ミラーツインズ〜闇の鏡の隠された悲劇〜縦書き表示RDF


グロテスクな描写が幾つかあるので、ご注意下さい。
ミラーツインズ〜闇の鏡の隠された悲劇〜
作:天宮 瑞姫


 エリアは何故か真っ暗闇の世界に居た。何処までも広がる闇がエリアを包んでいる。だが、彼女は全く怯えない。恐怖さえも感じない。だって、もう彼女は現世で死んだのだから。
 ふと、闇の中から小さな光が現れた。その光はみるみる膨らみ、人の姿を形どる。
 現れたのは若い女性だった。金色の輝く長い髪に、真っ直ぐな新緑の瞳。そして白い衣を着た彼女をエリアは何故か知っていた。
 「女神、レティーナ……」
 名を呼ばれ、女神は微笑んだ。
 昔読んだ神話によれば、女神レティーナは魂を司る神。魂の回収、体裁、転生は全て彼女に委ねられている。つまり、鏡の双子を地上へ産み落とした張本人でもあるのだ。
 「よく、運命を全うしましたね。本当に強い魂の持ち主」
 「とても、とてもアリア姉さんが居なければ私は耐えられなかった。決して強くなんか……」
 「いいえ、貴方は運命を変える運命を成し遂げたのです。運命を変えると言う事はなかなか出来ません。しかし、貴方は片割れを守る為にその命を捧げた。その契約はちゃんと地上に還してあります。きっと生き残った片割れが後々語り継いでいくでしょう。貴方の勇気ある行動を、そしてその栄誉を」
 何も言えずエリアは黙って俯いた。
 いくら世界が再生したからと言って失われた命は数知れずだ。償いがきちんと出来ているとは言い難い。それなのに英雄だと称えられるのもおかしいものだ。
 それに、今回みたいな事が出来れば……。
 悲しそうな表情を見せるエリアに女神はそっと言った。
 「話して下さい。貴方が隠している貴方だけの物語を」
 遠く感じるけどまだ新しい記憶をエリアは頭の中から思い起こした。



 それはまだエリアがクロウを覚醒させる少し前の話だ。
 毎日王位に就くためのマナー作法などを叩き込まれ、エリアは城での生活が退屈だった。同じ事の繰り返しに苛立ちも募り、稽古はいつしか全く進まなくなっていた。
 王はいつも忙しい。王妃は双子を産んだ際にこの世から居なくなったので、かまってくれる人も居なかった。
 一人で人形遊びしても、絵を描いてもつまらない。
 王城を歩き回っても皆頭を垂れるだけ。誰も相手をしようとする気が無いのだ。
 ――どうして皆冷たいの?
 答えはただ一つ。光であろうが闇であろうが予言の双子には関わらない方がいいと思われているからだ。どちらもこの国に影響を及ぼすのは間違いないと思われていたためエリアには信頼できる人さえも居なかった。
 そんな空回りの歯車のような生活を変えたのが、とある出来事だった。
 ある日、エリアは我慢できずに門の隙間から王城を抜け出した。城下町の様子は興味があったし、同じ年頃の少女達だって居るだろうと思ったからだ。
 城下町は予想を遥かに上回って賑やかだった。まだ昼だというのに酒を飲んでいる大人達。その脇で集まって盛り上がる子供達。多少薄汚れがあってもエリアは気にしない。上等な服にも豪華な宝石にもこだわりは全く無かった。
 楽しそうな子供達の仲間に入れて欲しくてエリアは思い切って声を掛けた。
 「ね、ねえ、私も一緒に遊ばせて?」
 すると、少女達はいいよいいよと輪の中に入れてくれた。しかし、少年達が反発した。
 「何だよ、突然やって来て。ずうずうしい」
 「何よ、女の子の気持ち分かってないのね。だから男の子って嫌いなの」
 「うわっその言い方腹が立つ!」
 「きゃっ、女の子に暴力なんて卑怯よ!」
 「うるせえ!女は黙ってろ!」
 エリアの事で皆は喧嘩を始めてしまった。口論だけならばいいのだが少年達は自分達の力を使って女の子に暴力をふっている。このままでは怪我人が出て大騒動になってしまう。
 ――そうなれば、脱走がばれちゃう!
