第四十四話:最恐最悪の姉妹喧嘩 〜空我と大和〜
「あはっ! さっすが鬼神の中でも上位の人達だ。すっごく楽しいよぉ」
ユグドラシルの中心付近。たいした広さではない通路を駆けながら千晴は楽しそうに大声で叫んだ。
手に持っているのは魔具製の拳銃。ありったけの炎概念を命じた火を弾として撃ちだす銃。
その威力は一撃で硬いユグドラシルを破壊してしまうほど。その横では千夏が銃から槍へと形を変えて、近づけないようにけん制。
完全に後手に回っている空我と大和はユグドラシルの壁を無理矢理砕き、盾として身を守る。
「空我ぁ! こんな石っころじゃ持たないよ〜。何とかしてぇ!」
「お前が狂化すりゃいいだろ……」
「やだ。女の子の前であの姿にはあんまりなりたくないの!」
「お前、いっぺん死んで来い!」
千春と千夏よりも、大和の方をぶん殴りたくなる空我。だが、それでは確実に殺されるだろう。
十文字は空我が生まれた頃から歴史の闇で有名だった最強の家。魔具という他の家とは大きな差がある力を使役し
自分達悪鬼の種族にも恐れられていた存在。その子孫が目の前で自分達を殺そうとしている。
少し笑えない冗談だったが現実。空我はため息をつくと、反意思を腕に集め、ため息をついた。
(ったくよぉ……厄介な敵に当たっちまったモンだぜ……)
知り合いの悪鬼の王が言っていた。十文字とは絶対に関わるなと。多分、同属の大半が討伐されたからであろうと思う。
上級悪鬼は知能が高い。それこそ、人間の言語程度なら簡単に喋れる。自分の父親もそうだった。
生贄として捧げられた母から、言葉と人間というものについて学び。群れを発展させた。
当時の日本では大天狗、酒呑童子、雷神、風神の悪鬼の群れが日本で威張っていた。
それを一つに纏め上げたのが、雷神の王。そこまで思い出して、空我は一つの事を思い出した。
(そーいや、あの二人はどこいっちまったのかねぇ……)
九尾の狐の残り二人のメンバー。雷神と風神の鬼神。あの二人がいれば運命がラグナロクにつく事はなかったのかもしれない。
そしてこの場ももっと楽に切り抜けられたのかもしれない。だが、今は居ない。
ふと、腕を見ると必要な量の反意思はもう揃っていた。大和は相変わらず呑気に鏡を見ている。
「にゃーもう! 全部吹っ飛びやがれぇ!」
腕に集まった反意思を解き放つ。空我の持つ反意思と混ざったそれは、大気を切り裂く風となり、ユグドラシル内に吹き荒れる。
破片が飛び散り、更に切り裂かれた壁が風に乗って周囲を蹂躙し始める。
空我は翼を展開し、外へと飛び出すと式神【小烏】を発動させた。それは、黒い小さな刃。
それを外からユグドラシル内部へ投げつける。────数瞬後に爆発が起きた。
粉塵が巻き起こり、ユグドラシルの中核部分は大きく抉られ、かなり破壊されている。
「こらー! 馬鹿空我! 僕の顔に傷がついたらどうしてくれるんだい!?」
「ヒッヒッ、俺の唾でもつけとくかい?」
「死んでも嫌だ」
大和は通路から飛び出し、ユグドラシルの外へ伸びた部分につかまっていた。流石にこれでは戦えない。
そう思った空我は下に落ちていく瓦礫を見ると、再び反意思を溜めて人差し指を上へと上げた。
すると命令に従い瓦礫が風を纏って、空我の周囲でとまると浮かぶようにして固定された。
それを見ると大和はニッと笑い、やはり人間離れした跳躍力で壁を蹴ると隣の瓦礫へと着地。
「やはー。あの女の子達死んじゃったでしょ。もったいないなぁ……まだ中学生ぐらいじゃない?」
「だけど、十文字だぜ?」
「うん……下手したらこっちが食われちゃうよ」
そんな事を二人で話し合っていると、周囲の反意思が根こそぎもってかれる気配。粉塵が晴れるとそこには二つの黒い塊。
しばらく見ているとその塊にひびが入り、割れた。中に居たのは予想通り無傷の千春と千夏。
「……おねーちゃん。こいつらムカつくー」
「同感。本気でやるよ」
千春は耳につけていたピアスを外し、右手に構える。千夏は首にかかっていたアクセサリーを外し、同じく右手に。
千春のピアスは剣の形。千夏のアクセサリーは、十字架の形をしている。そして、それは段々と大きくなり、
一メートル程の剣と、三メートルはある十字架へと変化した。
「おー! それが君達の式神かい? 何か少し違う気配がするけど」
「違うよ。アタシらが時間をかけて造った特製の魔具。コレ一個でコア一つ分ぐらいの反意思が込められてるんだー」
「ちょ!! 千夏ちゃん、ネタバレはダメだって!」
