第貳拾肆話 傾奇者は何を思う
お待たせしました。尾張編は二話構成です。
いよいよあの人が出ます。
弘治三年二月二十二日(1557)
■尾張国愛知郡熱田村 熱田大社
二十二日早朝、三河大浜湊を発した北條家一行百人は、二十二日午後には熱田湊へ到着した。其処には守護職斯波義銀より遣わされた案内の人物が待っていた。
「ようこそお越し下さいました。私は斯波治部大輔が臣、丹羽五郎左衛門尉長秀と申します。主治部大輔より皆様方の案内を命じられました」
「御苦労じゃな、儂は山科言継じゃ」
「はっはー」
「私は北條左京大夫が四弟、北條左衛門佐氏堯と申す。ここに居るのは氏康嫡男新九郎氏政と、甥婿の三田長四郎康秀です」
「ささ、此方が熱田大社でございます」
氏堯一行はそのまま丹羽長秀の案内で熱田大社参拝へと向かうが、康秀には既に信長に仕えているはずの丹羽長秀が案内役と言う事で、信長が何かを知りたがっているのであろう事を予測していた。
一行に対し熱田大宮司千秋季忠により祝詞が読まれ、旅の安全を祈る。その後十貫文(百万円)が寄進され、御所修築のための宮大工の派遣を求めた。
「この度は、遠いところをようこそお越し下さいました」
千秋季忠が一行を取りあえずもてなす。
「忝ない」
この頃、千秋季忠は織田信長の家臣状態で有り、神職と言うよりほぼ武士化していたために、準敵国の人間には些か含むところが有ったようである。
「して、当社には如何様なご用件で?」
「旅の安全を祈ることと、この度、都へ向かい御所の修築を行う事となり申した」
「それは重畳な事で」
空返事な喋りようである。
「その為に、貴社の宮大工をお貸し頂ければと思いまして」
「なんと、当社の宮大工をですか」
千秋季忠は、難しそうな顔で考え始める。その横では丹羽長秀が同じ様に考えている。
二人としては、準敵国が朝廷に対して点数を稼ごうとするのが癪で、邪魔する気満々である。
「当社としても、宮大工を留守にさせる訳にも行かないのが現状でして」
如何にも、熱田大社の都合で宮大工を貸すことが出来ないように話を持って行こうとする。
「如何でございましょう。御所の修繕も大切ではございますが、熱田大社も草薙の剣を御護り致す国家鎮守の社。その修理を疎かには出来ますまい」
丹羽長秀がフォローにあたった。
「なるほど、国家鎮守が有るのであれば、仕方ないことですな」
北條氏堯が、残念そうに話す。それを聞いた千秋季忠と丹羽長秀は腹の中でほくそ笑む。
しかし、次の瞬間その笑みが凍り付く。
「熱田大社の修理が御所の修理より大事で出来ぬとあれば、熱田から草薙の剣を御所へ鎮座させれば良いだけの事。帝に直ぐさま勅使を派遣していただきましょうぞ」
ジッと聴いていた山科卿が、至って正論を言ったため、千秋季信と丹羽長秀は焦り出す。
「その様な勝手なことを、草薙の剣は日本武尊以来、当社のご神体にございますぞ」
「だまらっしゃい。元はと言えば、草薙の剣は三種の神器の一つ、熱田に有るは、只単に帝から預かっているだけ。それを社宝だのご神体だのと、烏滸がましいわ!」
山科卿の言葉に二人はタジタジになり始める。
「山科様、宮司殿の言う事にも一理ありますので、修理する人員を残して、若干の人数を御所へ奉仕させるというのは如何でしょうか?」
山科卿の怒りに震える二人に氏堯が救いの手を伸ばす。その言葉を聞いて、山科卿も頷き始め、千秋季忠と丹羽長秀も救いの神が現れたが如く、氏堯の顔を見つめる。
「左衛門佐殿がこう言っているが、宮司はどうじゃ?」
山科卿の質問に千秋季忠が直ぐに答える。
「はい、左衛門佐殿のお言葉通りにして頂ければと」
「ふむ。これできまりじゃな」
「して、誰を向かわせれば宜しいでしょうか?」
「そうじゃな、以前熱田へ来たとき会った若者が良いか」
