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織田家の長男に生まれました 作者:いせひこ
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他人(ひと)の兄見て我がふり直せ


「大久保忠員ですな」

戦が終わり、敵味方の遺体を収容。
その途中、俺が討ち取った武将の首実検が行われた。

俺の家臣や雑兵も知っていた程の有名武将だったけど、一応松平忠倫にも確かめると、彼はそう断言した。

どうやら広忠の父、清康の時代から仕える重臣、大久保甚四郎忠員で間違いないそうだ。
ちなみに子供が二人、上和田城で人質になっているらしい。
今回の件で広忠だけじゃなく、他の松平家家臣のヘイトも稼いだだろうから、今後も不定期に俺や俺の協力者に攻撃を仕掛けて来るだろう。
その場所を特定しやすくするためにも、ターゲットは集中させるべきだな。

となると、重臣の子供を人質としているのはアリだ。

「どちらか一人、安祥城で引き取りましょう。大久保氏の動きを抑えるためにも、どちらかを奪われた時の備えとします」

「そうですか? ああ、ならば弟の弥八郎をお願いいたします」

俺の言葉に忠倫は何かに気付いたようだ。
この辺りの察しの良さは流石の目利きと言えるだろうな。

俺はこの子供を養育して、後の重臣に育てようと思ったんだ。
より幼い子供の方が、忠誠心を育てやすいだろうと考えたが、忠倫はそれを見抜いたらしい。

正直、大久保って武士が家康の家臣に居たのは何となく覚えてる。
それが大久保長安とは違うのも何となくわかってる。
けど、誰がどの武将でどんな活躍をしたか俺は知らない。

ひょっとしたら兄の方が有能かもしれないけど、まぁ、わからない以上育てやすい方を選ぶべきだ。

「弥八郎は現在六歳ですな。武士としての基礎教育が始まった頃です」

まだ何物にも染まってないって事だな。うん、これは良い。
後に俺の子供が産まれた時のためにも、是非とも養育の練習をさせて貰おう。
悪辣だとは思うけど、子供の優秀さは家の存続に直結するからな。
駄目な二代目が家を滅ぼした事例は枚挙に暇が無い訳だし。

「殿! 安祥城より伝令が参っております!」

遺体や土俵を片付け、裏作用に田んぼを整備するよう指示を出していると、四椋よんりょうが慌てた様子で近づいて来た。

「何があった?」

その様子に流石に不穏なものを感じる。

「刈谷城から武装した兵が安祥城に向かっていると報告が!」

え? 今なんて言った?
俺の聞き間違いかな?
刈谷城から?

「理由は!?」

「まだ詳しい事はわかっておらぬ様子!」

うーん、信元は緒川城に居るし、今は知多郡の宮津城を攻めている筈。
となると新しく刈谷城主になった信近か?

まさか年が同じ俺に対抗心を燃やしたとか、そんな広忠みたいな理由じゃないよな?
流石に刈谷城が敵に回ると、対松平、対今川構想が瓦解するんだが……。

「すぐに兵を連れて戻る。三郎兵衛さぶろべえは先行して騎馬隊を連れて戻れ! 決して早まった事はするなよ?」

「はは!」

「我々も兵を出しましょうか?」

その様子を見ていた忠倫が提案してくれる。
有り難いけど、流石にマズイな。

「撤退したとは言え、松平勢は余力を残している筈。上和田城を空にする事はまずいですので、後背を守ってもらえますか?」

「心得ました」

忠倫は特に食い下がらなかった。
どうやら協力する姿勢をとりあえず見せたかっただけみたいだな。
忠倫だって上和田城を留守にする事の危うさをわかってるんだろう。

さて、一体誰が何の用で来たのやら。
面倒事は順番に来てくれよな。

上和田城を出発し、作りかけの橋の傍を船で渡り、姫城を越えて安祥城に向かう途中で日が暮れたので、近くの村で一泊する。

翌朝、四椋が安祥城の様子を報告に来た。

「どうやら我々へのお味方に来たご様子」

四椋の言葉を聞いた全員が安堵の溜息を漏らした。
ちなみに相手は三百名程。
安祥城には同じく三百名を残していたので、城を獲りに来ていたとしても十分に対応できる数だ。
更にある程度損害が出たとはいえ、上和田防衛に参加した兵士が五百名近く残っている。

それでも、味方だと思っていた相手と戦になるのは気が滅入る。
それが誤解だとわかったんだから、気が抜けても仕方ないよな。

しかも兵を率いていたのは城主の信近じゃなくて、信元の兄の近守らしい。

「何故?」

「詳しい話は、まだ……」

「まぁ良い。三郎兵衛は先に言って監物に藤九郎殿を歓待するよう伝えろ。兵らにも慰労を忘れるな」

「はは!」

短く応えて四椋は駆けていく。

「しかし一体何用であろうな?」

「わかりかねます」

俺の呟きに答えたのは義次だった。


「そうかそうか、於大は頭が良いの」

「いえ、お兄様こそ」

俺が城に着き、甲冑を脱いで体を拭き、正装に着替えて近守を訪ねようとしたら、於大の部屋に居ると言われた。
なんで? とは思わない。
年が離れているけど、近守は於大の兄だ。つもる話もあるだろう。

だが、襖を開けた俺の目に飛び込んで来たのは、崩れた相好で於大と楽しく会話をしているオッサンと、笑顔という盾で武装した嫁の姿だった。

一瞬、若いホステスに入れ揚げるサラリーマンとビジネススマイルを浮かべるキャバ嬢が見えた。
こんなところで前世の記憶が出張らなくていいよ?

