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第七十六話『大復活』
 -オルタルネイヴ繁華街・なじみの食堂-
「俺……大復活!」
『おー……』
 ぱちぱちと全く心の込められていない拍手が食堂内に響く。
「いや、ちょっと待って。もう少し喜んでくれてもいいんじゃない、今までサボり過ぎだと小突いてくれてもいいんじゃない!?」
「そうは言ってもなぁ……ここ数日普通に訓練に出て素振りや指導をやっていれば誰でも完治は近いって解るだろ」
 呆れた様子でアリシャがグラスを口に運ぶ。
「それにそこのとよく食べ物を取り合って、取っ組み合いもしていたし……」
「そこのって酷くない!? 俺アトラッシュ! 流石に長い付き合いになって来たって言うのにそれは酷いよレイラちゃん!」
 レイラの心を抉る言葉に肩を落としながらアトラッシュが口を尖らせる。
 それとなレイラ。食べ物を取り合うってのはお前とも何度もやったぞ。
 流石に取っ組み合いはやらなかったが。他人事のように言うんじゃありません。
「まぁ、こうしてサナダさんの復帰祝い及び部隊長昇進祝いを込めて皆で集まってるんじゃありませんか」
「そうじゃそうじゃ。この集まりこそお前の復帰をワシらがどれだけ喜んどるか察っせい」
「ま、割り勘だからお前も当然支払はするんだけどな」
 ローチ、ガルディア、ドルフの三人が口を開く。
 え、これ奢りじゃないの? 当然のように俺から搾取すんのかよ。
「私としてはもう少しサナダさんには大人しくしてほしかったところなのですが」
「いやいや、ジーニアちゃんも意地っ張りだねぇ。そーちゃんの身体が治ったら訓練なんかを『手伝うのですー』ってやる気だったのにねぇ」
「私はそんな馬鹿みたいな喋り方はしません!」
「否定点はそこだけ……」
 レイラの的確なツッコミを受けてジーニアは顔を真っ赤にして、その様子を見たアリアが腹を抱えて笑う。
「ディレイラさん! 全く、コールヒューマンの復帰と共に人格的にも悪い方向に引っ張られているのです! やはりコールヒューマンは害悪のようなのです、もう一月は大人しくしてもらっておいた方がいいようなのです」
「いや、メッチャ冤罪!」
 このままだと冗談抜きに傷口を再び切り開かれそうなので慌てて救い主レシアの背後に逃げ込む。
「言葉のあやってやつですよね、ジーニアさん」
「折角治ったのにこんな事で再び療養なんてなったらクレアが卒倒してしまいますよ」
 お姉さんコンビことレシアとエリファが俺を庇ってくれる。流石お姉さん。そこの腹を抱えて笑ってる赤いの。お前もお姉さんの立場なんだからこれぐらいできるようになっておけ。
 ちなみにクレアは館に残って現状報告の書類をまとめたり、市民からの山賊による被害状況などを聞いたりとお仕事中のようだ。
「怪我が治ったからとはいえども、浮かれ過ぎるのは良くないですよ、真田殿」
 カコウが苦笑いを浮かべて俺の皿に料理をよそってくれている。
「それは解っているんだけどなぁ……身体の内から湧く開放感だけは押さえられないんだ」
「そうでござろうな。ここ数日の真田殿は実に生き生きとしておられた故……まぁ、これは拙者からの苦言として聞き流してくださいませ」
「いやいや、苦言だなんて。ご忠告痛み入りますカコウ殿」
 俺がそう答えるとカコウははにかみ俺の前に皿を置く。
「お、サンキュー」
 エリファに怪我の具合を見てもらって一週間ぐらいが経った。
 見てもらった二、三日後には怪我の方も順調に回復し、心配症のエリファからも本日ようやく訓練禁止命令が撤回され、これでようやく名実ともに俺は復帰となった。
 まだ傷口にはかさぶたは残っているが、身体を動かしても問題はない状態である。
 ここまで長かったと訓練禁止命を受けてからの日々を振り返り、目の前の料理に手を伸ばすが……。
「……ってレイラぁぁッ! どーしてかな、自分の目の前にはまだ料理があると言うのに何で俺の飯取るんだよ!」
「ふっ……隙の多い真田が悪い」
 勝利の味がするとかほざきつつレイラは俺から強奪したチキンソテーのようなものを頬張っている。
「んのやろうッ! カコウのスパイスが加わった一級品をよくもッ!」
「拙者はただ皿によそっただけでござるが……」
「……ちょっとした冗談なのに……同じのをあげるから」
「レイラスパイスの料理などいらん!」
「……」
 そういった瞬間、僅かにだがレイラの表情が変化したかのように思えた。
 ちらりとアリシャ達に視線を走らせると苦笑いを浮かべて俺の周りから料理などを避難させている。
 うん、俺もちょっと今危機感を抱いているよ。だってレイラが無表情のまま黙々と自分のフォークにチキンをぶっ挿しているんだもん。
 普通さ、どんなにたくさんの食べ物を口に運ぼうって思っても、精々フォークの爪の所ぐらいまでしか刺さないよな。でも、レイラは串団子みたいに次々とチキンを連結させてるんだぜ。
「遠慮はいらない……」
「ちょ、やはりそう来るか! レイラ……落ち着こう。冷静に深呼吸して落ち着いたら深呼吸しよう!」
「何回深呼吸させる気なのですか」
 ジーニア。今の俺にはお前の突っ込みに答える暇はない。ツッコミ返しをしてほしくばレイラを止めてくれ。
「よし、ディレイラ!右翼は任せろ! アトラ、左翼は任せたぞ!」
「了解部隊長!」
「てめっ、アリシャアトラ! こんな時だけ良い連携しやがって!」
 がっしりと両腕を押さえられた俺は手で口をガードすることも出来ず、残る防衛線はしっかりと口を閉じ歯を食いしばる事だけだ。
「抵抗しても無駄……」
 片手で頬を掴まれアイアンクローのようにぎりぎりと頬を締め付けられるとしっかりと閉じていたはずの口がタコの口やひょっとこ面の口のように情けない形に開いてしまう。
 むにっと唇にチキンの感触。そして上の歯と下の歯の隙間にフォークの爪が差し込まれる。
 ヤバい。ガチでヤバい。このままだと前歯をフォークの爪で砕かれかねん。
 観念して口を開けると口の中に一気にチキンが投入される。
「ふぉ、ひはへへへひんひへははほ!!」
「何を言ってるか解らないな」
「ワシには読唇術が使えるんじゃけ。今のはきっと、『俺の腹筋と胸筋がむせび泣いている』じゃな」
「こんな状態でも考えている事は筋肉の事ですか、流石ですねサナダさん!」
 馬鹿男どもは無理矢理咀嚼させられている俺を見て腹を抱えて笑っている。
 まて、色々と突っ込ませろ!
