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織田家の長男に生まれました 作者:いせひこ
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寺社対策 参


「寺社に利益を渡してしまったよろしいのですか?」

本證寺での会見を終えた翌日。
街道を馬でゆっくり進んでいると、俺の馬に同乗している子供が尋ねて来た。

目つきが鋭いというよりは、挑戦的な眼差しで俺を見るのは大久保弥八郎だ。
先年、俺が討ち取った大久保忠員の次男で、上和田城で人質になっていたところをうちに引き取られて来た。

最初から俺の事を『信広様』と呼んで敵意剥き出しだった。
忠誠心を育んでからばれると、好意や忠誠が全て裏返ってしまうと考えて、父親の仇である事を教えたからな。
主家と敵対している家の人間という以上に、敵意や憎悪があって当然だろう。

とは言え、それから根気よく接して来たお陰で、こうして同じ馬に相乗りしてくれるくらいには気を許してくれた。

弥八郎はまだ馬に乗れないから、というのもあるだろうけど。

今回は見聞を広げるために俺の寺社対策に同行している。
逃げたり、俺を害する可能性は勿論ゼロじゃない。だからちゃんと伝えてある。

上和田城には兄が居て、どちらかが逃げれば残った方を殺す、と。

それを提案して来た古居ふるいには背筋が寒くなったけど、この時代の武士なら当たり前の感覚だったみたい。
うん、そんな事にならないようにしっかり育てよう。

「武士と寺社は同じだ。どちらも民の安寧を願っている。ただその方法が違うだけだ」

武士は武力で、寺社は信仰でこれを行う。

「武士は武により治安を守り、寺社は信仰により民の心を慰める。今は中央の権威が墜ちているから、地方ごとにこれを行っている訳だな」

「つまり寺社とは協力体制を作る必要があるという事ですか?」

「その通り。どちらかがその領分を侵してしまえば世の理が乱れる。今は寺社が武力を有し、この理が乱れている。故に世は乱れているのだ」

「では寺社が武力を独占すれば良いのでは? 武士が必要無い世の中になるのが一番世が治まるのではないですか?」

「自分が思っておらん事を口にするでない」

「…………」

「まあ答えてやろう。それでは寺社が暴走した時に止める者が居らぬ」

「しかし武士がその武力を思うままに振るったとして、武力を持たぬ寺社が止められるのでしょうか?」

「通常は無理だ。だが、武士が武力を思うままに振るったとして、その被害を最も受けるのは誰だ?」

「えー、と……。敵対している武士でしょうか?」

「違う。民だ」

この辺りはまだまだ子供だなー。

「戦になるなら民が兵士として利用される。民が武士の武力に晒されるなら言わずもがなだな」

「しかしそれで、どうやって武士の暴走を止めるのですか?」

「そのような脅威に晒された民が武士に不満を持たないとでも思うか?」

「……思いませぬ」

「寺社はそれを少し煽ってやれば良い。宗教一揆の完成だ。おまけに奴らは死ぬまで戦う」

「それは当たり前の事では?」

「……其方が千の兵を率いていたとしよう。皆領民兵だ」

「はい」

「二千の敵とあたり、五百が減った。その時、其方の兵はどうなっている?」

「残りの五百で敵を粉砕するべく意気軒昂しております」

「希望は良い。本音で話せ」

「……おそらく、逃げ散っているかと」

「そう、それが普通の戦だ。へたをすると、二千の敵を見た時点で逃げ出す者も出るやもしれぬ。故にこの兵を抑える事ができる者が名将として讃えられる。だが、名将でもないのに圧倒的不利な状況でも民を逃がさず、奮い立たせ、死ぬまで戦わせることのできる者がこの世にはいる」

「それが寺社……?」

「その中の僧侶だな。信仰で心を縛り、極楽浄土への往生を約束して死の恐怖を忘れさせる、否、死を喜びに変える」

「恐ろしい話ですね」

「恐ろしい話なのだ。故に、寺社勢力を敵に回す事はしてはならぬ。だからと言って、寺社勢力の下につけば、奴らの暴走を止める事ができなくなる」

「ではどうすればよろしいのですか?」

「武士と寺社で共通しているものがある。兵が領民兵だという事だ」

「そうですね」

ここまで言ったなら理解しろ、と思うのはちょっと期待値が高いんだろうか?

