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三田一族の意地を見よ  作者: 三田弾正
第参章 京都編
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第肆拾話 越後の龍と甲斐の虎

大変お待たせしました。何とか書き上げました。


上杉謙信ファンはお読みにならない方が良いかもしれません。



弘治三年四月十日


越後國えちごのくに 頸城郡くびきぐん春日山城かすがやまじょう


越後春日山城では越後国守長尾景虎(ながお かげとら)に、奉行職本庄実乃(ほんじょう さねより)が都からの急報を伝えていた。


「なに、伊勢の輩が上洛したと言うのか!」

(長尾景虎は後奈良天皇の勅命で伊勢氏から北條氏へ改姓した事を認めずに、何時までも伊勢と呼び捨てにしていた)

「はい、都の隼人佑はやとのすけ神余親綱かなまり ちかつな)殿より火急の文が届きました」


実乃の言葉に景虎が眉間に皺を寄らせて大声で叫ぶ。


「実乃、儂も上洛を致すぞ!」


幼少の頃から見てきた主君の激高を軽く流しながら、実乃は別の問題を提起する。

「御屋形様、上洛も大事でございますが、武田の善光寺平への侵攻を止めませんと、高梨殿が持ちませんぞ。二月十五日に葛山城かつらやまじょうが落ち、落合備中守殿(落合治吉おちあい はるよし)と小田切駿河守おだぎり するがのかみ殿(小田切幸長おだぎり ゆきなが)が討ち死にし、他の落合一族は武田に寝返っております。


更に高梨殿は本拠地中野郷が攻められ続け、中野北部の志久見郷の国衆、市川孫三郎いちかわ まごさぶろうが武田に寝返りました」

「ええい、晴信め儂の邪魔ばかりしよる!」

怒り心頭の景虎。


「その為にも武田に痛烈な打撃を与えませんと、上洛など無理にございます」

景虎は実乃の言葉に更に険しい顔をし始める。


「しかし、このまま手をこまねくわけにもいかん。伊勢の輩は公方様に関東管領職補任かんとうかんれい ぶにんを求めるに違いない。そうなれば、儂が態々負け犬(上杉憲政)を飼っている価値が無くなるではないか!あれが上杉家家督と関東管領職を譲ると言うから、態々高い金をかけて御舘まで作ったというのにだ!」


「御屋形様、余り大きな声を立てずに」

実乃が景虎の言葉を遮るように手を翳す。


「判っておる。あれ(上杉憲政)が逃げてきたときは、尾羽うち枯らす状態で、儂に泣き着いて全て譲り渡すと言ったのだが、息子が無事帰ってきて欲が出たのか、最近は余所余所しい感じよ」


心底面白くないというような言いようで話す。

「実子は可愛い物ですからな」

「ふん、伊勢も伊勢よ。あの様な小童なんぞくびり殺せば良い物を、態々関東管領後継者に相応しい格式で送還しくさったせいで、余計な手間が増えるではないか、忌々しい!!」


「憲政殿が前言を翻して龍若丸殿に管領職を継がせたいと仰ったら如何致しますか?」

実乃が思案気に尋ねる。

「ふん、駿河守するがのかみ宇佐美定満うさみ さだみつ)にでも船遊びに連れ出させて船を沈めれば良かろうよ」


何も臆することなくさらっと景虎は答えを言う。

「なんとも、不幸な事故であれば致し方有りませんな」

「そう言う事だ」



直江景綱が財政について話が有るとやって来た。景綱は景虎の上洛話を聞くと、一瞬苦虫を噛みつぶした様な顔をしてから質問をはじめた。


「御屋形様、上洛も宜しゅうございますが、財源は如何為されるのですか?」

大和守やまとのかみ直江景綱なおえ かげつな)如何致した?なんぞ不味い事でも起こったか?」

「御屋形様、実はここ数年、越後塩の売り上げは下がる一方でございます」


「何故じゃ?海のない信濃へは最低でも塩尻までは越後塩の独壇場ではないか?」

「いえ、不味い事に、ここ数年は武田が信濃を制圧する過程で相模から安価な塩が多数入るようになった為に、越後塩が排除されつつ有るのが現状です」


「大和守殿、糸魚川いといがわから深志ふかし(松本市)まで百五十里(97km)程だが、相模からはどの位なのだ?」

(一里=六町(648m))

