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織田家の長男に生まれました 作者:いせひこ
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悲運の武将、松平広忠 参

三人称視点です。

「殿、今川から出陣の要請が来たと聞きましたが」

天文11年4月、三河国岡崎城にてその報を受け取った松平信孝は評定の間にて広忠にそう尋ねた。
信孝は広忠の叔父にあたり、広忠の岡崎帰参を援助し後見役となっていた。

「うむ、西三河の弾正忠領を目標に出陣するゆえ、こちらにも兵を出せと言うてきおった」

「まさか了承したのでは?」

「その通りであるが」

「弾正忠家とは和議を結んでおります。兵を出せば条約違反となりますよ。それに今から戦となれば田植えに影響が……」

「弾正忠家との和議などあってないようなものよ。どちらかの都合で反故にされる程度のもの。儂らもそのように認識しておったではないか」

信孝もそれはわかっている。だから彼も、本音は自分の発言の後半部分だ。広忠が弾正忠家の協力者である、水野忠政の娘を娶った事で成立した不戦条約なので、感情からも訴えてみただけだった。

「今の世において婚姻など立場が変われば解消される程度のものよ、いちいち嘆いておれぬ」

その言葉は当主としてとても頼もしいのだが、実の無い虚構のように思えてしまう。
それは今回の出兵に信孝が利が無いと思っているから感じる事なのか、広忠自身の未熟さが滲み出ているせいなのかはわからなかった。

「ならば民はどうなのです? 戦続きで田畑も荒れており、民も疲弊しております。この状況で農繁期に戦に駆り出すなど……」

「安祥城を取れれば民の慰撫などどうとでもなろう。都合の良い事に、大分力を入れて開発してくれておるようだしな」

「それがわかっているなら何故戦に出るなどと? 未だ我が方は領地の再開発もままならぬのに、あちらは見事に発展しております。国力の違いは明らかではないですか」

「待てばそれが縮まるというのか!?」

広忠の言葉に、信孝は口を噤まざるを得なかった。
そんな事は有り得ない。間違いなく、時間が経てば経つ程、弾正忠家と松平家の力の差は大きくなっていくだろう。
しかしそれは口にできない。主家を否定するようなものだからだ。
だから、信孝は沈黙するしかなかった。

「今川の力を借りねば三河を獲り返す事はできぬ。その今川が力を貸せと言うておる。本来ならばこちらから願い出て、見返りを要求される筈が、向こうからの要請で、しかも謝礼が出るという。これを好機と言わずしてなんと言う?」

理屈は理解できる。だが、その今川は本当に自分達の味方なのか?
松平家の支援を足掛かりに、三河を支配するつもりではないのか?
独立領主足り得ないのであれば、今川も弾正忠家も大差ないのではないか?

「今三河を取り返しても松平家にこれを保持する力はございません。ならばこのまま弾正忠家と結び、後に返還していただくよう約定を……」

「くどいですぞ、与十郎殿」

信孝の言葉を遮ったのは、阿部定吉だった。
岡崎城を奪われ、暗殺の危機に晒されていた広忠を連れて伊勢国に逃れ、その後、今川に保護と広忠の岡崎帰参を願った重臣である。
元々は広忠の父清康に仕えていたが、尾張侵攻の際、陣中に定吉謀反の噂が流れた。
これは後に信秀の謀略だったと判明するが、当時の清康はこれを信じてしまう。
命の危険を感じた定吉は、息子の正豊に「自分にもしもの事があったら無実を証明して欲しい」と潔白を示す書状を託した。
後日、本陣にて清康の馬が暴れ出すという騒ぎがあり、この騒ぎを定吉が討たれたと勘違いした正豊が清康を殺害してしまう。
これが世に言う森山崩れなのだが、定吉はこの時、責任を取って自害しようとした。
しかし犯人の正豊が討たれていた事、定吉謀反の噂が信秀の流した偽情報であった事から、広忠は彼を許し、家臣としている。

広忠の後見役を務める事で、彼の松平家内での発言力は日に日に大きくなっていた。
特に、広忠からの信任は非常に厚い。
それこそ、一門で叔父の信孝に堂々と意見を述べられる程に。

「今川は殿の岡崎帰参にも仲介となってくれただけでなく、兵も貸してくださった。その恩に報いる事はあっても、仇で返すなど武士の名折れ」

「その今川は本当に信用できるのか!? 長年の盟友であった北条を切り、武田と結ぶような連中だぞ!」

「言葉が過ぎますな、与十郎殿」

これには重臣の一人である酒井忠尚も不快感を示した。

「松平家の支援を建前に三河支配を企んでいるとしたら、何故松平家に出陣の謝礼を払うのか? 我々を疲弊させて服属させた方が楽ではないか?」

「……将監の城に今川の家臣が出入りしているという噂も聞くが?」

「松平家内に不義を撒く輩の説得を頼まれましてな」

「其の方……!」

「もうよい、叔父上」

脇差に手をかけ立ち上がりかけた信孝を、広忠が一喝して押し止める。

「今川の出陣に応じて我が松平家も兵を出す。これは決定事項だ。信孝叔父には留守居を命じる」

「殿……!」

「陣触れを出せ。恐らく戦は九月頃だ」

尚も食い下がろうとする信孝を無視して、広忠は命じた。居並ぶ諸将が頭を下げる。
一人、信孝だけは、拳を握りしめて何かに耐えていた。


広忠の予想は外れ、今川の到着は十月となった。
収穫が終わっていたのは幸いだっただろう。

「杞憂であったな」

自分の先見性の良さを自慢する広忠だったが、

「ようございましたな」

応じる信孝はそっけなかった。

広忠出陣前。
少しずつ広がっていく、松平家の不和……。
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