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紙面素歌

作者: 永月ほたる

10月の企画小説は「紙」がテーマです。

小説検索で「紙」と入れると他の先生の小説もご覧になれますので,ぜひ読んでみてください。

ひらひらと色気づいた木の葉が並木道で遊んでいる。

その先に見える坂の向こうは,従妹の奈美が住む住宅街。

とても小さく見えるゴール地点,手には時期遅れのお中元。

それは身寄りのないたった1人の従妹への差し入れ。

少しだけ休憩しようと路肩に腰を据え,夕暮れの秋空を一望する。

その簡素な空気に疲れを吸い取られたのか,ちょっとだけ身体が軽くなった感じ。

「あと少し,もう少し……♪」

少しばかり溜まった疲れが,微かに記憶の中に残る1曲をリクエストした。


「さて……行きますか」

この町に来て早半年,最近はイヤでも季節の変化を目のあたりにする毎日。

色鮮やかな絨毯を背に,少しばかり浮かれた足どりで残りの距離を消化しよう。

この辺りは小高い丘で,坂とはいってもそれなりの脚力だって要求される。

だからといって,この坂のすべてが苦なわけではない。

高台からの眺めは,町の景観を独り占めしてるような優越感さえかき立てる絶景だ。

都心から小一時間の小さな町だが,距離や時間では説明できない何かがココにはあるのだろう。


丘の頂を越えたとたんに,無意識に真っ白な一軒家へと小走りになってしまう。

目的の場所には夕陽に引き伸ばされた影が1つ,ゆらゆらと縁側に映えている。

気付かれぬように足音を殺して近づくも,手にしたビニール袋の音が奈美の眠りを遮ってしまった。

「おっす,気持ちよさそうだな」

縁側に腰かけたまま,半開きの瞼を擦る猫背の少女。

その虚ろな目が自分の手元に注がれていることに気付いたオレは,片方の袋を大げさに振ってみた。


ゆっさゆさ……ゆさ……ぶんぶん。


まるで五円玉を使った催眠術のように,彼女の首も規則正しく弧を描いている。

だがこんなコトをしていては日が暮れるのも時間の問題だろう。

「いいかげん起きろ,目が死んでるぞ?」

そう言ってオレは手にしていた袋を彼女のフトモモへ放り,程好く煙った焚き火に手の平を向けた。


絵としては,小さな種火を挟んで縁側の奈美と対面するような位置関係。

夕陽のイタズラか,セーラー服のセミロングは火照ったような顔でこっちを見ている。

冷えた秋風を避けるように冬服の上着を羽織る奈美は,オレより3つ下の中学2年生。

家は近いのだが学校が離れていることもあり,最近はなかなか会えず心配だったのだ。

そんな奈美と目と目が合うと,だんだんとその顔に赤味が増える。

「ちょ……なにボケ〜っと見てんのよ」

久々の対面なのに,感動のカケラすら感じない展開。

ちょっと小生意気な口調はいつものことなのだが。

だが,今年の初めに母親を事故で亡くしたことで神経質になっていることも確かだろう。

数ヶ月が経った今でも,心の内には焦点の合わないレンズみたいなモヤモヤがありそうだ。

四十九日も過ぎ,一段落したが寂しさや悲しみはそう簡単に消せるものではない。

だからこそオレはいつもの調子で言葉を返している。

「ずいぶんご挨拶だな,せっかく心配して来てやったっんだから歓迎してくれよ」

負けじ劣らじと素の口調が走るのは,いつも通りのオレで接してやりたい一心ゆえなのだ。


だがそんな心優しい従兄の気も知れず,奈美はいきなり袋の中をあさり出してるではないか。

「あ,これこれ……って,ずいぶん大っきなの買ってきたじゃない!」

袋の中には見事なまでに肥えたサツマイモがドサリ……3つ仲良く並んでいる。