「つまり民が寺社につかなければ良い」

「しかし寺社は民を煽るのでは?」

「不満が無ければ煽られたところで一揆に参加はせぬ。誰だって死後の極楽より現世の安寧だ」

「成る程。確かに不満を糧に奮い立つのであれば、不満が無ければ戦に参加しようとは思わない」

「家に家族でも残っていれば尚更だな」

「しかし弾正忠家はあちこちで戦をしており、とても民を慮っているようには思えませんが?」

おっと痛いところを突いてきやがる。

「民を慮る事と戦をしない事は違う。日ノ本全土で民を第一に考えるようになれば別だが、現在はそうではない。足りないから奪う。自分達より持っているのが許せないから奪う。もっと欲しいから奪う。つまり武士がその武力を思うままに振るっているという事だな。これに抵抗しなければ、結局被害を受けるのは奪われる者、つまり民だ」

「矢作川西は弾正忠家によって奪われましたが?」

う、それを言われるとつらい。

「隣の国の事とは言え、乱れているなら正してやるのも武士の務め。其方の主家を悪く言って済まないが、松平の統治では民が不憫だった」

「…………」

弥八郎は無言。
けど、無言という事は、ある程度納得しているという事だ。

「民を思いやり、大切にしてやれば国は治まる。其方がいずれ国に帰り、新しい主君に仕える事になったなら、その事をよく覚えておく事だ」

「はい、信広様」

うーん、まだ心は開いていないか。
あと四椋よんりょう、弥八郎が信広って呼ぶ度に大刀に手をかけるのをやめろ。

あくまで自分は松平の家臣です、って七歳の子供が全身で主張してるんだ、可愛いもんじゃないか。
これが元服してたら平手打ちじゃ済まないけどな。
無礼打ちかな? 切腹かな?

とにかくそうなると俺も、四椋や古居ふるいを止める事ができないからな。
まぁこのままなら元服には俺が烏帽子親を務めるとしよう。
断られたらもうウチじゃ無理だから、岡崎に返すとするか。



そして俺達は一つの寺に到着する。
寺社対策の二つ目。

刈谷城の北西にある延命寺だ。宗派は天台宗。
現在の主な宗派で脅威になるのが一向宗と天台宗。
どちらかの対策を取るんじゃなくて、両方の対策を取る。
勿論、天台宗にも綿花を栽培させる訳じゃない。
それもアリかとも思ったけれど、折角だから別の案でいこう。

一向宗と天台宗は京都で信者や縄張りを巡って殺し合う程の仲だ。
同じ事をさせれば確かに対立するかもしれない。
けど、信長という共通の敵を前に手を取り合った過去(未来の話だけど)もある。

