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三田一族の意地を見よ  作者: 三田弾正
第伍章 坂東怒濤編
115/140

第百十五話 終戦と混乱

お待たせしました。

やっと戦が終わりました。


感想返しは、色々あるので暫しお待ちを、大変申し訳ないです。

永禄元(1558)年八月十五日 


■常陸国那珂郡深萩 東尾根 


「和尚様、あれは、なんだべ?」

「拙僧も初めて見るの」

「神輿にみえるだ」

彼らの耳に聞こえる轟音と目に映る火花が散るとバタバタと兵が倒れていく。


「なんだ! 神輿から雷が出ただ!」

「なんだ、バタバタと人が倒れて行くだ!」

「雷神様の祟りじゃ」


「うんだ、殿様は雷社を大事に護っているだ」

「だから、雷社様がお力を貸しているだ」

「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」

「霧が出ただ!」


山の尾根から見る村人たちには派手に朱色に染められた野戦自走砲が神輿や社に見えていた。

そして、木砲から発せられた雷の様な轟音と光と白煙は雷だと思えた。更に大量の木砲が発する白煙で戦場は霧が出たように成っていた。


「霧が晴れただ」

「霧の中から兵隊が出てきただ」

僅かの間に江風により白煙が晴れたが、そこには多数の兵が集結していた事に彼らは驚く。


「何処から出ただ?」

「何処にもいなかっただ」

村人が驚いた訳は、蛸壺を掘った上に偽装網で穴を塞ぎ隠れていた兵が僅かの時間に整列していたのである。これも猛訓練の賜物と言えた。


「雷神様のお力だ!」

「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」

「和尚様、すごいことだ」

「拙僧も初めて見るが、雷神様のお蔭かもしれぬな」


これには地元にある雷社を崇拝する村人たちにすれば雷社を護るように布陣する北條、佐竹勢に雷様が力を貸しているように見えたのである。


この話は戦後、北條家に雷神(菅原道真)の申し子がいると言う話と重なって、東国はおろか全国に伝わることになった。また、この地方の伝承として長く語られると共に、雷神社が水戸の雷神社と共に、関東四大雷神として繁栄する素地となった。



永禄元(1558)年八月十五日 


■常陸国久慈郡折橋村 井伊祐子


旦那が望遠筒で敵が北上してくるのを観察している。

小里の敵を倒して本隊と対峙している敵を挟撃すべく南下したけど、流石は氏康様、旦那の作成させた木砲と自走砲?とか言うのを巧みに使って殆どの敵を撃破したそうだ。此方は伊達勢の荷駄隊を鎧袖一触で撃破して、事後処理とかをしていたんだけど、小半時(30分)ほど前に小太郎殿からの繋ぎが細評を伝えてくれた。


そこでこちらは急遽残敵掃討の準備をし始めて、たった今、終わった所なんだよね。


旦那は今、長い薄銅板を丸くして周りの景色を見ないようにして遠くを見れる望遠筒って言うので遠方を確認している。これは旦那が発明したんだ。旦那曰く、堺で手に入れたレンズなる水晶みたいな透明の物を加工して付けるのが本当らしいけど、地下足袋と同じで未完成なんだってさ。


それでも、旦那の作る品物は未完成でも面白い物や役に立つ物ばかりだから凄いんだよね。先月だって小太郎たちを驚かした河童の体液なる緑色の液体で漬けた木綿布で作った合羽を見せて怖がらせていたし。それで夜に小平太が雪隠へ行けずにお漏らししたんだよね。


