第三十九話:湯船にて
ユグドラシル内部にある部屋。設置された巨大な窓からは、薄く明るい世界が広がっている。
全力で攻撃してみたものの、窓はヒビ一つ入らない。多分、何かの力が働いているのだろう。
一応、ドアに鍵はかかっていなく内部のどこでもいけるようなのではあるが、神璽は部屋から出ようとしない。
それに、逃げようとしたって無駄だという事はわかっていた。この中は大量の悪鬼と鬼神の巣窟いくら自分達でも無理だ。
だがここから出るのを諦めたわけではない。ラグナロクの目的が世界をやり直すという事な以上、
絶対蒼二達とぶつかる筈であった。だからその騒ぎに乗じて逃げ出そうと神璽は一人、毎日体を鍛えている。
いつでも行動を起こせるように──だが、最近は一日が暇で暇でしょうがないのも事実。
「神璽、お風呂行かないの?」
同じ部屋で暮らしている由加に名前を呼ばれた。一応、ベットは二つあり、風呂場は部屋に備え付けてある
紋様を抜けると隔離された空間にある風呂へと辿り着くのであった。流石に男湯と女湯があるらしく一緒には入れないが。
「ああ、もう少ししたら行くよ」
「わかった。私はもう入ったから、ゆっくりね」
「そうか……何か顔色悪いけど、お前大丈夫か?」
「うん。平気……ごめん、やっぱり怖い」
「由加……まさか、あのスルトってヤローに何かされたんかっ!?」
「殴られただけだよ……ごめん、先に寝る。何か最近色々な事がありすぎて疲れちゃったみた」
由加を殴った時点で万死に当る行為なのだが、神璽はグッと堪えた。
ゴソゴソと布団に潜り込んだ由加を見た後、神璽は一つ溜息をつくと風呂へと通じる紋様をくぐった。
相変わらず変な感じがする。紋様を抜けるとそこはもう大浴場。誰の趣味なのかはわからないが、
日本にある普通の銭湯のような景色が広がっている。すると、珍しい事に自分以外の人影が居た。
「む……リーヴか」
大きな浴槽に浸かっていたのはガルム。外見が日本人なため、全く景色と違和感が無い。
だが鬼神、人間とは違う。そう思っても、何処から見ても自分より少し上の青年にしか見えない。
神璽は特に返事をするわけでもなく、かけ湯を浴びると無言で浴槽へと入る。
「何だお前、無視か? 昔の日本人はこういう場では挨拶ぐらいしたもんだがなぁ……」
「……アンタ、いくつだよ?」
「明治生まれだ。正確な年齢は数えた事ないからわからんが」
「鬼神って何年生きれるんだよ。ある意味羨ましいぜ」
「俺が会った中で一番長いのは、千年だ。俺達はそれらを古代鬼神と呼んでいる。
流石に千年も生きてれば、考えるのも嫌になったらしく一日の大半は寝て過ごしているような鬼神だがな。
だが、一度気が向けば災厄に近い力を発揮する鬼神達だ。達と言っても、世界に数体。だから、脅威ではない」
「へぇ……世界って知らない事ばかりなんだな」
「そうだな。俺はその全てを知りたい。だから鬼神で在る事は幸運だと思う。他の鬼神達と違って
俺は迫害された事も無いから、実はラグナロクが世界を滅ぼすなんて結構どうでもいい。
だけど、人が居なくなった後の反意思の影響が見たい。それと俺の為に散っていった仲間達への弔い。それが俺の戦う理由だ」
「随分と自分勝手じゃねーか」
「一度きりしかない人生、俺は好きな事をして死にたい」
「ふぅん……そういや、アンタ何であんなに六道家や先生の事について知ってるんだ?」
「俺の真名は六道全。お前の先生──継人の曽祖父あたりに当る。それに、俺は今でも六道と交流があるからな」
「なっ!? 十名家が鬼神を認めるのかよ!」