「とびきりデカいのを選んだからな。店の人も気を利かせてくれたんだろう」

小さな町では良いこともそうじゃないことも電光石火で千里を走るのだ。

そのため,母親を失って1人となった奈美の境遇を知る人もけっして少なくはない。

オレは奈美と並んで前屈みのポーズをとり,八百屋の袋からガサゴソと旬の食材を引きずり出す。

そのとき,ふと生意気にスカートの丈を縮めた奥から,赤味がかったモモ肉が視界に飛び込んだ。

言葉にはしないが,オレが手にしてるソレとそっくり……。

思わず口元が自然に緩むのを拒めなかった。

「あぁ……もしかして今,すっご〜く失礼なコト考えてなかった?」

コイツ,オレが笑うのはエロいことを考えてるときだけだと思ってやがる……まぁ反論しないが。

それと同時に,やっぱり幼い頃からの縁を否定できないのも事実,すべてお見通しというわけだ。

「とんでもない。こうして並べるとオマエみたいに可愛いやつらだなぁとか思ってたんだぞ?」

「ば,ばか!なんなのよ,いきなり……しかも,私がイモみたいな顔してるって言ってる!」

「言ってない言ってない!オレは奈美が可愛いって言ってるんだ」

「ぅ……ゃめてょ〜」

負けん気が強いわりには,ちょっと誉める(?)だけで過剰に反応する。

それがまた茹でたタコみたいに,とんでもなく真っ赤なモンだから笑わずにはいられない。

毎度ながら,この習性を利用してオレは奈美の罵声から逃れるのだ。


そんな茶化し合いをしている間に,どれが一番星だか分からなくなってしまった。

こうして奈美と一緒にいると,ホントにダラダラと時間だけが過ぎてしまう。

そして,その実感はいつも消化器でもって鋭敏に感知されるのだ。

たとえ焼けていなくても目の前に大きな食欲が添えられると,とたんに正直者になる都合のよい身体。

「さあ,早く焼こうぜ?」

オレは痺れを切らして袋の中のブツを地べたへ並べ始めた。

短いスカートの裾を丁寧に整えながら,奈美はちょこんと隣に座って種火をじっと見つめている。

「なんだ,そっちには食いモンなんてねぇぞ?」

「違うよ,ちゃんと火がついてるのか見てるの。一緒にしないの!」

奈美の小さな手,その甲に覆いかぶさる濃紺の袖口。

服が大きいのか,本人が小さいのか,はたまたその両方だろうか。

袖口から短い人差し指を真上に突き出し,説教好きな高飛車の女性教師のモノマネみたいだ。

「そろそろ焼くか?暗くなってきたから,急いだ方がいい」

奈美は黙ってコクンと首を縦に振ると,小さな手で取れたてのイモを丁寧に焚き火の中へ埋めてゆく。

それを見守るように,ついさっきまでの秋空と同じ色をした火の粉たちが頬を照らしていた。


パチパチ……パチ,ジュジュ……。


乾いた燃焼音に,微かながら湿音が混じりこむ。

「あは,煙が出てきたよ。そろそろひっくり返す?」

言葉は疑問形なのに,それが自分の意思表示であるかのように奈美が有言実行する。

「あと10分くらいだな,それまで耐えられるか?」

意地悪く小腹をつつくと,奈美は火中のイモ以上に顔を膨らませた。

「オマエが膨れてどーすんだよ?」

言った先からツボに入ってしまい,しばらく2人して笑い合う。

「もう,今日は買って来てくれたお礼に好きなだけ言わせてあげてる。でも明日からは罰金とるからね?」

「へぇへぇ分かりましたよ,寛大なお言葉ですな」

オレが縁側へ腰を移そうと立ち上がると,つられて奈美もマネをする。

昔から口応えはしながらも,こうしてオレの後に付いてくるのは変わらないな。

そして結局どこに座っていても,イモが焼き上がるまではヒマなのだ。


