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三田一族の意地を見よ  作者: 三田弾正
第参章 京都編
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第肆拾肆話 近衞前嗣の陰謀弐

お待たせしました。後半部消えるというアクシデントで一日遅れました。



弘治三年(1557)六月十七日


■京 内裏建設現場


「左衛門佐様、大変な事が起こりました」

内裏建設現場で資料を見ていた北條氏堯の元へ、内裏建設の頭領中井正信(なかいまさのぶ)が訪ねて来て、心底困った顔で話しかけてきた。


「中井殿如何しましたかな?」

「はい、帝の浴槽や宮殿の飾りを頼んでいた鋳物師が皆仕事が終わらずに、其方を進める為に此方の仕事をする事が出来ないと連絡がございまして」

「それは又何故ですか?」


山科卿からの忠告の後、近衞前嗣と真継久直を調べた氏堯にしてみれば、敵が仕掛けて来たかと思ったが、その様な事をおくびにも出さずに対応する。


「はい、何でも鋳物師は鋳物師の元締めたる御蔵職真継殿の支配下に有るのですが、真継殿が数ヶ月前から高野山の本殿修理に鋳物師を派遣していたそうですが、その期間が延びたそうにございます」


高野山を出汁に使っては、帝と言えども文句が言えない、ましてや一介の田舎大名なら尚更と言う訳かと

氏堯は近衞前嗣と真継久直の考えに反吐が出る思いであったが、顔には出さずに中井正信に対応する。


「なんと、内裏造修という禁裏御用でありながら、それが出来ないと言う訳ですか」

「はい、真に無念ながら、鋳物師が作るはずであった品々が未完になる恐れが出ております」


氏堯は神妙な顔で生真面目に眉間に皺を寄せる正信を少々からかって見るかと思った。

「中井殿、それは困りますな。鋳物師の代わりに鍛冶を使う事は出来ませんかな。同じ鉄や銅を扱う職ではないか?」


氏堯の話に正信は頸を振って否定する。

「左衛門佐様、それは無理にございます。確かに鋳物師も鍛冶も鉄や銅を扱いますが、仕事の方法が全く違います。とてもとても納得のいける物は出来ません」


「うむ、さすれば何か考えねば成らんな。中井殿の伝手で鋳物師を集めることはできんか?」

「私もそう思い地元の大和へ連絡を入れたのですが、何故か大和鋳物師も興福寺鐘楼鋳造で手が足りぬと言われまして」


中井正信が済まなそうに答える。正信は鋳物師が来ないと知って直ぐ早馬で伝手をあたっていたが、全て寺社の仕事が入り手が離せない状態になっていた。


それは近衞前嗣と真継久直が暗躍し、堺が手当を付ける河内鋳物師や中井家が伝手を持つ大和鋳物師を、朝廷は疎か幕府にも手が出せない高野山や興福寺の仕事をさせる事で、鋳物師を懐に抱え込んでいるからであった。


「うむ、それは困った。都で差配できない場合は腕は劣るが小田原より鋳物師を呼ぶしか有るまい」

氏堯の苦悩している姿を見て、正信も苦悩している。

「はい、左衛門佐様、それで宜しくお願い致します。此方も他の伝手をあたって見ますが、今の所は出来る限り鋳物師の仕事を最後に廻すように致します」


「うむ、宜しく頼む」

「はい」




中井正信が作事場に戻ると、数人の番匠大工達がやって来て氏堯との話を聞く。

正信が小田原から鋳物師を呼ぶ話をすると安心したのか皆仕事に戻っていった。



その夜、人目を伺うように近衞邸へ入る一人の番匠大工の姿があった。




弘治三年六月二十日 午前


■京 近衞前嗣邸


中井正信との話の三日後、北條氏堯は近衞邸へ呼び出された。

一応関白であるから礼儀正しくしてはいるが、氏堯にしてみれば敵地である。


「関白様にはご機嫌麗しく存じます」

氏堯の挨拶を聞いても扇子を閉じるだけでまともに答礼もしない。

「そか」


「関白様、本日は如何なる御用にございましょうか?」

何も言わないので氏堯が聞く。

「左衛門佐は流石鄙者よ、挨拶の仕方も判らんようやな」


腹が立つがじっと我慢で頭を下げる。

「申し訳ございません」


「まあ、ええわ。所で左衛門佐、噂では内裏に必要な鋳物師が揃わんというて、坂東の鄙者を呼ぶとかいうが、帝のお使いにならしゃる物は畿内の物でなければ、麻呂としては納得できまへんな」