まあ、旦那に聞いたら河童の体液っていうは代用ゴムに緑の染料を混ぜただけなんだよね。まあそれだけで結構大変だったみたいだけどね。


さて旦那が動き始めたね、そろそろ敵さんに引導を渡して上げるかね。


永禄元(1558)年八月十五日 


■常陸国久慈郡折橋村 松田康郷


おっしゃ! ここんとこは雑魚ばかりだったからな、今度は御本城様が逃した敵の総大将、伊達左京大夫だぜ。此奴の頸を取れば葉殿も見直してくれるだろう・・・・・・

『葉殿、貴方の為に敵将を討ち取りしまたぞ』

『孫太郎様、素敵です』

見つめ合う二人。

『葉殿』

『孫太郎様』


「おい、おい」

「誰だよ良い所なんだよ」

「孫太郎殿、何ニヤニヤしているんだい?」


「げぇ、祐子殿」

「全く、惚けて、みっともないったらありゃしない、そんな姿を葉が見たら幻滅するわね」

「ゆ祐子殿、何とぞ何とぞ、葉殿には内緒で」


「さあて、どうしようかね」

「何とぞ、何とぞ」

「フフフ、まあ目こぼししてあげるよ」


「祐子殿、忝い」

「まあ、敵が来たからさっさと仕留めるよ」

「おーい、行くぞ」


長四郎をはじめ、皆からも笑われた。

この恥は敵将を討ち取って晴らすぞ!


永禄元(1558)年八月十五日 


■常陸国久慈郡折橋村 三田康秀


戦場には鉄炮の発射音と共に、弓の飛翔音、鎗での白兵戦の叫び声が聞こえる。で今の戦場は昨日の小里と同じで死屍累々だ。ここから見る限り敵の士気は一部を除きメッチャ低い、これはやはり氏康殿が天罰作戦で散々破ったからだな。話じゃ敵軍はあっと言う間に溶けきった感じだったそうだし。


小太郎からの繋ぎで細評が判ったが、氏康殿が木砲を神輿と山車に仮装して水戸や深萩の雷神社の天罰として敵に雷神の鎚(トールハンマー)を喰らわせたことで、士気が瓦解してそれを鉄炮と鎗、弓でボコったわけだからな。その上、逃げる先の土塁が木砲使った対人地雷状態だもん、これは瓦解しない方が可笑しいって。


尤も今回は敵が無防備だから出来た訳だが、初見殺しに過ぎない、こんな奇策は次ぎ以降に使ってもよほどの阿呆以外はそれなりに研究して対処を考えてくるだろう。だからこそ次々に新しい戦術でいくしかないんだよな。


まあ、今回の場合は神様を利用すると言う普通なら考えつかない方法だからこそ成功したわけだ、神輿に攻撃するなんぞよほどの人物しかしてないし、確か頼朝時代の佐々木某は日吉神社の神輿に矢を放って神鏡が割れて死罪になっているからな。


いやはや、敵にも神輿攻撃する奴がキリシタン以外にいて助かったわ。大村純忠や大友宗麟なら間違い無く神社だろうが神輿だろうが焼き討ちするけど、伊達家でいたとはね。それじゃなきゃ、天罰覿面って言えないから、本人は死んじゃったらしいけど感謝感激雨霰だよ。取りあえず冥福を祈ってやろう。


「松田孫太郎康郷、敵将伊達左京大夫殿討ち取ったり!」

おうおう、流石は孫太郎、葉に良い所知らせようとして伊達晴宗を討ち取ったか流石だね。


「井伊次郎法師直虎、敵将白石右衛門大輔殿(宗利)討ち取ったり」

直虎さんも行くねー、流石は我が奥さんだ、しかし白石って伊達の親族だった気がするが後で調べよう。それにしても入れ食い状態だわ。


その後、僅かな時間で敵軍はほぼ壊滅して逃げられた者は殆どいなかった。此方の損害は流石に戦死が出たが仕方の無い犠牲だ、まあ偽善だが戦死者の遺族には一時金と遺族年金代わりの株券を渡す事にしている。株券とは言うが実際は売却も質入れも出来ずに、その家族の名義人だけが半年に一回配当を受け取れるという公債みたいなものなんだけどな。


これで、遺族が路頭に迷うことが無く、かといって遺族年金をひたすら払う事も無いという感じに出来た訳だ。株式自体は俺が立ち上げた事業の物だから今後数十年は利益を上げ続ける事ができるから、遺族も安心できるし、兵も略奪とかしないでも生きていけるから規律と士気が上がるわけで一石二鳥どころか何鳥にもなる訳だ。


「鬨の声を上げるぞ!」

おや、考えている間に戦闘も終わったか、しかし大戦果だな。伊達晴宗を討ち取ったわけだし、まあ伊達輝宗が見えないけど、死んだのか生きているのか?