しばらくして,足元に乱雑なプリントの束が積まれているのに目が向いた。

「何だこれ?」

ちょっと従妹のプライバシーを意識したが,やはり人間は欲に従う生き物。

バサバサと無造作にその1枚に手を伸ばそうとしたとき。

「ちょ……それは,ダメダメぇ〜!」

奈美があわててその手を制止しようとした。

だが刹那の差でオレの手が上1枚をめくり取る。

「ん……これって?」

「あわわ……そ,それは……」

「何でテスト用紙がこんなトコにあるんだ?まさか赤点答案の抹消とか企んで……ッ!」

そこまで口にしたところで奈美の拳が突き刺さった。

とはいえ,たしかにそれは学校のテスト用紙ばかり。

ふと目を移すと,奈美は少しだけ恥ずかしそうな素振りをしつつも瞳に眠気の時とは違うソレを溜めている。

「あ,いや。そんなつもりじゃなかったんだけどさぁ」

「バカ!亮平のバカバカバカ!」

力の不十分な拳でオレは何度も胸板を打たれた。

込み上げる涙に負けじと懸命にこらえる奈美の顔が,とても悲しそうに見える。

「悪かったよ。でも,どうしてテストなんて燃やすんだ?叱ったりしないから教えてくれないか?」

じっとオレを見つめる眼差しに,非難と悲観の意がずっしりと覆いかぶさる。


それから,どのくらい沈黙が流れただろう。

イモが焼き上がっていない点から察するに,3分くらいが妥当だろうか?

そう思った矢先,ゆっくりと奈美の口が開いて今まで止まっていた時間を押し進めた。

「あのね,べつに燃やす必要はないと思うんだけど,お母さんに伝えたかったんだ……私の“今”を」

微かに震えた声で奈美がオレの問いに言葉を返す。

それは震えてこそいるが悲しいとも辛いとも異なる,どちらかといえば決意に近い何か。

「私ね,お母さんに置いてかれたんじゃないかって思っちゃって……」

「でもそれで悲しんでても,お母さんは帰ってこないんでしょ?」

奈美の目に溜まっていたモノが,秋風に掬われてハラリと舞った。

「帰ってこないのは分かってる。でも,これだけ悲しいのにお母さんに会えないのって私が未熟だからじゃないかって……」

「だから私,もっともっと頑張んなきゃって思って……バカだよね,そう思うだけムダなのに」

顔には汗かどうかも分からない無数の雫がベッタリと張りついている。

そこから湧き上がるのは,泣きじゃくることしかできない無力な少女の精一杯の想い。

正直,オレは言葉のかけように困ってしまい,黙ったまま奈美の話を聞くしかなかった。


「だいたい……亮平はさあ,なんでわたしの相手なんてしてるの?」

それでも奈美は言葉を止めない。

「ホントは面倒なんでしょ?私となんて一緒にいたら,みんなに陰口たたかれちゃうよ?」

すでに微笑どころか自嘲に満ちた能面で彼女は遠くの月を見ている。

「亮平,無理して私の相手なんてしないでよ?アンタは今までどおりの生活をすればいいの!」

けれど,そう言われて素直に「はい,そうですか」なんて言えるだろうか?

そう思うと無性に腹が立った,そう,無性に。

奈美が憎いのではない,奈美にそう言わせる“ひとりぼっち”が憎いのだ。


憎い……!


奈美を悲しませる,その境遇が憎い。

「なんで……だよ」

「……え?」

意識がワンテンポ遅れたが,そのときにはオレは奈美の襟首を容赦なく絞めつけようとしていた。

向けようのない憤りを奈美に向けていることも悟っていたが,それでも身体は言うことを聞かない。

「なんで,なんでそんなコト言うんだよ!」

「いつ,オレがオマエに同情とか憐れみとか言った?いつそんなコト言った?」

「ちょっ,亮……ゃめ」

「バカヤロウ!」


バシーン……!


