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織田家の長男に生まれました 作者:いせひこ
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不運な武将今川義元 壱

三人称視点です

天文10年、水野忠政の娘、於大が松平広忠に嫁ぎ、弾正忠家と松平家の間で和睦が成立した。

「ほんに、広忠の若造は度し難いの」

駿河国、駿府の今川館。その軍議の間にて、駿河国主今川義元は手にした扇を潰さんほどに握りしめていた。
駿府は義元の政策もあって、東国の都と呼ばれる程に栄えていた。
この時代、京の都が荒廃の途にあった事もあり、公家衆が多く移住しており、今川文化が花開いていた。
しかしその外の華やかさとは裏腹に、今川家は苦境の只中にあった。

長年抗争状態にあった甲斐国守護、武田氏とは当時の国主武田信虎の娘を正室として迎えて和睦が成立した。
しかし今度はその事に激怒した、旧来の盟友、相模国の北条氏綱から攻められ、駿河国東部河東を奪われてしまう。
この時、今川は義元の家督相続における内乱、花倉の乱による混乱から立ち直っていなかった事もあり、武田からの援軍と連携しても取り返す事ができなかった。
更に、花倉の乱で義元と相続権を争った異母兄、玄広恵探についた遠江勢が離反、北条軍との挟撃を受けてしまう。

結局河東を取り返せないまま、後ろ盾となっていた松平家のお家騒動。やっとそれを治めたと思ったら、今度は若き広忠が勝手に織田弾正忠家に戦を仕掛けて負け、挙句西三河侵攻を許してしまう始末。
しかも松平家は、弾正忠家と直接ではないとは言え、勝手に織田側の水野と婚姻同盟を結び、弾正忠家と和睦してしまった。
三河支配に色気を出した、尾張の守護、守護代が弾正忠家を支援したら、と思うのは仕方ない事ではある。
しかし義元からしてみれば、それを上手く対立させるのが戦国大名としての手腕だろうに、と思ってしまうのだ。

実際義元は、河東こそ北条に奪われたままだが、武田に仲介を頼んで、北条に応じた堀越、井伊らの所領を大きく横領する事に成功していた。

しかしまだ予断を許さぬ状況のうちに、6月、その武田で軍事クーデターが勃発。
当主の信虎が嫡男晴信によって甲斐国を追放されてしまう。
信虎は娘婿の義元を頼って駿河国に落ち延びて来た。

流石に無碍にはできず保護しているが、武田との外交関係はやや悪化してしまった。
これを機と見た北条が動き出さないとは限らない。
氏綱が病気がちだと聞いているから、そろそろ死んでくれると助かるのだが……。

「こちらに呼び寄せ、私が養育いたしましょうか?」

そう提案したのは僧服に身を包んだ大柄な老人だった。
彼こそ太原雪斎。
父は駿河庵原城城主、庵原政盛。母は駿河興津横山城城主、興津正信城主の娘。しかも興津氏は駿河の海運を掌握し水軍を率いていた程の、今川家の重臣中の重臣。
若い頃からその才覚をいかんなく発揮し、義元の教育係を務めた。
義元の家督相続にも大いに貢献し、その後は軍事、内政、外交において最高顧問として義元を補佐している。
武田家との関係改善を図って、義元の縁組を計画したのもこの雪斎だった。

後に竹千代も養育し、最後の覇王徳川家康の下地を築いている事からも、その手腕の程がわかるだろう。

「それもありであるがな、今松平家から当主を動かすのはよろしくないの。子が生まれたら、その子を人質として差し出させ、こちらで養育するとしよう」

「はは」

「それにつけても織田の老虎よ」

義元の父氏親が尾張守護斯波氏と戦い、尾張国那古野の地に城を築いた。その城主となった末子の氏豊を卑怯な手段で襲い、那古野城を奪取したのが信秀だった。
連歌を好み、優しい性格だった弟を騙し討ちした信秀は誠に許し難い。未だに氏豊は母方を頼って逃れた京から戻れていない。

帰って来るよう何度が書状を出しているが、優しい心根と共に真面目な性格であった末弟は、「城を奪われたままでは武士として合わせる顔が無い」として固辞し続けている。
那古野城を取り戻せば説得も容易になるだろう。そのためにも、織田弾正忠家を攻め滅ぼさなければならない。

そのためにも、三河にある松平家には期待しているのだが。

「こちらの老虎と違い、軍事だけでなく、経済面にも明るいと聞きます」

「ふん、偶々良い港が近くにあっただけであろう」

「治部大輔様、敵を侮るのはよくありませんぞ? 常から最悪の事態を想定して動くよう申し上げているではありませんか。思い返せば、先の北条との手切れに関しても……」

「よい、わかっておる」

説教を始めようとした雪斎を、義元は煩わしそうに扇を振って遮る。

「しかし、如何に信秀が有能であっても、奴一人だけではどうしようもないのではないか? 北の斎藤と争っているそうであるし、尾張守護や守護代とも折り合いが悪いと聞くのう」

「それ故の、此度の松平家との停戦でありましょう」

「ならば今が好機であろうが。松平の家臣を煽って攻めさせる事はできぬのか?」

多方面から同時に攻めさせれば、すぐに手が足りなくなりその処理能力を超えるだろう、と義元は考えた。
義元自身も、武田や北条が強国である事もあるが、同時に相手取る事を避けるために、外交であれこれ苦心しているのだ。

「松平軍も先の戦いで手痛い打撃を受けておりますからな。こちらから援軍を送ればともかく、今のままでは難しいでしょう」

「しかし弾正忠家も、安祥城に碌な将を入れておらんと聞くぞ」

「長男の信広ですな。官位もいただいておらぬ若武者です。嫡男ではないそうなので、尾張国内では持て余していたのでは?」

「ふむ、相続権は無いとは言え、長男か……」

義元の脳裏には、かつて自身と家督の相続権を争った異母兄、恵探の事が浮かんでいた。
あの兄も、正室の子では無く、相続権など無い筈だった。
しかし義元の家督相続に反対して挙兵した。

側室の子であるが故に相続権が無いと言っても、目の前に家督が転がってこれば、人間どうなるかなどわかったものではない。
兄が続けて亡くなったせいとは言え、長男でない恵探でさえそうだったのだ。長男である信広がどうであるかなど、火を見るより明らかではないか。

「信秀を討ち、那古野城を取り戻した暁には、古渡城と織田弾正忠家の家督をやると言えば、取り込む事は可能であろうか?」

「容易でしょう。先年生まれた嫡男は、大層うつけであると噂を聞き及んでおります」

裏切り裏切られる事など、この戦国乱世では日常茶飯事だ。そしてそうした人間の心を操る事など、義元や雪斎からすれば容易い。
流石にあまりにも効き目があり過ぎて、次代の当主を傀儡にするどころか、追放してしまった信定の件はどうしようかと思ったが。
しかしそのお陰で松平家の今川に対する依存度は上がったのでよしとする。
しかしそのせいで、織田弾正忠家に西三河を奪われているのだから、やはりやり過ぎたのだろう。

「ならばまずは松平家家臣を通して信広に接触するべきであるな。北条との件が片付けば余が直接赴いても良いのだが」

「一門衆であれば松平信定の子の清定辺りは、父の汚名返上のためにこちらの要請に応じるかもしれません」

「一時は岡崎支配の栄誉を感じた者であれば、それを再び求める可能性がある。他の家臣にも同時に働きかけるべきだ」

「では重臣の酒井忠尚などにも要請しておきましょう」

東海一の弓取りと評される今川義元率いる大国今川家。
その牙が織田弾正忠家に突き立てられるのは、今少し後の話である。
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