死んでたら独眼竜政宗が生まれないじゃん、俺は時代の岐路に立っているのか。


「「「「「「「「「「「「「「エイエイオウ!」」」」」」」」」」」」」」」」

「「「「「「「「「「「「「「エイエイオウ!」」」」」」」」」」」」」」」」

「「「「「「「「「「「「「「エイエイオウ!」」」」」」」」」」」」」」」」


まあ後から考えればいいや。



永禄元(1558)年八月十五日 


■常陸国多賀郡鬼越 鬼庭良直


「殿、殿」

「殿、確り為さってください」

俺を呼ぶ誰かの声が聞こえるが、いったい何が・・・・・・?


「殿!」

はっ、そうだ、俺は戦場にいるのではないか!

「戦はどうなっている!」

「殿」


目を開けた俺の前には頭から血を流しながら顔は真っ黒に汚れている近習たちの姿が。

「無念なことですが戦は大負けにございます」

なんと、負けたとは・・・・・・

「御屋形様は如何した?」


「御屋形様の旗印が北へ向かうは確認出来ましたが、それ以降は判りません」

「取りあえずは撤退できたか、我が勢の状態はどうなっておる?」

「戦場より離脱し十里(6.45km)ほど東の山中でございます」

「残念ながら、八百の内ここにいるは五十あまりでございます」


「他のものは如何したか?」

五十しかいないと聞き、俺の脳裏に嫌な感覚が滲み出てきた。

「殆どがあの神輿と山車により倒されました」


「追手はどうだ?」

「安心してください。我らは少数故、山に入ったことで、敵は全く追ってきておりません」

「そうか、兵を纏め御屋形様を追わなければならんな」


ぐっ立てん、何故じゃ、それに右目が見えん。

「お待ちください。殿は手傷を負っております」

「儂はどうなっている!」


「殿は、あの攻撃で右手、右足、右目に手傷を負い、我らが担いでここまで来たのです」

「そうです、この状態で戦うは無理でございます」

「何を言うか、未だ未だ戦えるわい」


「ならば、手当の後、少し休みそれから行きましょう」

「そうです、我らもクタクタでこのままでは戦いも出来ずに犬死にするだけです」

「うむ、それならば仕方ない、傷を負った者は手当せい」

「はっ」


「殿の足の傷が深いので、血止めに馬の糞を煎じた水を作りました。お飲み下され」

「儂は小便を飲めば傷口の痛みがやわらぐというので小便を貯めておきました。ささどうぞお飲み下され」

「うむ、有り難く頂戴しよう」


”ゴクゴクゴク”と喉が鳴る。

「これで暫し休まれれば、大丈夫でしょう」

「判った暫し休ませてもらうぞ」



うむ、まさかこれほどの事になろうとは、何故であろうか?

そうだ、あの瞬間にあの神輿と山車のような物が・・・・・・

あれは、御屋形様から攻撃の下知が下って直ぐであった。


我ら先鋒は敵と対峙していたが、その時、敵陣から朱塗りの神輿が現れ近づいてきた。よく見れば神輿は車輪の付いた台に乗った状態で独りでに進んできていたのだ。兵たちは指をさして神輿に驚き騒ぎはじめる。誰かが押しているのであろうと、よくよく見ても人が押している気配も無い、これでは兵も驚くことは当たり前だ。そう思い何も出来ない状態で観察していた。


見てみると神輿は我が勢だけで無く、他の勢の前にも現れ、それらも無人で動いている様に見えた。

それら神輿は暫く進むと我らと敵との真ん中で止まった。不思議に思う我らだったが、いきなりその神輿から大きな声が聞こえた事で、兵たちのざわめきが大きくなった。


『天に唾する不心得者よ。我は別雷命わけいかずちのみことぞ。我の座するこの地を汚す者は許さぬ! 早々に立ち去れ! 然もなければ天罰のいかずちを見舞うであろう!』


戦場に響く声に、兵の顔色も悪くなる。それはそうだ、神仏に天罰を喰らうとなれば誰とて躊躇せざるをえないであろうに、そのうえ、無人で神輿が動いていることで信憑性が増したのであるから。