「十名家の古くからの一族は昔から鬼神については知っていたぞ。だが、十文字が緘口令を敷き誰も言わなかった。
いつか純血が突き止めるだろう。それまで、自分達は放置していればいいという考えでなったと聞いた」
「何だよそれ……」
「十文字は昔から純血嫌いだ。特に、今の頭首は純血に対する憎悪に溢れている」
反逆の十文字事件の事は、最近知ったのだが神璽は知っていた。十文字家の無差別虐殺事件。
普通に街中に出現した悪鬼を駆逐した家の前に突然十文字が現れ、その家は愚か、周囲の人間まで殺した事件。
だが、それは世間的には飛行機の墜落と言う事になっている。更には、十文字の罪は不問とされ、国中が騒然となった事件だった。
「それって……十文字戒の事か?」
「そうだ。ウチの今の頭首、紡が付き従っている裏の世界最強の男。そして表の世界はお前らご存知の千島蒼威だ」
「俺だってそれぐらいは知ってるさ……アンタが詳しすぎるだけ」
「伊達に継承の一族はやってない」
「継承の一族、六道か……俺の親はどうしてそんな所に俺を預けたのやら」
「全てを知りたければ、紡を探せ。あいつが六道の全てを知っている」
「……? わかった。何か色々教えてもらっちまって悪いな。敵だけど」
「気にするな。知識を持つ者は皆お喋りなんだ。それにお前ともう一人は、ロキが見込んだ新たなる種」
「人でもない悪鬼でもないってヤツか?」
「そうだ。それが何時かの六道の研究テーマの一つ。鬼神では人間から迫害されてしまうし、悪鬼のような醜悪な外見になる。
かと言って混血程度の力では弱すぎる。魔具あたりなら別だがな。だからこそ、結晶プラス人間。その実験が始まった」
「俺達はその実験台なんだよな?」
「誇って良いと思うぞ。何であれ、お前達は結晶に選ばれた。そういえば、その中には九尾が居るらしいな?」
「ああ、何か勝手に喋りかけてきやがるんだよ」
「ふむ……やはり、結晶獣の核の結晶でなければ耐えられないのか。現に鬼神は結晶で力が増幅されるのだし。
後は肉体の強度の問題だな。ああ、だから結晶獣の意思が無ければいけないのか。すると、紡に教えてやらねばな」
「ブツブツうるせぇよ」
何か見落としていた事を気づいたようなガルム。神璽には何を言っているかはわからなかったが、
小声でボソボソと五月蝿い事この上ない。すると正気に戻ったガルムは軽く頭を下げると、
「失礼した。お前と話せたお陰でまた六道に恩が売れそうだ。感謝する」
「こっちこそ、教えてくれてありがとよ。とりあえず、ここを出たら紡ってヤツを締め上げるって目標が決まった」
「頑張るんだな。紡は強いぞ、六道の歴史の全てがあいつに詰まっている」
「ふぅん、でも何であろうとぶっ倒す!」
神璽がそう言うと、ガルムは一瞬驚いたような顔をし、すぐに元の表情へ戻すと笑った。
しばらく神璽の顔を見て湯船から立ち上がると、
「期待してるぞ、榛名神璽」
そう言いコンセプトを発動させて何処か違う場所へと消え去るガルム。
後に残された神璽はポカンとした顔で、それを見送った後に自らも元気よく立ち上がって体を洗い出した。
夜の八神家。そこでは浅葱、千島、八神の各頭首陣と一課の代表の二人が和室で話し合っていた。
顔ぶれは昔から見知ったような顔ばかり、蒼威、陸人、詩歌、時雨、正宗、未来、森羅の六人。
しかし元々が一般人の未来にとっては、喧嘩を売ったら只ではすまないこのメンバーにやや萎縮していた。
森羅を連れて来て心から良かったと思いながら、口火を切る。
「まずは、私達一課の状況ですが。私は左遷寸前、陸曹長や主立ったメンバーの大半が数日の謹慎と壊滅状態です。