 どうしようかとおろおろしていると、突然後ろから背丈が同じくらいの少年がやって来た。クセ毛の青い髪に、猫目の紺の瞳。何処か冷めたようなクールっぽい少年だった。
 その少年がやって来ると突然少年少女達は動きを止める。
 やばいと言わんばかりに慌てて彼らは逃げ惑う。もちろん、エリアの事など置き去りにして。
 風のように去った子供達の背中を呆然とエリアは見ていた。一瞬の出来事過ぎて、一体何が起こったのかさっぱり分からないのだ。
 恐る恐るエリアは少年の顔を見た。別にそんな怖くもないのだが何となく神秘的な雰囲気が漂っている。猫目の瞳が少し潤んでいるように見えたのは気のせいだろうか、と思っていると少年がエリアに告げた。
 「どうしてお姫様がこんな所に居るんだい?」
 「!」
 正体を知られていた事にエリアは驚いた。王は名前だけしか公表した事が無いはずなのにどうして知っているのだろうか。
 もしかすると、何処かの貴族の息子なのかも知れない。
 「あの、喧嘩止めてくれてどうも有り難う」
 「別に、騒がれるのが嫌いなだけだから」
 そう言って少年は踵を返す。
 何だかその仕草にとても惹かれるものがあってエリアは思わず叫んだ。
 「責めて、お名前だけでも教えて!」
 すると、立ち止まって振り向き様少年は呟いた。
 「……リク」
 そして素早くリクは立ち去っていった。
 しばらくその場でリクの後姿を眺めていたエリアは頬をピンクに染めた。
 小さな声で確かめるように二度呟いた。リク、リク……。
 初めて出来た友達になるのだろう。面識が無くても案外偶然のきっかけで仲良くなれたりするものだとエリアは気付いた。友達が出来たから明日からは毎日が変わりそうだ。もちろん、明日も明後日もあの城を抜け出してここでまたリクに会いに来るつもりだ。
 そこで初めて大事な事をはたと思い出す。そう、今日は久々の家族揃っての晩餐会があるのだ。仕立て係がドレスを選ぶように幾つか持ってくるのはもうすぐのはずだ。
 今から走っていけばきっと間に合うだろう。
 着ているワンピースの裾を持ち上げ、エリアは大胆に走り出す。まだ不慣れなミュールを履いているせいか足取りはいいとは言えなかった。少しでも気が緩めば転んでしまいそうだ。
 それでもばれたら外出は絶対禁止になる。それだけは極力避けたかった。
 慌てて抜け出してきた門の隙間を潜り抜け、隠し扉から中に潜入し誰にも気付かれずに自分の部屋へと辿り着いた。
 部屋にあるソファに腰掛け、エリアは安堵のため息を着いたのだった。
 そして数分もしないうちに召使達がドレスを持ってやって来た。何もしていなかったと言わんばかりにエリアは堂々とした態度で召使達を迎えた。
 「エリア様、好きなお召し物をお選び下さい」
 それもフリルなどがあしらわれていて正直好みのものは一つも無かったのだが、黒にピンクの刺繍が施されているドレスを選んだ。黒は昔から好きだ。落ち着いた雰囲気があって、周りに左右されない純粋な色だから。
 召使達に手伝ってもらい、エリアはそのドレスに着替えた。少し大きめであったが、別に支障は無かった。
 ドレスに見合った髪飾りも付けられ、見た目はとてもお淑やかな少女に変身した。召使達もその凛々しさに我ながら感嘆の声を漏らす。
 黙っていれば人形のように美しい少女。けれども、見た目に惑わされてはいけない。そう言わん様に召使達はそそくさと部屋を出て行った。
 最後の召使が出る前にエリアへ告げた。
 「晩餐まではあと一時間です。それまではここで本でも読まれていて下さい」
 「分かったわ」
 素直に言ったエリアに召使は何も言わず扉を閉めた。
 その途端、エリアは癇癪を起こすようにベッドの上にあったクッションを扉目掛けて投げつけた。
 どいつもこいつも鏡、鏡。
 おまけに姉も自分も周囲に疎まれる存在。
 ただあいつらはびびっているだけ。チカラを持つ双子を恐れているだけなのだ。運命なんてただの憶測に過ぎない。そんな憶測のせいでこんなにも心を傷つけられるのは癪に障る。
 きっと、姉も同じような扱いを受けているに違いない。
 赤子の時、闇として地方へと送られてしまった姉。まだ見ぬ姿が何故か頭に浮かんでくるようだった。
 窓から見える青から赤へ変わろうとしている空をエリアは見つめ、思った。
 ――姉様、今頃どうしているのかしら……?
