第五十三話:世界は壊すんじゃない、変えるんだ
上空では凄まじい爆発と、幾つもの瓦礫が際限が無いと感じるほどに落ちてきている。
ユグドラシルの最下層。半壊した入り口の前で莉王は、ルシファーと切り結んでいた。
敵も自分も同じ剣を使う式神。そして、相手は生まれて初めて戦う鬼神。
莉王のテンションは否応にも無く上がり、戦いが始まってからずっとルシファーを圧倒していた。
「ハハハ、もっとだ! もっと戦おう!」
「こ、の……イカれ人間がァ!」
ルシファーの斬撃は読みやすい。心眼を使わずとも読めるほど、それほどまでに両者の剣の腕には差があった。
ルシファーの一撃を難なく弾き返すと、莉王はその間にルシファーを三度斬る。
斬って。斬って。斬って。斬って。やがてルシファーは血を撒き散らし、倒れた。
「俺が! この俺が……!」
「悪いが、俺はもう負けるのは嫌なんでな。残念だが、終わらせてもらおう」
光の刃を巨大化させ、莉王はルシファーを一刀両断。爆発が起きて、ルシファーの死体はその威力に消し飛ばされる。
戦況を見ると、悪鬼の数もかなり少なくなっている。大型悪鬼の何かはもう一匹も見えない。
ほぼ確定の勝利。だが、何かがおかしい。そう、こちらの戦力が圧倒的過ぎる。
心眼を使って、周囲から人の心を読み取ってみると、幾つかの"声"の中に気になる声があった。
曰く、十文字が来ている。それだけでその人物は大喜びし、もう勝った気で居た。
「戒が来ているだと?」
非常に不本意ながら、十文字戒は十名家最強の男だと莉王は認めている。
だが、何故。あの引きこもりがこんな所にまで出てくるなんて珍しい。というよりも信じ難い。
だが、考えても考えてもわからない。仕方が無いので莉王は思考を放棄し本陣へと足を向ける。
見渡す限り悪鬼の死骸。たまに人間の死骸もある。莉王はそれを踏み越えて歩く。
いつか兄が言っていた、王とは全てを踏み越えるものだと。
「こんなのが、王か」
現実は虚しかった。自分は、こんなものを踏み越えてまで王に成りたかったとかと今更ながらに思う。
幼き頃、莉王が思い描いた王は強くて、皆に好かれる偉大なる王様。だが、それは綺麗な面だけしか書かれない王。
だが、現実はこんなもの。いくら王を目指そうとも、後に残るのは死臭のみ。
「俺は……」
莉王は顔を上げ、茜色に染まる空を見上げてため息をついた。
命が運命と大和と空我に連れられて本陣へと帰ると、ザワリと空気が凍りついた。
九尾の狐の中心の鬼神が三人も居るのだ。当たり前だろう。何人かは明確な殺意を向けてきた。
鬼神への侮蔑。それを感じると運命は周囲に殺気を撒き散らし、威嚇する。
もし、命を傷つけようものなら即座に血の海にしてやるつもりだった。
とりあえず、攻撃は無いようで運命は命を抱きかかえたまま、医療用テントまで歩く。
「命の手当てをして貰いたい」
そう言うと露骨に医者は嫌そうな顔をした。こいつも、自分を知っているのか。
殺してやりたいところだが、医者の数もそう多くない。医者は侮蔑もあらわに、
「お前鬼神だろ? 何で鬼神が連れてきた奴の手当てを俺がしなくちゃならないんだよ。
そいつもお前らバケモノの仲間なんじゃないのか?」
「──ッ!」
運命が阿修羅姫を引き抜き、斬り殺そうとするのを大和と空我が慌てて止める。
医者は恐怖に慄き、医療テント内は一時パニックに陥った。
「ほほぉ、じゃあ僕の治療もしてもらえないのかい?」
その騒ぎを収めたのはテントの入り口から聞こえた冷たい声。そこに立っていたのは鬼憑状態の律の姿。
十名家の九我山、それも直系に睨まれて医者は完璧に萎縮し半泣きで命の治療をしようとする。
だが、運命はその手を払いのけると、
「お前なんかに触らせない。設備だけよこせ」