「誰でございましょうか?」
「たしか、岡部又右衛門とか申したはず」
「岡部でございますか」
千秋季忠は岡部の名前を聞いてホッとした表情になる。何故なら岡部は未だ若く、抜けられてもさほど打撃にならない事と、信長に仕えている訳でもないからである。
「うむ、左衛門佐殿、それでよいかな?」
「はっ、山科様のお見立てで有れば、この上ない事にございます」
「そう言う事じゃ、宮司宜しく頼むぞ」
「はっ」
その話を聞いている長四郎と氏政が、腹の中で流石山科卿と氏堯殿、素晴らしい演技です、と喝采を送りつつ、騙された二人を見て大笑いしていた。何故なら、丹羽長秀は信長の家臣で有りながら身分を偽っている。千秋季忠は信長の家臣状態で有ることから、確実になんだかんだ言ってノラリクラリするであろう事を予測し、シナリオを書いていたのである。それに山科卿と氏堯殿が見事な演技をしたのであるから。
結局、当初の目的通り、岡部又右衛門以言を引き抜くことに成功した長四郎は「此で安土城が出来るかなっ」と思っていた。何故なら将来、岡部又右衛門以言は安土城天守閣建築を任されるからである。
その後、岡部又右衛門以言を呼び、山科卿が話を伝えた。
「山科様におかれましては、儂のような宮番匠にどの様な御用でしょう?」
又右衛門は山科卿の前で、ガチガチに緊張している。
「うむ、この度御所の修築を行う事となり、熱田大社からも番匠を派遣する事に成った。その代表にお主が選ばれたのじゃ」
又右衛門は山科卿の言葉が最初判らず、目をパチクリするが、次第に意味が判り驚愕し始める。
「わっわっ私がですか?」
「そうじゃ、お主が選ばれたのじゃ」
「私は、未だ若く、腕も未だ未だでございます。恐れ多くも御所の修築に参加出来るような者ではありません」
慌てふためく又右衛門を見ながら、山科卿が優しく語る。
「岡部又右衛門以言、そちの腕は未熟と言えど、心が真っ直ぐな事は儂は判る。御所修築にはそちのような心の清い者が必要なのじゃ、頼む」
山科卿が頭を下げて頼み込む為、驚いた又右衛門が土下座しながら、自らも頭を地面に擦りつける。
「山科様、お顔をお上げ下さい。こんな私にそれほどの事をして頂いた以上は、誠心誠意お仕え致します」
「おお、そうか、頼むぞ」
「はい」
山科卿のこの事も、元々公家としては腰が低く誰にでも好かれる方で有ったが故に出来た芸当であり、更に長四郎の願いを聞いてくれる度量の持ち主であった為に出来たことであった。まあこの後、都の山科邸には毎年北條家特製焼酎が大量に寄贈され続ける事に成るのだが、それは後のお話である。
この後、熱田大社を出た一行は丹羽長秀と共に、山科卿が見ていきたいという、天文五年(1536)多宝塔が再建された荒子観音へ向かった。此も大いなる種まきのために頼んだのであるが、丹羽長秀は公家の我が儘としか感じなかった。
荒子観音を参拝した頃には既に夕刻が近づいていたために、丹羽長秀は仕方なしに近くの土豪前田家に一夜の宿を頼むように先触れを送っていた。
弘治三年二月二十二日(1557)
■尾張国愛知郡荒子村 荒子城
荒子城では、山科卿と北條家一行の為に、夕餉の支度がなされていた。この様な田舎でも公家の山科卿が来ることが、未だ未だ名誉と感じられていたからこそ、一家を挙げてもてなしの準備が進められていた。
「養爺上、山科卿と言えば、医術に優れていると聞きますが、此だけ歓待するのであれば、お会いしたついでに腰の痛みでも見て貰っても罰が当たらんでしょう」
長男利久の養子である慶次郎がニヤニヤしながら前田利昌に話しかけるが、忙しさに構っていられない状態であった。
「ええい慶次郎。お主も突っ立ってないで手伝わんか」
その言葉を聞きながらも慶次郎は無視して逃げていった。