偶然か必然か,その癇癪に秋の虫たちがシーンと静まりかえる。

「……っく,りょ……ぅっく……」

ジンジンと熱を宿した平手の感覚が一瞬だけオレを我に戻すが,すでにそれは焼け石に水,形骸だった。

「ばかッ!オマエはバカだ,大バカだ。救いようがないバカだ!」

「なんでオマエを心配しちゃいけないんだよ?そんな法律でもあんのかよッ!」


パンッ!


バシッ!


「オマエのためになりたいと思うのはダメなのかよ?」

次から次にヤジが,罵声が,汚言が湧き出る。

言ってはいけない言葉,言いたくない言葉,言われたくない言葉。

だがオレの中には,自分がヒトのもっとも醜い部分をさらけ出していることを認識する程度の理性すら残っていなかった。

もはや何を言っているのかさえ自分では分からない。

ただ,何か言葉を口にするたびに心の臓の深くに杭を1本,ものすごい勢いで叩き込まれるような悲痛が走るのだけは確かだった。

葛藤,崩壊,変容,なんなんだろう,この気持ち,この感覚……。

その痛みがジンジンと増長し,心,脳,そして自身を貪食して自分が自分ではないように感じてしまう。

そのまま汚れた感情に支配され,それから先はまったく何も分からなかった。


さくっ……もふっ……ふが,ふが……。


「ぁ……」

理性がトンで,いつの間にかそのまま寝てしまったのか……ずいぶん見苦しい目覚めだ。

手の平がまだジンジンしている……寝てたといってもホンの数分だろう。

「あ,亮平……だいじょうぶ?」

見上げた先には手型のような黒いアザの頬。

それに心当たりがないと言ったら半殺しじゃ済まないだろう。

あまり目を合わせたくなくて,オレはわざと首を斜めに向ける。

だが,そのとき。

「亮平……」

ぴったりとオレの額に奈美の手の平が密着した。

その雑意のない温もりに心の底から満たされている……そんな気がした。

「奈美,手が熱いな」

「分かる?もう食べてるんだから,アンタも早くしなよ?」

そのままの口調で奈美は不器用にイモを分けてくれた。

「あち……ッ!」

その熱さが,歯髄を通して身体に伝わる。


はふ,はふ,はぐ……。


しばらくは互いに無言のまま,縁側を流れる時間は妙に虚しい。

そんな歯切れの悪い空気を,奈美が先に崩した。

「亮平?私,アンタに酷いこと言っちゃった……もう構うななんて……」

「……気にするな。そんなの今に始まったことじゃないだろ?」

「うん,だけど,やっぱり私,亮平に悪いこと言っちゃったから」

「いや,謝るのはオレの方だ。取り返しのつかないことして,オマエの頬っぺただって……」

だが,奈美はにっこりと笑ってオレの頬に小さな手をあて,優しく擦ってくれた。

その温かさが無性に涙腺を刺激して,なぜだか分からぬまま目尻が熱くなることだけが唯一確実に感じ取れた。

「私ね,ホントは寂しかった,とても。でも,亮平はずっと優しくしてくれたよね?」

「ホントに嬉しかったよ。お母さんがいなくなってから,私にはアンタしかいなかったから」

「そんなの,放っておけないじゃないか。兄妹みたいな付き合いだったんだからさぁ」