「あ、ごめんねー」
そういうと二人は勢いよく跳躍し、空我と大和へと迫る。流石にこれはまずい。そう判断した空我は、
自らも翼を広げて中へと舞い、空を飛べない大和へと全ての足場を譲る。自分に迫ってきたのは、
巨大な十字架を抱えた千夏。その外見からは考えられない力で十字架を振るい、迫る。
逃げながら小烏を投げつけれるが、大半が避けられてしまい、どんどん距離は詰まる。
「あははっ! まてまてー!」
その頃、中に浮いた瓦礫の足場では大和と千春が向かい合って立っていた。巨大な剣を構える千春に対し、
大和はリラックスした体勢で、腕を組むと唐突に喋りだす。
「ねぇ、君達は何でこんな事をしたの?」
「愛する人が望む世界を作る為、かな? うわーアタシらかっこいい」
「ふぅん……反逆の十文字事件と何か関係がありそうだね?」
「君は鬼神なんだから知らなくて良いよ。私が許せないのは、全ての純血と弱い者だから」
「そう」
「逆に聞くけど、何で九尾の狐の君達がここにいるの? ここはラグナロクの本拠地だよ」
「愛する人が望む世界を作る為だよ」
「何か侮辱された気分……」
「僕らは運命ちゃんに付き従う。たとえそれが悪行でもね。でも、運命ちゃんが僕等を裏切ったとき、
僕らは運命ちゃんを殺すし、運命ちゃんも抵抗せずに殺される。そう、約束したから」
「似てるけど、似てないね。唯一一緒なのは、アタシ達と君達は、その人が大好きだって事だね。」
「うん。じゃあ、もういいや。はじめるよ!」
そういうと大和は虚を突かれた千春へと向かって台地を蹴って走り出す。二人の距離は十メートル強。
だが、鬼神の脚力ならば一瞬でその差を詰めれる。現にもう大和は拳を振りかぶり千春に叩きつけようとしている。
反応が遅れた千春だが、とっさに構えていた剣を盾とし大和の一撃を受け止める。
が、大和の腕はその前に狂化しており、悪鬼の野太い腕が剣に叩きつけられていた。
「っ!」
威力は絶大。激しい衝突音が鳴り響き、千春は後ろへと無理矢理後退させられる。それだけでは終わらない。
大和の姿がフッと消えたかと思うと、次の瞬間後ろからの殺気。無理矢理振り向いて剣を振るう。
何かが当たる気配。振り向いたときには、大和が剣を左腕で受け止めて笑っていた。
「ごめんね。僕、殴り合いとか凄く得意なんだ」
連続して見えないほどの衝撃が千春を襲う。魔具で薄い膜を作って直撃は防いだものの、
鬼神の一撃。千春の体の骨の何箇所かは完全に折れてしまった。いくら十文字といっても、
体は普通の人間と大差ない。殴り合いでは鬼神の方が完全に有利だった。
「女の子を殴るって後味悪いねぇ。男ならよかったのに」
そう軽口を呟く大和。息一つ乱れていないその姿に千春はいきりを覚えた。が、何も出来ない。
こんな事なら最初から全力──式神を使っていればよかったと公開し、歯噛みする。
ふと背後を振り返ると、爆発に叩きつけられるようにして妹も落ちてきていた。もはや後が無い。
そう決意した千春は、
「千夏! 式神使うよ! いいね?」
「だ、ダメだよ。こんな所で使ったら絶対バレちゃうよー!」
「でも、このままじゃ負けちゃう!」
「じゃあ、呼ぼうよー」
その言葉にハッとした表情になる千春。そうだ。その手があったと自分の慌てっぷりを恥じる。
そうと決まればもはや実行するだけ。手に持っていた剣を反意思に還し、少し抜き取って煙を精製。
「うわっ」
毒ガスかと思って大きく後ろへ下がる大和。もう、それだけで時間的には十分だった。その頃には千夏も十字架を
反意思に戻しており、二人はお互いを求めて駆け寄ると、手に持っていた反意思を合せて、願う。
その思いに応えるようにして、反意思は自らを力から形へと変貌。それは、周りに金の渕がついた円状の物体。
だが、その装飾はどこかで見たことのある紋様──ガルムのコンセプトと全く一緒だった。そしてそれが稼動し、
中から出てきたのは一人の女。外見は二十代付近。白と黒の長袖に、ブーツカットされたジーンズを履いている。
その女は出てくるなり大仰にため息をつくと、
「春、夏。いきなり魔具ぶったてるのは止めないか? 戒も少し怒っていたよ」
「だ、だって危なかったんだもん!」
「そうだよー。あの鬼神達に殺されるとこだったんだよー! 今式神使うとマズいし」
「確かに一理あるね。仕方ない、ここからは私が引き受けるから、春と夏は見学してるといい」
「うん!」
「わかったぁー」
そういうと千春と千夏は空に浮く、ソファーを作ると二人並んで座ってケラケラと笑い出す。