「全く、世話が焼けるわい」
利昌もそう言いながらも、苦笑いしていた。
外へ出た慶次郎は、荒子観音からやってくる一行を見つけて、挨拶がてらに鎗を抱えてからかいに行った。
北條家一行の先頭を行く丹羽長秀の家臣上田重元が慶次郎を見つけて、止めに入る。
「待て待て!其処の鎗持ち待たんか!」
その言葉と、姿を見つけた北條側の武者が押っ取り刀で迎撃の準備をしようとするが、丹羽長秀が苦虫を噛みつぶした様な顔をしながら、山科言継と北條氏堯に話しかける。
「あれに居りますは、此から行く荒子城主前田利昌の孫前田慶次郎にございます。あの者傾奇者にて、些か持て余して居ります故、ご無礼の程平にご容赦を」
熱田大社での山科卿の凄さにびびったのか、丹羽長秀も嫌に腰が低くなっている。
「其処におわすは、山科卿と関東に名高い北條家の方々とお見受け致しました。拙者荒子城主前田縫殿助利昌が嫡孫前田慶次郎利益と申す。いざ尋常に勝負なされ!」
慶次郎の言上に流石の山科卿も唖然とする。
「丹羽殿、失礼だが前田家というのは一々勝負しないと気が済まない性格なのですかな?」
氏堯の質問に長秀が頭を振って答える。
「あの阿呆だけです」
慶次郎の前では上田重元が怒鳴っていた。
「馬鹿者!御客人に勝負を挑む奴がおるか!」
「俺なりのもてなしの仕方だが、気に喰わんか?」
慶次郎は、すっとぼけた感じで話してくる。
その様なやりとりが為されている中、氏堯に長四郎が耳打ちして長四郎が後へ下がり、連れてきた兵に何やら指図をし始めた。指図を受けた兵達は自然な人垣を作りながら、何やら作業を始めた。僅かな時間でその作業を終えた長四郎が再度氏堯に耳打ちすると、氏堯が慶次郎に向かって言い放つ。
「良いだろう、北條左衛門佐氏堯が相手してくれる」
その言葉を聞いた上田重元は驚き止めに入ろうとしたが、慶次郎が走り込んでいったので、振り切られてしまった。丹羽長秀も氏堯を止めようとしたが、氏堯は素早く後へ下がり、馬から下りて兵の人垣の前に立ち、自分の鎗を持って構えた。
「いくぜー!!」
慶次郎の豪鎗が氏堯を殴るかと思われた瞬間、氏堯はそのまま兵の後方へと走り去る。それを見た慶次郎は叫ぶ。
「卑怯な、真面目にかかってこい!!」
氏堯を追って行くと兵が蜘蛛の子を散らす様に逃げだしたので、その先へ進んだ瞬間、地面が陥没し慶次郎は落とし穴にはまってしまった。その瞬間兵達から網が投げられ絡まった慶次郎は囚われてしまった。短時間の落とし穴構築は北條家工兵隊の面目躍如の出来事であった。
「卑怯な!正々堂々と勝負しろ!」
慶次郎は叫ぶが、氏堯が鋭い眼光で慶次郎に話しかける。
「慶次郎、お主は強い。しかし戦場では何があるか判らん。今が実戦で有れば、お主の頸と胴は離ればなれだ。正々堂々も必要だが、戦の何たるかを知らんと、猪武者で終わるぞ」
それを聞いている慶次郎も何か感じたのか、話を確り聞いている。
「左衛門佐殿、俺はどうすれば良い?」
「まずは戦の機微を知る事よ。さすれば自然と戦が何たるかも知るようになれる」
側では丹羽長秀と上田重元が青い顔でおたおたしていた。
それから直ぐに騒ぎを聞きつけた前田利昌、利久親子が飛んできて、山科卿や北條家一向に平謝りをして、慶次郎を切腹させると大騒ぎになったが、山科卿と氏堯が宥めて、事を治めた。
その日は、前田家に泊まりながら、慶次郎にやけに気に入られた氏堯が酒を酌み交わしながら話していた。翌日氏堯が刀鍛冶を捜していると言う事を聞いた利久が、北へ一里ほどの中々村に居る刀鍛冶を知っていると言う事で、丹羽長秀の案内で其処へ向かうことにした。此も長四郎達が巧みに誘導した結果だったのだが。
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