「……うん,兄妹じゃないけどね。でも,それくらい一緒に過ごしてきたんだよね,私たち……」

なんだかちょっと苦手な雰囲気になってきたのを感じ,オレは誤魔化すようにイモを頬張って無心を装った。

だが,その仕草,呼吸,すべてを1つの視線に曝しているのは間違いない。

「なに?ちょっと,無視しないでよね!」

頬にある小さな手がペシッと可愛らしい音を奏でる。

やっぱり見透かされてるんだな……今オレが目にしてる奈美,コイツは昔から知っているたった1人の奈美だ。


「ああ,そういえば,オマエを平手打ちしたのって,二度目だったっけ?」

奈美という存在に自分が支配されていると思うと,なんだかそのすべてが脳裏に蘇ってきた。

「なによ……話を逸らさないの!ちなみにアンタにぶたれたのは三度目。加害者が忘れないでよね!」

「そうか?イマイチよく覚えてないからなぁ」

そう言いながらオレは次のイモを手にとって,勢いを変えずに口へと運ぶ。

「でもね,嬉しかったよ。ホントに,ホントに」

「お母さんにもいっぱいたたかれたし,痛かったけど,やっぱりそれって思い出なんだ。私とお母さんの2人の思い出なんだよ?」

「だから,もう誰もそうやって私のために,私を想ってくれないんじゃないかって,とても不安だったんだ……っく……」

「だから……」

そう言って奈美はオレの腫れた手をとり,今度は自分の頬へとあてた。

まるで勘合符を合わせるかのように,その因果をはっきりと身体に収めているようなとても不思議な仕草。

そのミミズ腫れから小刻みに奈美の熱い脈動が伝わってくる。


「亮平?」

目をうっすら閉じたまま奈美が呼ぶ。

「ホントに,ホント,ありがとね?」

「ぶたれたのは痛かったけど,とっても嬉しかったんだよ,ホントに……ああ,何度も同じコト言うとバカみたいだね」

「分かったから,いいかげんその手を離してくれないか?食べづらいよ」

それでも奈美は自分専用の楽器みたく,つかんだ手を離そうとはしない。

「あのね,ちょっと,ヘンなこと言うようだけど……いいかな?」

「な,なんだよ?」

コイツがヘンなことといったら,ホントにロクなもんではない,それは身を以って知っている。

このまま逆関節でも喰らうのかと思ったら,心臓の興奮が止まなくなった。


どくん……。


そのまま奈美はオレの首へ腕をまわし,首を絞めるような体勢になる。

もはやココまで……そう思った瞬間。


す……き……。


「大好きだよ?ホントに,大好き,亮平……」

「え,あ……奈美?」

逆関節とは180度反対の不意打ちで懐深くにダメージが走ったが,なぜかとても心地良かった。

「さっきの話だけど,私……お母さんに頑張ってるトコを見て欲しくて,テストも頑張ったんだ」

「ああ,なんで奈美が100点とってるのか謎だったけど,そういうことなら納得できる」

なんでだろう,奈美と一緒にいると,さっきまで取り乱してたのに,そんな不安定な心が丸くなっていくような感じにとらわれる。

「私はね,ホントに成績もロクなもんじゃなかったから,けっこうお母さんに怒られてた。いつもそうだったんだ」

