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第十話 『寂しいこと言うなよ!』
 ーリカーベルの町・修学所ー
 俺はベルちゃんを連れて修学所……学校みたいなところにつれて来た。
 自警団の人間数人が怪我人の手当てに忙しなく動き回ってる姿は、太平洋戦争ドキュメント番組で流れるモノクロのビデオクリップの内容を彷彿させた。
 怪我人のうめき声そのものは、学校なんかの授業で、骨を折った奴が漏らしていたのとそう変わりは無かったのだが、狭い部屋のいたるところから聞こえて来て、まるで地獄のようだ。
 長くそのうめき声を聞いていると気分が悪くなりそうで、俺は校庭へと足を運び、空を見上げた。
 青く澄み切った空に色んな形の雲が泳いでいる。空はこんなに綺麗なのに、俺の背後の建物の中は地獄そのもの。
 思えば、ここにいる町人達はなんら戦に関係のない日々を送っていた。泣いて、笑って、怒って。
 そんな平和そのものがほんの一夜にして崩れる。そんな世界なんだ、此処は。
 改めてこの『世界』を目の当たりにして、やるべきことが見つかった気がする。
 バイト感覚でやるもんじゃないし、流行に乗るために無理して周囲にあわせるものでもない。
 俺は、俺の意志でやる。自分自身の持ってる全ての力で、精一杯ベルちゃんと生きてゆこう、この世界を。
「お水足りないでしょ、私汲んでくるね!」
 桶を持ち、自警団の人間に手伝いを申し出るベルちゃん。あの子はとっても強い。
 両親の死を見てもなお、今自分にできる事を考え、動いている。
「ごめんね、ありがとう。でも街の中も怖いスピリットがいるかわからないから気をつけてね」
 自警団の人間はベルちゃんの頭を撫でて、また忙しそうに次から次へと修学所に集まってくる人間の対応に追われていた。
 こうして、襲撃翌日はあわただしく終わって行くはずだった……。
「集まった人間はおおよそ六十程度……町の半分の人間にも満たない……クソッ!」
 たまたま自警団の人間が集まっている部屋の前を通ったとき、団長とおもわしき四十代ぐらいのおじさんが壁を蹴った。
「三十人ほど居た自警団もいまや七人程度。皆それぞれの生活があっただろうに……」
 白髪頭のおじいさんが顔を手で覆う。
「ベッペル爺さん……」
 先ほどの団長らしき人物がそっとおじいさんの肩に触れる。
「カーネン、お前にも息子が居ただろうに……」
「はい、アイツは今年で十五。もう立派な…最期に、褒めてやることすらできなかった……」
 部屋の中ですすり泣く声が聞こえ、俺も胸と下っ腹の一番下がぎゅっと締め付けられる。
 その時、修学所の校舎の上に取り付けられている鐘が盛大に鳴り響く。
『なんだッ!?』
 一斉に自警団の人間が部屋の外に飛び出して来て、俺は思わず物陰に隠れてしまった。
「何事だッ!」
 団長らしき人物は部屋の近くまで走ってきた自警団と町の青年を捕まえた。
「はい、町の外に松明の明かりを発見!数はそう居ないのですが!」
「オルタルネイヴから兵が来るには早すぎる…アド帝国かっ!?」
「……多分、奴らはこの町の人間を……」
 話を盗み聞きながら俺は唾を飲んだ。
 ふざっけんじゃねェ! あんだけ殺しておいてまだ殺し足りないのか! 此処に居る人間はゴキブリなんかじゃねーんだぞッ!
 俺は急いで自分の荷物を置いてる部屋へと駆け込み、日本刀を握る。
 いざとなったらこいつで何人か切り殺してベルちゃん連れて逃げてやる……大丈夫、此処の人間なんて俺より何世代も文明が遅れているんだ!
