だいぶ前のことになりますが、私の町の電器屋のおじさんがすごい洗濯機を発明しました。
その名も「オールホワイト洗濯機」といいます。
おじさんはあんまりネーミングセンスがよくなかったようですね。
でも確かに、この名前は洗濯機のすごいところをズバリ言い当てています。
要するにこの洗濯機で洗濯すると、なんでも真っ白になるのです。
そんなの普通の洗濯機と変わらないじゃないか、と言うことなかれ。
たとえば、ここに泥だらけの青いTシャツがあります。
これをホワイト洗濯機に入れるとどうなるか・・・。
A.白いTシャツになります。
それから、ここに黒い犬がいます。ではこれを入れるとどうなるか。
A.白い犬になります。
さらに、ここにすごく腹黒くて汚い奴の、省庁から天下りしたAさんがいます。
この人を入れたらどうなるか・・・。
・・・・・・・・・。
A.(総白髪になりますが)表裏のない、純真なすごくいい人になります。
・・・こういうわけで、私の町の電器屋さんは一躍有名になったのです。
連日、店は大混雑でした。
おじさんはけっこういい人だったので、水道代や電気代はちょっと負担してもらうにしても、「料金」はタダでみんなにこの洗濯機を使ってもらっていました。(おかげで私の長袖のシャツは今でもその白さを保っています)
でも、美白目的で押しかけてきたオバちゃんがたは丁重にお断りしました。
先ほども書いたとおり、総白髪になってしまいますからね。
この洗濯機の中に悪い人を入れるといい人になると書きましたが、そのせいでおじさんの電器屋さんには警察の人も出入りするようになりました。この洗濯機の中に悪い人を入れて、洗濯してもらおうと考えたからです。
おじさんは「この洗濯機を壊さないような人なら」と承諾し、電器屋さんには毎日警察の護送車両が来るようになりました。
万引きグループ、公共施設の談合をした人たち、インサイダー取引をした人、下着ドロ・・・
それはそれはたくさんの人がきれいさっぱり洗濯され、いい人になって電器屋さんから出て行きました。
しばらくそんな毎日が続いたある日のことです。
洗濯機はどうも具合が悪くなりました。
機械だって具合が悪くなることぐらいあります。
パソコンなら、鼻とか口にあたる空気の出口が詰まってしまえば、中に熱い空気をがこもり、熱を出してしまいます。
扇風機なら、心臓にあたるモーターが悪くなれば、死んでしまうか、手術(もちろん修理のこと)をしなければなりません。
それで問題のホワイト洗濯機ですが、洗濯機はどうもお腹の具合がよくないのです。
お腹の中に、何か詰まっているような感じです。
でも、いつもどおり排水も出るし、自分でも「どうということもないか」と思い、それまでどおり仕事を続けました。
その日、いつものように警察の人たちが車でやってきました。
今日つれてこられたのは、一人の気難しそうなジジイです。
この人は自称、博士でした。
でもそれ以上にこのじいさん、すごく悪い人でした。
大体の博士というものは、一人でがんばっていたり大学で研究をしていたり自分の仲間と協力していたりしますが、みんな社会に役に立つことや、自分の知りたいことを調べたりしています。
このじいさんは違いました。
社会の迷惑になることばかりを発明していたのです。
もとい、どうやったら社会を迷惑させられるか研究していたのです。
一度この博士のせいで、博士の住む町の全部の電話が118番にしかつながらないようにされ、町の人も海の安全を守る118番の人も多大なる迷惑をこうむりました。
・・・警察の人は博士を洗濯機に放り込み、洗濯機のスイッチを入れました。
洗濯機はぐるぐる回り始め、博士はだんだん心まで白く清潔になっていきました・・・。
そのとき、洗濯機の中で何かが起こりました。
それはまるで新聞紙に燃えついた火のように一気に洗濯機の体全体に広がり、それによって洗濯機の中の何かが大きく変わってしまったのです。
博士はいい人になり、これからは社会のために全力を尽くしていくといって笑い、電器屋さんから出て行きました。
その翌日のことです。
いつものように店を開けようとしていた電器屋のおじさんは目を疑いました。
洗濯機がないのです。