もしかして、ただめんどくさかったから呼ばれたのではないか? と女は思うが、眼前の敵を見て思い直す。
大天狗と酒呑童子の鬼神。普通の人間だったらまず適わないであろう強大な鬼神。だが、自分には大した脅威ではない。
すると、遠くで様子を伺っていた大和と空我がゆっくりと近づいてきて、女へと問う。
「君、誰?」
「知りたい?」
女は左腕をゆっくりとあげ、顔の辺りまで持ってくると人差し指を一回振り、
「私の名前は──」
すると、大和の体が吸い寄せられるようにして女へと向かっていく。無論抵抗しているが、抗えない。
凄まじい引力のようなもので、引かれていく大和。だが、相手は丸腰。式神の気配も無い。一発ぐらいなら大丈夫だろう。
そう判断して身を固める大和に対して、女は右腕を後ろに構え、名乗った。
「七海遠音だッ!」
それと同時に大和の顔へと遠音と拳が叩き込まれた。だが、その頃には大和は狂化していた。並みの人間なら拳が砕ける。
鮮血が迸るも、血を出したのは遠音では無く大和、額がパックリと割れて夥しい量の血液があふれ出していた。
疑問と痛みで頭がパニックになる大和。更に追い討ちをかけるようにして女──遠音が足を振り上げる。
「大和ぉ!」
空我が慌てて小烏を投げるが、遠音は楽しそうにそれを見て笑うと、一瞬で空我の場所まで移動し顔を近づける。
その移動した歩数は僅か一歩。だが、その場所には巨大な足型。何かがもの凄い勢いで叩きつけられたような跡。
空我は放たれた拳を間一髪で避けると、空中へと移動し距離をとる。
「にゃっ!? お前のそのスピード……鬼神か?」
「違うよ。ただの混血さ」
そういうと、遠音は人差し指を拳銃を構えるようにして、空我へと向けた。その手について指輪が形を変えて、
遠音の腕へとまとわりつくと、銀色の拳銃の形へとなる。そしてその銃口から何発もの光の弾丸が発射され、空我を貫く。
またも鮮血が飛び散り、足場へと落下する空我。大和と空我は倒れながらも、再び混乱していた。強い、強すぎる。
人間の行ける域の力じゃない。運命ぐらいの鬼神と同等の力を混血が持っている。本当に信じられないことだった。
「流石、遠音ちゃん! 相変わらず馬鹿強だね!」
「下手したらお兄ちゃんよりも強いよねー」
「フフン、まあね。でも私は絶対戒を攻撃したりしないよ。例え、戒が私を殺そうとしても、だ。
さて春と夏。この二人の処遇はどうする? 私としては希少価値の高い鬼神を殺すのはよくないと思うのだがね」
「んー、殺しちゃおうか。下手に生かして計画狂うとマズいし」
「そうだねー」
「了解、まだ彼らの輝きを見れていないのが唯一の心残りだが……止むを得まい」
遠音が全身に力を込めて、力を練る。大和も空我もその頃には痛みが回復し、ほぼ悪鬼化すると、
遠音へと拳を振りかぶり向かう。すると、ズダンッと激しい音がして遠音の姿が消えた。
その後に残っているのはまたしても異様にへこんだ地面。とっさに振り返る空我。
眼前には小さな拳。だが、威力は強大。ほとんど叩きつけるようにして殴りつけられた。
「おまえぇぇ!」
大和がその一撃の隙を突き、遠音へと拳を放つも簡単にそれは受け止められてしまい、逆に握力で大和の腕が潰されてしまう。
右腕が爆発したトマトみたいな状態の大和。だが、痛みに耐えている暇はない。
左腕で尚も遠音を殴ろうとするが、遠音の蹴りによって腕がありえない方向へと曲がった。
「っぁぁぁあっ!」
「ああ、すまない。これじゃあ手加減しすぎて生殺し状態だよね」
再び遠音が拳を構えた。そこまでは見えたのだが、そこから繰り出されるジャブは全く見えない。
パチパチと小気味いい音だけが大和の顔や体を蹂躙し、破壊していく。その速さたるや神速。
そして、遠音はジャブを打つのを止めて一度呼吸を止めると、
「さようなら」
遠音の拳が確実に大和の体を貫かんと、迫る。流石の大和もこの時ばかりは死を覚悟した。
絶対に勝てない。レベルが違いすぎる。そんな思いが、更に大和を弱くする。
だが、何時まで経っても痛みは訪れない。ここは地獄か? そんな想像をして目を開けると
遠音は拳を振りかぶったまま自分を見ていない。あらぬ方向を見ている。
大和も釣られてそちらを向くと、
「……?──あっ、さだ」
赤い炎を纏った運命と命が遠くから物凄い勢いで吹き飛んできた。
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