 心配とは裏腹、空は何も答えなかった。

 「久々の晩餐はまたいいものじゃのう、エリアよ」
 「はい、お父様。ここ最近お忙しかったのでこんな機会が取れるなど思ってもいませんでしたわ」
 「わしもじゃ。本当は話し相手になったりしてやりたいのじゃが、最近民の間で疫病が流行っていてな。農作物もやられていて今年の財政はかなり厳しくなるようじゃ」
 食事の場でも公務の話ばかりする実の父にエリアはつまらない気持ちを押し殺して必死で猫を被っていた。
 豪華に並んだ食事を口に運んでも味が染みるだけで別に美味しいとも格別気に入ったとも感じない。ただ、食べ物が口に入っていくだけ。楽しささえも見いだせない。
 「お父様」
 この場にもし、姉が居てくれたのならば。
 「私を、姉様の所へ送って下さい。もう、こんな寂しい生活はしたくありません。毎日退屈で退屈で……」
 エリアの言葉に王は目を見開いた。
 脇に立っていた召使がエリアを戒めた。
 「エリア姫様、その様な事を王様に申してはなりませぬ。王様は心身共にただでさえお疲れなのです。貴方様は王様を苦しめるおつもりですか」
 分かっている。
 王がどんな思いで我が子を手放したのか。それ位、もう分かる年頃だ。
 だけど、それは単なる自己満足に過ぎない。送られた姉の思いを踏み躙る、許されない行為だ。そして、エリア自身を苦しめる行為でもあった。
 しばらくの沈黙の後、王は静かに言った。
 「きっとあれに会えばわしは許せぬ怒りをぶつけてしまうじゃろう。アレイシアが逝ったのは運命。分かっていてもお前達を憎まずには居られないのだ。鏡を産んだ故に命を落としたアレイシアを想わずには居られないのだ。それを、理解して欲しい」
 「お父様は自分の気持ちだけを推し進めているだけです。私の気持ちも姉様の気持ちも全く理解しようとはしていないんです!」
 「エリア姫様!」
 粛清しようと召使が声を荒げても気にせずエリアは王に言葉を紡ぐ。
 「私が光だとお父様は思っているかもしれませんが、正直私に純粋な心なんてありません。きっと鏡は貴方へ復讐をするでしょうね」
 周りの空気が凍りつく。
 そう、復讐されて当然の行為をこの王城の者達はしているのだ。
 だから、恨んだっておかしくない。姉もきっと自分を地方に送った王を憎んでいるに違いない。
 席を外し、エリアはその場を立ち去った。王はわなわなと手を震わせていた。
 エリアの姿が見えなくなった後で王は呟いた。
 「何故、鏡などこの世に存在するのだ……」
 それは、この世界の誰でも無く遥か空の天界に居る神へと向けられていた。
 もちろん、王の言葉への返事など無かった。

「お父様の分からずや!」
 またまた自分の部屋のクッションを投げ、うさばらしをする。
 こうでもしないと怒りは納まらないのだ。人を傷つけている事を平然としている王の人格が非常に憎たらしい。それを庇おうとする召使達も根性が曲がっている。
 もう、限界だ。
 こんな場所など、捨ててしまおう。
 勢い良く立ち上がり、エリアは少し大きめの鞄を用意した。チャックを強引に開け、タンスの中にある普段着を押し込める。
 身だしなみ用品など別に要らない。城下町の子供はあまり外見を気にしていないようだったからだ。こんな無駄に広々とした部屋も要らない。必要あるスペースだけで十分だ。
 ――今更何を言おうが絶対戻ってきませんから!