それだけではありません、店内にあった電器製品どころか、壁にかけてあった時計、家のテレビ、プロパンガスのボンベまで、きれいさっぱりなくなっているのです。
寝ている間に泥棒にでも入られたかと思い、おじさんは大急ぎで110番しました。
・・・110番が通じません。
おじさんはもう一度掛けなおしましたが、無駄でした。
そのとき、遠くのほうからものを洗濯する音が聞こえてきました。
しかしその音というのが尋常の大きさの音ではありません。地面がビリビリするほど大きいのです。
おじさんは驚いて外に飛び出し、そしてわが目を疑いました。
町のど真ん中を巨大な機械の塊がのしのし歩いていたからです。
家から双眼鏡を持ってきて見ると、その機械の塊が、もともとはたくさんの電器製品だったことがわかりました。
そしてその電化製品ロボのど真ん中にあるのが、ビックリするほど大きくなった洗濯機でした。
真相はこうです。
もともと洗濯機は、水に溶けるものしか外に出せないようになっています。それはホワイト洗濯機も同じでした。
だから、悪い人を洗濯してもその人の「悪」は、そのまま洗濯機のお腹の中に残ってしまったのです。
「悪」は水に溶けることはありません。
ちょっと汚い水を飲んでお腹を壊すということはあるかもしれませんが、水を飲んで悪い人になってしまうということがないのはそのせいです。
そしてあの博士を洗濯した時、博士の「悪」が、洗濯機の中に入ってしまったのです。
洗濯機のお腹の中は、すでに「悪」も含めた「どうやっても水に溶けない汚れ」でいっぱいでした。
そして、行き場がない「博士の悪」は、洗濯機の脳である基盤にたどりついてしまったというわけです。
かくして洗濯機は「博士の悪」に取り憑かれ、自分を店内の電化製品と合体させて改造し、大幅にバージョンアップして洗濯機ロボとなりました。
取り憑いているのがあの博士の「悪」ですから、することは決まっています。
社会を大迷惑させたいのです・・・・。
おじさんの見ている前で、洗濯機ロボはプロパンガスの青い炎を噴射しました。
現場にはテレビ局が駆けつけ、いち早く中継をしていました。
「こちらスタジオです、現場のイガラシさん、そちらでは何が起こっているのですか!?」
「はいっ、こちら現場です! 現場では巨大化した洗濯機が信号機を洗濯しています!すでに洗濯された信号機は、三つのライト全てが白熱電球に変わり、周辺は大混乱です!」
リポーターのイガラシさんは手を振り回しながら大声でリポートをしています。
洗濯機は視界の端(二つの特大ビデオカメラが目でした)にその動きを捉え、振り返りました。
「イガラシさん、警察や消防車両は来ていないんですか」
「はい、洗濯機は市街地で暴れる前に警察署や消防署を襲っていたらしく、緊急車両が一点の曇りもなく真っ白に洗い上げられてしまいました。パトカーは白い回転灯のついたただの車、消防車も真っ白になってしまい、みんなふざけていると思うかそれと気づかないので道路を優先してもらえず、現場に着くのが大幅に遅れているそうです」
「あっイガラシさん、うしろ、うしろ!」
スタジオのアナウンサーが、イガラシさんの背後の動きに気づいて叫びました。
「はい?・・・・・・・・きゃあああああぁあっ」
リポーターのイガラシさんは洗濯機ロボにつまみ上げられ、ぽいっと洗濯機に放り込まれてしまいました。
「イガラシさん、イガラシさんっ!?」
「中継のイガラシさんっ!?」
スタジオは大混乱です。
その間に洗濯機ロボはぐわんぐわんと洗濯を続け・・・・・
ピロリン♪
洗濯が終わりました。
洗濯機ロボはヨレヨレで真っ白になったリポーターを出して、地面に置きました。
「聞こえますか、現場のイガラシさん!?」
「・・・はい、現場のイカラシです」
「え?」
スタジオのアナウンサーはこの違いを聞き逃しませんでした。
リポーターはふらふらと立ち上がり、マイクを握ります。
「洗濯が終わりましたが、白髪になったほかはなんともありませんでした」
「・・・いやいや、あなたはイガラシさんでしょう?」
「えっ?」
「いやだから、あなたの苗字はイカラシじゃなくて、イガラシでは?」
「・・・・・・・・・!?」
濁点とられた!
