いを言いに来たのよ」
「私は、婚姻の儀に相応しい料理をお伝えしようかと思いまして」
「なんと、お気遣い真にありがたく」
その後、康秀が押し寿司や色とりどりのちらし寿司などを作り皆に振る舞った。
「いやはや、この錦糸卵は鮮やかですね」
「此方の飾りも素晴らしい」
康秀の料理は相変わらず好評であった。
その後、顯如は下間頼康、頼廉親子と共に稙通、康秀と話し始めた。
「太閤様、三田殿、今回の訪問は料理だけでは有りますまい。真の目的は如何様な事でしょうか?」
流石、若いとはいえ顯如上人である。稙通、康秀訪問に裏の理由が有る事をかぎ分けていた。
顯如の問いに、康秀は今までの和気藹々の姿を正して真顔で話し始めた。
「はい、実は現在我が家は御所造営を行っており、そろそろ仕上げにかかる時期となり、鋳物師が必要なのでございますが、鋳物師が全く集まらない状態なのです」
康秀の話に顯如、頼康、頼廉も不思議そうな顔をする。
「三田殿、それは可笑しいのでは?そもそも御所造営は国家的事業と言えましょう。それに朝廷の諸国鋳物師御蔵職より鑑札を受けている鋳物師が集まらぬとは、いったい何が起こりましたのか?」
顯如が驚いたように稙通と康秀を見て質問してくる。
その質問には稙通が答えた。
「実はの、御蔵職の真継兵庫助が鋳物師全てを高野山と興福寺の仕事に就かせてしもうて、左衛門佐は仕方なく関東から鋳物師を呼ぼうとしたんやが、阿衡が許しをださんのや」
「なんで、御蔵職はその様な事をするのでしょうか?」
不思議そうな顯如達。
「実は以前、真継兵庫助が当家に諸国鋳物師御蔵職の偽勅を使い、当家領内の鋳物師を支配下にする為に画策したのですが、左京大夫がそれを見破りけんもほろろに追い返したのでございます」
「なるほど、虚仮にされたのを怨んでの仕儀と。さすれば阿衡殿も同心と言う事でしょうな」
流石は顯如である、直ぐさま近衞前嗣と真継久直の枢軸を読み切った。
「このままでは、御所の造営が遅れてしまい、帝の御心中を察すれば、口惜しいながら真継に頭下げねばならない状態になりつつあるのです」
「なるほど、しかし北條殿にしてみれば、薄汚い陰謀にて御所を汚したくない訳ですね」
「そや、麻呂も主上と東宮のお住まいになる御所を汚したくはないんや」
「はい、更に偽勅などで、坂東に住まう者達へ負担を増やしたくもございません」
康秀の言葉に顯如が眼を細めて頷く。
「太閤様と三田殿の心意気、素晴らしき事なれど、如何致すおつもりですか?」
康秀が再度身を整え、顯如に向かい深々とお辞儀しながら話す。
「その為に、本願寺に現在集まっている鋳物師をお貸し頂きたく。お願い致します」
顯如も頼康も頼廉も咄嗟のことで意味が判らなかったが、次第に判り難しい顔をする。
「なるほど、婚姻の準備を延期して鋳物師を御所造営に派遣せよと言われるのですね」
「はい、上人様の御婚儀の準備を止める事と成りますが、是非お願いしたく」
「三田殿、その様な仕儀、門徒衆が認める訳がございませんぞ」
「鋳物師達は上人様のお祝いに石山まで来ている者達。彼等に上人様の祝言の品々を差し置いて御所造営に派遣せよと言えませんぞ」
「それに、門徒衆の鋳物師は加賀、三河、伊勢などから来た者達ばかり。関白殿の言う畿内の鋳物師では有りませんぞ」
頼康、頼廉が次々に無理であると理由付ける。
其処を康秀が床に頭を擦りつけ懇願しながら理由を一つ一つ論じていく。
「今回の御所造営は後土御門帝より実に100年ぶりの譲位の為でございますし、大嘗祭の為でもございます。朝家の復興の為と心待ちにしておられる主上の事を考えますと、是非にご協力をお願いしたいのです。それに主上はこう思いになるやも知れません“顯如上人は自らの婚姻の準備を延期してまで、御所造営に鋳物師を派遣してきてくれた。本願寺は主上の為にこれほどまでに尽くしてくれるとは”となれば、主上は御感動し、蓮如上人以来の御悲願である門跡への道も可能ではないかと思うのです」
「そやで、その辺は麻呂が口をきいてやるさかい、頼まれてくれんか」
稙通が康秀をフォローする。
「ななんと、其処までお考えとは」
稙通、康秀の口上に顯如も頼康も頼廉も唸り出す。
「今回の騒動は阿衡と兵庫助の仕込んだ事や。主上の御心を知りながら、己の私利私欲が為に踏みにじる行為は許されざる事や」
稙通が唾棄するように険悪感を見せながら話す。
「確かに主上の民を思う心は拙僧もよく判っております」
「さすれば、是非お願い致します」
「麻呂からも頼む」
再度頭を床に擦りつける康秀。