「うむ、駿河から二百五十里強(162km)、相模から二百八十里程(181km)だな」


「しかし二倍の遠距離から運ばれる塩の値段が越後塩より安価とは到底信じられんが」

「越後側の塩商人の運上金が高すぎる事も原因の一つに御座いますが」

「しかし、大和守殿。塩商人の運上金を減らせば他の所も減らせと騒ぎになるぞ」


新左衛門尉しんさえもんのじょう(本庄実乃)殿、事は運上金所の問題だけに済まない、此を見てくれ」

景綱が袱紗から袋と懐紙を取り出し、その袋を開けると懐紙の上に真っ白な粉が積もった。


「ん?此は?」

「塩だ」

「馬鹿な、この様なさらさらの塩など見たことがない」


「新左衛門尉の言う通りじゃ、塩と言えば粒が粗い物と相場が決まっておる」

実乃の言葉に景虎も同意するが、景綱が頸を左右に振る。

「嘘だとお思いならば、舐めてみるが宜しかろう」


景綱はそう言うと指で一つまみし舐める。それを真似して実乃、景虎も舐める。

「うむー、確かに塩じゃ」

「塩ですな」


二人が納得したのを見て景綱が話を再開する。

「この様に、越後塩と比べものにならない上に味もまろやかな良き塩が廉価に出回っているのです」

景綱の話に再度塩をなめてみる二人。


「うむー確かに味が何とも言えない旨味を感じる」

「こんな物が出回れば越後塩が売れなくなる事は必定」

「して、この塩は如何ほどで売られているのだ?」


「深志の塩問屋に卸される越後塩が一升二十五文ですが、この塩は一升十五文で卸されているのです」

「なんと、破格すぎる値段じゃ」

「それでは太刀打ち出来んぞ」


景虎と実乃が渋い顔で唸るが、景綱が更に追い打ちをかける。

「勝てないだけでは御座いません。最近深志で相模塩を買い越後で売り出す者達も出始めました」

「しかし、運んでくるだけでも大変な労力が掛かるであろうに何故じゃ?」


「御屋形様、最近の梅干しの味は如何でしょうか?」

いきなり話題を変えた景綱の態度を不思議がりながらも景虎は答える。

「うむ、去年に比べ苦みが消え味がまろやかになったが、まさか城の塩も相模塩なのか?」


「はい、台所方からの報告では高級塩でありながら安価であると、昨年より殿のお召し上がりになる物はそれに切り替えたとの事で御座います」

景綱の話を聞いて景虎が怒り出す。


「なんじゃと、伊勢の輩の塩を儂に喰わせたというか!即刻塩を越後産に代え台所方の責任者を厳罰にせよ!」

「御屋形様、台所方も相模産とは知らずに商人より仕入れた物、商人に謀られたので御座います」


景綱の説得に景虎も幾分落ち着いたが、忌々しい伊勢の作った塩と言うだけで怒りが沸々と沸いて来た。

「えい、その様な商人は磔刑にせよ」

「しかし、それでは……」


景綱が再度説得しようとしたが結局相模塩を扱う塩商人の幾人かが磔刑に処せられ、少なくない数の商人が越後を去ることになった。



弘治三年五月二日


■山城国 京


北條家が都に来てし始めた事、それは御所造営だけではなく、荒れ果てた都での清掃作業と炊き出し、そして人材収集であった。今日も宮城建設地付近の炊き出し所で、炊き出しを受けた浮浪児や流れてきた流民の勧誘が続いている。


“仕事が無い、住む所が無い君達。坂東の広大な大地が君たちを待っている”

“坂東へ来れば、もれなく一町歩の土地を与えよう”

“5年間は年貢を取らない”

“年貢は四公六民”


