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三田一族の意地を見よ  作者: 三田弾正
第参章 京都編
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第貳拾壹話 良い日旅立ち

お待たせしました。


連休中も仕事です。


いよいよ京都へGO

弘治三年二月一日(1557)


■相模國足柄下郡小田原城  三田康秀


いよいよ小田原からの旅立ちです。新幹線や東名高速道路がある訳でもないので、東海道を徒歩と馬で向かう訳ですから、それはそれは時間がかかります。けどその間に伊豆、駿河、遠江、三河、尾張、伊勢、近江、山城と行く訳ですから、その間に数名のスカウト候補者を探すように小太郎に頼んであるので、何とか成るかも知れません。


しかし、この時代結構便利だわ。天文気象とか占いとかが本気で軍師の条件とかだったから、三國志の諸葛孔明とかのノリでインチキダウジングで『出ました』って言えば、信じて貰えるから、駄目なときでも天が望んでないとか、アータラコータラ良い訳で何とか成る。その為に今回の人材収集も大手を振って出来ると。


今回、正使に現当主氏康殿四弟北條氏堯殿、副使に次期当主北條氏政、幕府公家対策に北條綱重殿、更に社寺対策に北條長順殿(幻庵三男)が加わり、軍師見習いとして田中融成(後に板部岡江雪斎になるはず)が参加し、自分と合わせて六人が正式な使者と言う事に成ります。


その他、風魔から伊賀に行っていたが緊急に招集された二曲輪猪助殿が、小太郎の代理として風魔衆を率いて参加。兵の方は、北條家自慢の北条五色備えから選抜した二千の兵と、この半年で正式に編成された北條家工兵隊通称円匙部隊三千名が黄金や進物や道具やらを持って参加。


あまりに重い材木やらは、関東から船で送る物以外は堺に丸投げ。銭と銀は堺との間での為替取引とバーター取引と商品代金代わりで向こうで用意して貰ってますから、さほどの荷物には成らない訳。


「十郎、達者でな」

「兄者も気を付けてな」


「新九郎様、お体にお気を付けて」

「大丈夫だ、お前こそ気を付けるんだぞ」


「ホッホッホ、北條の名を辱めるでないぞ」

「判っております、父上」

「任せて下さい」


「長四郎様、寂しゅうございますが、妙は長四郎様の御無事をお祈り致します」

「妙、暫く寂しくなるであろうが、義父上や義母上の元へ行っているんだぞ」


「その様な事、夫の居ない屋敷を護るのも妻の勤めにございます」

「けど、お前を一人っきりにさせたくないのだ。判ってくれ」

「はい」


いやーシリアスはあまり慣れてないけど、新婚一年経たずに単身赴任状態ですから、実家に居た方が精神的にも良いだろうと思って、氏康殿に頼んでおきました。




そうこう言っている間に、出立です。


歓呼の中、五千+αの人々が、雪も消えた東海道を西上し始めました。何が起こるのか未だ判らないですよ。



弘治三年二月五日


■駿河國駿府  三田康秀  


五日かかって駿府へ到着です。江戸時代みたいに街道が確り整備されている訳でもないので此だけかかりました。ここで氏堯殿達は今川義元、氏真親子に招待されて宴に参加してますが、婿とは言え私はお呼びじゃないようで。と言うか、氏堯殿がばれないようにと除外してくれたというのが正しい。


まあ最初の挨拶で義元殿の顔だけは見たんで良いんですけど。巷間に流布されているほどのドジな人物じゃないよ。あれは単なる信長のラッキーヒットだと言う話もわかる気がする。姿形に誤魔化されると、バクッとやられかねないと思うけど、やっぱり白塗りで公家化粧だったから、吹き出しそうになって大変だったけど。


まあ、自分は竹千代丸の元へ行ってろと言う事で来た訳だ。

「余四郎殿。いや長四郎義兄上、お久しぶりでございます」

「竹千代丸殿、久しぶりでございます。大きくなりましたな」


竹千代丸は相変わらず明るくて安心した。んで隣りに二名ほど知らない方がいるんだが、誰だろう?

「三田長四郎殿ですか、初めてお目にかかります。松平次郎三郎元信と申します。三田殿が此方へいらっしゃると聞きお邪魔させて頂きました」

「三田長四郎殿、初めてお目にかかります。岡部次郎右衛門尉正綱と申します」


家康来たー!!更に後に礼を尽くして信玄に招かれ、『万の兵士を得るのは容易だが、ひとりの将を得るのは難しい』と言わしめた、岡部正綱じゃないか。そういや、家康とは仲が良かったんだな。しかし家康はもうこの頃から、感情を隠すことをしていたようだな。目が相手の力量を探るような目だし。


「此は此は、丁重なご挨拶ありがとうございます。三田長四郎康秀と申します」


「義兄上、二人とも私に大変優しくして頂いております」

「それはそれは、義兄として、礼を申し上げます。」

「いえいえ、竹千代丸殿とは幼名が同じにございます上に、私も色々お世話になってますから」


そんな事で、竹千代丸、元信、正綱の四人で座敷で世間話。

「義兄上。次郎三郎殿が、今川殿の偏諱をお受けになり元信と名乗られたのですが、一部の者が悪口を言いまして」

あー、なるほど、良くあるあの話か。元信がそれほど嫌がっていなそうだから、知っているけど聞こう。


「どの様な事を?」

「はい、『元信の元は今川義元様の元、では信は織田信長の信か、お前も母親のように二股膏薬か』とか」

あー、此は酷い酷すぎるわ。元信も手を握って震えてるよ。

「そうです。孕石主水佑などは特に酷く元信殿を虐めまくります。元信殿が鷹狩りをしていれば『お前のような人質が、鷹狩りなど烏滸がましい』とか、同じ今川家臣として情けない男です!」


