第五十一話:この世界が大好き
自分の生い立ち、ラグナロクの成り立ち。その全てを大まかに話すと、神璽と由加は完全に沈黙してしまった。
それもそうだろう。人は救えないという事実と自分達の真名を一度に聞かされたのだ。
普通の精神状態なら、確実に混乱する。ロキはそんな事を思いながら、二人の言葉を待つ。
神璽は完全に立ち直れて居ない。かろうじて、心を保っているのは由加だろう。
「私の名前……亜矢子なの?」
「そうらしいよ。もしかして、覚えていないのかな?」
「覚えていない。何で、移植前の事こんなに覚えてないんだろう。それに、三人目って誰?」
「さぁねぇ。僕はそこまで聞いてないし。その辺りはガルムに聞いたほうが早いよ」
確かに、自分は三人目の被験者の事を知らない。だが、大体見当がつく。
今までの話から。ガルムの話から。それらを全て統合すると、一人の人物が浮かび上がる。
だが、記憶を消されているのなら暴かないほうがいういのだろう。だから、ロキは何も言わない。
すると、今までずっと黙っていた神璽が何か、自分でも意味がわからないように呟く。
「ゆーちゃんとあーちゃん……そうだ。それで──後一人確かに居た!」
「神璽、覚えてるの?」
「居たじゃん! いつも、いつも笑ってる子がさ! よく、俺の手を二人で、あれ?」
そこから先の事がどうしても思い出せない。そこだけが、真っ黒に塗りつぶされたように
完璧に記憶の中から無くなっていた。でもわかる。それが一番大切だったと。
そこから何かがあって、気がつけば由加と神璽という名前を貰って、先生と暮らしていた。
「私、全然覚えてないんだけど」
「そこから先がどうしても……クソッ」
神璽と由加は気味悪そうに、頭を抱えている。ロキは動かない。これからどうしたもんか、と考えていると、突然下の方で揺れが走る。
窓から見下ろすと、ユグドラシルの中心部分。あらゆる装置の核となる場所が爆発していた。
誰がやった──とまで考え、これからどうするかを考える。あの辺りはユグドラシル内部
の照明や生活用のための装置。そして枝の約大半の起動に必要なエネルギーを貯蔵している。
だが、ロキは慌てない。こんな事があると思ったからこそ、全てのコアを最上階に移しておいた。
スルトさえ居ればそれでいいように。たとえガルムがやられてGateが無くなったとしても、
あそこの全てのコアの力を、スルトが吸収すれば世界は時間はかかるが滅ぼせる。
そう──ここで自分が死のうとも。
「さて、二人とも。君達に問うよ。僕とくるか、仲間と死ぬか。どちらにする?」
答えはわかっていた。だが、ロキはあえて問う。そうすれば、自分も手加減する必要が無くなる。
神璽と由加は、一度視線を見合わせるとニヤリと笑い、答えを口にした。
「「お断り!」」
迫りくる神璽と由加。ロキは悲しそうにため息をつき、生まれて初めて本気を出す事にした。
周囲の反意思を全て吸収し、自分の存在を本当に在るべき形へと作り変えていく。
体は何倍にも膨れ上がり、顔はバケモノのそれへと変化し、部屋に入りきらないほどの大きな翼が広がった。
その姿は──翼を持つ、白き竜とでもいうのか。長い首に爬虫類のような目。だが、翼は白鳥のように美しい。
巨大な尾の先端には鋭い角。名前がつけられない、竜のような生物としか言いようが無い。
「これが……こいつの」
「来るよ!」
ロキは大きく口を開き、破壊の閃光を神璽と由加に向かって放つ。寸前でそれを避けると、
着弾し、大きく破壊されたユグドラシルから脱出すると、一先ず中に領域を作って浮かぶ。
そして、破壊された場所から無理矢理這い出るようにして、ロキの白く美しい姿が現れた。
ロキは翼をはためかせると、同じく空を泳ぐようにして移動し、神璽と由加に再び口を開き、
「残念だよ……やっぱり、全部殺すしかないみたいだ」
ロキの口から大量に吐き出される火球。それを避けながら、神璽と由加は接近して銃と斧で攻撃しようとする。
ロキの体に並ぶようにして滑空し、由加は斧を叩きつけるもその場所にロキのコンセプトが出現し、斧の先端は簡単に消えた。
全てを消すロキのコンセプト。攻守共に最強クラスの力。すると神璽が銃を構えて反意思の弾丸を撃ち込んでいく。
流石に散らばる弾丸を全て消すのは難しい。ロキは反意思を集めて自分の周囲に幾つもの光の玉を作ると、
「散れ」
と命令。光が弾けて"砲"ととなり自分達だけでなく、地面で戦っている仲間達に向かっても雨のように降り注ぐ。
神璽は全力で滑空すると、砲撃と並ぶようにして併走し、領域を限界まで広げた。
黒い染みが何十メートルもの広さまで広がり、砲撃を全て飲み込む。
「神璽、大丈夫!?」
由加が神璽へと気を取られた一瞬、ロキは空中で回転し巨大な尾を振り回すようにして由加に叩き付けた。
在りえないほどの衝撃が由加を襲う、だが着ていたコートと領域のお陰で骨までは折れていない。
流石に勢いまでは殺せないようで、思い切りユグドラシルに突っ込み。中の壁を破壊してようやく勢いが止った。