流石に由加と神璽が奪われてしまっては弁明の仕様がなかったのですが、何とか此処に踏みとどまれました」
「それは僕も知っている。八神にも文書で抗議が来たしね。ま、読まずに捨てたけど」
「流石正宗! 年下からの手紙しか読まないおと……ブゲッ」
「すぐに茶々をいれない!」
茶々を入れようとした陸人の鳩尾に詩歌の拳が入っていた。正宗は笑顔で礼を言うと、話を続ける。
「さて、数日前には色々な出来事が重なったね。神璽誘拐、これは二人の監督不行き届きとして、
僕らは十名家の四条派と交戦し、蒼二達は命を取り戻しに行って"スルト"に由加を奪われたと
……おや、蒼威、随分と機嫌が悪いじゃないか どうしたんだい?」
「スルトにはウチの息子と娘が殺されかかってんだよ。遥緋なんかしばらく夜は眠れなかったみたいでな。
父としては、いかにご先祖様であろうと、名前を聞くだけでムカつくってワケだ」
「蒼二君と遥緋ちゃん二人で勝てないって事は……相当強いね」
「蒼二が言うには式神の力を超えてたらしい。罪歌の炎の倍近い力だったそうだ」
「そんな相手が……」
「それでも勝つしかないです。二人が無理なら四人で、四人が無理なら八人でやればいいんです」
「そうだね。それに、蒼二もスルト打開に向けて動いてるみたいだし、それはひとまず置いておこうか」
「じゃあ、何を話すんだよ?」
陸人の問いに正宗は壮大な溜息をついた。それに合わせて全員の冷たい視線が陸人に降り注ぐ。
陸人はオロオロと周囲を見渡した後、詩歌の袖を掴もうとするがあえなく避けられてしまい、撃沈。
すると情けない陸人を見かねた時雨が、助け舟を出した。
「ラグナロクの次の動きの事ですよね?」
「そう、彼らの目的は人類を滅ぼすといった壮大なテーマだ。笑っちゃうけど、彼らは本気なんだよね。
だけどそれだけの事を成す為には、かなり大規模な異変が起こるだろう。その辺は世界中に網を張っとけば良い。
幸いな事に、今回の件に関しては十文字派が協力を申し出てくれた。彼らの力が在ればそれは容易いだろう」
「ま、正宗さん……あの十文字が、本当に協力してくれるんですか?」
「そうだよ。つい先日十文字家の次男がウチにいらっしゃってね。頭首殿曰く、戦闘面以外なら協力を惜しまないそうだ」
「ンだよ。十文字戒がでてくりゃ、そのスルトだって倒せるだろーが」
「十文字にも色々あるらしくてね。戒は外に出たがらず、妹達は行方不明。実質取り仕切ってるのは次男と三男らしいよ」
「十文字って……数が少ないんですか?」
「そうらしい。頭首の戒。その下の四つ子の千春、千夏、千秋、千冬。後はよくわからない、本当に謎が多い家だから」
「伊達に十名家の長じゃありませんね。しかも、十名家を作ったのは十文字だそうじゃないですか」
「そう、元々十名家は十文字とその寵愛を受けた一族が彼らを守るために設立された組合らしいんだ。
だけど、時の流れによって廃れた家や反逆を企てた家が現れたため、今の形となったそうだ。
一応形式を保つために、代わりの家は一から十の数字がついていて、尚且つ混血でなければいけないと」
「ふぅん……ま、俺ら千島や浅葱にはどーでもいい話だな」
「そうそう、ぶっちゃけ十名家とか興味ねーし。俺らは俺らに出来る事をするだけだ」
心からどうでも良さそうに語る蒼威と陸人。「こいつらには話が高尚過ぎたか」と心中で締めくくった正宗は
とりあえず小会議の終了を告げ、「質問は無いか」と周りに求めた。するとそれに勢いよく陸人が手を上げた。
「無いみたいだね。じゃあ、解散にしようか」
「ゴラァ! 無視すんじゃねぇェェッ!」