 慣れない字で置手紙を書いて、昼間抜け出した隠し扉からそっと抜け出した。夜の風は体温を奪う。それでも戻ろうとはせず、うろついている兵士達の死角から門の隙間へと辿り着き、そっと出ようとした。
 だが、鞄が引っ掛かってなかなか抜け出す事が出来なかった。
 無理やり引っこ抜くと、門はキイッと音を立てた。異常な音に兵士達が慌ててやって来る。
 ――しまった!
 エリアは城下町へ向かって走り出した。
 「待て!そこの娘!」
 兵士が呼び止めるのにも答えず、エリアは町へと駆けて行く。
 後ろを振り返れば自分が姫である事がばれてしまう。とはいえ、後々姫が脱走した事は知られるのだが。
 それでも今捕まれば元も子も無い。
 ようやく昼間、子供達が遊んでいた付近に辿り着いた。しかし、子供達の姿は何処にも見受けられない。引き返そうにも追われているため、出来ない。
 ふと、リクがやって来た細い路地に目を留めた。もしかしたら、この先にリクの家があるのかもしれない。僅かな可能性に懸けてエリアは路地を走り出す。
 細い路地はまるで迷路のように繋がっている。両脇には家ばかりでしかも同じような作りのため景色があんまり変わらない。とにかくここを走って追っ手から逃れるしか無い。後ろから追って来るのを気配で感じ取りながら、エリアは十字路を右に曲がった。
 そしてその先を左へ曲がろうとした時、後ろから手を引かれてエリアは角地の家の中へと連れ去られた。外で兵士達がエリアを見失い、おどおどしている。
 「奥に隠れて」
 言われるがままエリアは奥の部屋へと身を潜めた。そしてすぐに兵が家の中へとやって来た。
 「おい、娘が来なかったか」
 「いいえ、子供は僕一人で、母は今起き上がれない状態なだけです。それより、その子がどうかしたんですか?」
 「いや、別に何でもない。悪かったな」
 あっさり兵士は家を立ち去った。
 助かったとエリアは大きなため息を着く。そして助けてくれた少年を見た……。
 「り、リク?」
 「全く、とんでもないお姫様だってよく分かったよ。脱走までしてそんなに王城が嫌だったのかい?」
 「……退屈だから」
 リクに背中を向け、エリアはぼそぼそと言った。
 「お父様は公務で全然相手にしてくれないし、周りの者達も冷たいから一人ぼっち。でも一人で遊んでいたって楽しくないし、友達が欲しいなって思って」
 「兄弟は」
 「双子の姉が居るんだけど、会っちゃ駄目なんだ」
 特別な事情を察し、それ以上リクは何も聞こうとはしなかった。何気ない優しさにエリアは感謝した。
 とりあえず、リクは自分のベッドを提供し、寝るように勧めた。確かに、今はもう夜。夜更かしはいけないと言う教育は何処でも変わらない。彼の温もりが染み付いたベッドでエリアは安心して眠りに着けた。
 それを確認して、リクも壁にもたれ掛かって眠りに着いた。
 慌しい夜はあっと言う間に更けていった。


朝日が射し込み、その光に導かれるようにエリアは目を覚ました。
 最初は寝ぼけてここはまだ王城の自分の部屋のように思えたが、目が冴えると昨日抜け出してリクの家へ転がり込んだ事が蘇ってきた。
 昨日下で寝ると言っていたリクの姿は何処にも無かった。もしかすると、自分が寝ている間に取り調べとして連行されたのかも知れないと慌てて彼を探した。
 彼の姿は台所にあった。青い無地のエプロンをして、手際よく料理をしている。その背中がエリアにはとても頼もしく思えた。こっそり台所へ忍び込み、何か手伝う事は無いかと聞こうとした時リクは突然振り返った。
 「ばればれなんだけど」
 「……ごめんなさい、私が呑気に寝てたから」
 「別に、王城で召使達と共に生活していた人がまともに料理なんて出来ないだろうからと思って作ってるだけだし。手伝おうとしなくていいよ。国民としてのお持て成しはきちんとするから」
 まるで自分と他人は別世界の住人だと区切られているように感じた。
 とりあえず、椅子に座ったエリアは目を細めてリクの後姿を見つめていた。