すると、自分が空けた穴からロキが自分に向かって大きく口を開いたのが見える。
マズイ──だが、体が上手く動いてくれない。だが、その途中でロキが突然顔を上げた。
その隙に全力で走って穴から外へと。由加もロキが向いた方向を見ると、
頭上にさっきまで広がっていた、コンセプトの紋様が一つ一つ消えていく。
(ガルム……)
消えたという事はガルムは死んだのだろう。変人ぞろいの鬼神の中でも一番の変人だった鬼神。
人間に恨みがない奇異な鬼神。それどころか、人間の欲によって生み出された自分を喜んでいた。
全ては知るため。自分が気になる事全てを解明するため。それだけの為に生きてきたガルムを嫌いじゃなかった。
ラグナロク内では、一番話しやすかったかもしれない。その彼が死んだ。人間に殺された。
やはり救われない、人間も、鬼神も。ロキは鎮魂の歌を奏でるように美しく吼えると、
「滅べぇ!」
ロキの周囲に再び吸い上げるようにして反意思が集中。巨大な光の玉が急に現れ、
その正面にはロキの消去の紋様。あらゆる思いを込め、ロキは光に力を送り込む。
光は今度ははじけない、太いレーザーとなって地上へと照射された。
紋様を抜けた光は、消去の概念を纏いあらゆるものを消し去りながら地上へと向かう。
「させるかよォ!」
レーザーの軌道上に神璽が現れ、正面からレーザーを受け止めた。だが、神璽の存在は消えない。
領域にありったけの反意思を送り込む、レーザーと消去概念へとひたすら相殺の意思を送り込む。
だが、レーザーだけでも威力は凄まじい。段々押されるようにして神璽は地上へと押されていく。
由加は加勢に行こうと降下しようとするが、ロキが巨大な爪を振りながら接近してきており、行けない。
「絶望を味わうがいいよ。そうすれば、未練なんて消える」
「お前ェェッ!」
由加が怒りに身を任せてロキへと殴りかかる。反意思を使って高速で移動し、拳や蹴りを叩き込む。
流石にそれは紋様では防げない。だが、ロキの体はあまりに巨大。大して効いているようには思えない。
それでも由加は怒りのままに攻撃を仕掛ける。神璽は段々と降下していっている。早く。早くと。
その頃神璽はレーザーの勢いに押されて更に地面へと近づいていた。軽く後ろを向くと、
誰かが防御用に何かしたのだろう。巨大な大地がそこに存在していた。
このままじゃ板ばさみになる。神璽は更に反意思を込めて押し戻そうと全力を尽くすが、押し戻せない。
「畜生……まだ、まだ死ぬわけには……!」
とうとう中に浮かぶ地面に足がついてしまった。それでも神璽は諦めない。全力を尽くして押し戻そうとしていると、
「大変そうだね」
少し声の高い、少年のような声が聞こえた。
凄まじい勢いでロキを殴打していた由加だが、その攻撃は何も考えていないために単調。
いつしかロキに全て見切られ、逆にロキの尾や太い腕に由加が殴られる回数の方が多くなっていた。
だが、由加は半泣きで抵抗し続ける、そして──
「あらら。終わっちゃった」
ロキの声と共に、下の方で巨大な爆発。ロキのレーザーが光を放ち、中に浮いていた山を巻き込んで爆発を起こしたのだ。
神璽がギリギリまで相殺させていた事によって、ただ有り余るエネルギーの暴発だけが起きた。
地表に風が吹き荒れ、その山ですらほとんど跡形も無く消えてしまっていた。
そして由加の心がそれと同時に絶望に染まる。嘘だ。嘘だ。嘘だ。何度否定しても景色は変わらない。
「嘘だッ!」
ロキを睨みつけて、由加は両手に幾つもの斧を顕現させて、一斉に投げつける。
だが、すぐさまロキのコンセプトが現れ、それら全てを消し去ってしまった。
なす術がない。相手が強すぎる。由加の心は神璽を失った事とそれによって完璧に砕けそうになった。
「もう、諦めようよ。人は救われない。僕らも救われない。君も、救われなかっただろ」
「救いって何よ……」
「存在が罪なんだよ。そう、罪だっ! 人間が居るから罪が生まれる。だから君らは滅びなきゃならない」
「……そうかもね」
「人は傲慢だよ。だから、神様は世界に悪鬼なんてシステムを作ったのかもしれないね」
「でも、罪が何なの! 人は、罪を犯して成長していけるんだと思う。清廉潔白、そんなのはただの機械と一緒!」
「だが、その成長の結果がこれじゃないか!」
「それでも! 私は、今のこの世界が大好きっ! 悪もあるけど──善だって沢山あるんだからっ!」
由加はいつもの口調ではなく、本当の自分を曝け出してロキへと叫んだ。だが、その思いは届かない。
ロキは腹立たしそうに唸ると、体を回転させて尻尾へと遠心力を付加させていく。
「善があるからどうしたっ! 全ての人に行き渡らない善になんて意味が無い!」
その尾を思い切り由加へと叩きつけようと、ロキは尻尾を由加へとなぎ払うように振るった。
由加はそれを落ち着いた動作で避け、手に大型のナイフを顕現させると、
「それこそ、お前の傲慢じゃない!」
怒鳴り声と共に、ロキの尻尾を半分程から切り裂いた。 |