 修学所の中が慌しくなり、六十人程度の人間が一箇所に集まっている状態で、時間だけが流れてゆく。
 一応門もあるのだが、誰も好き好んでそんな危ない場所を守ろうとはせず、ついたてだけで門を閉ざしている状態。
 立地位置としては町の中で少し高い位置にある修学所。町の門からゆらゆらと松明の明かりが近づいてくる。
 その速度はやけにゆっくりで、こちらの恐怖感だけを募らせる。
 しばらく経つとガツン、ガツンと門を何かで叩く音が聞こえ始める。
「門を壊している……」
 自警団の団長がそう呟いたことで、俺たちの中に、敵が迫っているということが解る。
『ウォーーー! ウォーーーーッ!!』
 少し低い塀の外側からドデカイ叫び声が聞こえ始め、更に恐怖感が募る。
 メキメキと、門を押さえていた衝立がへし折れ、門が勢いよく開け放たれ、木でできた大きな棒の突いた荷車が修学所の校庭に入ってくる。
「何だよアレ…ボーリング掘削機みたいじゃねぇかよ……」
 俺はその荷車を見て一人呟き、日本刀を握り締める。
 震えが止まらない。普通に深呼吸をしているつもりでも肺から吐き出される息は小刻みに振るえ、寒くも無いのにガチガチと奥歯が騒ぎ立てる。
「貴様らは包囲されているッ!」
 一人の人物がわかりやすい場所に立って叫ぶ。遠目であることと、周囲が暗いことでよく顔は見えないが、野球のキャッチャーメットのような兜をかぶっている。
「我々も無駄な血は流したくない! 其処に居る代表者、出てきて話をしろ!」
 周囲の人間が一斉に団長を見つめる。
 見つめられた団長は一度頷くと、その場を立ち上がり、外へと歩き出した。
 アンタすげぇよ…誰だって怖いはずなのに、自警団・団長って肩書きだけであんなあぶねェ集団の中に行くなんて。ただ震えているだけの俺とは違うよ……
 団長が門のところに立っているキャッチャーメット兜の男のところまで歩み寄る。
 俺たちはその団長の動きをひっそりと息を殺して窓から覗き見ている。
「此処に居る人間は皆ヒューマンで……」
 キャッチャーメット男が手を水平に動かすと、飛沫のようなものを立てて、団長がゆっくりと地面に倒れる。
「ゲイア隊……」
 倒れた団長を踏み越え、キャッチャーメット男が右手を斜めに掲げると塀の上に何人もの人影が現れる。その人影は皆棒のようなものを真ん中から持ち左手を伸ばし、右手を思いっきり引いている。 
「放てェッ!!」 
 男の号令と共に風を切る音が周囲から聞こえてきて、俺は咄嗟に窓から離れ、窓と窓の間の壁下で丸くなる。
『ギャァァァァッ!』
『いてぇぇぇぇっ!』
 俺の周囲で色んな悲鳴がこだまする。俺のすぐ傍にいたおじさんがゴトリと床に倒れ、べたっとしたものが俺の指先に流れてくる。
「ゲイア隊、突撃ッ! 一人も生かすな、見せしめとして全て殺せェ!!」
 悲鳴の合間、微かに聞こえた号令でもう一回来る!
『もう嫌だ、やめてくれぇぇぇ!!』
 何人もの人間が窓から外に飛び出しては矢の雨に打たれ倒れてゆく。
「コレは一体なんだよ、何が起こってんだよ! 俺の周りには死体ばっかじゃねーかよ! 生きている人間は居ないのか!? ……ベルちゃん、ベルちゃんは無事かッ!?」
 錯乱状態で叫んでいた俺だが、咄嗟にベルちゃんの顔が頭に浮かび、必死に周囲を見渡して叫ぶ。
「そ、そーすけおにーちゃん……」
 ほんの数メートル離れた場所で丸くなるベルちゃんを発見し、安堵する。
 ベルちゃんはヨタヨタとこちらに歩み寄ろうと立ち上がる。
「ばっ……立ち上がっちゃあぶな……ッ!」
 窓から入り込んできた一本の矢が吸い込まれるようにベルちゃんの小さな胸の辺りに吸い込まれてゆく。
 一瞬の出来事なんだろうけど、俺はそれがスローモーションのように見えた。
 口を一度開き、小さく動かすと唇の端から一筋の血が流れる。
「ベルちゃんッ!?」
 駆け寄ろうとした俺の目の前を風切り音を立てて矢が通り抜け、床へと刺さりギター弦の第六弦よりも太い音が鳴り響く。