 ――私は王女。彼は城下町のただの少年。あまりにも身分が違うから皆私に近寄ろうとしないのね。干渉するのも御免だと言わんように
 確かに、もし彼の存在が知れたら彼自身がどうなるか分からない。
 王族や貴族は下の者が自分の子供に手出ししているとしか受け取らないので怒りを買って殺されてしまうケースも十分に考えられた。
 関係無い事に巻き込んでしまったのは自分だ。冷たくされたって同然だ。
 ふいに涙が込み上げてきた。そう、私はいつだって一人ぼっち。誰も救いの手を差し伸べてくれない。誰も私がどうなったって構いはしないのだ。
 「ああ、もう。朝食食べよう?なっ?」
 零れそうな涙を堪えてエリアは頷き、朝食を口にした。
 今まで食べた事のない、懐かしいというか、親しみのあるものばかりだった。決してまずいとも食べられてないとも思えなかった。王城の食事の方があまりにも無駄に食材を使いすぎてそのものの本来の味を殺しているように思える。
 夢中になって次々と口に運び、気が付けば皿はもぬけの空となっていた。
 「美味しかった!ご馳走様」
 満面の笑みを見せたエリアにリクは密かに頬を紅潮させた。それを隠すように彼はテキパキと後片付けを始める。
 彼女に気付かれないようにしつつ、リクの表情にも微かな笑みが宿っていた。
 しかし、すぐにその表情は暗いものに変わった。
 ――馬鹿だな、僕は。相手はお姫様なんだ。僕じゃ彼女の大切な存在には……
 皿を洗いつつ、さっきの笑顔が忘れられなくて、しばらくエリアに顔向けが出来ないリクであった。
 
 それから二人は二日間ずっと一緒に暮らした。もちろん、兵士に見つからないために外出は一切しなかった。
 二日間も家出していればきっと王もご立腹だろう。しかし、エリアは帰りたくなど無かった。むしろ、ここでずっとリクの側で暮らしていたいと思い始めていた。彼ならきっと退屈な世界から救い出してくれる、そう信じていた。
 リクの方も追い出しなどはせず、ここに居ればいいと言っていた。こんな夢の時間、例え短くても責めて側に居れるこの時を大切にしたいと願っていたからだ。
 そんな二人の想いは三日目の昼、引き裂かれるようになる。

 「ねえ、リク」
 甘えるようにエリアはリクの背中に自分の背中を預けた。彼の温もりが服を通して伝わってくる。
 「私、リクと離れたくない。ずっと、一緒に居たいよ。姫と言う身分なんか要らないから、お願いずっと側に居て。約束して?」
 「出来るものならそうしたい。でも、僕はふさわしくないんだ。もう見つかるのも時間の問題だよ。王はついに懸賞金まで賭けたからね」
 「お父様が……」
 「今がこのまま続いたらどれ程幸せだろうね?」
 悲しそうなリクの笑顔がエリアの胸に氷のような衝撃を与える。
 ならばとエリアは反論した。
 「じゃあどうして、私とふさわしくないなんて言うの?」
 すると、リクは目を閉じて小さな声で言った。
 「僕の母さんは病気で死んだんじゃない、僕が殺したんだ……」
 「そんな!」
 「母さんはずっと僕を愛してくれてなど居ないと思っていた。だけど、それは目が見えなかったせいだって初めて知ったんだ。なのに、僕は……」
 とても辛く残酷な過去をずっと背負って生きてきたんだなとエリアは感じた。でもそれなら最初に出会ったときの少年少女の態度が理解できる。きっと彼らにも母を殺したと恐怖の目で見られていたのだろう。
 母を失い、友達さえも居ない。
 なんて、自分に似た人なのだろうか。
 慰めの言葉も見つからず、エリアはただリクを後ろから抱きしめた。こうする事で、想いが伝わりやすくなるように思ったからだ。
 「もし、離れ離れになっても私はずっとリクを想ってるからね」
 「……うん」
 リクが先の言葉を紡ごうとした時、玄関の扉が乱暴に開かれた。
 「この家を捜索させてもらう!」
 咄嗟にリクがエリアを後ろに庇う。兵士が部屋へと乗り込んでくる。
 兵士は予想通りだと口をにんまりさせた。それは懸賞金に目がくらんだ執着心のある目だった。
