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第二十五話 『酔いも醒めて冷静に』
 ーガリンネイヴ平原ー
 空は青く、つい数時間前まで戦が行われていた事が、まるで嘘みたいだった。
 でも、身体に残った真新しい傷の痛みが、嘘ではなく現実なのだと、理解させる。左腕を動かそうとする度に傷が痛み、今まで自分の命を賭けていたのだと思うと、身体が震える。
「真田……どうした? 飲まないのか?」
 身体に包帯を巻いたレイラが俺に紫色の液体を差し出す。どうやら、この世界での酒のようなもんだな。つか、未成年が酒を飲むんじゃねぇ。
 俺の常識を説いた所で、何一つ理解が得られる訳じゃないから、口には出さないが。
 今、こうして戦をしていたスピリットヒューマンを見ると、全て若い。確か、何年か前に大きな事件があって、おっさんらのスピリットヒューマンが激減したそうだが、どういった事件だったかはよく覚えてない。
 生き残った仲間と酒を飲み交わす奴らは若い奴で中学生ぐらいの顔立ちで、勝利の余韻に浸り、馬鹿みたいに騒いでいる姿を見ると、こっちの世界の若い奴らと、日本の若者の根っこは一緒なんだなって思う。
「いや、俺はいいよ……遠慮しとく。あんな風にベロンベロンになると何するかわかんないからな」
「……べろんべろん?」
 俺たちから離れた場所で上半身裸になって、剣を掲げ踊る酔っ払いを横目に見て、軽く肩を竦ませる。
「…あぁ、大丈夫、アルキュールは入ってないから」
 レイラはそういうと、また液体を勧めて来る。
 というか『あるきゅーる』って何だよ、アルコールか?
「えっと、じゃぁ……こっちは酔わない奴か」
 それを聞いて安心し、俺はレイラから器を受け取り、紫色の液体を口元に持ってゆく。
 色と匂いからして、これは……オレンジジュースか?
「じゃ、一杯やりますか、乾杯」
 レイラの器を貰ったので、レイラは何も持っていないし、アトレシアは、他の奴らと談笑している。となれば、当然器をぶつける相手が居ないわけで、一人寂しく空中に器を掲げ、ジュースを飲む。
「かぁぁぁ…初めて飲んだが、暖まるな。飲むと身体が火照るな」
 って、ちょっと待て。これは……いや、何も言うまい。十七歳の俺はこの味を知らないのが当然だからな。
「サナダさんもやってますね。さ、今回の戦の立役者に一杯」
 頬がいい感じに紅く染まったレシアが、殻になった器にまた、例の液体を注ぐ。
 くそ、こうなったら……。
 やるだけやるか!
「よっしゃぁ、真田 槍助の滅茶苦茶いいとこ見せてやる!」
 そう宣言すると俺は勢いよく中身を飲み干す。周囲から歓声が上がり、また他の奴が俺の器に液体を注ぐ。レイラに器を返し、他の奴の器を分捕ったりして、笑いながら飲み、食べ物を食べるのは超楽しく、女との間接キスやら男との間接キスとか、全然気にならなかった。
「……真田ぁ、それ私のぉ」
 レイラが俺の齧っていた肉を分捕る。
「ちょ、それは俺のだっつーの、お前は手、手に持ってる!」
 いい感じに出来上がったレイラの相手をしつつ、俺もしょうもない事で大笑いしているとき、ふと視界の隅に、一人寂しく座っている奴が目に付いた。
「何で、何で死んじまったんだよ……馬鹿野郎。終わったら、これ全部終わったら、あいつに……言うって言ってたじゃねぇかよ……なんで……なんで……」
 剣を抱いて、独り誰かに話しかける俺と同い年位の奴。そんな姿を見ていると、急に頭が冷えた。
 そうだ、今こうして騒いで居るけど、全員死ななかった訳じゃない。何処かで、俺の知らない場所でその人生を終えた奴らが一杯居るんだ。
 そいつらの事を忘れて、こうして騒いでいて良いのか?
 強く拳を握ると、左手が痛んだ。
「ッ!」
 一言、俺に言葉を吐いて、目の前で人が死んだ。いや、俺が殺した!