「しかし、阿衡殿が言われる、畿内の鋳物師でない事は如何致すのですか?」
頼廉が康秀に疑問を問う。
「それならば、お聞き致しますが、今石山に参集している鋳物師達はいつ頃から石山に来ておるのでしょうか」
「そうですな、早い者で上人様ご婚礼の話が出た四月中に来た者すらおります。遅き者でも今月前半に来ておりますが、それが何か関係でもありますか?」
「いやはや、それは重畳にございます」
その答えを聞いた康秀が安堵し、喜ぶが、顯如、頼康、頼廉は不思議そうに彼の顔を見る。
「地方の鋳物師では罷り成らないのでは?」
頼廉が再度聞くなか康秀が此処でニヤリと笑った。
「いえ、鋳物師達は石山へ来て既に一ヶ月以上この地の水を飲んできたのですから、既に体の中の血は攝津の血にございますよ」
最初は訳が判らないと言う感じであった顯如達であったが、意味が判り康秀と共に笑い出した。
「ハハハ、なる程。石山で寝起きした以上は既に皆、攝津の住民と言える訳ですか」
「此は此は、三田殿に1本とられましたね」
「トンチでございますな」
此処で再度康秀が頼み込む。
「上人様、この様な風で、お願いできませんでしょうか」
顯如、頼康、頼廉も此処まで言われたら断る訳にも行かぬと、お互い頷いた。
「三田殿、本願寺は帝の為に鋳物師を派遣致しましょう」
「顯如はんえろうすまんな」
「上人様、忝なく存じます」
康秀が頭を擦りつけ、お辞儀し続けた。
その後、再度康秀が料理を振る舞い、無礼講の宴になった。
「実は、石山を見ていると些か残念な事に気が付きまして」
些か酔いながら話す康秀を顯如、頼康、頼廉がマジマジと見る。
「石山が残念な事とは、如何なる事でしょうか?」
康秀が心底残念そうな喋り様な為、悪感情は持たないで居られるが、三人とも何がだという顔をする。
「はい、蓮如上人様以来真宗は多々の迫害を受けてこられました。大谷本願寺、山科本願寺などを焼き討ちされてきました」
「そうですね」
「現在は平穏が続いてはおりますが、何時又石山が攻められるやも知れません」
康秀の言葉に頼康が反論する。
「しかし三田殿、石山は既に要害堅固ですぞ、此の何処が残念と言えましょうや」
「その点にございますが、先だって此方へお邪魔した際に南側の守りが弱いと感じました」
「南でございますか?」
「ええ、玉造付近から東は台地続きにございます。其処を突かれると防御に穴が空き申す」
「うむー確かにあの地は台地続きなれど、それほど気に病む程の事では無いのでは?」
頼康の言葉に康秀も頷く。
「確かに頼康殿の仰る通りで杞憂とも言えましょう。其処で若輩者の戯れ言として、この作事図をご覧下されませ」
康秀が示した地図には見事に石山本願寺が描かれ、その要所要所に朱で水濠、空堀、土塁、石塁などを巧みに配置した大城郭が描かれていた。
「こ、これは」
「見事な縄張りですね」
「凄い」
「おもろいわな」
地図自体は先だって石山本願寺に来た際に許可を得て写させて貰った物を元にしているが、城の縄張りは豊臣と徳川の大坂城に真田丸などを加えた上に、角馬出や丸馬出などを巧みに配置した各城郭の良い所取りを城郭マニアで、新人物○来社刊“日本城○大系全巻も読破した康秀が作図した物であった。
酔いも吹っ飛んで、見事な作図に顯如、頼康、頼廉、稙通は一々感心する。
「此を頂けるのですか」
「はい、是非に」
「ありがたく」
「そう言えば、石山の名の起こりは、蓮如上人様がこの地に御堂建立時に礎石が出たからとの事と聞きましたが」
「左様です。蓮如上人様の御堂に合うように礎石が並んでいたのです」
「不思議な事が有るものです」
「もしやと思いますが、その礎石は仁徳天皇の難波高津宮の礎石やも知れません」
「ほう、それはそれは、凄い事や」
「なる程、それならば疑問が解けますな」
「其処で思いついたのですが、主上も仁徳天皇も慈愛の御方。この事をお知らせし、石山の地を一旦、主上へ献上し、再度下賜されるが真宗にも非常に良き目が出るかと思いますが」
康秀の突然の話に唸る三人。
「しかし、石山の地を献上しても戻ってこなければ、甚だ困り申す」
「左様」
「顯如はん、その旨なら麻呂に任せてくれへんか、悪いようにはせえへん」
太閤の九條稙通にそう言われた以上、顯如も承諾することになった。
この事が、本願寺の運命を変えるかも知れない事になる。
本願寺が大坂城化、織田軍でも何処まで攻められるか。
鋳物師の理論は外国産アサリを日本の海で数日浸ければ国産になると言う事から、こじつけたわけ。