「ッ!」
 できるだけ体制を低くし、学ランを上にほおり投げて、少しでも外の人間の注意を反らして倒れている人の影に隠れながら俺はベルちゃんの下へと匍匐全身で近寄る。
 何本か俺の傍の床に刺さり、少しちびった。
「ベルちゃん、大丈夫!?」
 何とかベルちゃんを掴み、矢の死角へと逃げ込んだ俺は小さな肩を揺する。
「おにーちゃん……怪我は…無い?」
「あぁ、無いよ、無い!」
 俺の無事な姿を確認してベルちゃんは目を細める。
「良かった……」
 自分がこんな事になっても人を気遣う心優しい彼女。そんないたいけな姿に涙が出てくる。
「こんな、こんな…ことになるなら……違う場所に逃げ出せば…よかったのか…な?」
 言葉が見当たらない。此処にはベルちゃんの意志で逃げてきたんじゃなく、俺の意志で逃げてきたんだ。ベルちゃんは俺を頼って付いてきた……。
「ごめん、俺が……」
「なんで…おにーちゃんが謝るの……?」
 唇が切れるほどかみ締め、涙をこれ以上流さないように耐えようとしてみるが、関が切れたように涙があふれ出る。
「さ、寒い……なんかさむいよ……」
 咄嗟に俺は投げ捨てた学ランの上着を拾い、ベルちゃんを包む。
「りんね…てんせい…するときには貧しくても、食べ物無くてもいいから…こんな事の無い場所に生まれたいな……」
「絶対、そうなるよ、そうさせるよ! 俺がッ! 次にベルちゃんがこの世界に…この場所に生れる頃には絶対、戦なんかは全部俺が終わらせておいてやるよ!!」
「やくそく…だね……」
「あぁ、約束だよ! どんな事があってもこれだけは守り通すよ!」
「さいごに、わがまま……きいてほしいな」
「俺にできることだったら何だってやるよ! だから、最期とかそんな事言うなよ……」
「えへへ…じゃぁ、おとーさんやおかーさんがしてくれるみたく、ぎゅーってして……おにいちゃん」
 力一杯、両腕から離れる事が無いように強く、強く小さな身体を抱きしめる。
 血で服が汚れるとかそんなの全く気にしない。冷たくなり始めた身体に熱が戻ることを信じてただ強く。
 ぽとりと俺の腕に回していた手が地面に落ちる。
「嘘だろ? なぁ、冗談だろ…そんな冗談今きついよ…ねぇ…ねぇったらッ!」
 力なく垂れ下がった手と首。何度揺すっても動きやしない。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
 腹の奥底から叫びだけが出てくる。獣の叫び声なのか、俺の地声そのものなのかも判断がつかない。
 窓の外では無抵抗な人間を動物を殺すように剣が振るわれている。
『力が欲しい?』
 誰が言った言葉なのか、また頭の中にその声が聞こえてくる。今までに無い鮮明な声で。
『力を欲するならば剣を手に取れ。そして剣の中の波動を感じ取れ』
 それが当然のように俺は剣を手に取り、目を瞑り一度深呼吸をする。
 手にもう一つの命が握られているような感じがする。刀そのものに心臓があるみたいで、手のひらから鮮明に鼓動が感じ取れる。
 左胸にある俺の鼓動と手から感じ取れる鼓動が加速し、いつしか完全に鼓動のタイミングが合い俺の耳には周囲の雑音など聞こえなくなって、ドクン、ドクンと鈍い音だけが俺を包み込む。
 解る。今なら戦い方全てがわかる。どうやれば障壁が張れるのかも、人間じゃ考えられない跳躍なんかも。
 目を見開き、キャッチャーメット男の姿をしっかりと捉える。
 靴紐を結び直し、ベルちゃんの身体をそっと地面に横たわらせ、体勢をできるだけ低くし、誰かの荷物であろう木の箱を拾い上げた。
 殺す、絶対に奴だけは。
 
戦争ものの小説なのに、未だにその流れに入らない。
もう少し、もう少しで動き出せるといいんですが……
読了、感謝です!!


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