 忘れていた訳ではないが、考えないようにしていた。自分が生き残る事に必死で、死に物狂いで戦った相手の顔が脳裏に浮かぶ。
「駄目だ、駄目だ、考えるな!」
 頭を振ってその顔を消そうとするが、いくら頭を振ってもその影は消えてくれない。
 そうだ、俺……今日人を殺したんだ。
 両手で身体を抱いてみると、すっぱりと切り目が入った制服の上着の感触。
 ちょっと待て、ちょっと待て。何でこんなに制服ボロボロなんだよ、これじゃ学校行けねぇよ……あぁ、これは買いなおさなきゃな。親父やお袋は何て言うだろうか……。
 周囲で騒ぐ声が耳障りに聞こえてきて、俺はそいつらを見ると誰も、自分が人を殺したことを気に留めているような素振りを見せない。
 近くに、近くに居るって思っていた奴との間に隙間ができたような気がした。
「どうしました、サナダさん?」
 アトレシアが笑って俺の肩を叩く。
 ちょっと待て、なんで笑えるんだよ、全然笑えねーだろ。
「悪い、ちょっと気分が悪くなったから…一人になるわ」
 これ以上こいつらと居たら俺は狂ってしまいそうだ。

 日も落ち、すっかり暗くなった周囲。焚き火の明かりから離れ、薄暗い原っぱに腰を下ろす。
 微かに騒ぎ声が聞こえてくるが、これ以上遠くに行くのは怖い。もう少し歩けば、明かりは無く、周囲は真っ暗。そんな場所に一人で居たら、この手で殺したキャッチャーメットの男が現れそうで怖い。
 何故か持ってきてしまったこの刀の柄の部分は赤黒く汚れ、これは俺の血か、それとも……。
 独りになると、頭の中が一杯になった。かと言って、騒ぐ集団の中に入れそうにも無い。
「何て事しちまったんだよ、俺はッ!」
 命一杯地面を殴る。
 今思えば、殺すことは無かったんじゃないか。これでは、ベルちゃんを殺した奴らと一緒じゃないか。
「帰りてぇ……帰りてぇよ……」
 もう、全て投げ出して帰りたい。制服ボロボロにして帰って、親父かお袋に怒られるかも知れないけど、帰りたい。もう、此処には居たくない、戦いたくない。
 弱音を吐くつもりは無かったが、止め処なく口から言葉がこぼれだす。
「ごめん……ごめん……本当にごめんなさい」
 誰に言ってる謝罪か解らないけど、壊れた機械のように、俺はただ涙を流しながら誤まり続ける。
「駄目だやっぱり一人じゃ……」
 誰か、誰でもいいから傍に居てくれ。俺を叱ってくれ、慰めてくれ……何か言葉を掛けてくれ……。
 傍にあった刀が目に留まる。
「もう、お前でもいいや……」
 俺が人を殺す事ができたのは、この刀を持っていたわけで、これさえなければ俺は人を殺さないで済んだ筈なのに、刀を放り投げる事はできず、何かに縋り付くように俺は刀をしっかりと抱く。
 冷たい鞘が俺の体温で温まると、何故か俺は安心できた。
「……其処に居るのは何者でござる?」
 急に掛けられた言葉に驚き、俺は刀を抜き放つ。
「……さ、真田殿でござるか?」
 その声に聞き覚えがあった。
「……あー、えーっと……東国の大将の……」
「カコウでござる」
「あぁ、助かった、とても助かったよ」
 カコウが俺の顔を見て何か考える。きっと、よほど元気のない声をしているのだろう。
「ひ、昼間の時と比べ、声に覇気がないでござるな」
「そう…かもな」
「何があったかわからないでござるが、真田殿、元気を出すでござる。此度の戦の戦功が気になっているなら、心配には及ばないでござる。真田殿の働きは他の武人よりも優れていると拙者は思うでござる」
 俺を励まそうとしているのは解るが、人殺してるんだぜ、俺。それで褒められて気分が良くなるわけねーだろ。
「…初めて戦場に立った……」
「う、初陣でござったか。それで敵将を討ち取るとは……」