そう言い、包帯と適当な薬をひったくると近くの空いているベットに命を優しく乗せる。
だが、鬼神は基本的に治療というものが要らない。放っておけば治るし。
危険な怪我は反意思を使って治せばいい。そのため怪我の治し方なんて知らない。
「よっし、僕に任せて。こう見えてもお医者さんごっこはとくぐべぇ」
運命に蹴り飛ばされて大和はテントの入り口まで吹き飛ばされた。空我は一応気にしているのか
たまに口出しするだけで、後はそっぽを向いている。すると一人の医者が運命達の下にやってきて、
「素人の治療法は危険ですよ」
「……うるさい」
「私に任せてくれませんか? 六道は患者を区別しません。鬼神だろうが、人間だろうが患者は患者ですので」
そういうと運命は無言で命の傍から退いた。相手が女医というのもあるのだろう。
運命はようやく任せる気になり、そんな運命の成長を見て空我は心の中でこっそり笑うと、
「はい、運命。こういう時はなんていうのかにゃ?」
「……ありがとう」
「よくできました」
女医はそのやり取りに笑い、運命は拗ねたようにそっぽを向いた。そして邪魔だと判断したのか、
何回も命を振り返りながらテントの入り口付近で気絶してる馬鹿を回収しに行く。
そこで、先程助け舟を出してくれた女──律を見ると、
「お前も、ありがとう」
「いえいえ。僕の家は鬼神に理解があるものでね。それに、目を見ればわかるよ。悪人か善人かぐらいは」
律は機嫌良さそうに笑うと、運命も釣られるようにして表情を緩めた。
陸人と森羅は一旦本陣へと戻ってきていた。悪鬼の数はもう居ないに等しい。
率いていた鬼神も逃げ出したし、もうほとんどこちらの勝ちのような戦いだった。
とりあえず、身内に顔を出そうと浅葱と一課が合同で情報解析や操作をしている場所へと向かう。
何台もの改造された車の傍に、いくつかのテント。そこはまだ戦場のようだった。
飛び散る紙。一心不乱にキーボードを叩く音。走り回る人。電話での怒鳴り声。
その中で陸人は、一瞬で座って作業している詩歌の姿を見つけると軽く小躍りしながら、その背中をドンと押した。
陸人としては軽くやったつもりなのだろう。だが、詩歌は華奢な体格。
急に背中を押され、前のめりになった詩歌はパソコンのディスプレイに頭をぶつけ、更に置いてあったコーヒーまで零した。
「あ…………」
陸人の顔面が蒼白になり、森羅は目を逸らしてため息をつく。そして、詩歌は笑顔で振り返ると、
「陸人、何してくれるのかな?」
「い、いや……その、つい、出来心で軽く押したら……ご、ごめんなさい」
「ごめんですんだら警察はいらないわ」
直後、詩歌の平手打ちが陸人に直撃し、崩れ落ちる陸人。森羅は特に何を言うべきでもなく
馬鹿な親友を軽く踏んで乗り越えると、詩歌へと愛想笑いを向けて問う。
「状況はどうなの?」
「悪くないよ。こっちも死者が何人か出たけど、あの悪鬼の数に対しては奇跡のような損害だし
直径筋の死者報告は一件も無いの。情報操作も不発弾が大量に見つかったって事になってるし
結界士も沢山居るから特に情報の漏洩とかはないと思うよ。後は、色々な勢力用のまとめぐらいかな」
「なるほど、流石浅葱だね。情報操作の巧さや結界士への人脈は俺達にも有名だよ」
「森羅君の所の人が優秀だからだよ。あの杉谷さんって人のお陰でリスク無く政府に接触出来たしね」
「確かに、あの人は優秀だよ。俺達の部隊にはもったいないくらいだ」
「森羅君狙っちゃえば? ほら、あの人まだ独身らしいし」
「い、いや……俺は、そういうのは……」
詩歌の質問にたじろぐ森羅。すると、落ち込んでいた陸人が突然立ち上がり、
「いやいや、お前には無理だろー。あの人、絶対Sだぜ。あ、でもMなお前なら大丈夫かもな」