関東からの鋳物師は罷り成らんと言う態度の前嗣にイラッとする氏堯だが顔には出さずに話す。

「お言葉ではございますが、河内も大和も鋳物師が皆寺社の仕事で手が離せぬとの事にございますれば、他國の者を使うのも仕方なき仕儀かと存じます」


氏堯の反論に全く動じず前嗣は坦々と話し続ける。

「そこでや、高野山も興福寺にも麻呂が話しても良いぞ」

氏堯としてみればアホらしいが、前嗣の話しを聞き出す為に光明が見えたように喜色を顔に出す。


「関白様、それは如何様な事にございましょうか?」

「何と言うても帝の為や、高野山も興福寺も関白たる麻呂が話せば鋳物師仕事の延期ぐらいはしてくれるはずや」

「おお、それは是非お願い申し上げます」


床に頭を擦りつけるように氏堯はお辞儀する。

それを見ている前嗣はしてやったりと腹の中で笑っているが、実際は康秀の掌で踊っているにすぎない。氏堯の我慢強さがこの会見の胆であったが、見事に康秀の期待に応えている。


「そこでや、高野山と興福寺は麻呂が何とかするが、鋳物師を呼び戻すんは御蔵職の真継兵庫助に話さねばならんのやけど、兵庫助は柳原家やなぎわらけの家人や。そやから本来なら柳原家の資定すけさだはんを仲介にせねばならへんのやが、黄門(中納言)はんは未だに荘園のある因幡へ行ったきり帰洛してへんのや。それでな、代わりに麻呂が仲介をしてもええがどうや?」


「関白様、宜しくお願い申し上げます」

「ええことや」





弘治三年六月二十日 午後


氏堯が帰った後、近衞前嗣は奥座敷で真継久直と話ながら笑っていた。

「ホホホ、幾ら北條言うたかて、麻呂に掛かれば単なる坂東の端武者よ」

「真に、阿衡あこう(関白の唐名)様は役者にございますな」


前嗣は久直の追従に満更でない顔をする。

「ホホホ、あの顔を見たか、あの土下座を見たか、愉快愉快や」

「真に、此で北條領の鋳物師も我が支配下に持って行くことが出来ます」


「ほんまやな、御所造営で鋳物師がいない訳にはいかんからの。ホホホ、兵庫そちも悪よの」

「恐れ入ります。しかし此で、阿衡様も北條の輩の首根っこ押さえられたん違いますか?」

久直の指摘に、畳んだ扇子をクルクルと回しながら前嗣はニヤリと笑う。


「それが言わぬが華や。此からジリジリいじめ抜いてやるさかい、兵庫そちも精々奴等をじらすが良いぞ」


「はっ、それは心得ております」

「ホホホ、御所の外見は出来たが飾りや調度品が間に合わねば、帝のお怒りと失望は大きくなる訳や、その御不興は北條と連んだ二條や九條の阿呆に行く訳や。これで麻呂の太政大臣への障害が無くなる訳や」


「真におめでとうございます」

「兵庫、そちも全国の鋳物師の総元締めや、目出度いの」


「はっ。しかし」

「どないしたんや?」

「はっ、万が一鋳物師を何処から連れてきた場合どうしようかと」


「ホホホ、兵庫は心配性やな。万が一の時は、応天門のように焼いてしまえばええだけや。それであの番匠大工も永遠に口噤ませればええだけやから、麻呂と兵庫は知らぬ存ぜぬや」