「でもね,お母さんがいなくなって,そばに亮平しかいなくなって,私,ホントに思ったの」

「変わらなきゃ。私のことを想ってくれる人に,私も応えなきゃ……って」

「皮肉でしょ?私を大切に想ってくれる人がいなくなってから,初めて私はそうやって思ったんだよ」

彼女が抱えてきた誰にも知られることのなかった気持ち。

それが今,豪雨のようにオレの心を撃ちつけている。

―――大切なものは,失って初めてその大切さを知る。

「でもね,まだ私には光が残ってたの。亮平がね,まだこうして,私のそばに居てくれること。それが私の光なんだよ?」

「あ……だから,今は亮平のおかげで,私,幸せを感じてるんだね?」

そのまま延々とオレのあまり得意ではないムードが流れている。

奈美にはまだ,オレの手を解放する気配すら感じられない。


でも,それでいいとオレは思った。

だから,それに応えようと強く思った。

「オレも……好きだ,奈美のこと……」

「え……,えぇッ?」

「だから,その……まぁそういうことだ。だから,存分にオレを好きになればいい」

健全な世の女性に言ったら百発百中ブン殴られるような言葉がふつうに出てくるオレの頭。

「それって,その,俗にいう『告白』ってやつ?」

「ああそうだ,そうだよ。だからこれからも一緒にこうやって居てやるから。だからそんなに項垂れるなよ」

「な,なによ。そんな,項垂れてなんてないもん!」

「まあそれはいいとして。ほら,このテスト。どうすんだ?」

ヒラヒラと奈美の前にちらつかせて,その先の言葉を待つ。


パチパチ,パチ……。


1枚1枚,奈美が一生懸命になって挑んだテスト用紙が灰になっていく。

イモは燃えないが,紙は燃える。

いつしか焚き火は焼却施設のような役割を持っていた。

「なんだかさあ,こうやって“パチパチ”とか音がしてると,拍手というか囃子みたいだな」

彼女は小さく屈んでゆっくりと,自分の“今”を火にかけてゆく。

「いいのか?もし叔母さんが生き返ったら,これだって見せられないんだぞ」

「そしたら,また頑張ればいいじゃん。今は,コレが私の“今”なんだから。その次もきっとあるよ」

いやはや,その心意気というか肝の据わりようには心底感心する。

「……で,叔母さんに向けて火遊びしてるってワケか?」

「うん,お母さんに向けて。お正月の神社と同じだよ?」

「そりゃあ違うな。お守りとおまじないは違うぞ?」

「どっちでもいいの,頑張ったことをお母さんに自慢できるんなら。それにね,亮平といると落ち着くし自信になる」

ああだこうだ言ってるオレも,気付けば一緒にテストを燃やしていた。

「きっと天国まで届くよ,少なくともオレはそう思ってるし,そう言ってる奈美を信じてるからな」


最後の紙は家庭科のテストだった。

それを真っ白な灰にして,奈美が再びコチラを伺う。

「ねえ,もう一度だけ聞くよ?」

「な……なんだよ?」

「ホントのこと言ってね。さっきのが嘘でも構わないから,今だけホントのこと言って?」

そう言うなり,奈美は再びオレの手をとってゆっくりと口を開いた。


 私は,良平のことが,大好きです。


  亮平は,私のこと,好きですか?