『ええい、馬鹿申すな! あの様な胡乱な物叩き壊せば良いわ、第一神輿が勝手に動くわけがあるまい、あれは妖怪の類ぞ! 儂がそれを証明してくれようぞ!』


俺がどうすれば良いか躊躇している中、隣りにいた泉田助太郎いずみだ すけたろう泉田重光いずみだ しげみつ)殿が兵に気合を入れ攻撃すべく突入を開始した。


俺としては胡乱なれど神輿を攻撃するは、神罰が下ると躊躇してしまうが、助太郎殿は剛毅と思ったが、まさかあれ程の天罰が下るとは思いもよらなかった。


助太郎殿が勢いよく馬を走らせ神輿に矢を放つと矢は寸分違わず、神輿の前に鎮座した神鏡に見事に刺さると神鏡は真っ二つに割れ落ちた。

『ほれ見たことか、何の天罰も起こらんではないか、者ども掛かれ!』


助太郎殿の行為に勇気を得られた先鋒は勢いよく神輿を無視して敵を攻撃しようとしたが。

『我に矢を放つとは不届き千万、雷神の鎚を受けるがよい!』

神輿から発せられた言葉が終わるや否や、神輿から雷の様な轟音と光と白煙、そして無数の何かが飛び出した。


いったい何が起こったのかと助太郎殿のいた場所を見れば、馬ごと倒され体中から血を噴き出して倒れている助太郎殿を含めた泉田衆の姿が見えた。

『祟りだ!』

『天罰だ!』

『助けてくれ!』


雑兵の叫び声と呻き声が戦場を支配し、一瞬何が起こったか全く判らなくなった。

『殿! 神輿のあとから山車らしき物が多数敵陣から現れました!』

神輿と山車は速度を上げて我らに近づいてくるが、全てが勝手に動いてくる。


『雷神様の祟りだ!』

『泉田様に雷が落ちたぞ!』

『逃げろ!』

『おらは未だ死にたく無いだ!』


既に、先鋒は混乱状態で収拾が着かなくなってきていた。

それに追い打ちをかける様に敵陣から太鼓の調べが流れると、混乱した兵たち目がけ先ほどと同じ様に神輿と山車から轟音と光と白煙、そして無数の何かが飛びだした。


それにより、多くの兵が倒れ、混乱は益々酷い状態と成った。

それだけでは無く、戦場が白煙で覆われ見通しが全く利かなく成り、それが突然霧が出たと更に混乱を増長させた。


その霧が江風で消えると、戦場には今まで存在していなかった敵の部隊が現れたのだ。

その部隊は先ほどと同じ様に轟音と光と白煙がでる棒を持ちそれが音を放つ度に兵がバタバタと倒れて行った。兵たちは最早士気も何も無く、ただ背を向けて逃げるだけであった。


左右を見渡しても立っている兵の方が少なく、俺は残兵を纏めて一矢報いようとしていた時から『殿!』の声が聞こえるまでの間の意識が無い。

そこでやれらたのであろう、何たる不覚、なんたる事ぞ。




「殿、お休みの所申し訳ございません」

「ん、如何した」

どうやら寝ていたようだ。


「岩城孫二郎様がお着きになりました」

「なんと、孫二郎様が、御無事であったか」

御屋形様の御長男で岩城の家督を継ぐ予定のお方が生きておられたとは。


「孫二郎様、御無事で何より」

「周防守、してやられたわ」

孫二郎様は左手を吊した様で額には血が滲んだ布を巻いている。


「所で、左京大夫様(岩城重隆)は如何致しましたか?」

「うむ、爺様とははぐれてしまって何処にいるのか」

悔しそうな顔だ。俺も同じ様な顔をしているのだろうな。

それにしても、ここで孫二郎様を捨てて御屋形様の後を追うわけにはいかんな。最低でも尤も近い岩城殿の城である車城まで行き、車兵部大輔(義秀)殿に孫二郎殿を託さねばならん、米沢へ帰るのはそれ以降で行くしかないな。