「なるほど、阿衡様のお考え素晴らしく存じます」


「ホホホホホ」

「アハハハ」






弘治三年六月二十日  午後


■京 内裏建設現場


氏堯が近衞前嗣邸から内裏建設現場の外れにある屋敷に帰宅すると、既に関係者が集まっていた。

「叔父上御苦労様でございました」

「左衛門佐、その顔では相当疲れたようじゃな」

「御苦労様でございました」


氏政、九條稙通、康秀達がニヤニヤしながら待っていた。

「フッ、その通りにございます」

氏堯は不敵に笑う。


「左衛門佐、近衞はんはどんな無理難題を吹っかけてきたんや?」

九條稙通がワクワク顔で聞いてくる。

「はい、鋳物師を呼び戻す為に関白様が骨を折ってくれるとの事にございます。更に呼び戻す為に御蔵職の真継兵庫助にも話をして頂けると」


氏堯も態々関白に様を付けて大仰しく話すが、顔は完全に笑っている。

「なる程な、近衞はんは朝臣の鏡やな、帝の為に骨を折ってれるんやから」

稙通は完全に笑いながら近衞前嗣を賞める。


「真にございます。当家としても関白様に如何様な御礼をしたらよいか判りませんな」

「そやな、どうや左衛門佐、いっそ北條家の家督を近衞はんの弟で聖護院しょうごいんにいる道澄どうちょうはんに譲ったら」


笑いながら稙通と氏堯が掛け合いを行う。

「それは面白うございますな、祖父早雲庵宗瑞も嘸や喜びましょう」



そんな中、隣の座敷から笑い声と共に一人の人物が現れた。

「カッカッカ、此は面白い。太閤様も左衛門佐殿も冗談がお好きなようですな」

「蔵人か」

「此は此は、山科卿」


現れたのは、笑いながら酒徳利から酒をラッパ飲みする山科言継卿であった。

「太閤様、左衛門佐殿、話は聞きましたぞ。酒を貰いに来たついでに長四郎と話し合っていましてな」


挨拶の後、場を仕切り直して氏堯、氏政、康秀、稙通、言継が参加し、話し合いが始まった。


「先ほどのように、関白と御蔵職が奸計を働かせ、御所造営を自らの出世と金儲けの道具にする気満々なのは、此方の調べで明々白々にございます」


「近衞はんらしいと言えば近衞はんらしんやけど、余りに悪手や」

稙通が先ほどのおちゃらけとうって変わった表情で呟く。

「そうじゃな、関白はんは焦ってるんや無いやろうか?」


言継の指摘に皆がどうしてなのかと質問する。

「山科卿にはどの様に思われるのでしょうか?」


「聞くところに依れば、関白はんは北條はんに些か鬱積した感情があるそうや。それに最近は帝や東宮のご信頼は二條はん、九條はんに傾いているのは自明の理や。恐らくその辺りの鬱積を北條はんを叩くことで相殺する気やとおもうんやけどな」


言継の指摘に頷く面々。

「なるほど、それに以前我が家に鋳物師の差配をけんもほろろにされた真継が繋がった訳ですな」

「そうじゃな、跡継ぐ為に新見はんの跡継ぎを餓死させた兵庫助なら悪知恵も働くとおもうで」

氏政の話に言継が賛同する。


「しかし、個人的な虚栄心、出世欲、金銭欲で心待ちにしておられる主上の御心を踏みにじるとは許せん輩や」

「太閤様の言う通りです。我等も薄汚い考えには反吐が出ます」


話が進むにつれて参加者全員の顔から笑いが消え、苦々しさを感じたかのように眉間に皺を寄せはじめた。


「太閤はん、畿内の鋳物師以外は罷り成らんとは、そんな決まりなかったんやないか?」

言継の質問に稙通が答える。


「そやな、そんな決まりは無いと思うで。そやけど関白の言う事やからな、嘘でも誠になるんや」

元来小田原から鋳物師を呼ぶことで、近衞前嗣と真継久直の悪巧みを崩す予定で、稙通から畿内の鋳物師でなければ罷り成らんと言う事はないと言う答えを期待していたのに、その期待が破れ先ほどまでの明るさは消えて、座敷はお通夜のようになる。


すると、稙通が居住まいを正し、氏堯に向かい深々と礼をしながら話す。

「左衛門佐、主上の御心中を思えば御所造修を止める訳にはいかんのや。無理は承知やが、真継の無理難題を聞いてくれんやろうか。頼む、この通りや」


時の太閤の土下座である、それを見て皆が凍り付く。

やっと氏堯が稙通に話かける。

「太閤様、お顔をお上げ下さい、我等も主上の御心中を思えば否応がありません」


「左衛門佐。済まぬ、済まぬな」

「太閤様」

北條側の作戦に齟齬が出ました。康秀がどう挽回するか。

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