 「姫様を連れ戻せば、金は俺のものだ!さあ、姫様をよこせ!」
 「嫌だ」
 きっぱりとリクは言った。
 そんな事を言ったら殺されてしまう、そう言いたかったのにエリアは声に出す事が出来なかった。彼の想いをここで踏み躙ってしまえばもう会う事も仲直りする事も出来ない。仲違いで終わってしまうのはあまりにも残酷だ。
 剣を抜き、兵士は切っ先をリクに向けた。リクは微動だもしなかった。
 「お前は自分の命が惜しくないのか。そこまでして姫が欲しいか?」
 「僕はずっと城から退屈そうな顔を窓から見せる彼女が好きだったんだ!」
 衝撃の告白に兵士もエリアも目を丸くする。やがて、兵士は高らかに笑った。
 「したっばの少年よ、姫の前で朽ち果てるがいい」
 それは一瞬の出来事だったが、とても長い時間のように感じられた。
 剣が容赦無く真っ直ぐに突き出され、リクの腹に刺さり貫通した。血が、エリアの顔や服に飛び散る。
 ずぶりと音を立てて剣は引き抜かれた。リクはエリアに向かって仰向けに倒れた。
 「リク!しっかりして!リク!」
 リクの目は虚ろだったが、しっかりエリアの姿を認識したようだ。最後の力を振り絞ってリクはエリアの片手にそっと口づけをした。そして、力尽きるように手は地面へと落ちた。
 ――これは、夢。こんなの……嫌!
 悲しみのあまりの叫びと共にとてつもないチカラがエリアから溢れ出した。兵士が何事かと後ずさりする。
 憎い。
 愛する人を殺したこの兵士が。姉とリクを傷つけた自分の父が。
 許せない……!
 闇に染まる心に吸い寄せられるように黒いチカラは増幅し、兵士を呑み込む。血が風船が割れたかのように飛び散った。だが、兵士の姿は何処にも無かった。
 言う事を聞かない体にエリアは戸惑った。こんな事、今まで一度も無かった。人を憎んでこんなチカラが発動するなんて聞いてもいない。これは一体どう言う事なのだろうか。
 チカラは一向に納まろうとしない。
 ――誰か、止めて!
 すると、突然目の前に黒い衣を着た精霊が姿を現した。何もかもが黒で、まるで闇の女王とでも言うべき格好だ。その精霊は不気味な笑みを浮かべてエリアに告げた。
 「愛する人を失った悲しみとその原因となった自分の父である王への憎しみ。そんな感情は我が糧となる。鏡の闇の片割れよ。我が契約主となり、共に愛する者のための復讐をこの世にしようではないか」
 ――私は、そこまでは望んでいない!
 「望もうが、望まないが、お前には闇の鏡としての運命がある。我はお前を気に入った。無理やりでも契約を結ぼうではないか」
 意志が奪われたようにエリアの心は闇に染まった。
 それをただの操り人形としてしか思っていないのかおもしそうな表情を浮かべて、闇の精霊クロウは宣誓した。
 「我が契約主となる事を望むか、闇の鏡よ」
 「……望みます」
 ここからずっと、闇の世界をエリアは彷徨い続けなればならなくなったのだ。
 アリアがクロウから解放してくれるまでは。



 「過酷な運命を与えた私も、愚かでした」
 話を聞き終えたレティーナは申し訳なさそうに言った。
 別に謝罪が聞きたくてこの話をしようと思ったわけではない。だが、誰かがこの話を覚えていて欲しい。そんな思いから語る決心をしたのだ。
 これはアリアも知らない、エリアと女神レティーナだけの秘められた物語として誰の耳にも入らず、ただ女神の記憶の中だけに留まっているだろう。それだけで満足だ。余計な悲劇をアリアに伝える必要など、無いのだから。
 レティーナは強い眼差しで上へ向かって手を掲げた。途端にエリアの姿が薄れていく。
 「これからは幸せな運命を辿ってくださいね、エリア」
 「有難う御座います、レティーナ様」
 「私はここからいつでも見守っていますからね」
 エリアの魂は暗闇の中を一気に浮上していった。それを女神はずっと見送っていた。その目には幸せの光を宿らせて。














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