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織田家の長男に生まれました 作者:いせひこ
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悲運の武将、松平広忠 漆

三人称視点です。

「勝てぬ……」

岡崎城の評定の間で、広忠がポツリと呟いた。
その場に居る誰もが、その言葉の真意を理解し、そして、異議を唱える事はできなかった。

彼らは皆満身創痍。
服も汚れが目立ち、ところどころほつれている。

広忠達は、今朝岡崎城に戻って来たばかり。
片道二日程の距離を、山中を追っ手の存在を気にしながら戻って来た事で、十日もかかってしまった。

出陣は二千の兵を率いて意気揚々と出て行った広忠達が、数も少なく、ボロボロになって帰って来たのを見た領民達は、また広忠が敗北したと思った。
そしてそれは間違いではなかった。

むしろ、今回は戦う前に敗北してしまったので、事態はより深刻であると言える。

何も言わずに広忠は評定の間に直行し、家臣達もそれに続いた。
兜を脱ぎ、甲冑を外しただけ。佩楯も取らずに全員がその場に腰を下ろした。

そして大体の家臣が岡崎城に帰り着いた頃、広忠がそう零したのだった。

「何故だ。何故勝てぬ。儂と信広と何が違うというのだ。何故これほどの差があるのだ……」

誰も、その問いには答えられなかった。

信広は強い。
それは誰もが認めるところだ。

たかが一国も支配していない家の長男でしかない男、などと言っても、現実は非情だ。

しかし、何故強いのかをわかっている者がこの中には居なかった。
この時代の武士はその程度、と言ってしまえばそれまでだが、これを冷静に分析し、対処できた者が上に行く事ができる。

そういう意味では、広忠達はその岐路に立っているとも言えた。

「単独では勝てない。ならば他の家の力を借りるのも手ではないでしょうか?」

重苦しい雰囲気の中、口を開いたのは鳥居忠吉だった。
一人、留守居だったためか戦装束ではなく、身綺麗であるため雰囲気が浮いている。

「借りに行く前に負けたが?」

「借りる前に動いてしまったからですよ。西広瀬城を三宅氏が攻撃してから動くべきでした」

「我らが動かずに東広瀬城が動くか?」

「動かないでしょう。ですから、我々は力を借りる相手の選択を間違えたのです」

「まさか監物殿は今川の力を借りよと申されるおつもりか?」

話の流れから、忠吉の真意を推測した大久保忠俊が口を挟む。

「今川の主力が来てくれるならそれが一番だが、どうせ三河の豪族に命令を下すだけであろう」

顔をしかめて本多忠豊が言う。

「三河の今川方の力では、矢作川を渡るのは難しいのではありませんか?」

懸念を口にしたのは阿部定吉だ。

「そうです。今や矢作川西岸は安祥織田家の調略によって堅牢な防御陣が築かれております。しかし、それは全て、矢作川東岸を意識して作られたもの。自分達より西側には小さな城を一つ築いた程度でございます」

「しかし西には刈谷城がある」

忠吉の言葉を広忠が否定する。
かつての自分の妻、於大の生家水野家の城だ。
そしてその於大は今や信広の妻。安祥織田家と水野家の親密さは想像するまでもない。
ちなみにこの時点では、広忠達は西広瀬城の佐久間家との婚姻を知らない。

於大を離縁したのは広忠自身だし、そこに何の未練もない。
そもそも情があった訳でもないのだ。

それでも、再嫁の相手が、あの織田信広となると、言葉にし難い、黒い感情が湧き上がって来る。

「そうです。そこにあるのは刈谷城。しかしそこが落とされたらどうでしょうか? 安祥城は東西から挟まれる事になります」

「刈谷城は入江を利用した堅城。簡単には落ちないでしょうし、どのようにして兵力を送り込むつもりですか?」

「送り込む必要はありません。そこにある兵力を利用すれば良いのです」

「知多の豪族か」

「しかり」

広忠の言葉に、忠吉は我が意を得たり、と頷いた。
水野家当主、水野信元は、天文12年、居城である緒川城南西にある宮津城を攻め落とすと、これを排して亀崎城を築き、水軍衆を率いる稲生政勝を城主とした。
その後、宮津城の南にある成岩城の近くに砦を築き、これを攻撃して攻め落とした。
現在は更に南にある長尾城を包囲している最中だ。
信元は、明らかに知多半島の統一を目論んでいる。

しかしこの動きにはある制約がある。
知多半島の西側に進出できていないのだ。

水野家が知多半島西側に進出するには、尾張守護斯波氏に仕える久松家の坂部城。そして、伊勢湾の交通を掌握する豪族、佐治家の大野城がある。
斯波氏の家臣格にあたる弾正忠家と同盟を結んでいる水野家としては、久松家を何の理由も無く攻撃する訳にはいかず、佐治家の財力は決して侮れない。

「今は争っているこの二つの家を仲裁し、水野家に当てるのです。知多の豪族も、水野家の脅威を感じているでしょうから、彼らが手を結べば、便乗する者も出るでしょう」

「弾正忠家や信広から援軍が出るのではないか?」

「弾正忠家は美濃との抗争が治まっておりません。必要なら、それこそ今川を通じて美濃の斎藤家を動かして貰えば良いのです」

「今川の働きかけで斎藤家が動くか?」

「今川と吉良氏が繋がりがあり、吉良氏は一色氏と繋がりがあります。一色氏は美濃守護土岐持益の養子に長男を入れているため、美濃統治の正当性を欲している道三は、この繋がりを利用するのでは?」

忠吉の提案を忠俊が補強する。

「緒川城、刈谷城を落とせずとも、安祥城の目を西に向けさせるだけでも効果はあるかもしれぬな」

二人の言葉に広忠は一定の理解を示した。
しかし、何かが足りないとも思っていた。

それは、これまで負け続けて来た信広を過大評価しているとも思えたが、致し方ない部分があった。
ただ合戦で敗北しただけならともかく、広忠が何を行っても、常にその先、上を行くのが信広だったからだ。

「首尾良く斎藤が動いたならば、一つ、策を用いる事とする」

頭の中で何かがハマる感覚がして、広忠は突然それを思いついた。
しかしそれは、考えれば考える程、完璧な策に思えた。

「素晴らしいお考えです」

「このように立派になられて、この大蔵定吉。これまでお仕えしてきた甲斐があったというもの!」

広忠の策を聞いた家臣達をこぞって絶賛する。

「まずは久松と佐治の仲裁ですな。その後は今川への依頼も行わねば」

「全ては知多での計略が上手く行ってからですな」

元々の提案者である忠吉と忠俊は、感涙に咽び泣く家臣達を見て、逆に冷静になっていた。
広忠はそんな二人を、このような時でも決して取り乱す事の無い頼りになる家臣だと、評価を上げていた。
信広と戦い続けた事で、広忠はじめ、松平家家臣が色々考え始めました。
そのせいで、信元の知多統一に暗雲が立ち込めます。
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