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第三十六話 『ジーニアの乙女チックな趣味』
 −オルタルネイヴ・修練所−
「帰って…来たんだなぁ」
 何日か前にベルジ平原から帰ってきた。そうだというのに、まだ実感が湧かない。
 何にも無い部屋。マンガもなければテレビやゲームも無い。あるとすれば学校の鞄だけ。本当に寂しい部屋である。
 と、言うよりも娯楽の無いこの世界で部屋がギッチリ埋まってるという奴のほうが珍しいと思う。単に俺が店を知らないだけかもしれないが。
 刀をベットの脇に立てかけ、硬い木製のベットに横になる。
「痛ッ」
 身体に負った傷が痛む。治療を受けてはいるものの、治療を受けたからと言って即刻完治するわけじゃない。傷がふさがるまで何日か掛かる。
 戦から帰ってきてからは傷の療養のために訓練も控えめで、こうした自由時間が多い。
 俺のように比較的傷の浅い奴らからしてみれば、こんなにいい日々が永遠と続いて欲しいのだが、怪我の治療に専念する者、リハビリに専念する者たちは心底焦っているだろう。鈍った身体を元の状態に戻すのは一苦労である。
 例えば、極めたと言っていい格闘ゲーム。しばらくやってなかったら腕が鈍るのと同じで、怪我のために剣が振れなくなっていた者はその期間が長ければ長いほど、元の状態に戻すのが難しい。
「つーか、マジで暇だなぁ、おい」
 壁に立てかけてある日本刀を眺める。
「ちょっとだけなら良いよな……暇だし」
 身体の傷に響くからと自由時間は大人しくしておけと言われているのだが、暇すぎて傷口が腐っちまいそうだ。
 刀を手にとり、型の練習をする為に柄に手を掛ける。
 そのまま刀身を抜こうと手を引くが、鞘と鍔が紐で硬く結ばれ、解けない。ちょ、何で!?
 今日の訓練では普通に刀が抜けたはずだ。そう、こんな紐なんかついてなかった。
 訓練から今までの出来事を思い出してみる。
 いつも通り訓練に参加し、レイラと打ち込みの練習をする。終了後レイラとレシアが部下の指導に当たり、暇になった俺は一人で型の練習をする。
 ふと気が付けばエリファ隊が訓練に合流、剣使いとの対応の練習の為エリファ隊、ディレイラ隊の数名が入り混じって訓練を始める。俺の体調を考えてか、俺にお呼びは掛からなかった。しょうがないので訓練人形相手に刀を振る。
 昼前まで集中して訓練人形をフルボッコにしていて、傷口が開いていることに気が付かなかった。そんな俺の様子を見て、エリファとレシアが血相を変えて駆け寄る。レシアが苦笑いを浮かべながら俺の身体に包帯を巻いて、エリファが『無茶はしないでください』と小言を言いながら俺に刀を手渡した。
 ……あの時か。
 くっそ、エリファの過保護め。俺は大丈夫だっつーに。カサブタを剥がして、傷口が再び血を噴出すなんて日常茶飯事だろ。それでもいつの間にか治ってるのに。
 刀に巻きつけられた紐の結びは複雑で、解こうとしても解けない。一箇所を緩めれば、緩めた分だけ別の場所が強く締まる。何だこれは……。
 数分格闘して、全く解けない紐にやる気を削がれた俺はまた、固いベットに横になる。
「真田……起きてる?」
 横になって数分後、扉をノックされ、レイラの声が聞こえる。
「お、レイラか、扉開いてるから入って来いよ」
 一瞬時間が止まったかなような沈黙が訪れ、ガチャリと扉が開く。
 扉の向こう側にはレイラだけでなく、レシアとエリファも一緒だった。
「皆揃ってどうしたん?」
 予想以上の来客者に上体を起こし、それぞれの顔を見る。三人とも、武器は持っておらず、訓練関係で俺を誘いに来たわけじゃないことは明白だった。
「お休みでしたか?」
 エリファが俺から少し視線を逸らして問いかけてくる。レシアも少し目のやり場に困っていると言う感じがする。そんなに部屋汚ねぇかなぁ…?
