第四十六話:十文字
各家の本陣で正宗が悪鬼狩りを一度止めて、現在の状況を聞きに戻るとそこもまた戦場だった。
原因は先程起きたユグドラシルの一部の爆発と、謎の白い生物について。
そこではバタバタと人が駆け回り、時折自分の存在に気づいた何人かが、変な目で自分を見ては過ぎ去っていく。
少し離れた場所を見ると、怪我人の治療をしている建物も見える。そしてすぐ横には死体置き場。
何人か自分の家の者がそこに居るのを見て、正宗は歯噛みしながらそちらへ向かった。
物言わぬ死体となってしまった部下。それを見て、まず思ったのは家の損害。最低だ。だが、そんな自己嫌悪はもう卒業した。
これが頭首としての役目。部下の死に冷静でいて、これからの事を考えるのである。そして正宗はそんな部下を見つめ、いつもの一言。
「ご苦労だった。恨むなら恨んで構わない」
そう言い死体置き場を後にする。すると、何やら前の方で人だかりが出来ていた。疑問に思った正宗は人の間を
くぐりぬけてその先に何があるのかを見ると、絶句した。絶望ではない、間違いなく希望。
これで戦いはかなり楽になるだろう。だが、おかしい。それらを見てそう思った。
前に居たのは、数の十名家十文字派の直系達。いずれもこの世界では有名な次代を担う者達。
一番驚いたのは、その中に居る一人の人物。それは──十文字家頭首。十文字戒。
滅多に出てこないので有名な十名家最強の男がここに居るというのは驚きでしかない。
そんな事を思いながらしばらく見ていると、戒が正宗の存在に気づいた。
「こんにちは、八神さん。ご苦労様です」
十文字戒はまだ若い。スーツ姿の二十代前半ぐらいであろう外見に、どこか人を寄せ付けないオーラを纏っている。
流石の正宗もこれには緊張した。一度だけ会った事はあるものの、前よりも大きな存在に見える。
そんな正宗の気持ちを知ってかしらずか、戒は薄く笑みをつくり、
「戦いには参加しないと申しましたが、少し気が変わりましてね。
申し訳ないとは思ったのですが、急遽参戦させていただいて宜しいでしょうか?」
「ええ、貴方が来て下さっただけでも大戦力です。よろしくお願いします」
「こちらこそ。一応、何人か直系を連れてきましたので、まずは自己紹介でも」
そういうと戒の後ろに居た何人かが前に出てきた。まず出てきたのは、戦いだというのに着物という出で立ちで、
髪を結ったまだ若い女。右手に持ったタバコが何とも彼女の華やかさを崩している。
「傀儡の一族、一之瀬凛ですわ。今回はよろしくお願い致します」
そう一礼して、凛は奥後ろへと引っ込んだ。次に出てきたのは、おかっぱ頭に半被を来た外見の女。
半被の中の丸には三の文字。その時点で正宗にはもうどこに家かがわかった。
「狂乱の一族。三枝万里です。よろしくお願いしますです」
万里はニカッと笑うとちょこちょこと後ろに下がった。すると腰に彼女が日本刀を下げていることに気づく。
かなり大きめの刀だ。こんな小さな女の子に扱うのは難しいだろう。
だが、万里としては不自由を感じていないようで、相変わらず後ろでニコニコいている。
すると、最後に出てきたのははだけたシャツに包帯を巻いた女性。
怪我でもしたのか、その包帯からは赤い染みが見て取れる。
「遠音と言います。ここまで言えばもうお分かりでしょうが」
「君は……七海の」
「そうです。一応今は十文字家の家政婦、今風に言うならメイドさんです」
「まぁ、人には人の事情がある。僕は特に貴女にも、七海にも何も言いませんよ」
「ありがとうございます」
そういうと、遠音は後ろに下がって一今まで下がっていた戒が再び前に出てきた。
「後は二階堂と六道が居るのですが……二階堂は貴方達、というよりも秋月さんにやられて入院してます。
いえ、別に攻めてるわけじゃありません。貴方達の判断は今の十名家として正しい。
それに、自分達も何時貴方達と敵対するかわかりませんからね。自分としては特に何を言うつもりではありません。