「私には連歌のような高尚な趣味はございません。武骨な武家の娘ですから」

「なぁに、儂にできて於大にできぬはずがない。儂の可愛い妹なのだから」

倍以上歳の離れた妹にデレデレする近守もあれだけど、一定の距離を保った上、決して膝の方向を合わせようとしない於大に少々うすら寒いものを感じた。

ああ、心の壁が見える……。

「お初お目にかかります、藤九郎殿」

流石にいたたまれなくなったので意を決して声をかけた。
部屋の隅でSOSサインを目線に乗せて送っていたはな(・・)も可哀想だったしな。

「おお、婿殿か。お初お目にかかる。いかにも、儂が水野藤九郎近守である。戦から戻って疲れておるだろう? 儂はこのように妹と過ごしておるゆえ、まずは体を癒して参られよ」

一見優しさを見せているけど、その目は笑っていない。
家族水入らずを邪魔されたくない気持ちはわかるけど、流石にここまであからさまだとアレだな。

うん? どっからか『おまゆう』って言葉が……。

「左様ですか。畏まりました。すぐに失礼させていただきます。しかしその前に一つ。於大」

「はい」

俺に呼ばれた於大の声が弾む。顔を顰める近守。

「儂が城に戻った際、いつも行っている事があろう? 頼めるか?」

「? ……! はい、勿論でございます」

勿論、そんな事はないのだけど、於大は察してくれたらしく、俺に近付いて来る。

「ちゅ」

俺の肩に掴まるようにして爪先立ちになり、そのまま俺の頬に口付けた。

「なっ!!?」

驚愕し、固まる近守。はな(・・)は疲れた顔で溜息を吐いた。

くくく、近守さん、いやさ義兄様おにいさま。あんたには感謝してるぜ。
いってらっしゃいのチューは慣習にできたけど、基本帰りの時間が定まらない上、帰城を妻が出迎える風習が無いから習慣化できなかった、おかえりなさいのチューをさせる事ができたんだからな。
覚悟しろよ於大。これからはできる限りしてもらうぜ? 義兄様に嘘を吐く訳にはいかないからな。

なんせ俺は武略以外で嘘は吐かないと言っちゃってるしね。

「それでは藤九郎殿、拙者は暫く休みます故、ゆっくりと於大と親交を深められよ」

言いながら、俺はまだ於大の腰を抱いているんだけどな。
そして今は甲冑姿じゃなくて正装とは言え着物だ。
つまり於大の柔らかな双丘を感じる事ができる。

……ゆっくり眠れるかいな?

「勿論その後で、我が城に参られた理由を聞かせていただきますよ?」

「え? ……うん?」

「兵共に先に挨拶させていただきましたが、どうやら今回の出陣の内容を知らない様子。上和田城へ向かっている我々の後詰というお話しでしたが、それには少々遅いのではないですかな? 先触れも無かったようですしね」

「ああ、いや……」

「まさか妹に会いたいという理由だけで出陣なさった訳ではございませんよね? 常備兵だけでなく領民兵まで駆り出して。戦が無くとも出陣するだけで物資と金を消費するのですが、この事は刈谷城主十郎左衛門殿は勿論、水野家当主藤四郎信元殿はご存知なのですかな?」

「…………」

ついに沈黙する近守。はな(・・)は勿論於大の目線も冷たい。

忠政さんも安祥城へ遊びに来ていたけど、一応その度に信元に伝えてあったらしいし、こっちに先触れもあった。
兵も護衛の名目で三十名程度だったからな。勿論領民を徴兵する事なんてなかった。

「妹を大切に想うその心は素晴らしいと思いますが、城主では無いとは言え、知多の豪族水野家の一門。その行動には注意なされよ」

そう言って、俺は於大に自分から一度キスをしてから、部屋を後にした。

妹に会いたいがために兵まで集めて来るとか、中々の兄バカっぷり。
俺も兄妹は愛しているから気持ちはわからんでもない。だけど責任ある立場の人間ってのを考えないとな。

忠政さんが居なくなって、長兄として自由に振る舞いたくなっちゃったのかね?
確かに父親よりは弟の方が抑えが弱そうだ。

俺も気を付けよう。万が一にも、対信長の旗頭として担ぎ上げられたらたまらない。
公家趣味のある武将って愚将のイメージ(偏見)。
連歌だけなら「ぼくのかんがえたさいきょうのぶしょう」こと細川藤孝みたいなのも居るからあれですけど、弟に家督とか城主とか持ってかれてる(嫡流じゃない説もあるそうですが)から、やっぱりアレな武将だったのかもしれませんね、近守。
信広に少し自省を促すためにも兄バカにしてみました。
ちなみに市が生まれると、近守と於大以上の年の差に。どうなる? 信広の兄として威厳!?
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