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織田家の長男に生まれました 作者:いせひこ
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不運な武将今川義元 弐

三人称視点です。

「死んだ! 死んだぞ!」

天文10年7月、駿河国、今川館にて、城主今川義元は諸手を上げて喜んでいた。
彼は相模に潜らせておいた間諜から氏綱死去の情報を受け取り、狂喜乱舞した。

「すぐに家臣らに参集をかけよ! これより三河に出陣する」

「今からですと収穫に支障が出るかもしれませんな」

勢いよく命令を下す義元をやんわりと止めたのは雪斎だった。

「ふん! 織田の倅ごとき、一月もあれば十分よ! 当主交代で北条が動けぬ今が好機! これを逃す方が痛いわえ!」

「信広が本当に取るに足らない凡将であるならばそうでしょうが、私の集めた情報によりますと、安祥城の補修と改築をはじめ、周辺地域の開発も手際よくこなしておるそうですぞ」

「弾正忠家は金だけはあるからの! 銭を使う事は得意という事であろ? 戦働きはこの東海一の弓取り、今川治部大輔義元に敵う筈がないわ!」

「まぁ、遠江の支配力強化、東三河への圧迫のためにも、出陣は悪くありませんが……」

「しかし時期を遅らせると北条が動き出すやもしれぬ」

「ならば関東諸侯に支援を送り、北条を攻撃して貰いましょう」

「任せて良いか、雪斎?」

「お任せください。差し当たって、関東管領である上杉憲政殿に接触いたします」

「ならば事が成り次第、家臣を参集させ、西三河は安祥城へ向けて出陣するとしようかの」

雪斎との問答で興奮も落ち着いたのか、義元は腰を下ろし、扇で自らを扇ぎ始めた。

勿論、関東の国人、領主、土豪達へ働きかけ、対北条に向けて動いて貰うと二人は簡単に言っているが、そう容易に事が運ぶ筈がない。
これは言うは易し、の典型例でもあった。

「その間に一度河東へ攻撃を仕掛ける。北条軍の動きを見て置くのも悪ぅない」

義元の言葉に今度は反対意見は出なかった。

「ところで信広の取り込み具合はどうじゃ?」

「芳しくありませんな」

弾正忠家からの資金提供が続いている間は難しいのではないか、と雪斎は見解を口にした。

「違うな」

しかし義元はそれを否定する。

「信広は自分の立場を忘れておるだけよ」

「立場、でございますか?」

「左様。奴は織田弾正忠家の長男として、父親の期待を受けて動いておる。それ故、こちらの言葉に耳を貸さぬのだ。しかし奴はすぐに思い出すであろうよ。相続権の無い長男がどういう立場であるか」

今は弾正忠家の長男であり、有能さを示しているため、父信秀の目が自分に向けられているが、嫡男が元服し、その目が自分に向けられなくなったらどうなるか。

「成る程。その時ならばこちらの甘言を受け入れるやもしれませんな」

「今は繋ぎを作っておく程度で良い。安祥城の補修と改築は順調なのであろう?」

「ええ、驚くべき速度で行われていると聞きます」

「ならば余計であろうよ。信秀からしても、今は有能な長男として見ておっても、嫡男が元服したならば思い出す。相続権の無い有能な長男がどれほど邪魔な存在であるかをな」

時間をかければかけるほど、信広という存在は弾正忠家の中で大きくなる。
そして大きくなればなるほど、弾正忠家にとって邪魔になるのだ。

「時間は今川家の味方よの」



義元は二千の兵を率いて河東へ出陣。長久保城より北条幻庵率いる千の兵士が出陣しこれと対峙する。
北条の動きを見るという義元の言葉通り、今川勢は北条勢と接触する事無くすぐに引き返した。
しかし雪斎による上杉憲政との交渉は、武田が上野に進出していた事もあって難航し、義元の三河出陣は翌年5月までずれこむ事になる。

「北条氏綱の死により何か動きがあるかと思うておったが、存外遅かったの」

その情報をいち早く掴んでいた信秀は、今川勢が駿府を発つのに合わせ、古渡城を出立。5月下旬には安祥城に入った。
これはかねてより信広から提案されていた歩き巫女を使った諜報活動の成果であった。

大国今川との合戦を予想し、信秀は動員可能な最大兵力で望んだ。
更に守山城城主、織田信光。犬山城主、織田信康。深田城城主、織田信次ら信秀の弟達も参陣していた。

6月、安祥城を発った信秀は矢作川を渡ったすぐ、岡崎城南2キロの地点に陣地を築き、今川軍を待ち構えた。
寄親寄子制を採用し、組織的な軍隊を作り、素早い軍事行動が可能になっている今川軍でも、その多くは農民である。
陣触れから開戦までの時間が長くなれば、戦をせずに帰らざるを得ないだろうというのが信秀の考えだった。

戦の極みとは戦わずして勝つこと。

成る程、それは至言だと信秀は思っていた。

条件は織田弾正忠家も同じだが、それでも今川は武田、北条との外交関係に不安を残している。
果たして収穫時期を無視してでも戦わなければならない相手だろうか。
一先ず撤退しておき、外交によって武田、北条と和睦を結んでからでも遅くはないのではないか?

「まぁ、そうなるとこちらも安祥城の強化に力を入れる事ができる訳だが」

入った時に見た安祥城はたった一年の間に堅牢な要塞へと姿を変えていた。これが更に一年、二年と経てば、難攻不落の堅城と化すだろうと予想できる。

「時間は弾正忠家の味方よ」

しかし今川としても、矢作川を越えて布陣する織田勢を見て撤退するとなると非常に外聞が悪い。
例えその理由が農繁期に入ったからだとしてもだ。
それは三河の武将達だけでなく、松平家そのものの離反を招きかねない。
弾正忠家としても、あの(・・)今川軍が恐れをなして逃げた、と周囲に宣伝できる。
寝返る国人、土豪は多くなるだろう。

三河の統治が安定すれば自分は尾張国内に注力できる。

「なんとか、尾張を統一して吉法師に譲れそうだな」

そして同年10月、今川は帰る事無く、織田勢の陣地から東に4キロの地点に布陣する。

「川を背にするとは、兵法を忘れたか? 老いたの、信秀!」

今川勢が織田勢に向かって前進を開始する。

「背水の陣の真の意味も知らぬか。愚かなり、義元!」

そして織田勢がその今川勢に向かって突撃を仕掛けた。
ここに、後に第一次小豆坂の戦いと呼ばれる戦の幕が上がった。今川勢一万。織田勢七千。
両軍は正面から激しくぶつかり合った。
嘘か真か第一次小豆坂の戦い開始です。
信広活躍のために(ネタバレ)拙作では事実として扱います。
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