「会話に入ってこないでくれる? 私は今、森羅君と話しているんだから」
また落ち込んだ。今度のは相当効いたようで、地面に体育座りをしてイジイジと地面をいじる。
正直、百九十近い体格の男がそんな事をしているのは気持ち悪い。詩歌は許す気がないようで
相変わらずの無視。だが空気が重くなってきたのを感じた詩歌は、仕方なく話題をふって見た。
「梨香はどうしてるの?」
「あの棟の中に行くってさ」
「……え? まさか、貴方梨香をあの中に行かせたの?」
「友達が居るらしくてよ。行きたいけど行きたくなくて泣いてたから、行かせてみたんだわ」
「馬鹿! あの棟を壊しにさっき十文字戒が向かったのよ!」
「ええええッ!?」
詩歌は大慌てでディスプレイに視線を戻すと、一つのソフトを立ち上げた。
「詩歌ちゃん……それ、何?」
「梨香の生命反応と現在位置がわかるソフトよ。あの子の髪留めが発信機になってるの」
「発案、俺。開発詩歌といった素晴らしいソフトなんだぜ」
「そ、そうか……」
十文字戒はユグドラシルの最下層にたどり着くと、その巨大な建物を見上げた。
世界最高の魔具だろう。大半が作ってあったとはいえ妹達の仕事ぶりには兄として十文字として誇らしい。
頂上付近に見える枝のようなものの構成も素晴らしかった。故に、壊すのが勿体無い。
上のほうでは爆炎や氷が舞っている。更に先ほどは中心部辺りから爆発が起きて、花火のようなものまであがった。
下手をすれば、ここにある大量のコアや結晶が暴発して、自分達の未来が奪われてしまうかもしれない。
そう判断した戒は、一息つくと自身の式神【森羅万象】を発動。
「世界は壊すんじゃない、変えるんだ。折角の反意思が勿体無いだろうに」
水、土、火、風、雷、氷、あらゆる属性が戒の周囲へと顕現し、それは全てユグドラシルへ。
それらがユグドラシルの表面に触れた瞬間。爆弾のように大きく威力が膨れ上がり、
様々な属性の力がユグドラシルを破壊していく。凄まじい力だった。
自然の驚異のほとんどが襲い掛かった為、大きく傾いていくユグドラシル。そして──
「おい」
突然、背後から幾つもの銀色の閃光が戒を囲うように出現した。それらの全ては刃。
様々な形をした十本の剣が戒を囲うようにして、フワフワと中に浮いている。
戒はゆっくりと振り返ると、その男──千島蒼威を見て、めんどくさそうに喋り始めた。
「なんですか? 千島蒼威さん」
「まだ壊すんじゃねーよ。俺の息子と娘がまだ頂上で命張ってっからよぉ。もう少し待ってくれねーか?」
「お断りします」
「何で?」
「あの塔のコアが暴走したら困りますからね。それに、この崩落具合じゃ多分帰ってこれませんよ。
だったら、ここで僕の力で一気に殺し尽くしてあげたほうが楽に死ねると思います」
「あー……なるほど。でも、百パーセント死ぬってわけじゃねぇよな?」
「八十パーセントぐらいかと」
「じゃあ、いいじゃん。二十パーセントに賭けてみようぜ。つか、賭けろコラァ!」
「……面白い。では、僕を力ずくで止めてみてはどうでしょう」
「確かに面白れぇな」
蒼威と戒は見つめあい、同時に笑った。お互いの存在は知っていた。こちらの世界では
表向きには蒼威が最強と呼ばれている。そして、裏の犯罪者の世界では戒が最強。
どちらが強いのか。それは今まで対立した事が無いからわからなかった。
だが、今は対立している。というよりも、どちらが強いのか二人は気になっていたというのが本音。
「手加減しねぇぞ。僕ちゃん」
「望む所ですよ。おっさん」
そして、二人は同時に動き出した。
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