「孫二郎様、左京大夫様であれば、無事飯野平(岩城平)へ向かっているでありましょう。我らも車へ向かい、そこで報を待ちましょうぞ」

「周防守、大丈夫であろうか?」


「孫二郎様、この鬼庭周防守に、お任せあれ、必ず孫二郎様を飯野平までお送り致しましょう」

「周防守、忝い」

「なんの、ここで、孫二郎様を捨て置けば御屋形様に怒られてしまいますわい」


御屋形様、御無事を祈りますぞ。



永禄元(1558)年八月十七日


■陸奥国伊具郡丸森城 


丸森城には天文伊達の乱で嫡子晴宗に敗北しそれ以来隠居状態の伊達稙宗だて たねむねが隠居していた。その丸森城に最後まで稙宗に仕えた小梁川宗朝こやながわ むねともが血相を変えて登城してきた。

「御屋形様、一大事ですぞ」

「信濃(宗朝)、そんなに慌てて如何したか、又ぞろあの親不孝者(晴宗)が無理難題でも言ってきたか?」


強制的に隠居させられた稙宗にしてみれば息子は親不孝者であった。

「去る十五日、御味方、常陸深萩にて大敗したとのこと」

「なに、細評は?」


「はっ、軍勢に忍び込ませていた者によれば、左京大夫様の軍勢一万八千に対して佐竹の軍勢一万足らずでございましたが、征東大将軍様、古河公方様から和睦の斡旋があったにもかかわらず断り、戦に成り、何やら恐ろしい事が起こり軍勢が瓦解したと」


「信濃、それでは要領を得ぬ」

「はっ、しかし相当混乱しているらしく手負い討ち死には数知れず、多数の将も討ち死にしたと」

「で、親不孝者は如何した?」


「無念ながら、敵が討ち取ったと喧伝しております」

それまでは苦虫を潰した様な顔をしていた稙宗が初めて喜色を見せた。

「そうか、あの馬鹿息子が逝ったか、これは愉快ぞ、ハハハハ」


「御屋形様」

稙宗の態度に流石に宗朝も諫めた。

「して、彦太郎は?」


「討ち取られたとは言われておりません故、帰国中かと」

「なるほどの」

考え始める稙宗。

「御屋形様」


「うむ、これは伊達家の危機ぞ、馬鹿息子のせいで御先祖様以来培った伊達家の勢力圏が瓦解し、今では最上、芦名、葛西、大崎と我が物顔よ、特に大崎に葛西めは我が子を殺しおった。それも全てあの馬鹿息子のせいであった。今回の事も、嫁の色香に狂った馬鹿息子のしでかした事、大体初代伊達朝宗公以来の伊達郡を捨て、長井などへ行くからこうなるのじゃ、馬鹿息子が亡き今、後を継ぐ彦太郎は僅か十五じゃ、到底芦名、最上に対抗できぬわ。ここは儂が動くしかあるまい」


「御屋形様、如何為さるのでしょうか?」

「うむ、信濃は直ぐに大森へ行き藤五郎(伊達実元)を連れて参れ」

「御屋形様、それでは」


「うむ、一度は破れた夢であろうが、この好機を逃すは恥ぞ」

「判り申した。拙者の留守は息子(小梁川宗秀こやながわ むねひで)と孫(宗重)に任せます故、存分にこき使って下さい」



永禄元(1558)年八月二十日 


■陸奥国伊達郡川俣村 伊達輝宗


「若、まもなく村にございます」

「ここで暫し休息致しましょう」

「うむ」


あの戦から五日、父上たちとはぐれ、山中を北へ北へとさまよい歩き落ち武者狩りの恐怖に駆られながらやっと伊達領の村へ着けた。この地は叔父上(実元)の差配している地故、大森まで二十八里(18km)なため近習が一休みすると、村長から馬を借り受け無事を知らせることにした。