なるほど、こういったことが原因で、高天神城落城時に孕石主水佑は切腹させられた訳か。

「松平殿、三河松平家は歴代のご当主に信の付く方が居るのではないですか?確か有名な方で和泉守信光殿がいらっしゃったはず?その方の信を付けたのでしょうから、そんな馬鹿の戯れ言は無視するに限ります」


「確かに、和泉守信光様から信はとりましたが、三田殿は何故それを?」

元信が、ハッとした目で見てくる。何で其処まで知っているんだって顔だが。

「義兄上、良くそんな事を知ってますね」


ここは、うんちく風に煙を巻くか。

「何故と言われれば、松平和泉守信光殿と言えば、政所執事伊勢貞親殿に仕えており、寛正六年(1465年)五月、三河守護細川成之殿の要請により、貞親殿の被官として八代将軍足利義政様の命により額田郡国人一揆を鎮定されたお方。何と言っても伊勢家は北條の本家筋なれば、竹千代丸もこれぐらいは勉強せねば成らんぞ」


納得したらしく、元信が驚いた感じで見てきてる。

「三田殿は、博識でいらっしゃいますな」

「なんの、身内の事なればです」

「それでも凄いことです」


「所で、岡部殿、孕石殿は余ほどの馬鹿と見えますな。人質とは言え、松平清康殿の時代には三河一国を纏め上げた松平家の御曹司を虐げるとは。その様な話を国人共が聞いたらどう思うか判らんようですな」

「全くです。父も日頃から何かにつけて指摘しているようですが、何分御主君の前では立ち回りが巧いこともありまして」


「なるほど、酷い物ですな」

「全く」

「松平殿」


「三田殿、松平ではなく、次郎三郎とお呼び下さい」

「おお、ならば私も長四郎とお呼び下さい」

「ならば私も、次右衛門とお呼び下さい」


「次郎三郎殿、次右衛門殿、改めて宜しくお願い致します」

「「此方こそ、長四郎殿、宜しくお願い致します」」


「次郎三郎殿、何か言われたときに言う最高の台詞をお教えしよう」

「何でございますか?」

「それがどうした!」


みんな、唖然としてから、段々笑い始めた。

「ハハハハ。それは傑作だ!」

「確かに、其処でそれは、面白い」

「使いどころさえ間違えなければ、いいですな」


いやー、某銀○伝のアッ○ンボローの台詞丸パクリなんだけど。


一頻り笑いが終わった後、元信がすっくと立ち上がり宣言した。

「長四郎殿のお話でスッキリしました。三河一国を統一した祖父のような一角の武将になるように、名を元信から元康へ変えることを治部大夫様にお願いします」


改名イベントか。けど確かもう少し後で、三河へ墓参りした後だった気がするが、誤差の範囲だよな。


「それならば、人生を歌った歌があるのでお教えしよう」

「どの様な歌ですか?」

「私も興味があります」


「“ああ人生に涙あり”という歌で」

そうなんだよね、歌ったのは、国民的時代劇の主題歌、元信の孫の歌なんだよな。それをアカペラで歌って見せたら元信が妙に感心して覚えたいと言ってきたんで、速攻で書いて渡したんだけど、此がもしかして、“人の一生は重荷を負うて遠き道を行くが如し”になったんだったりして。



こうして、駿河府中での日が過ぎて、綾姫ともご挨拶。まあ義理の姉とは言え次期当主夫人ですから、お付きの連中が沢山いる中で、当たり障りのないご挨拶ぐらいだけど、やっぱり義姉上は綺麗だし優しいわ。是非とも徒歩で懸川城へ逃げることだけはさせたくないな。


氏政ともにこやかに話しているから、あの時の蟠りはないみたいで安心だ。けど氏政は敵を怖がって兄弟を捨てたと散々言われたから、信頼できないけど。平三郎が当主の方が良いのに。なんとか綾姫様や桂林院(武田勝頼夫人)西堂丸(上杉景虎)を見殺しにさせないようにしないと。俺も出来る限り頑張ろう。



弘治三年二月七日


■駿河國駿府  北條綾姫


行ってしまいましたか、あの子達も大きくなったものです。お父上のご命令とはいえ都まで行き北條家の命運を賭けるとは、嘸や大変な事でしょう。こうしてみると新九郎と話した昨夜の事が思い出されますね。


『姉上、お久しぶりでございます』

「新九郎殿も、元気そうで何よりです」

『はい』


「新九郎殿、そろそろ長四郎殿に対する擬態を消したらどうですか?」

この話をした時の新九郎の驚いた顔は面白かったですね。

『姉上、いったい何を?』


「私が、此方へ嫁ぐときに言った言葉は貴方の本心じゃ無いことぐらいお見通しですよ」

慌てていましたよね。

『姉上、何故それを』


「あら、私は貴方の姉ですよ。それぐらい判らないでどうしますか」

『姉上には敵いませんな』

「ふふ、父上も、大叔父様も、叔父様もご存じでしょう」


『はい、兄上が亡くなられた後で、教わりました』

「でしょうね。だから、そろそろ長四郎殿と腹を割ってお話ししなさいな」

『はい』


「お酒でも飲んで酔った勢いで、謝っちゃいなさい」

『そうします。姉上』

「ふふ、気を付けて行くのですよ」


『はい。姉上もお達者で』

「ええ」


新九郎、長四郎、頑張るんですよ。

次回のサブタイトル。第貳拾貳話 東海道に虎を見た!



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