「大変です、バージョンアップした洗濯機は、固有名称の濁点をとる機能もあるようです!」
スタジオのアナウンサーも大慌てでカメラに向かって叫びます。
「周辺の皆さん、絶対に外に出てはいけません! さもないとエンドウさんはエントウさん、コバヤシさんはコハヤシさんにされます!」
このニュースを見ていたのが、誰あろうあの博士でした。
博士は洗濯され、社会のために全力を尽くしていくと言ったはずですよね。
まさにそのとおりでした。
だからこそ、こんな大迷惑なものを見ているのは耐えられなかったのです。
「このままではいけない! 私が何とかしなければ!」
正義に燃える博士は、研究室を飛び出していきました・・・・
現場では、相変わらず洗濯機ロボが大暴れしていました。
八百屋さんの野菜を全部洗濯してしまったせいで、ブロッコリーとカリフラワーの区別がつきません。
辛くないししとうと赤唐辛子、ピーマンと赤ピーマンも、どちらがどちらだかさっぱりです。
でもそれ以前に、真っ白いトマトやリンゴなんて、食べる気がしません。
洗濯機ロボは本屋さんに向かっていました。
本が全部洗濯されてしまえば、全部真っ白の紙束になってしまいます。
本屋さんは焦りました。
しかし、着実に洗濯機ロボはこちらに近づいてきています。
そのとき、空のかなたに一点の光が現れました。
にわかにそれは近づき、轟音も聞こえてきます。
それはロケット噴射機を背負ったあの正義に燃える博士でした。
「もうやめるんだ、洗濯機!」
そういうと博士は、特大のハンマーを取り出し、そのまま洗濯機ロボの腹部へと突っ込んでいきました。
どごおおおん!
洗濯機のお腹が勢いよくはじけ、中から色の洪水が噴き出しました。
見る間に、色があるべきところへと戻っていきます。
信号機は赤、黄、青
消防車は赤
パトカーには黒と赤が戻り
八百屋さんのほうれん草は緑になりました。
リポーターはイガラシさんに戻り、
そして、洗濯機で洗われて白くなった犬は黒い犬に戻り、
Tシャツも青に戻りました。
天下りのAさんも、元のような腹黒い悪い人に戻ってしまいました。
そして何より、先ほどまで正義に燃えていた博士は、
今はまだ気絶していましたが、元のような悪い博士に戻ってしまったのでした。
そして、洗濯機は壊れてしまいました。
お腹を思いきり特大のハンマーで殴られたのですから、無理もありません。
お腹には大きな穴が開き、ボロボロになった配線や、排水のホースが少しはみ出しています。
電気屋のおじさんは、道路に倒れたまま動かなくなった洗濯機ロボに駆け寄って、
そのまま何も言わず、悲しそうに立っていました。
おじさんはそれ以後、オールホワイト洗濯機をもう一度作ることはありませんでした。
・・・でも、オールホワイト洗濯機は死んでしまったわけではなかったのです。
おじさんは洗濯機の基盤を取り外すと、ありあわせの部品で普通の洗濯機の体を作り、そこに基盤をはめ込みました。
普通の洗濯機が出来上がりました。
だから、きっと今もどこかのお家で、洗濯機は働いているに違いありません。
まっさらに汚れの落ちた服を見て、誰かが喜んでいる顔を見ながら、きっと洗濯機も喜んでいることでしょう。
それで問題は、また悪い人に戻ってしまった博士ですが。
・・・博士はまだ悪い人のままです。
おとといあたり地域版のニュースに出ていました。
今度は自分の町の信号をみんな赤にしてしまったとのことです。みんな大迷惑していました。
え? そんなニュースやってなかった?
そりゃきっと、私のニュースが地域版だからですよ。ところ変わればニュースも変わるものです。
現場から、五十嵐がお伝えしました。
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