「ニワトリ、時間は有限なんだ。君の百パーセントくだらないであろう質問に、余計な時間を費やさせないで欲しいな」
「いや、八神家のこれからに関する事だっつの!」
「ほぉ……君にしては珍しい。では、言ってみろ」
陸人はコホンと咳払いすると、時雨に視線を向けた。まさか自分に向かってくるとは思わなかった時雨は
心から嫌そうな顔で、陸人を見つめ返す。すると陸人の顔がニンマリとした笑いに変わった。
「八神の跡継ぎの時雨君」
「な、なんですか……」
「九我山のお嬢ちゃんとはいつ結婚するのかなー? 確か負けたら結婚だったよね?」
「ッ!? 何でそれを知ってるんですか!?」
ありえない。ありえない。あの約束の戦いの時に陸人は近くに居なかった筈。
それを何故知っているのだろう。しかし、考えても答えは出ない。今はこの状況をどうやって切り抜けるかが問題。
「何だい時雨。父親の僕にそんな隠し事をするなんて……今度九我山に挨拶に行かないとね」
「わぁ、時雨君おめでとう。私みたいに一時の感情に身を任せて馬鹿な人と結婚しないようにね。一生後悔するから」
「詩歌キツすぎ……」
「ち、ちがいますって! それに勝敗は微妙ですが、僕的にいうと引き分けかと」
慌てて弁明するもその場にいる全員は自分を無視して一方的に盛り上がっている。
陸人なんかは正宗の式場の勧めをしている。森羅と未来もそれにさり気なく加わりあでもないこーでもないと
騒いでいる。完全に心が絶望に染まった時雨は一つの違和感に気づいた。こういう話には速攻飛びつき
陸人と一緒に心からの嫌がらせを見舞う蒼威が妙に大人しい。そして蒼威を見ると黙々と携帯を弄っていた。
(うう……蒼威さん。やっと……やっと大人になれたんですね)
久しぶりに感動を覚えた時雨は、蒼威の肩を叩くと。
「蒼威さん……蒼威さんだけは僕の味方なんですよね。あの人達を止めてください!」
「……あ? ちょっと今、知り合い全員に片っ端からメールしてんだから黙ってろよ」
「……何のメールですか?」
「タイトルは☆八神時雨電撃入籍☆……っと、これで全員に送り終わったな」
「何をしてるんですかぁぁァァッ!?」
蒼威の肩をガクガクと揺さぶるが、相変わらず生気のない瞳でヘラヘラと笑っている。
やがて時雨の手を払うと、足をかけて転ばせ自らも正宗達の輪へと加わってしまった。
心が段々と絶望に染まっていく時雨。そして更に追い討ちをかけるように、マナーにしてあった自分の携帯が震えだす。
呼吸を落ち着けて、ゆっくりと画面を開くと何通かのメールが届いている。しかも、現在も受信中という有様。
「な……っ」
開いてみると、こんなメールだった。From:千島遥緋 本文:時雨ちゃんおめでとぉq(≧∇≦*)(*≧∇≦)p。
From:千島蒼二 本文:弟分としては嬉しい限りだ。結婚してもよろしくな!
From:秋月罪歌 本文:おめでとう!From:浅葱梨香 本文:おめでとうござぃまぁーす♪ 式には呼んでくださぃね☆
From:海野誠一 本文:戌亥家、海野家一同からおめでとう。ちゃんと式に呼んでな☆といったメールが並んでいた。
そして止めとばかりに新たなメールを一件受信。中を開くとFrom:千島遥 本文:結婚するんだぁ〜おめでとう☆
といった文面。それは、一番ダメージが大きいメールだった。昔、自分が姉と慕った人。そして、初恋の人からのメール。
「蒼威さんと陸人さんめ……覚えてろよ……」
今だ盛り上がる大人達を睨みながら、時雨はそう呟いた。
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