「なんだよ、二人とも。そんなに俺の部屋が汚いか? 何にも無いから汚しようが無いんだけど」
 レイラは部屋など眼中に無いというように、俺を直視している。まぁ、レイラの部屋、まだ見たことねーけど、散らかってそうだなぁ。それでレシアがいつも小言を言いながら片付けると。うわ、かなり想像できる図だ。
 三人が来てくれた事で、先ほどの暇を持て余していた俺はもう何処にも居なかった。
「いえ…部屋云々じゃなくって、上着を着てください。あとだらしなく腰でズボンを穿かないように。下着が見えてますよ」
 エリファ、レシアが視線を逸らしていたのはその為か。
 と言うか包帯を上半身とかに巻いて、その上に服着ると気持ち悪いんだよぅ。そこら辺は勘弁してくれ。
 やはりどの世界でもズボンを少し下げて穿くのはだらしないことなのか? と言うかこの穿き方はいつもシャツに隠れてパンツが見えないだけで、いつもやってますよぅ。
「ま、まぁ、それは良いじゃないか。外暑いしよ。で、何か用なのか?」
 このままだと二人の小言が始まりそうだったので、急いで話の流れを摩り替える。
 エリファは思い出したように手を叩き、口を開いた。
「あ、そうです、そうです。他の方の部屋に挨拶に行こうと思っていたので、サナダ様もどうですか? いい機会ですし」
 つまり、エリファらも暇だと言うことか。
「だな、俺もお供させてもらうか」
 綺麗に畳まれた服の中から一枚引っ張り出して、いそいそと着込む。少し包帯下の傷口が痛んだが、まぁ気にしない。
 取り出した服はボディースパッツのようなもので、伸縮性に優れ、汗を吸い取り、体温を逃がさないと言う代物。レイラや他の奴らも肌着として着用している品だ。
 長さや形状はこっちのTシャツと同じで、様々なものがある。半袖タイプや長袖。肩口までしかないものや、へそが丸出しになるスポーツブラだっけ……あれと形が似ている奴もある。
 俺の着込んでる奴はタートルネックのような、喉仏まで襟があり、袖は肩口まで、裾は鳩尾ぐらいまでで、お腹丸出しルックの奴を好んで着ている。
 別に露出気があるわけじゃなく、着ていて気持ち悪くならないタイプがそれだった。
 ぴったりと身体にフィットする奴で、半袖だと脇の所の隙間が何か気持ち悪い。
 ヘソまで裾があると、動いた拍子に裾がずり上がり、出来る空間が気持ち悪い。
 そんな理由もあって『凸』みたいな形のボディースパッツを愛用しているという。
 今思えば気持ち悪いな、俺。誰も俺の事なんざ聞きたくないだろうに。
「おっと、悪い、待たせていたな」
 刀を持っていこうか一瞬迷ったが、手ぶらで三人の後を追う。

「やーー! エリ姉もレシアちゃんも、レイラちゃん、それにソーちゃんも。皆暇なんだねぇ……」
 俺たちは毒舌娘ジーニアの部屋に来たのだが、何故か其処にはテンションはいつもアップテンションのアリアが居た。
 三人とも、顔を見合わせ、部屋を間違えたかと一斉に首をかしげる。
「とりあえず入って、入って。ささ」
 アリアに手を引かれ、アリアの部屋に足を踏み入れる。部屋の大きさは同じはずなのに、明らかに広さが違う。ベットの正面の壁に並べられた棚。その中にはぎっしりと本が詰まってある。その数……数えきれねぇ!
 いやいや、ありえねぇ! ちょっと落ち着こうか。オーケー。あのアリアがこんなに本を読んでいるのか!? いや、ありえねぇ! 二度目だよ、おい。
 一つ手にとってパラパラと中身を読む。少し前までは読めなかった字も、今では少し時間は掛かるが何とか読む事が出来る。
 えっと……
『その……あいての……こうどうを……けいさんし……よきせぬ……こうどうで…かえすこと……これ…きしゅうなり』
 すまん、知恵熱出てきたわ。難しい言葉で書きすぎだろ、この本。
 しかも全部が全部似たような内容でわっけわかんねー。一つ解ることといえば、これは戦の手引き本だということか。こんなのを読まなきゃいけないのかなぁ、将って。めんどくさそうだなぁ。
「あっはっは、ソーちゃん顔色悪いよ、こんなもん楽勝、楽勝なのさっ」
 俺の背を叩くアリア。くっそ、こいつ……さらっと自分の頭の出来を自慢しやがったな。人は見かけによらないんだな。
「ふー、アリアさん、買ってきたのですよ……って、何か人が増えているような……」
 ジーニアが紙袋を抱えアリアの部屋にやってきた。
 アリアはジーニアから袋をふんだくり、中に入っていたパンのようなものにかぶりつく。
「もうアリアおねーさんは腹ペコなのさ! ささ、皆もどうぞなのさっ!」