へたに同じ事をさせて、それが発覚した場合、俺の計略までバレる可能性があるからな。

そうなると、天台宗と一向宗の二正面作戦だ。
何故俺だけ二十年以上早く織田家包囲網を経験しないといけないんだよ。

しかも三河って一向宗の寺やたら多いんだよ。
延命寺はその中でやっと見つけた、話を聞いてくれそうな天台宗の寺なんだ。
正直、浄土宗で妥協しようと何度思った事か。

当然の話だけど、水野家には先に話を通してある。

「厄介な天台宗を抑えてくれるならありがたい」

俺の送った書状に対する、信元の返事だ。
やっぱりどの武将も、この時代の寺社勢力は厄介だと思ってるんだな。

「お初お目にかかります。織田五郎三郎信広でございます。お目通り叶い恐悦至極に存します」

「盛佑と申します。それで、本日はどのようなご用件でしょうか?」

昨日の空誓と同じ対応で吹き出しそうになってしまった。
いや、心に壁を作っている人間の対応という事だろうか。

「ええ、実は延命寺に、ひいては三河の天台宗に頼みたい事がございまして」

「ほう、飛ぶ鳥落とす勢い、むしろ自ら飛び上がって鳥を食い殺してしまう程の、「翼を持った虎」殿が一介の寺に何を頼む事があるのでしょうか?」

わー、これは凄い。凄い嫌悪感だ。
いや、俺じゃなくて向こうがな。

この時代、武士は確かに身分が高い。けど、それは武力を持ち、代々その土地を支配して来た歴史があるからに過ぎない。
十分だって? それは寺社勢力も同じなんだよ。
そして寺社には武士に無いものがある。文化と権威だ。

武士の文化は基本的に公家の模倣だ。俺の五郎三郎のようなのはともかく、官兵衛とか半兵衛とかは朝廷から下賜される官職を真似たものだからな。
そして権威。古くから日本にあり、仏教教育の最高峰に位置していた天台宗がこの権威を誇るのは当然の話。
勿論、ただ古臭いだけ、と言う者も居るだろうし、比叡山の堕落ぶりは周辺に知れ渡っている。

それでも「天台宗の偉いお坊さん」と聞けば、民は平伏し、武士も頭を下げるだろう。
武士の教育が基本的に寺で行われたり、高名な僧を呼んで来て教わったりしていたのも関係ある。

ようは寺社の多くは武士を下に見ていた訳だ。
特に歴史ある真言宗や天台宗は身分に厳しく、大大名の子弟ですら教育を受けられなかった事さえある。

そもそも武士のトップ、というか後ろ盾は幕府の将軍。つまりただの人だ。
それに対し寺社の後ろ盾は神仏なのだから、寺社が武家を侮るのもわかるだろう?
将軍の権威が失墜している今、決して衰える事の無い神仏の威光を後ろに持つ寺社が、増長しても仕方ないのかもしれない。

その権威と伝統と歴史を重視する天台宗の、一寺とは言えトップだ。
大名どころかその嫡男でさえ無い俺が直接面会を申し込んだら不快感を覚えても仕方ない。

決して少なくない布施を取られたからなー。

「ええ、まずはこちらをご覧ください」

そう言って俺は、隣に置いてあった瓶を前に出す。
上に被せてあった布を取り、盃に瓶の中身を柄杓で掬って入れた。
途端に鼻を突く匂いが広がる。

「この匂い……酒ですか?」

何故わかるのか? という事はスルーしよう。

「ただの酒ではございません。一舐め、どうぞ」

「いえ、我々は酒は……」

そんな嘘はいいんだよ。

「舐めて頂かなければ、これの価値をわかっていただけないと思いますので、施しという事でどうか?」

「そうですか。施しならば断わる訳にはいきませんな」

にやにやしてこちらににじり寄って来る盛佑和尚。
うーん、この生臭……。

「一度お毒見させていただきます」

俺の背後で四椋が動く気配があるが、気にせず一口含む。
ゆっくりと、喉を通していくが、強い。ちょっとやり過ぎたかな? いや、こういうのはインパクトが大事だ。

「ど、どうぞ」

う、一瞬で喉がやられた。

「相当強そうですな」

こちらの反応からそれを予想できてしまう時点で……。

「ん……成る程、これは、強いですな……」

言いながら盃を空にする盛佑。
えぇと、それ多分アルコール度数50はあると思うんだけど……?

「それで、この酒がどうしたのですかな?」

「えぇと、天台宗の寺の中には酒を造っている所もありますよね?」

「そうですね。神仏に捧げるのに酒は欠かせませんから」

そして実際には神仏が飲む訳じゃないからな。捧げ終わった酒は般若湯って言ってお前らが消費する訳だ。
まぁ、坊主が酒飲むくらいなら俺もうるさく言わないよ。
だからこれで満足してくれないかな?