六道も来ているので紹介したかったのですが……残念ながら何処かへ行ってしまったようです」
「いえいえ、お構いなく。それでは、私は先程の爆発について聞いてこようと思いますので失礼します」
「わかりました。では、自分達は出てきます」
そういうと戒は凛と万里と遠音を引き連れて悪鬼溢れる戦場へと向かっていった。
かなり緊張した。手を見るとかなりの量の汗をかいている。自分よりも年下と話すだけで
圧倒されるなど生まれて初めての事だった。
「ふぅ……流石は十文字ってトコかな」
ユグドラシルから数百メートル離れた荒地。そこでは相も変わらず、悪鬼と人間達の殺し合いが続いていた。
断末魔、悲鳴、絶叫、あらゆる声が木霊し、何人もの人間。何人もの悪鬼が命を失っている地獄のような場所。
そんな中、蒼威と森羅と陸人の三人は淡々と悪鬼を駆逐していき、ついにはその周辺全ての悪鬼を駆逐した。
だが、蒼威達は止らない。すぐに移動し、また新たな場所で悪鬼を狩る。少しでも多く悪鬼を殺すために。
悪鬼を殺せば殺すほど、他の人間が生き残る確立があがる。悲しいが、それが世界の真理。
戦う理由はタダ一つ。死にたくない、死なせたくない。それだけの単純な理由。
「ったくよぉ……後味悪い戦いだぜ」
陸人が不意にそうぼやいた。
「仕方ねぇよ。文句言ったってはじまらねぇ」
「わかってんだけど……何かなぁ」
そうぼやいていると、炎を纏った鉄球が飛んでくるのが見えた。陸人は素早くステップし、真正面から立ち向かう。
──轟音。しかし勝ったのは陸人。鉄球は大きく勢いをつけて主の場所へと戻っていく。
視線を向けると、そこに居たのは七つの大罪。サタン、ベルフェゴール、ベルゼバブの三人の鬼神。
「いよぉぉぉっ! 前回の借りを返しにきたぜぇぇっ!」
「お前、まだ生きてたのか……」
「るせぇっ! テメーら人間に何時か殺されるぐらいなら今ここで大量に殺してやるからよぉぉっ!」
そのままサタンは憤怒の鉄球を投げて攻撃をしかける。一瞬で散会する三人。前衛は陸人。攻撃に構わず突っ込んでいく。
その後に続くのが中距離・遠距離攻撃が出来る蒼威。そして後衛は遠距離の森羅。
まず前に出てきたのはベルフェゴール。自らの式神【怠惰】という名のナックルをつけて陸人へと立ちふさがる。
「ダリィ……人生がダリィ。ああ、アンタを殺してさっさと終わらせたいんだ」
「うっわ。お前ツマンネー奴だな。蒼威と気が合うんじゃねぇの?」
陸人は爆轟を振りかぶって、ベルフェゴールへとたたきつけた。当然の如く、怠惰でガードするベルフェゴール。
だが、爆轟の力である爆発の力が何時まで経っても起きない。不思議に思った陸人は立ち止まると、
爆轟を何回か振ってみる。爆発する。そして再び振り向いた時、ベルフェゴールの拳が顔にめり込んだ。
「っ痛ェ!」
「いやぁ、アンタ余所見すんなよ」
更に一発二発とベルフェゴールの打撃が続く、と思われたが蒼威の大我が鋭い爪へと姿を変えベルフェゴールに迫る。
素早く移動してそれを避けると着地した場所に圧縮された水が降り注ぎ、腕を貫かれた。
千切れ飛びそうな腕を何とか押さえて後退すると、サタンが前に立ちはだかり、蒼威達をけん制。
燃え盛る鉄球を振り回し、近づけないようにするが森羅の放った水の勢いによって一気に押し戻された。
(チィィッ! ンだこいつらこんなに──)
相手は人間が三人。だが、力の差がありすぎる。式神では完全に勝てる要素が無い。それほどまでに強い。
だが、屈するわけにはいかない。自分の怒りはまだ収まらない。人間への怒りは止らない。
「許すかぁぁぁぁァッ!」
再び鉄球を振り回すと、今度は蒼威が前面に出てきた。サタンはそれに向かって投げつけるが当たらない。
とんでもない速さで蒼威はサタンの近くまで一瞬で距離を詰めると、大我を下から叩きつけるようにして、上空へとサタンを吹き飛ばした。
すると、十個の大我が全てサタンを追いかけるように飛び上がり、刃物へと姿を変えてサタンを襲う。