 アリアが紙袋の中のパンを配りだす。
 甘い匂いが部屋に充満し、唾が口の中であふれ出す。
「つーか、アリアすげぇなぁ。こんな本を読んでるなんて。俺なんかこの本は寝る前に寝るためだけに読みそうなんだが……」
 部屋の中が笑いに包まれる。ただ一人を除いて。
 ジーニアは何か仏頂面で俺を睨んでいる様な気がした。
「なんでコールヒューマンが私の部屋に居るのです?」
 明らかに不機嫌そうな口調で俺が持っていた本を取り上げ、本棚に仕舞う。
 此処はアリアの部屋じゃなく、やはりジーニアの部屋か。つーかアリアは何で自分の部屋のように俺たちを引き込むことが出来るんだ。
 なんだよ、俺が居ちゃ悪いって言うのかよ。なんだいなんだい、俺だけ仲間外れかよ。
「別に居たっていいじゃねぇか。新聞を広めるためにさ」
「それを言うなら見聞なのです。シンブンとは何か知らないのですが、どーせろくなものじゃないのです」
「謝れ、謝れ! 印刷会社の方や新聞記者、配達員に! 謝らないと俺は此処で地団駄を踏むぞ!」
 ジーニアはため息一つ。俺の力説を華麗にスルーし、アリアの持つ紙袋から一つパンを取り出した。
 こんがりと焼けて良い匂いである。晩飯まで時間があるなぁ、俺も一つおやつとして貰うか。
 アリアの持つ紙袋に何気なく手を入れ、中を探ると、何も無い。
「あれ、無いよ?」
 馬鹿には見えないパンなのか。いや、進行形で見えますがな。
「残念なのでした。私ので最後なのです。それにコールヒューマンに渡すものなんて一つもないのです」
 Sなのか、ジーニアは嬉しそうに俺を見下す。うわぁん、助けて、エリファ!
 エリファならきっとと思い、エリファを見ると、申し訳なさそうに口をもぐもぐしてゴックン。いいさ、俺にはレシアが居るさ。
 レシアを見つめると、いそいそと口の中にパンを放り投げる。ちょ、貴方!
 駄目もとでレイラを見つめると両手にパンを持っています。お前か!俺にパンが行き渡らない理由はお前だったのか! つか、一個よこせ!
 レイラの持つパンに手を伸ばすと……。
「ッ!!」
 キッと人を殺すような鋭い視線を俺に向けます。ひぃぃ、怖いよ、怖いよぉ…この人絶対殺ってる、殺ってる!?
 ガクガクブルブルと震えながら現実を受け止めることにした。
「うわぁぁん、皆が僕をいじめるんだ! いじめるんだ、いいんだ、俺泣かないもん!」
 受け止められるか!
「さ、サナダ様、みっともないですよ、子供のように泣きながら地面を転がるなんて」
「さ、サナダさん…貴方は駄々っ子ですか……」
「ぶわっはっは、ソーちゃん面白いねぇ…お腹痛い!」
 予期せぬ俺の行動に戸惑うエリファとレシア。俺の姿を見て笑うアリア。
「真田……」
 そっとレイラがパンを差し出す。食べ掛けだけど。
 まぁ、ある種のマニアにはそれが良いと言うが、背に腹は変えられない、俺はレイラが観音様に見えた。
 期待に胸を膨らませ、口を大きく開けると、レイラは『あーん……』とパンを口に近づけてくる。
 さぁ、これからという時に……。
「……あげない」
 そのままパンは俺から遠ざかり、レイラの口の中へ。
 今、観音様の中から悪魔が出てきました。ちょ、泣いて良いか?
 まぁ其処までパンが欲しかった訳でもないので、適当に本棚を漁り始める。
 レシアとエリファも数冊本を眺めて、ジーニアとあれこれと難しい話をしている。
 一冊あたり五十ページもない本もあれば、ラノベのような厚さの本もある。タイトルもあるのだが、剣法指南書とか、槍術十ヶ条などと難しい本ばかり。こんな本でアレコレと議論をするジーニアとエリファ、レシア。この三人を見ていると、学校の休み時間、書店で売っている大学入試の参考書の問題について知恵を出し合っているように見えて、苦笑を浮かべる。
 本の中身を読んでも九割九分九厘解らないので、面白そうなタイトルだけを探して本を眺める。
 全部が全部難しそうな本ばかりで、諦めそうになった俺の頭に一つの考えが浮かぶ。
 そうか、逆に難しそうな本を探せばいいんだ!
 そうと決まった俺の行動は早かった。
 難しいタイトルを探し、難しい本のゾーンまで確定できた。
 タイトルを見ても何も解る気がしない。無理だ、無理だ。
「ん?」
 そんな難しそうな本の中に、何冊か頭悪そうなタイトルがあった。
 赤い果実。ひと夏。などなど。
 明らかに伏兵術とかのタイトルと比べたら頭悪い。
「ソーちゃんは何探してるの?」
 後ろからアリアが声を掛ける。そしてアリアも俺と同じようにタイトルを眺めだす。
 …はっ!
