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この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。

巫女と忌神の神統記

斬奸探偵

作者:フジムラ
 十三本目のナイフを突き立てる寸前、そいつは現れた。
 高いレンガ壁で囲われた廃墟の街並み。地下空間なのだろう。空は見えず薄暗いが、視界は確保できる。
 その一角に設けられた石畳の広場。わたしがいつも刑を執行するその場所に、男は無遠慮に踏み込んできた。

「ありえない、ってぇ顔に書いてありますねぇ。無理もない」

 見た顔だ。確か妹の事件の時に、銀蠅のようにしつこく付き纏ってきた三流紙の記者――巳村とかいったか――だ。

「『正義は壁の内側に』――確か、そうでしたっけ?」

 斬奸探偵と呼ばれた男の言葉。こいつは元々あの人を嗅ぎ回っていたはず。まさか、この男は辿り着いたのか?
 巳村がコートの内側から取り出したのは、紛れもなくわたしが隠し持つ物と同じ――

「『斬奸状』。まさかこんな代物が存在するなんてねぇ。どれだけ調べても足が付かない訳ですよ。殺し専門の場所を用意出来る魔法の状なんてねぇ」

「違う! 殺すんじゃない、裁くんだ!」

 視線を巳村に定めたまま、緩く巻いた真紅のマフラーに顎をうずめ、表情を隠す。

「『斬奸探偵』縣真紅郎。関わった四つの事件は全て解決済み。もちろん、逮捕権を持たない一般人の身ゆえ、公式には捜査に助言・協力しただけの存在――」

 気取った風に眼鏡の縁を押し上げる巳村。

「現代に生きる名探偵。それはそれで面白い記事になりますがぁ……四つの事件の被疑者・被告人が揃って姿を消しているのは不可解です。そのうち一件は、なんと収監先からねぇ」

 左手を腰に、右手を額に。わざとらしく首を傾げてみせる。

「おまけに当人の最期は華々しい割腹自殺! 追わない訳はないでしょうよ。えぇ、調べましたとも!」

 にやりと。下卑た笑みを浮かべる巳村。

「生前の縣と最後に接触したのは、四番目の事件の関係者の貴女。いったい、何があったんでしょうねぇ」

 目の前の男に突き立てるはずだったナイフを、予備動作無しで放つ。
 予想していたらしい巳村は、コートの中に隠し持っていたバールで弾き、返す刀でわたしに振り下ろす。
 バールは飛び退いたわたしをかすめ、血塗れで転がっている男の額にめり込んだ。

 石畳を転がりながら必死でバールを避け続けるも、すぐに組み伏せられバールで喉元を圧迫される。
 喉を潰されないよう両手で抗うわたしには、隠し持つナイフを取り出す余裕はない。

「貴女の持つ斬奸状を渡しなさい。そうすればぁ、死ぬ前にいい目を見させて上げますよ!」

 息を荒げる巳村の顔が近付く。首元に黒い痣が浮かんでいる。ひとつ……ふたつ……みっつ……

「……何人……殺した……」

「殺す? 裁いたんですよぅ、私の正義で! 女だてらに正義の味方を気取る快楽殺人者の貴女で五人目。だが、貴女から斬奸状を奪えば、さらに――」

「いや……さっきので……終わりだ」

 硬い声を絞り出すわたしの視線に気付いたのか、巳村が己の首元に手をやった。力が緩んだ隙に巳村を跳ね除けたわたしは、距離を取り咳き込みながら立ち上がる。

「……ちがう……あれは貴女が殺したはず……私じゃあない……」

 呆然と呟きを洩らす巳村が見詰める先には、わたしが裁くはずだった男が顔を潰され転がっている。
 無理もない。最期まで死なせず痛みを与えられるよう、薬で身体の自由を奪ったうえ、慎重に急所を避け十二本のナイフを突き立てている。血溜まりの中、呻き声さえ上げないそれを死体だと判断したのは当然だろう。

 未成年とはいえ、十三人もの少女を欲望のままに犯し殺し続けてきた男だ。ナイフとバールの違いはあれど、犠牲者の痛みと苦しみに比べれば、この程度で楽になれるのならお釣りが来るくらいだ。残りは堕ちた先で償えばいい。

 よっつ……いつつ。
 揉み合っている際には確認出来なかったが、巳村の首元の痣は、明らかに一つ増えている。

 泣き笑いのような表情を浮かべわたしに向けられた顔は、虚空に現れた見えない顎に噛み獲られたかの様に掻き消えた。ばりばりと頭蓋を噛み砕く咀嚼音が響く中、噴水のように血を撒き散らしながらも立ち続ける巳村だったものは膨れ上がり、白熱した異形の巨体を晒した。

 両の掌に開く乱杭歯を持つ巨大な口からは、あさましい舌鼓が唾液と共に漏れ出ている。巳村の頭蓋をもぎ取ったのはこの巨人の掌だと、わたしは薄れ行く意識の中理解した。

 目覚めたのはアンモニアと吐瀉物の臭いの立ち込める、繁華街の路地裏だった。絡んでくる酔漢や卑猥なはやし声を掛けるホームレスをかわし、表通りに出る。

 あの場所でわたしが最後に目にしたのは、レンガ壁を壊し廃墟の外へ出る巨人の姿だった。わたしを認識しながら襲わなかったのは、とうにそちら側の存在だと認識されていたからだろう。
 真紅郎さんが自刃した理由も、最期に残した言葉の意味も、今では理解できる。

「人は正義の名の下にこそ、たやすく悪に堕ちてゆく。それは壁の内側でしか存在を許されないものだ。キミは決して外に出しちゃいけないよ」

 法では裁けなかった妹の無念を晴らして貰った、恩に報いるため。そんな美辞麗句で当の恩人の言葉に逆らってまで、斬奸探偵の名を継いだわたしの正義の薄っぺらさは、壁の中で恐怖と共に思い知らされた。
 夜明け前の街を、始発までの時間を潰せる場所を探しさ迷う。不意に吹き付けるビル風の冷たさを、紅いマフラーに深く顎を埋めやり過ごす。

 首元に刻まれた痣はまだふたつ。このさき斬奸状を使わずにいる確信は持てぬまま、わたしはただ歩き続けた。

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