この様な看板の募集所に、人生に疲れ果てていた人々が並んでいる。

「こっ、この話は本当なのか?」

「うんだ、騙して売り飛ばす気でないか?」


中には疑問を投げかける者をいるが、それを募集官が丁寧に説明していく。

「まあ、そう思うのは仕方が無いが、坂東には未だ手つかずの台地が有るんだ。其処を開墾するという訳だ」

「本当に、土地が貰えるだか?」

「開墾するという事は有るが、開墾すればその土地の所有は出来るんだ」


「凄いだ」

「んだ」


結果多くの民が坂東行きを承諾していくのである。




同じ頃、町中を仕事が無く暇そうにしている若者を見つけては声をかける行為も行っていた。


「お兄さん、良い体してるね、自衛隊に入らないかい?」

「自衛隊?」

「そう、自衛隊」


にこやかな侍を見て怪訝そうな顔をする若者達。

「自衛隊ってなんだい?」

「今、都で御所を再建しているのは知っているかな?」


「ああ、北條って言う坂東武者が発起人だと聞くが、それが関係有るのか?」

「私も北條家の家臣だが、御所再建の際に都の清めをする為に清掃をする組織を現在発起準備を行い、その構成員を募集しているところだ」


「それにしても何で自衛隊って言うんだい?」

「自ら衛生する隊って言う意味さ」

「へー」

衛生の意味も判らずに納得する人々。


その話に、いつの間にやら入り込んでいた人物が質問する。

「しかし、三好様の許可を受けないで大丈夫なのかい?」

「三好様には既に話をしているし、朝廷の皆様にも連絡済みだから」


「へー、それは面白い」

「だろう、今の都は応仁以来、荒れ果てて屍が町中に放置してある状態だから、少しでも良くしようという、左京大夫様の思し召しだ」


「凄いお人だな」

「そうだ、我々には想像もつかないお考えをする御方だ。所で応募するかい?」

募集員に聞かれた何処にでも居るような青年は、思案した後答える。


「取りあえず、今は未だ両親にも話さなければならないから、考えておくよ」

それを聞いた募集員は一枚の紙を手渡した。

「取りあえず、此に待遇等を書いてあるから検討して、気に入ったら二條大宮の神泉苑前の募集所へ来てくれ」


「ああ、ありがとう」

「期待しているよ」

青年が離れると、廻りに居た者達も我先にと募集要項紙を貰い、字の読めない者は読める者に読んで貰いながら、直ぐに募集所へ向かう者も居た。



其処から離れた貧民窟に、先ほどの青年がスーッと現れた。其処には彼方此方に見窄らしい小屋があり、其処へ青年は入って行く。


「六郎、遅かったな」

「小介様、遅くなりましたが、北條の動きを掴みましたぞ」

その言葉に小介と言われた三十代の男が無言で頷く。


「どの様な事だ?」

「此に御座います」

募集紙を読み出す小介。


「うむ、清掃とは道楽にも程があるな」

「如何致しましょう?」

「藤兵衛、お主が潜入せよ」


小介が藤兵衛という男に命令する。

「はっ」


それが終わると、次の者の報告を受け始める。

「小介様、三田康秀ですが、噂通りの食道楽でございます」

「ふむ」


「カリーなる物を本願寺にて振る舞い、顯如の喝采を浴びたとか。更に種々の料理を創作し振る舞っているそうです」

「なる程な、つまりは氏康夫妻の食道楽の為に婿にしたというのは事実か」


「そうなるかと」

「御屋形様が仰っていたが、氏康は武将の風上にも置けない贅沢、その為なら娘の一人や二人差し出すか」

「堺衆や本願寺が絶賛するのであればそうかと」

「うむ、判った」


又次の者の報告を受け始める。

「小介様、大久保長安ですが、此方へ来ていることが判明致しました」

その言葉に、三田康秀の事など忘れて小介は色めき立つ。


「なに、それは真か?」

「はっ、堺にて彼の者に会ったと堺衆の一人が話しています」

「そうか小七、でかした。早速長安の身辺を探り、頃合いを見て甲斐へ連れ去るのだ」


「はっ」

「藤兵衛、先ほどの話は無しだ。お前も長安を探れ」

「はっ」


部下の者達が去っていった後、武田家三ツ者(忍者)頭穴山信光は一人甲斐の方を向き呟く。

「御屋形様、遂に長安の尻尾を掴みましたぞ。吉報をお待ち下さい」


その日以来、武田方の三ツ者は長安の姿を追うことに全力を懸けた結果、康秀などは完全に注意外に置かれ、動きやすくなったのである。


大地と台地の両方が使われていますが、誤字じゃないです。

うたい文句は大地で広大な土地。

実際は武蔵野台地や相武台地や大宮台地とかを開墾するというニアンスです。


武田の忍者ですが、穴山信光は穴山梅雪の一族で穴山小介の親と言われています。彼は実在の人物です。決して名前が似ていても真田十勇士じゃありませんから其処だけは御了承を。


自衛隊のノリは康秀の悪のりです。


塩の値段を修正、鎌倉時代の値段と間違えてました。

百文>二十五文へ 七十文>十五文へ


作者は、信濃佐久郡の小田切氏嫡流の末裔と同級生でした。

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