「初めて、人を殺した……確かに、確かにアイツは街を一つ滅茶苦茶にした。小さい子や無抵抗な人間殺した! けど、だからと言って、俺がそいつ殺して良いわけがねぇよ……」
「武功を立てる者が一度は通る道でござる」
「でもッ! 周囲の奴らは人を殺した事を悔やんでなんかねぇ! 俺がおかしいのか、俺が考えすぎなのか!?」
 カコウに八つ当たりするのはお門違いだって事は解ってるけど、俺の不安を全て吐き出したかった。
「では……此処で潔く腹を斬るでござるか?」
 懐から短刀を取り出し、カコウは俺の目の前に置く。
「真田殿が人を殺めた事を己の恥とするならば、死をもってその恥を拭えば良いではござらぬか」
 短刀を手に取ると、軽いはずの物がやけに重く感じた。
「先ほど、誰一人悔やんでいる者は居ないと申したが、それは違うでござる。きっと、各々自分と戦い、打ち果てた者の事を考えない者は殆ど居ないと思うのでござる」
「じゃぁ、なんであんな風に騒げるんだよ!」
「殺めた事よりも、同士が生き残ったことを、自分が生き残ったこと。その喜びを互いに分かち合っているのだと拙者は思っているのでござる。真田殿は、その大切な者達が今回の戦で生き残り、嬉しくはないでござるか?」
 嬉しくないなんて事あるはずがない。俺はレイラやレシアが生き残ってくれて嬉しい。
「真田殿、もう少し楽に考えるでござる。真田殿が戦場で人を殺めた…それは貴方自身は許せない事かもしれない。でも、それを許すことも難しいかも知れないが、大切なことだと思うのでござる」
「自分を許す……?」
 カコウを目を見ると、その場を収めるために適当に言ってる事じゃないって、すぐに解った。
「左様。真田殿は自分の大切な人を守りたい、それが目標であり、夢でもあると言った。拙者は今の真田殿ではその夢や目標には届かないと思うのでござる」
「……」
 実際に目の前でこうして駄目出しをされると、さすがに言葉を失う。俺自身が、とても難しいことだと解っているから、余計に。
「悲しい顔をした者と、笑顔の者と食べる食事は、味が違う」
 そっか、そう言う事か。
「…サンキュ、カコウ。俺なんとなくだけど、迷い吹っ飛んだぜ!」
 そうだよな、確かに人殺しちまったのは俺自身許せねぇけど、俺はこの手で人生を終わらせてしまった奴の分まで、精一杯生きて、夢や目標を叶えてやる。そしていつか、胸張って俺のやったことは間違いじゃないって思えるようになるんだ。
「あ、そういえばカコウ、東国の人達、一緒に祝杯あげないのか?」
 見た限り、灰色の髪のスピリットヒューマンらは見かけなかった。
「拙者らが参加するわけには参らぬ。拙者ら、もう少ししたら此処を発つでござるよ」
「そっか、残念だな。またよろしくな」
「そう簡単に戦に加わる事は出来ないでござるよ」
「違ぇ、街中とかで会ったらの話だ。とりあえず死ぬんじゃねーぞ」
「……しょ、承知でござる。真田殿もあまり無茶は控えたほうが良いでござるよ」
 カコウはそう言い残すと、その場を立ち去ろうとする。
「忘れ物だ!」
 短刀を手渡しで渡すと、びくりとカコウが身を振るわせた。
「自分を許す…ね。当分は出来そうにないが……」
 一人で肩を竦め、俺はレイラ達の元へと戻った。

「カコウ様が男性と触れて気を失わないとは珍しい」
「そ、それはたまたまでござる」
「まぁ、変な奴だったからな、カコウ殿の反応も戸惑っていたんだろうよ」
「ショウッ!……まあ、でも本当に変わった人でござった。それはともかく、そろそろ此処を発つでござるよ」
 カコウと、おそらくチュウショウとロウキュウの会話が聞こえたような気がしたが、おそらく気のせいだろう。
 今日はとりあえず、みんなで生き残ったことを祝おう。


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