半日後に、飯も食い落ち着く頃、大森へ連絡に出していた近習が叔父上の家臣を連れて帰ってきた。

「殿はまもなく到着されます」

父上の事など聞きたいことは多くあったが、叔父上に聞いた方が良いだろうと思った。


「彦太郎殿、よくぞ御無事で」

「叔父上・・・・・・」

叔父上の笑顔にホッとした。


一通り話を聞いて父上の討ち死にを知り愕然とした。

その後、叔父上の率いて来た兵に護衛され、大森城へと入った。


永禄元(1558)年八月二十日 


■陸奥国信夫郡大森城 伊達実元


彦太郎が逃避行の疲れで寝た後、親父殿との話は憂鬱なことだ。

「父上、騙し討ちのようで気が進まないのですが」

「藤五郎、あの馬鹿息子がお主の上杉入籍を阻んだ挙げ句に、越後はあの様な狂人に差配される事になったのだぞ、その事考えよ。それにじゃ、彦太郎は十五じゃ、普段であれば老臣の補助で何とか成るが、今の伊達は馬鹿息子のせいで老臣の多くが討たれ、逃げ帰った中野が更に強く差配しようとしているというでは無いか、このままでは彦太郎は傀儡ぞ、このまま行けば伊達は消え去るやも知れん、その為にもお主が立つしか無い、お主が立てば相馬も味方する事を確約しておる」


「しかし」

確かに伊達家当主を目指して兄と戦ったが、そんな俺を兄は助けてくれた。兄の恩と親の忠をどちらを取るべきか・・・・・・


ん? 剣戟の音が?

「何があった!」

暫くすると。

「御屋形様、宗朝にございます」


宗朝が現れた。

「周防如何した?」

「はっ、彦太郎様を害しようとした胡乱な輩を退治致しました」


「左様か、で彦太郎は?」

「寝所にて刺客に襲われ手傷を負いましてございます」

「なんと、で、容態は?」


「明日をも知れぬかと」

「そうか、出来る限りの手当を致せ」

「御意」


「父上、まさか貴方は?」

「不幸な事よな。米沢はこう思うであろう、藤五郎が家督欲しさに害したと」

「父上・・・・・・」


父上はそこまでするのですか?

「最早、後戻りは出来ぬぞ。腹を決めよ」

「ぐうう」




永禄元(1558)年九月十日


■甲斐国躑躅ケ崎館  


躑躅ケ崎館では武田晴信と山本勘助が真田源五郎を側に置き話していた。


「うむー、聞きしに勝る大勝利ではないか」

「はい、北條、佐竹は僅か一万で伊達、岩城一万八千を破っております」

「それにしても、伊達の損害が大きすぎる気がするが」


晴信が伊達勢の損害があまりに多いことを訝しむ。

「芦名殿からの話でございますから、差し引いた方が良いかもしれませんが」

「それにしても、天罰で軍勢が瓦解するとは」


「あまりに荒唐無稽な話かと」

「となると、いったい何が起こったのであろうな?」

「若しやしますが、いかずちを放つ武器を作ったのでは?」


「しかし、雷は作れぬ」

「そこで地元の者に探りを入れましたが、要領を得ません」

「どの様に言っておる?」


「はい、車輪の付いた人も馬も牛も牽いていない神輿が佐竹側から出てきたかと思うと伊達側に走り出し、伊達勢の前でいきなり轟音と火花が散り、その瞬間に多くの兵が倒れていたとの事」

「全く要領を得ぬ話よな」

「真に」


「ここは早急に調べねばならぬ」

「三つ者を使わしましょう、それに姫の筋からも探りを」

「うむ、梅を利用はしたくは無いが、仕方なき事か」


「はい」

「これも定めと言う事か」






この様に、各地に伊達と佐竹の戦いは風魔、甲賀、伊賀、そして遂に本格活動をはじめた歩き巫女などにより面白可笑しく伝播され、各地の勢力を混乱させることになる。


また、伊達家では中野宗時が傀儡とする僅か十歳の伊達六郎(伊達政景)を当主とする一派と三十二歳の伊達実元を当主とする一派に別れ、内乱が発生した。後に天文伊達の乱に対して永禄伊達の乱と言われる血で血を洗う戦いになって奥州羽州の各大名小名を巻き込む大戦乱となっていく。

途中まで感想返ししましたが、これから仕事なので明日以降また感想返しします。

2017/3/06

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