 まずはガルディア! 明らかに文字数違うし唇動いてすらねーよ!
 あと物静かそうな雰囲気してるくせに言ってくれるじゃないかローチ! お前は俺を何キャラに仕立て上げたいんだ! 筋肉キャラか? それならガルディアが適任だ!
「ちゃんと噛まないと身体に悪い……」
 レイラはそう言って面白そうに俺の顎をぐいぐいと押す。良く噛むもなにもこんなに一度に頬張った方が危険だっての!
 って、ちょっと待て……ち、チキンに口の中の水分を持っていかれているんですけど!
 チキンから染み出てくる脂分とかは細かく刻まれた肉片を飲み込む際に分量間違いと思えるほど喉の奥に消えて行くんだが。今俺の口内に残るチキンは水分もなにもないパサパサした物体だけなんだが!
「みふ、みふぅぅぅ!」
 チキンを喉に詰まらせて死亡という情けない光景が鮮明に脳裏に映し出され、水の入ったグラスを一気にあおる。
 口の端からボタボタ水がこぼれていても気にしねぇ。今は口の中を占拠している暴徒どもを撃退しなくては。
「ぶはっ! ぜぇ……ぜぇ……ちょ、レイラやり過ぎだっての……死ぬかと思った……」
「もう終わりかよ。つまらねぇな」
 面白くないと言いたげな様子でアリシャが首を振る。
「つまらねぇって……俺は必死だったんだがなぁ!」
「もう少しもがいていろよ。まったく……ほら水。こんなに襟元にも水こぼしやがって……赤子かっつうの」
 アリシャはそう言うが、両手を押えていたはずのこいつ等はすぐに両手を解放しいつでも俺が水でチキンを流しこめるようにしてくれていた。しかしその優しさをもう少し別の所で発揮してほしかった。例えばレイラを止めるとかさ。
「うん、さなだんが完治したら容赦なく弄れるな。やっぱこうでなくっちゃ」
 アトラてめぇ……今度夜お前が寝静まった時に股間の部分にピンポイントで水垂らしてやる。
「ふふっ……」
 俺がレイラに拷問をされている時に微笑ましげな表情でこちらを見守っていたエリファが含み笑いを漏らし、一同の視線が何事かとエリファへと向く。
「どうした?」
 皆の疑問を代表してアリシャがエリファに問いかけるとエリファは『いえ……』と前置きをして口を開いた。
「やはりサナダ様は違う空気を送り込んでくれる方だと改めて思いましたので」
 エリファの言葉を聞いてアリシャ達は頷く。
 俺だけか、この言葉の意味が解らないのは。理解しているように振舞っている奴もいるだろう、なぁレイラ。
「その目はなに……? 私もエリファと同じで真田は違う風を運んでくるという事には同意する……今だってそう」
「な、なんでもねぇよ」
 疑惑の視線をレイラに向けていたのだが、レイラの口ぶりからして言葉の意味が解っていないという事はなさそうだ。
「今はヘルムランド情勢など様々な問題を抱えていますが、真田殿が復帰される事によって我らの中に渦巻いていた不安が少しだけ軽くなったように思えますからね」
 カコウはそう口にするが、買いかぶりすぎじゃないか。俺一人復帰したからと言って油断のならないヘルムランドの情勢がどうにかなるとは思えないし。
「確かに。またヘルムランドではサナダさんの無茶苦茶な考えが大きな一手となるかもしれないのです」
「ま、欲をいえば俺達がこうしている間に聡明な指揮官エドラ殿がヘルムランドを奪回してくれる事が一番なんだけどな」
 アリシャが皮肉を言うと一同は声を上げて笑う。
 その笑い声を聞いて俺はこの世界で自分自身の存在の大きさを改めて実感する。
 もっと、もっと頑張らなきゃ。皆の期待に応えられる様に。早くこの戦争を終わらせるために。
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