体中を切り刻まれたサタンは血を撒き散らしながら、地面へと受身を取れないまま墜落した。
「これ以上、邪魔するってなら容赦はしないぜ。本気で殺して、俺達は先に進む」
蒼威が本気の目でサタンとベルフェゴールとベルゼバブを睨みながら言う。陸人と森羅も黙って三人を睨む。
この中で一番戦闘力が高いサタンがやられた。しかも相手はほぼ無傷。勝ち目が無い。
だが人間に屈するのは嫌だった。自分達大罪のほぼ全員は人間によって様々な迫害を受けてきた。
その恨みの所為で自分達はそれぞれの名の感情が強い鬼神へとなってしまった。だからこそ、許しがたい。
「それか……ずっと大人しくしていて、俺らに二度と近づかないって言うなら──」
そう蒼威が言った時、背後から一筋の巨大な青の光が走った。それは蒼威達の隙間を縫うようにして、ベルゼバブとベルフェゴールへと命中。
一瞬の静寂の後、炎と爆発が起きて、粉塵と煙が舞い上がる。それから顔や目を守った蒼威達がすぐに後ろを振り向くと、着物を着た女が優雅に歩いてきていた。
「おい、ねーちゃん。今やったのアンタか?」
「ええ、差し出がましいようでしたが。少々、理解できない行動をされようとしていらしたので」
「どういう意味だコラ」
蒼威は不機嫌な口調で、着物の女──凛へとずかずかと歩いていく。陸人と森羅は一瞬顔を見合わせて、
一度頷くと蒼威の後へと続いた。だが、凛は笑みを絶やさない。それはふてぶてしいのかもしくは挑発しているのか。どちらともつかない。
「今、そこの鬼神を助けようとしてましたよね?」
「ああ。別にもう何もしねーって言うなら、無理に殺す必要ねーだろ」
「ハハッ。何を言ってるんですか。日本でも最強クラスの式神使いの貴方が。
この鬼神は人類の敵ですよ。私共の同胞を何人も殺してきた悪魔のような生物ですよ?
生きる価値なんてありません。人を殺したなら、殺すのは当然の事でしょうに」
「おいおい、ねーちゃん。俺の流儀に口を出すんじゃねぇよ」
「じゃあ、貴方こそ私の流儀に口を出さないで頂きたいですわ」
「──ッ」
蒼威が苛立たしげに舌打ちをすると、陸人が蒼威の体を押さえつけた。
「蒼威、今回ばかりはそっちの嬢ちゃんが正しい」
「……ああ、悪ぃ。ねーちゃんもすまねぇな」
そういうと凛は薄く笑い、一礼すると、
「気にしてませんよ。それともう一つご忠告いたします。敵には止めをきっちりしましょうね」
そういうと凛の横の空間がブれて、小型船ぐらいの船が現れた。不思議な事に中に浮いている。
すると小型船の装甲に幾つもの穴が開き、中から現れたのは砲身。
その全てが蒼威達の背後に居るサタンへと向けられた。サタンは血塗れで立っており、
足元もおぼつかない状態。だが、焼け焦げたベルフェゴールとベルゼバブの死体を見ると、吼えた。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオっっッ!」
それに呼応するようにして憤怒の鉄球が今までとは比べ物にならない炎を生み出した。
サタンは狂化し、ギリギリ人間の形を保った生物まで変形すると、血の涙を流しながら蒼威達へと迫る。
それに対し、凛が放ったのは嘲笑と砲撃。
「ああ、ムカつきますのよね。そういう、特攻とかくだらないロマンが」
一斉に凛の式神【箱舟】から砲撃が発射され、サタンの体を蹂躙し跡形も無く消し去った。
後に残ったのは半壊したサタンの憤怒。それも主が消えたことによって、すぐに粒子化し、世界から消え去った。
それを満足そうに見届けると、凛は蒼威達に一礼すると、箱舟に乗った。
途端にその姿が透明になって行き、何かが動く気配だけが段々と遠ざかっていった。
しばらく黙っていた三人だが、不意に森羅が、
「後味悪ぃが、行こうぜ。少しでも犠牲を減らすためによ」
「っしゃぁ! 気合入れてくぜ」
陸人が豪快に声を出して、蒼威の背中を叩く。しばらく呆然としていた蒼威だが、やがていつも通りの表情へと戻り、
「おう」
と返事をした。 |