「この酒は酒を煮詰めて作った特別な酒なのです」

「酒を、煮詰める?」

「はい。水の入った瓶を火にかけると、水が蒸発しますよね?」

「ええ、その通りですな」

「酒も同じです。しかし、酒の中に入っている酒精は水より低い温度で蒸発します。この酒精の含まれた蒸気を集め、再び冷やして酒に戻すと、醸造された時より純度が上がるのです」

「ほう」

「これを繰り返す事で、このような純度が高い特別な酒が出来上がるのです」

ちなみに濃度と言わずに純度と言ってるのはわざとだ。
これは酒の中でも特別な酒ですよ、と相手に伝えている訳だ。
案の定、盛佑は味や酒の強さ以外の部分に食いつているようだ。

「これでわかっていただけたと思いますが、この酒を造るには、醸造酒が大量に必要になります。そして、醸造酒を造るには米が必要ですよね? しかし我が領の民は、まだ自分が食べる分だけしか米を作れていません」

「成る程。この貴重な酒を造るだけの余裕がそちらにはない。だから我々に頼む、と?」

「神仏に捧げる酒を、更に掛け合わせて純度を高め、より尊い酒を造り出す。これに相応しいのは、民百姓ではありませんよね? 他の仏教宗派の中でも、最も釈迦の教えを理解し、実践している天台宗こそが相応しいと私は愚考いたします」

「そうですな、これほどのものを造るとなると、やはり我々以外には難しいでしょうな」

わかりやすい俺のヨイショに、あっさりと乗る盛佑和尚。

「どうでしょう? この酒の中の酒。命を凝縮して作った、凝命酒ぎょうめいしゅの製造、お任せしてもよろしいでしょうか?」

「ええ、勿論ですとも」

二つ返事で了承する盛佑。

「製造方法もお教えしますが、暫くはこちらの職人を派遣させていただいてもよろしいでしょうか?」

「ええ、それはこちらからお願いしたいですな」

「特殊な施設が必要になるのでそれも建設させていただきたい。しかし、あまり寺から離れた所に建てると、他の宗派に目をつけられてしまうかもしれません……」

「ならば天台宗の中で、酒造を行っている寺の寺領に建てるとよろしい」

「許可をいただけますか?」

「うむ。他の寺にも伝えておこう。恐らく、この酒の素晴らしさを知れば、どの寺も了承するでしょう」

「神仏に捧げる尊い酒ではありますが、そのお恵みを民にもたらしていただけないでしょうか?」

「この味は、信仰を持たない者には理解するのは難しいと思いますよ?」

味っつっちゃったよ、この人。

「これは水やお湯と混ぜる、割る事で、酒精こそ薄くなりますが、味がまろやかになり、飲みやすくなるのです」

「ほほぅ。まさに御仏の如き優しさですな」

それにも食いつくんだな、どんだけ呑兵衛だよ。

「果実の汁と混ぜ合わせても良い味になると思います」

「ほほぅ。楽しみですな」

そういってにんまりと笑う盛佑和尚の顔は、どう見ても、高僧のそれではなかった。
ほんと生臭だな。お陰で助かるけど。
一先ず寺社対策はこれで終了です。
今後も不定期に、寺社を持ち上げつつ、勢力を削る策略は仕掛けていくと思います。
ちなみに日本で初めての蒸留酒は1559年に記述があるそうです。滑り込みセーフ。(現在1544年末)
延命寺は位置的に知多郡、つまり尾張国のような気もしますが、三河との国境ギリギリにあったという事で。檀家の方がいらっしゃったら、申し訳ございません。

3/14追記
蒸留酒を出す前くらいに、武士と寺社の関係性を簡単に説明しました。
+注意+
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