小さなころ,よく一緒に夫婦ゴッコをしたのを思い出す。

「あのなぁ……何度も同じコト言わせんなよ」

気だるく首をかしげながらも,そう言ってオレは小柄な身体を両腕で抱きしめた。

「あ……ちょっと,亮平?」

「オレだって,奈美のことが大好きだ。だから,いつまでもオマエのそばにいてやりたい」

「あ,ありがとう亮平……ホントに,私なんかでいいの?」

「今さらなに言ってんだ?イヤならいいけど」

「そんなんじゃないよ。嬉しくてさ……なんか,悲しくないのに,涙が出ちゃって,あは……可笑しいね」

そう,奈美の想いは叔母に届くだろう。

だからオレも1枚1枚の紙に想いを託し,奈美を信じ,奈美の想いを受け取ってくれると叔母を信じた。

そして,アイツには聞えないように叔母へ一方的な約束をした。


 叔母さん,奈美は,オレが守ります。


  オレは,アイツをずっと守っていきます。


   だから,叔母さんも,奈美を見守って下さい。


それはホントに薄っぺらで,重さなんて無きに等しい紙切れ。

でも,そこに込めた想いは無限だ。

そう,モノの価値は大きさや重さではない。

それに込められる想いの強さこそがそれなのだ。

それは大切な人を亡くして初めて知る存在の重みと同義かもしれない。

だから,今,目の前にある白い粉はとても軽くてとても重い。

その想いが消えないように,オレは奈美と一緒にソレを花壇の一角に“埋葬”してやった。

紙の燃え跡なんて肥料にはならないけど,そこにはずっとオレたちがいる。

叔母が大切に育ててきたように,奈美をオレが同じ“想い”で守るんだ。

「一緒だな,叔母さんも」

「お母さん,喜んでくれるかな?」

「少なくとも,怒るとすれば火遊びくらいだな。テストは満足だろ」

「えへ,私だってやればできるんだから!」

そう言って奈美は可愛らしい笑顔を至近距離で浴びせてくれた。

たまらずオレはその頬に手を添える。

「次は期末試験だな。科目が増えるから,もっといっぱい燃やせるぞ?」

「うん,お母さんに私が頑張ってるトコ,いっぱい見て欲しいな」

そんな可憐で華奢な,でもか弱い大切な身体をギュッと抱きしめた。

奈美はニコニコしながら涙を流している。

「な……どうした?」

「ううん,なんか私,今とっても幸せなんだなあ……って思うの」

「テストだって今思えば,ホントは亮平のために頑張ったのかもしれないし……」

「これからは,あんまり手間かけさせんなよ?」

「な,そんな言い方しないでよ!」


「まあいい。とにかくこれからも一緒だ,もちろん叔母さんも。できるコトをやればいいんだ」

「うん,私もそう思う。だから,私は自分のため,そして亮平のために頑張るよ!」

「調子に乗るな。オレの望むハードルは高いぞ?」

「ぅ……なによ,その言い草は……ッ!」

「まずはその言葉遣いだな。年上に対する敬意が足りない」

「いいじゃない,だって,亮平は“亮平”なんだから!」


見上げれば大きくて白い月がオレたちを照らしている。

それは今日に限って色白の叔母さんの肌艶にも見えた。

「冷えてきたな」

そう言ってオレは奈美の肩にさりげなく手を回す。

異性の体に触れるとは,正常心ではなんとも耐えがたいものだと思いながら。

そんな小心なオレに,奈美は小さな手を差し出した。

「一緒だよ?」

その聞きなれた声色に応えようとしたとき。


ひらひら……。


焼け損じたまま夜空に放たれた紙が戻ってきたのだろう。

何か書かれているのに目を向けると,それは公民のテストだった。

「奈美,コレ見てみろよ」

指差したトコロには,親族やら血縁者を結ぶ親等図があった。

「コレとコレの関係がオレたちで……」

「私はお母さんの直系血属だよね?」

「ソレを間違えたら,死ぬまで呪われるだろうな」

そこでまた,2人して顔を合わせて笑いあう。

そしてオレは奈美の手の平にそのカケラを握らせる。

「オマエは叔母さんの子だ。ホントに愛されて育ったということだけは忘れるなよ?」

「そして,オレはそれくらいにオマエを愛したいと思ってる。それも忘れないでくれ」

うつむいた奈美の顔ははっきりと見えなかったが,コクリと首が動くのだけは確かに分かった。

そして,その最後のピースを2人で叔母の育てたコスモスの下にそっと埋めてやったのだ。


結局,イモはといえば,多すぎて食べきれず,1本はコスモスに分け与えてしまった。

焼きイモを植えても何も起こらないとは思うが,それよりも食べ物を粗末に扱うのはやめよう。

ちなみに叔母は2人を誉める前にこう言うに違いない。


「火遊びはやめなさい」




  <完>

ここまでお読み下さり,誠にありがとうございます。

お目汚しも多々あるとは思いますが,少しずつ頑張っていきたいと思っております。

まあ…3日しか携わっていないので,書いた本人も実感がないような…(失笑)

とにかく読んでいただいた事に大きく感謝しております,ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 読ませていただきました。心温まる一作ですね。 読後の余韻もとても穏やかで秋めいています。 それは地の文が丁寧で和の雰囲気に満ちていることの効果もあると思います。 会話分は一人で話しているとき…
[一言] 読ませて頂きました。 心地よい余韻に浸っております。良い作品でした。 失言をしてしまい申し訳ないのですが、一人の会話で、「」を続けてしまうのは少し違和感を感じました。ですが綺麗な地の文の描写…
[一言] 二人の関係が同情から愛情に変わるのを見ていると心が暖かくなりました。 心配してやったりとか、彼女の境遇を不幸だと思っているのをみると、彼は同情だけで彼女に接しているのではないかと最初は嫌悪感…
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