鬼和尚
~鬼の出てくる昔話は多いですね~。~そして、優しい鬼もいます~。
~昔~伊賀の里の冥願寺という山寺に、宋玄という和尚と、慶祥という小僧が居った~。
~慶祥は、いたずら好きで、いつも和尚を困らせていたが、ある時、和尚が大切にしている経文書に落書きをして、これはさすがにやり過ぎたか~と思い、本堂の祭壇の前で読経する和尚の様子を柱の陰から覗いておったが~。
~和尚は、阿弥陀如来像に向かったまま「こりゃ慶祥~!~大事な経文に落書きをするとは、何とばち当たりな~二度としてはならんぞ~」と言って、あまり怒ってはいない様子であった~。
~そしてその後、和尚は部屋に下がったので、慶祥は経文書を見てみたが、なんと不思議な事に落書きは消えていた~「和尚さんは、只者では無い~」と思った慶祥は、いたずらをやめて、和尚の様子ばかり窺う様になった~。
~その年の春~珍しく長雨が続き、寺の前の小川が増水して濁流が轟々と音をたてていた朝、和尚と慶祥は、本堂でお務めの読経をしておったが、和尚は突然立ち上がると、裸足のまま小川に向かって駆け出した~。
~慶祥も、何事かと思って駆けて行ったが、和尚に遅れて彼の姿を見失った~。その時、ざぶんと誰かが川に飛び込んだ様な音がしたので、川の見える所までやって来た慶祥には、和尚が川に飛び込んだ様に思えた~。
~慶祥は、川辺に駆け寄って見たが、和尚の姿は無かった~。~川の濁流は尚、激しく、和尚は呑み込まれ、流されてしまったのだろうか~。
~慶祥は、下流に向かった~。~その時、大きな赤鬼が川から出て来たので、慶祥は驚いて腰を抜かした~。赤鬼は、村人らしき男を担いでいて、慶祥の方を、ちらっと見たが、男を川辺に置くと、又、川の中に入っていった~。
~溺れて鬼に助けられた村の男は、直ぐに息を吹き返した~丸木橋を渡ろうとして足を滑らせ川に転落したのだという~。
~慶祥は「あの赤鬼は、和尚さんなのかな~」と思いながら、寺に帰ってみると、和尚はとうに帰っており、阿弥陀如来像の前に座って居った~。
~和尚は、慶祥に「濡れた衣を着替えなさい~」と言った~。慶祥が着替えてくると、横に座らせ、しんみりと話し始めた~。
~「わしはその昔、大江山の酒呑童子に仕える鬼じゃった~主君は、源頼光に討たれ、わしは逃げた~そして、この伊賀の国まで逃げて五百年も人の姿となって暮らしておった~女房や子供を設け、人の幸福を感じ始めた時、あの織田の軍勢が攻めて来た~家は焼かれ、女房子供とはぐれてしまった~生きているのか、死んでいるのか~そしてわしは、この寺の和尚になり、女房と子供の菩提を弔っているという訳じゃ~」。
~慶祥もやはり、その戦火の犠牲者で、孤児となったところを和尚に拾われ育てられたのであった~。
~和尚は「わしが鬼とわかって恐ろしいか~じゃが~お前には、逃げて帰る家が無いわいの~」と言った~。~慶祥は、静かに首を横に振った~。
~和尚は、黒くすすけた桐の箱を出して、慶祥に渡すと「お前には苦労をかけるのう~これは、わしの子供の物じゃが、お前にやろう~」と言った~。開けてみると中には雛人形の雌雛が入っていた~。
~それから数年後、慶祥は、美しい娘になっており、もう小僧では通らなくなっていた~。和尚は彼女を寺の奥の部屋に隠し、村人には「小僧はよそにやった~」と言っていた~。
~慶祥は髪を伸ばし、普通の娘の様になっていた~そう和尚が仕向けたからである~。
~和尚は慶祥に、自分が上手く話をつけたので、隣村に嫁に行けと言っていた~。そして約束の日~隣村の婚礼の世話役が馬を引いてやって来た~。
~慶祥は、桐の箱に入った雛人形を抱いて、泣く泣く馬に揺られて行った~。
~和尚は、それを見送る事が出来ずに、直ぐに寺の中に入った~。そして阿弥陀如来像の前で泣いた~。
~半年ほどして、乳飲み子を抱いた女が、冥願寺を訪ねて来た~。~慶祥であった~。~彼女は嫁ぎ先から、産月の勘定が合わんと言われて追い出されたのだという~。~和尚は、彼女を抱きしめた~。
~鬼である和尚は、自分は慶祥の亭主には成れんと、彼女の幸せを案じて隣村に嫁に行かせた~しかし自分の子供を連れて帰って来た慶祥を見て、腹をくくった~。~やや子は男の子で、手叡と名付けられた~。~そして、和尚が家財道具を担ぎ、慶祥は子供を抱いて、三人は、誰も知らない山奥に行ってしまった~。
~いかがだったでしょうか~。
~この和尚と小僧=慶祥にも又、別の話に登場してもらおうと思っています~。