 そうか、そういうことだったのか! 口の悪いジーニアといえども思春期! 何の本か中身は解らんが、相当見られたらやばい本じゃないか!?
 そう、雑誌の間に裸のねーちゃんとかがよく写っている本をさりげなく隠すように!
「いやー別に何にも? つーかアリア、お前此処自分の部屋ってよくもまぁ、そんな嘘をついたな!」
「何焦ってるのさ、ソーちゃん?」
 俺の対応が怪しすぎたのか、アリアはより一層探索の目を厳しくする。
 そして時既に遅し、例の他の本と比べ、明らかに頭悪いタイトルを見つける。
「ぬっふっふージーニアちゃんもオンナノコだねぇ…こんな恋愛本を密かに所有してるなんて」
 いいネタが手に入ったとばかりにジーニアに詰め寄る。
 内心、悪いことしたな、と反省し、事の成り行きを見守る。
「ちょ、それはっ……」
 いつもの強気な表情が崩れるジーニア。やっぱりあれは隠していたのか。
 んー中身は恋愛小説なのか。この世界でもちゃんと小説は存在するのか。ちゃんと娯楽はあったんだなぁ。
「あんなのくだらないって言ってたのにねー、これはどういうことだろうねぇ?」
 明らかに楽しんでるアリア。これはジーニアの弱点にもつながるもので、これから先、このネタでジーニアは強請られるのか。
「いや、これは…その…あれ…」
 答えに困るジーニア。いい加減不憫になってきた。
「あー、それ俺が一回頼んだんだよ、俺みたいなのでも楽しめる本探してくれ、難しくない本をってな」
 あまりにも不憫で助け舟を出すと、ジーニアが驚いた表情を浮かべ、俺を見つめる。
「コールヒューマン……」
 返答に時間が掛かっているジーニア。このままでは俺の助け舟も沈んでしまうので、ウインクをし、ジーニアの合図を出す。
「そ、そうなのです、それはコールヒューマンがどうしても読みたいって言うので、私が恥を忍んで買ったのです。全く、人に恥をかかせないで欲しいのです、全く!」
 早口でまくし立てるジーニア。つーか其処まで言う必要ねぇだろ、無性にムカついてきた。真実カミングアウトしてやろうか?
「つー訳だ、アリア。俺だって恥ずかしいんだからそんなにからかうなよ」
 アリアを上手く言いくるめて、ジーニアの趣味を隠し通してやった。
「まぁ、サナダさんしょっちゅう暇って言ってますからね、そういうのに振れるのもいいかもしれませんね」
「私も読んだ事ないので、感想を是非お聞きしたいですね」
 エリファに宿題を与えられ、レシアには良いお勉強になりますと言われ、なんかスッキリしなかったが、まぁいいか。
「そろそろ夕飯の場所でも取りにいきましょうか?」
 エリファの提案で、ジーニアの部屋から皆出て行く。
 俺も付いていこうとしたときに、ジーニアに呼び止められる。
「なんで、あんな事言ったのです?」
 先ほどの俺の対応が不思議に思えたのか、ジーニアは視線を逸らして言う。
「別に? 困ってそうだったからな。まぁ、趣味は趣味で隠したくなる気持ちは解るけど、それでアリアとかは軽蔑しねぇからいつか言えると良いな」
 置いていかれないように背を向けたとき、俺に声を掛け、ジーニアが紙袋を投げてくる。
 落とさないように受け取ると少し重い。ちらりと中を見ると、数冊の本が。
「コールヒューマンは馬鹿なので、これを中に入っている戦術心得を読んで勉強するのです。きっとコールヒューマンの事だから、すぐに集中力が途切れると思うから、中に入れた本でも読んで休憩してやるのです」
 戦術心得という本のほかに、先ほどの恋愛ものの本が数冊。
 明らかに布教されてしまったが、まぁしょうがないか。
 いつもより多い人数で夕食を食べ、部屋に戻ってジーニアに渡された兵法書を読もうと紙袋に手を入れると、冷えて少し硬くなったパンが入っていた。
 あの素直じゃないジーニアの顔が思い浮かび、顔が緩む。
 その後は予想通り、兵法書数ページで頭が熱暴走、息抜きにジーニアオススメの小説を読んでいたら、朝になっていた。
更新のペースが遅くなっていました。
前のようにペースを早くしていきたいと思います。
これからまた少し戦争の話はお休みで、キャラ間の方に重点を当てていきたいとおもいます。
お付き合い、有難うございます!


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